表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピエロ  作者: いっき
8/10

第七章 融合

「聞いたかよ? あいつ、今西……」


「聞いた、聞いた。マジで……キモいよな。拉致った子に猿轡して口を塞いで、何度も挿れたって話だぜ」


「うっわー、ドン引き。俺ら、今までそんなのと普通に喋って、ラグビーとかしてたのかよ」


 通学路、校門付近でそんなヒソヒソ話が聞こえた。


 そんな話をしているのは、他でもない。ラグビー部員の山川や古道だ。


 昨日までは同じ部員……同じ組織に属する仲間だったのに、もう自分達とは切り離している。それどころか、軽蔑し、非難し、退屈な日常に現れた『非日常』……話題のネタとして扱っている。


(お前らだって、同じだろ)


 僕は思う。


 誰だって、変わらない。

 誰だって、本当の醜い姿を隠している。

 自分の中に潜む『魔物』を隠している。

 皆の前では『自分』を演じている。

 ピエロの仮面を被っている……。


 校門付近では、大層な撮影機器を持った放送記者達が待機していた。彼らは、生徒達にマイクを向ける。


「いやぁ、彼は明るくて、皆の人気者で……全くそんなことするようには見えなかったですよ」


 マイクを向けられた生徒はヘラヘラと答えていた。


(同じだろ、お前だって……)


 そんな言葉が、僕の中を沸沸と熱くした。


「今回の少女拉致事件を起こした今西くん……どんな生徒でしたか?」


 校門を通り過ぎようとした僕にも、放送記者の好奇心本位とも受け取れるカメラが向けられた。

 僕はカメラに向かって一片も表情を崩さずに口を開いた。


「彼はピエロ……僕と同じです」


「ピエロ?」


 放送記者は、全く予想だにしていなかった不可解な言葉に眉を顰めた。しかし僕は、声を張り上げて堂々と主張する。


「彼は皆の前ではお調子者を演じていましたが、それは仮面を被っていたのです。本当の自分は醜く、少女の歪んだ顔を見てエクスタシィを感じる……それは僕も同じです。僕も皆の前ではピエロを演じているのです」


「ちょ……ちょっと、止めろ。取材撮影を止めろ!」


 放送記者は、突然の事故に慌てる。

 しかし、僕はそんなことはお構いなしに声を張り上げた。


「みんなも、同じなんじゃないですか? 放送記者さん。あなただって、そうでしょう? 仮面を被って、醜い自分を隠している。でも、本当は美しい者を汚したいと思っているんだ」


 放送記者達は即座に僕の側を離れ、突然の放送事故の処理にあたふたしている。

 僕はそんな記者達を尻目に……呆気に取られている生徒達の中を抜け、校舎へ入って行った。


 自分の言葉は真実だ。皆が目を背けている真実をありのままに語っただけ……。


 僕の中では、熱い血が燃えたぎり、逆流しているかのようだった。




 その日は授業にならなかった。

 教師は絶え間なく鳴る電話の対応に追われている様子だった。


 今西はあの日、公園にいた一瀬 朱美を拉致して、自宅に連れ込んで暴行した。

 両親は共働きのため、家には誰もいなかった。

 朱美はロープで拘束され口も塞がれていたため、音も声も出すことができず、近所に気付かれることもなかった。


 しかし、次の日……今西の部屋の押入れに監禁されていた彼女は、必死の思いで足を縛っていたロープを解き、押入れの壁を蹴り続けた。それは、外から聞くに微かな物音だったが……少女の失踪事件で神経質になっていた近所住民は不審に思い、警察に通報したということだ。


 憔悴しきった校長が体育館に全校生徒を集め、「不必要に不安を煽らないように」と釘を打って生徒は解散となった。



 鉄格子に向けられたピエロのニタァと笑った笑顔は、一歩ずつ僕に近付いてくる。

 身の毛のよだつ恐怖を感じていた僕はしかし、ピエロが歩を進める度に少しずつ恐怖が薄れてゆくのを感じる。


 何故だろう?

