第6話 焼け落ちそうな空・前編
その時は、突然にやってきた。
「住民の避難は?」
この光景を何度見たことか。
「まだ30人ほど残ってます。急いで!」
いや違うのか?何度も何度も。
「ゼイル先生は?」
ダメなんだよ、もう。
「帰ってこない。もしかしたら。」
助からない、
「その言葉は聞きたくないです。敵方と実力が拮抗しているだけで、時間がかかってるだけだと信じています。」
これは、ただ繰り返すだけの物語なんだ。
「メレクとライに救援を出してくれ。」
そんなもの
「メレクは音信不通です。ライは重傷です。」
諦めよう。
「全員死ぬよ。」
・・・
・・
・
目が覚めて、眩しさを感じた。
太陽が昇り始め、薄い布地のカーテンを透かせている。
「今のうちに作戦でも聞きに行くか?ゼン。」
ジレンが目を摩りながら聞いてきた。
「そうしようか。」
簡単に準備を終わらせ、水を喉に流し込み、ゼイルとジットの部屋に向かう。
木製のドアは軽く朽ちており、少し強めに叩いたら壊れてしまいそうだ。
二度軽く叩くとドアが開いた。
目の前には誰もいない。
「若干怖がらせようとしてました?」
「うん。」
なかなかにしょうもないことをしてくる。
「ゼンよ、心の中だからと言って相手を傷つけるようなことを考えるなよ。ホラそこ!ジレンも似たようなことを考えない!」
しれっとジットもくだらないとか思ってたらしい。
「で?何しに来たの?僕の元カノの話とか聞きにきたの?」
「当日の作戦について。」
スルー。
「具体的な作戦は無いよ。基本は3組で動いてもらうことくらいかな。ゼン、ジレン、アルマ、レニーとセス、ライ、ジットとルキウス、メレクこれで行く。僕は一人で囮役だね。」
「ゼイルが一人は逆に危険なんじゃないのか?」
「もちろんそれは考慮済みだよ。僕のところには敵の最大戦力が回ってくるだろうから、被害を最小にするように誘導して、君らの防衛を楽にするっていう寸法だ。万が一僕が死んだり、戦闘不能になったら逃げてね。君らじゃ勝てないだろうから。」
もっともな意見だが・・・
「あんまり逃げるとかゼイル先生が死ぬのとかは考えたくないな。」
現行最強の魔術師が死ぬというのは考えたくないものだ。
「まぁやれることをやれるだけやろう。それが最善だ。」
ゼイル達の部屋を後にしたのち、みんなと合流して朝食を摂った。
「住民の皆さんには一時的に避難してもらうことにした。こちらの到着がわかっている以上、いつことが起きてもおかしくない状況だ。皆はそれを支援してくれ。」
ジットは的確な指示を出しつつ、付近へと注意を巡らせていた。
ゼイルは空を飛んで大まかな見回りをしている。
「索敵役としての私、いらなくないですか?」
その徹底ぶりにアルマはその自信を無くしてしまうほどであった。
少し時間がたち、ルキウスが空を飛びながらやってきて、
「住民の避難はもう数刻で終わります。」
とジットに報告していた。
その時、空が狐火を彷彿とさせるような赤紫色になり、焦げた匂いがし始めた。
「やっぱり予定を早めてきたか。」
緊張が身を取り巻いてゆく。
「おそらくゼイルさんは戦闘を始めている。索敵とその対処を各々お願いします。僕は住民の避難をした後、皆の手助けに回るから、万が一戦闘になったら死なないことを念頭に立ち回ってください。」
「わかった。皆にも伝える。」
身体強化を発動させ、周辺の地形把握をしていたジレンとレニーの元へ急ぐ。
アルマも索敵をしているようで、目を瞑っていたが、俺の位置を頼りについてきているようだった。
「敵はいますか。」
少し息を切らせながら問う。
「まだ確認できていませんが、炎は近づいて来ています。」
奥の山の方で、発破音が連続的になっている。おそらくゼイルだ。
