煙管
※この作品は、再投稿したものがあります。
再投稿したものは、イラストをつけて情報整理しやすくなっています。
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木の枝で眠る着物姿の彼女は、開いた扇子を顔の上に乗せ、片足は木の枝から落ち、そのせいで下駄が脱げ、着物は乱れ、白い肌は太ももまで見えていた。ーーひめるは思わず、目を逸らした。
「――ん?ーー眠ってしまったようじゃな」
あくび混じりのその声に、ひめるは振り返った。彼女は、扇子を畳み帯にしまった。
「――おや?」
ひめるに気がついた彼女は、どこか気だるそうにゆっくり体勢を変えひめるを見つめた。
「ーーおまえが、人間の子だな」
彼女は、今度はうつ伏せになるように木の枝に体を預けた。その時になんとなく、三つ編みに結った長い黒髪と黒く塗られ尖った爪を見て、彼女の言葉とその姿はーーまるで。
「――サソリみたい」
ふいに出たひめるの言葉に、彼女は驚かなかった。
「さすが、鋭いのう」
ひめるは、不思議な感覚だった。今初めて彼女に会ったはずなのに、彼女は自分のことを知っているような感じがしたから。
「その首にかけるペンダントを、見せてはくれないか」
ひめるは驚いた。いつも洋服の中にしまうように身につけていたペンダントは、自分とお父さんにしか見せたことはなかった。なのに、どうして彼女はひめるが首にペンダントをかけていることを知っているのか分からなかった。
ひめるは首にかけていたペンダントを持ち上げ、彼女に見せた。
「ーー美しいのう」
ため息混じりにそう呟いた彼女はそれを、体を預けた木の上から不気味な笑顔でじっと見つめた。
「――あの」
ひめるは、ペンダントのことと彼女について聞こうとした。
しかし、
「さあ、もうおゆき。この姿を見られると、怒られてしまうでのう」
彼女はそういって、キセルを取り出した。
遠くから声がした。
「ひめるー?」
遠くの方から聞こえた声に、ひめるはアニータを待たせていることを思い出した。
「今行くー」
声がした方に答え、せめて彼女の名前だけでも聞こうとしたが、気がつくともうその木に彼女はいなかった。
「遅かったね。なにかあったの?」
「ーーいや」
“この姿を見られてしまうと、怒られてしまうでのう。”
彼女の言葉を思い出した。
「ーーなにもなかったよ」
「そう?じゃあ、戻りましょ。パンを焼いたの。あとでお店に来てよ」
「もちろんだよ。あとで行く」
その後、二人は振り返ることなく、街へ降りた。
その二人を、木の影から見つめる乱れた着物姿の彼女はキセルを吸った。そして、吐き出した白い煙とともに森の奥へと姿を消した。
***
その日の朝は、夜中降った雨で、空気が洗われたように澄んでいた。
庭の隅、汚れた室外機の上には、濁った水の溜まった水槽。使われていない荒れた小さな畑には、小さな水溜りができていた。畑の隅には、スコップとジョウロがバケツに入っていた。玄関前の植木鉢には、パンジーが咲いていた。
“コンコン”
ドアを叩く音に、お父さんが玄関へ向かった。
「はい。おはようございます。」
「宅配です。おはようございます。」
“ピピッピー。ピピッピー。――”
テーブルの上で鳴った端末の音に、お父さんは振り返った。
「あ。いつもありがとうございます。すいません。そこへ置いておいてください。」
「はい。では。」
宅配の人は帽子を少し持ち上げ、軽く頭を下げた。
ひめるは、テーブルに用意されていた食事を終えた。お父さんは忙しそうに端末を取った。
「はい、トールです。はい。ーー計画は順調です。はい。ーー」
ひめるのお父さん、ーートール。背丈が高く紳士的で、話すときは誰に対しても必ず敬語を使う。それは、息子であるひめるに対してもだ。
ひめるは、トールにごちそうさまをすると、トールは端末を片手に、ひめるの方へにっこりと笑った。
ひめるは階段を登り、2階の自分の部屋へ向かった。
「ハルトの部屋ですね。はい。ーーわかりました。」
トールは通話を切ると、スーツの上着を手に持ち、白いニット帽を被った。
ひめるが必要な荷物を鞄に入れていると、窓の外から玄関のドアを開ける音が聞こえた。
“ガチャ”
その音に、急いで窓から身を乗り出した。
「いってらっしゃーい。」
2階の窓から、トールに声をかけた。トールは、玄関先でこちらに手を振り仕事へ向かった。
明日は、祭りがある。一年に一度の”花祭り”だ。前日である今日は、町中のみんなで協力してその準備をする。
ひめるは、テーブルに用意された水筒をカバンに入れて家を出た。
足早に向かった待ち合わせ場所には、街頭にもたれかかる赤髪の少年がひめるを待っていた。
読んでくれてありがとう。
言葉遣いが好きです。着物のキャラといえばというか。だらしない格好からは色気も感じられたり。
トールが仕事へ向かうシーンは、私が実際に夢で見たシーンを取り入れました。