 それはきっと、こいつは自分自身だからだ。

 自分を覆い隠して醜い自分を隠していた自分自身。

 『本当の自分』を檻に閉じ込めていたこいつは、やはり……紛れもなく僕自身なのだ。


 そのことを理解するにつれて、僕は……僕の中に潜む『魔物』も、こいつと『融合』することに対する恐怖が薄らいできた。

 いや、寧ろ、『融合』したい。

 そうでなければ、自分は存在できないような気さえした。


 ピエロは不穏な笑みを崩さぬまま、鉄格子の間から僕に手を差し伸べる。

 僕は恐る恐る、その手を握る。


 ピエロと僕はゆっくり、ゆっくり歩み寄って近づき、そして……。

 融合して、一つになる……。



 朝。

 ニュースで、少女殺傷事件の犯人はやはり解離性人格障害と診断され、無罪判決が出たと報じられた。

 遺族の無念、悲しみは計り知れないものでしょう、ともキャスターは神妙な面持ちで話した。

 僕の母親は、「酷い話よねぇ」と眉を顰めた。


 しかし、僕はこの犯人は僕自身……そんな気がしてならなかった。

 あの夢はこの犯人の体験そのもの、夢の中で感じたエクスタシィはこの犯人のもの、そして、僕はあの公園で『第五の犯行』に及ぼうとした……。


 そんな考えが頭を支配するとともに、僕の心臓は強く拍動し、息苦しくなってくる。


 今西の事件については、『犯人逮捕……またしても高校生』と報じられていた。少女殺傷事件に影響を受けての犯行だったのだろう……とも。

 しかし、被害者は一人で死傷はない……という点で、取り上げられ方は心無しか小さいようにも思えた。




 昨日よりはやや落ち着いた様子の学校の教室に入る。

 クラスメイト達も落ち着いたのか、悪口の対象は僕になっていた。こいつらにとっては誰でもいい……誰かを魔物にしないとやっていけないのだ。


「相沢じゃなかったのな、犯人。絶対、やるような奴はあいつしかいないと思ってたのに」


「でもあいつ、放送記者のインタビューで、自分も同じ……とか言ったらしいぜ」


「うわっ、マジかよ。じゃあ、あいつがまた、今度は殺人事件を起こす……勘弁してくれよ」


 着席した僕に、そんな言葉が容赦なく浴びせられた。


(僕も同じ……確かに、その通りだ)


 僕の鼓動は速くなる。まるで、全身が脈打つかのよう。


(でも、お前らも、同じだろ。お前らも……)


 その時……


『ゴォォーン!』


 激しい耳鳴りがして、僕は頭を抱えこんだ。


 頭の中を、グルグルと回る。


 満員電車の中の真っ白な群衆。

 僕の中に潜む魔物に汚されて苦痛に顔を歪める少女。

 手にナイフを持ち、少女に近づくに連れて感じる高揚感。

 少女の背中にナイフを突き立てた瞬間のエクスタシィ。

 瞳の輝きを失いそうな少女の命が消失するまで突き続ける快感……自分の中に潜む魔物。

 罪悪感に震える、真の自分。


 そして、その全てをニタァと笑いながら見ていたピエロ……。


 それらが頭の中をグルグルとまるで竜巻のように駆け巡る。


「うわぁあ……」


 僕は声を上げる。


 目まぐるしいスピードでグルグルと回転する頭の中に付いて行こうと、僕の心臓は必死で速く、強く収縮する。


「あぁあ、わぁあー!」


 声を張り上げる。

 力の限り……。


 拍動が頭の回転速度に付いて行けない……。

 体の感覚が薄れてゆく。

 自分の体が自分のものではなくなる……!


 心臓は拍動を止めた。

 確かに止まった。

 

 そして、僕の中で分離した全ての領域……魔物、エクスタシィ、真の自分、そしてピエロ……。


 それらが、僕の中で融解する。

 融解した全ての自分はお互いの中へ溶け込み……融合してゆく。

 自分の存在を主張しながらも、互いを認め合い、融合する。

 融合したそれらは、ただ一人の『僕』になった。


 そして、僕の心臓はゆっくりと拍動を再開した……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