始原よ、再び
目を覚ますと、少年は小汚い牢獄にいた。
頭が痛み、触って怪我の程度を確認しようするが、鎖がそれを邪魔した。
空気が冷たく、呼吸する度に激痛が走る。『苦しい』
ふと気が付いた。
『どうして自分はここにいるのか』
「あううぅうぅ」
何故か発音ができなかった。子供のような、甲高い声をしていた。
俺の声とは到底思えない。いや待て、そもそも俺は誰だ?
記憶を辿ろうとするが、思い当たるものはない。否、何も思い出せない。記憶がないのだ。
急に自分の置かれた状況に恐怖を覚え始めてしまい、部屋の角にうずくまる。落ち着く時間が必要だ。
暫くすると、申し訳程度の武装をした人が俺を連れ出しに来た。
何か言っているが、認識できない。おそらく知らない言語だ。
首に結びつけられた鎖を引っ張られ、暗い牢獄から明るい、開けた場所に出たせいで、目が痛む。
そこには、簡素な木のフレームに雑多なひもが、小さく円を描いているだけの、処刑具があった。
本能的な生命の危機を察知し、助けを求め、叫ぶ
「あああぁああああぁあああああぁああ!!」
よく見ると広場の周りには多数の人がいる。
『誰か、助けてくれ』
しかし人々は分からない言語で歓声を上げ、石を投げてきた。当たりはしていないが、助けてくれるような存在のする行為ではない。
少年は助けを求めている。石を投げて欲しいわけではない。
明らかに身なりのいい男が出てきて巻物のようなものを広げ、読み上げ始めた。
『おそらく罪状を列挙しているのだろう』
十秒ほどの、とても短いものだった。
歓声は次第に大きくなり、少年の足りない血を沸かせ、狂わせていく・・・
「あああぅうあぁうぅあぁ!!」
『俺が何をした、どうしてだ・・・』
首に縄をかけられ、少年の恐怖は絶頂に達する。
『怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い』
絶えることのない恐怖の螺旋、少年の脳は、意思を捨て、少年自身を守ろうとした。
その瞬間、どこからともなくやってきた空飛ぶ男によって、歓声が遮られた。
滲む視界の中、何とか姿を捉える。
『助けて』
「あぁう」
そうすると男は近寄ってきてこう言い放った
「任せておいて」
意識が途切れた。
目覚めると、少年は日光の射す、明るい部屋でベッドに乗せられていた。
「あぁ起きた?」
少年が起きたことを察知した男が語りかけてくる。
「あぁごめん、君、まだ喋れないんだったね。」
『あの人、俺のわかる言葉を使っている。』
「相手に分かるように伝えるのがマナーだからね、これからしばらくの間、僕が君の面倒を見るよ。」
『もしかして、心が読まれている?』
「うん!プライベートガン無視!」
『最低だ』
「特殊能力なんだからしょうがない。僕にとってはこれが日常なんだから気にするな。」
「そんなことより、聞きたいことがいくつもあるんじゃないの?ホラ、ここはどこ?とかアンタ誰?とかさ」
『答えてくれるの?』
「答えられる範囲でね」
彼の名はゼイルといい、俺を条件付きで釈放してくれたそうだ。また、辺境の地にある国立学校の教師をしているらしい。
。
『魔術師ってなんだ?』
「魔術を使う人」
『魔術ってなんだ?』
「自分の中に存在する魔力に性質を持たせて具現化するものの応用?かな。」
『俺になんの罪がある?』
「時使いの罪だね。かわいそうに。これは今から10年前に起きたある大事件に由来している。」
『というのは?』
「ここから先は君がもっと言葉をしゃべれるようになって、魔法をある程度覚えてくれたら話してあげよう。今は気が散るだけの胸糞悪い話だ。」
『俺を釈放した目的は?』
「その代役だよ」
「ただし、そのためには君が僕並もしくはそれ以上の功績を残し、後世に言い伝えられるような魔術師になる必要がある。」
『利用されてるみたいでいやだ。』
「悪いが君には利用されてもらう。と言っても世のため人の為が最もな目的だ。」
俺は記憶がなく、拠り所がない、もっと言えば食料や住居を確保する手段、人から逃れる手段を持ち合わせていない。
『俺の生活を約束してくれるなら従う。』
「意外と物分かりがいいんだね。」
「悪いようにはしない、むしろ君に世界を見る機会、そして救う機会、さらには幸せを教えてあげられる。」
「従ってくれるね?」
ゼイルは俺にまずはある程度魔法を扱えるようにするためには、学校に行くことを勧めてきた。
「僕が全部教えるのは無理があるから、色んな人に手伝ってもらうんだ。それに、成長はコミュニティの中で発生するものだと思っている。」
『でも俺は言葉が発せられない』
「そこは僕が教えよう。時間は多少かかるかもしれないが、話せるようになったら、学校に来てもらう。」
「じゃ、そういう事で。今日の夜には帰ってくる、朝ご飯を食べたら食器を洗っておいてくれ。」
ドアの前までゼイルが移動する。
「そうだ、君、自分の名前何にしたい?」
考えたことのない質問が飛んできた。
『思いつかない。ゼイルがつけてくれ。』
「うーんじゃあ僕が勝手に決めておくよ」
気付かなかったが、ゼイルは身長が高く、肩幅が大きい。この家にはまるで似合わないサイズだ。
「あ、言い忘れてたけど、ここ結構王都から離れててほぼ安全地帯ないからあんまり遠くまで行くと帰ってこれないよ。遊びに行くときは十分に気を付けるように。」
誰も知らない土地で遊びには行かないだろ。
ドアが閉まり、玄関が広くなる。
『・・・』
『朝ごはんでも食べるか。』
朝ごはんを済ませ、食器を洗い、・・・
することがなくなった。
目を滑らせると、本棚が見当たった。
果たして自分に読めるかと思い、手に取ってみる。
突如として本から光が生まれ、自分の体を包み込む。
『まずい・・!!』
しかし本の光はすぐさま消え、何事もなかったかのように光を失った。
チカチカする目を凝らし、中を覗いてみると、
『何も書かれてない。』
ゼイルも何考えているかわからない男だと思ったが、何も刻まれていない本を置いておくほどとは思っていなかった。
その後急激な眠気に襲われ、本を片手に眠ってしまった。
住民票の取得と生徒証の取得、あとは買い物と今いる子供たちにさっくり紹介をして、あとは・・・
そんなことを考えてる間に役所に着いた。
実はもう名前は考えてある。
「住民票の取得ですか?」
「ええはい、本人は来てないんですがいいですか?」
「はい、ゼイルさんには信頼を置いていますので。」
流石に人を信用しすぎじゃないか?