「正面左前方向に二人います!近くにジレンさんとレニーさんもいるので、交戦状態になりそうです!」
アルマの表情は明らかに焦りを抱えており、不安で胸がはち切れそうといった具合だ。
ジレンのものと思しき爆発音が鳴り始め、人の声が聞こえる。
「レニーちゃん!俺に強化をくれ!」
「がん・・ばる。」
「間に合った!」
ジレンの右腕には小さい傷があった。
「レニーさん、皆さんにアレを!」
レニーは目配せをし、魔法を詠唱した。
「拒絶魔法、毒術。」
と小さくつぶやいた。
レニーは自己紹介の時に魔法を教えてくれなかったので、魔法が拒絶というのは初めて知った。
アルマは両腕を掲げ、
「魔術刻印・植物魔法、毒核花」
「ったくくっだらねぇなぁ子供ってのは、毒で相手を弱らせてそこを殴ろうって算段だろ?よわっちぃ策だなぁ。」
偉く饒舌な敵だな。
「子供にクオリティを求めるお前の方がくだらないぞ、レフ。」
「きめぇこと言ってんじゃねぇぞカス。」
「カルスだ。二度と間違えるな。」
おかしい、毒が回ってるはずなのにピンピンしている。
「おいそこの女のガキ!」
「どっちですか?」
「でけぇ方だよ、おめぇだよおめぇ!」
何がでかい方だよ。子供にそういうこと言うなよ。
「さすがに口が悪いぞ。」
そうだぞ!
「うるせぇな。おめぇ暫く黙ってろ。でだ、こんなに毒の霧を貼ってどうするつもりだ?互いに視界が悪かったら有利とはいえないぜ?」
つまり自分には毒が聞かないと。
「戦い方ってもんを教えてやんよ。」
「もう喋っていいか?」
「勝手にやらぁ」
どこからともなく俺とアルマの二人の頭をめがけて大きな鉄球が飛んできた。
「やばっ!」
間一髪でジレンが鉄球を吹っ飛ばした。おかげで助かったが、彼の魔法は対象に触れる必要があるので、手のひらは血まみれだ。
「ごめん、大丈夫・・じゃないよね。」
「アルマがいるから多少はどうにかなる。」
どうする、あのレフとかいう下品な男はこの霧の中でも正確に攻撃する手段と小回りの利く武器をもっている。さらにはもう一人の大柄な男、カルスがいる。それに対しこっちは丸腰の子供が4人、視認性も悪く、判断能力も勘も経験も相手に劣っているだろう。
「あつまって。」
不意にレニーが近寄ってきた。
「全員、集まって。」
彼女の言う通り、集合した。
「拡張魔術・拒絶域」
レニーを中心として足元に魔法陣が発生し、半球状のフィールドが出現した。
毒の霧はなくなり、レフは魔術をモロに喰らって木とフィールドに挟まれ、身動きが取れなくなっていた。
「これは?」
「絶対的な領域を作り出す魔法。」
「でもこれじゃあ絶対的とは言えないなぁ。」
大男のカルスはそのフィールドを物ともせずそこに悠然と立っていた。
「なんで内側にいるんだよ・・・お前!」
「カルスだって言ってるだろ?名前で呼んでくれよ。俺はお前という名前じゃない。」
そんなことは問題じゃない。
「相方が苦しそうだから、えっと君だよね?黒い女の子。解除するか死ぬか選んでくれ。」
レニーは震えている。
カルスの頭が、爆発した。
「もらった!」
「もったいない。」
カルスは一歩も動かずに、そういい放ち、ジレンの頭を鷲掴みにした。
「今、俺が魔法を使ったらこいつがどうなると思う?」
空気が凍り付いていく。
「あ、こいつじゃないか、名前は何だい?」
「い、うわけ・・・ねぇだろぉ!」
ジレンはカルスの腕に何度も爆発を繰り返している。
「口が悪い子にはお仕置きが必要だね。」
「うぐぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁ!」
頭を掴む力を強めて言っている。
俺が、何とかすれば、いいんだ!
砂利を素早く地面から持ち上げ、集中する。
「付与術式・時間制御」
ジレンに当たらないように注意を払い、右足を狙う。
「おっと、こわいね。」
俺の投げた石はすべて、ジレンの体で防がれた。
「あ、あ、・・・」
ジレンの体は穴だらけになり、血の塊と化してバラバラになっていく。
・・・
はっ!急に意識が明確になり、違和感を覚える。
「おっと、こわいね。」
カルスの左手には、ジレンの頭がある。
「さっきのは・・・」
時間が、戻っている。
先の反省を活かし、カルスの顔を目掛けて砂利を投げる。
「うん?」
どうやらカルスはこちらの動きを予想してたらしく、またもジレンの体を右足に寄せるが、その予想が外れ、意外な表情を示した。
「これは・・・」
カルスの顔面は血肉の塊となり、飛散した。
首のなくなった体が拠り所を求めてさまよい、地に伏した。
「あとはレフ。あなただけです。」
「もう・・・げん・・かい。」
フィールドが解除され、レフは自由の身になるとすぐさま鉄球を振り回し、攻撃を仕掛けてきた。
「俺が・・・」
魔法を発動しようとしたが、発動しない。
苦肉の策だが、身体強化で受けようとしたその時、その鉄球の軌道は急に変わり、レフ本人に飛んで行き、先のフィールドで疲弊しきったレフはそのまま砕け散った。
ジレンが血の出た頭で機転を利かせ、鎖を壊さない程度に爆発させ、軌道を正反対に修正したようだった。
またジレン本人も鎖できつく縛られてしまい、肋骨が何本か折れてしまったらしい。
「しばらく戦えないや。」
と残念そうに彼は言った。
今更人を殺してしまったことを理解し、吐き気がして嘔吐してしまった。
そんな中レニーは俺の近くに来た。
「ありがと。」
「う、どういたしまして。」
吐き気交じりだったが、彼女から初めて聞く感謝の言葉は、軽く感動するほど新鮮だった。
「ジット先生の元に向かいましょう。万が一があったら怖いですし、安全なところでジレンさんを治療したいです。」
「そうだな。ちょうど魔法の不発があったし、それも聞いてみようかな。」
不発のせいでジレンが戦闘不能になったと思うと心が苦しくなった。
ジットの元へ向かうと、彼は悩ましそうに頭を抱えていた。
「ジット先生、レフという男とカルスという男を殺しましたよ。」
アルマに抱えられながら誇らしげにジレンが語る。
「子供に人殺しはしてほしくなかった。説教はあとだ、その怪我をどうにかしよう。」
「俺の魔法が不発だったせいでジレンがこうなった。」
「そんなことねぇよ。」
「どうして不発になったかジットに調べて欲しかったんだが、わかるだろうか?」
ジットは腕を組んだ。
「その時の状況を教えてくれ。」
少し気分を害しながらも、その時の様子を事細かに、簡潔に伝えた。
「魔力切れではないだろ?大気中のマナもまだある。」
少し考え込んだ後、
「緊張・・・とか?」
「つまり?」
「不明だ。」
むむ、この付与術式には安定性に問題があるという事なんだろうか。
火力は十分なんだがな。
「もし不安なら剣をやろうか?身体強化して直接殴る方が信用になるという人も少なくない。」
ゼイルだろうか
「ゼイルさんとかね。」
剣をもらうことにした。
「メレク達の増・・・」
轟音が鳴り響き、地割れが起きた。
「中央の方だ、ジレンとアルマはここで待機、レニーとゼンはまだ戦えるならついて来てくれ。」
「わかった。」「うん。」
ジットは身体強化がないにも関わらず俺達と変わらない速度で、その華奢でお世辞にも男らしいとは言えない体で赤い空の下を走り抜けていく。
「なんでそんなに足が速いんですか?」
ジットは振り返らずに答える。
「毎日欠かさず鍛えてるだけだよ!」
「ついた・・・?」
地割れの中心地に着くとそこには大きな魔法陣が描かれており、そのさらに中心には妖しく光る白いカニのような生き物がいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は4人が活躍する回でしたね!
小ネタなのですが、レニーは基本的に人が嫌いなのですが、恩人のジットやアルマには優しいです
次回は早くなる・・・かも?
設定資料とかは物語が落ち着いたら出しますのでお楽しみに。