「助かるねぇ~人徳ってのはこうも活きるものなんだな。」
あれだけ人を殺しておいてなにが人徳だ。自惚れるのも大概にしろ。
「あで、名前なんだけど、善悪にかこつけてゼンって言うのでどうだい?」
「初めてまともな名前持ってきましたね!もうネタ切れなのでどうしようかと思ってましたけど、一安心です!」
今までもまともなつもりだったんだがな・・・
「じゃあ発行、お願いするね」
はい!と返され、少しの時間をおいて
住民票をもらった。
「これで入学できるね、子供たちの様子も見ていこうかな。」
僕の所属している学校は、学校というにはあまりにも粗末で、杜撰な構造をしている。
一応僕が校長だ。まぁ教師は3人しかいない(校長兼担任の僕、外向け担当の副校長、僕がいないときの代打の副担任の3人)し、なんなら今日は副担任1人のみで運営している。
対して子供は現在ゼンを除き7人となっている。ひとりひとり探し回って集めてきただけな上、辺境から辺境へ引っ越ししてもらう必要もあるため、生徒が集まらないのも当然だ。
そもそも特異な性質をよしとしない連中もいる。
「つらいねぇ、教師ってのは。」
そうこうしている間に学校が見えてきた。
発破のような音が響く
「こらジレン、あんまり怒って爆発してると、この間みたいに大怪我するぞ。」
「っく!だってだって無理だよ!どうやって魔力回路変更するかわからないんだもん!」
「黒板に答え書いてあるだろって!」
「どうやってその形にするのぉ~」
「授業聞いてなかったのか?」
「寝てた。」
「もう一回だけ説明するからな。ちゃんと聞いておけよ。」
やっぱり彼優秀なんだなと。
「やぁやぁ皆、ちゃんとジットのいう事聞いてるかい?」
「もっちろんよ」「うん」「あったりまえだ」「嫌い」「チェンジ」などなど、多種多様なフィードバックをもらった。
ジットは軍時代の後輩だ。彼の術式はかなり面白いし、強いがとんでもない頭脳労働を要する。
そしてさらに、信頼のおける副担任様だ。
「今は術式を組んでいるのかい?」
「はい。彼ら術式使わないでただ魔力で暴れまわってるだけなので、もういっそのこと術式組み立てくらいできるのではないかなと。」
術式とは、体内にある魔力を体外に放出する際、術式によってその魔力に特性を持たせるものだ。
「これは実体化魔法だね。ただ実体化するだけ。うーんシンプル!」
「先生たちが何言ってるかわかんない。」
ライが術式を完成させて近づいてきた。
「お、ライは読み込みが速いね~。」
「僕そもそもこの魔力を使う過程で何となく似たような感覚は持ってたので。」
まぁ創造魔法だしね。
ルキウスは立てなくなってるのでおそらく術式が完成しているのだろう。
レニーは・・・見た目じゃわからん。けど多分いつもやってるだろう!
アルマとメレクはそもそも使えるだろうし、セスは対価の問題であまり使いたくなさそうだ。
「あとは、ジレンだぞ。」
「ぐすん。」
「あぁあぁ泣かないでぇ~。」
「ゼイルさん性格悪いっすね。」
!?
ここは話をそらしてお茶を濁すに限る・・・!
「あそうだジット、新しく一人保護した。今はまだ言葉がしゃべれないが、覚え次第ここに来る。仲良くしてやってね。」
「今度はなに魔法です?」
呆れ気味にジットが聞いてきた。
「時間魔法さ。」
肩を揺さぶられ、目を覚ます。
「おーい起きろ~お勉強の時間だぞ~。」
「あ、すみません。眠くなってそのまま・・・」
ん?
ゼイルが目をパチクリパチクリしている。
「喋れるじゃん。」
「だね。」
「その本には?」
右手に抱えている本に目をやる。読める。
「この・・本は・・・使用されました。?」
「読めてるね。」
この本、もしや、さわってはいけないくらい高いのでは・・・
「いや、その勘は正しいが、本来このような形では発現しない。この本はもともと過去の人間との接触を図るため、術式を埋め込みながら綴り、読み手にあたかも自分がその光景、事実を知っているかの様に感じさせる魔道具のはずだが・・・」
リアルな教科書というところだろうか。
暫くゼイルは考え込んだ後、急に顔を明るくしてこう言い放った。
「明日から学校に行けるね!」
「急すぎる。」
読んでいただいてありがとうございます!次回をお楽しみに!