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ピエロ  作者: いっき
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第六章 失踪

 リビングでの朝食中。あの事件に関するニュースが流れていた。


 あの少年は解離性人格障害を疑われ、精神科にかかっている。

 そして、その結果によっては……あれほどの事件、遺族の心にも甚大な爪痕を残したにも関わらず、無罪にもなる可能性があるということであった。

 いや、たとえ有罪になったとしても、少年法に保護された少年はさほど大きな刑罰を受けることはない。


 遺族の悔しさ、悲しみは計り知れないものでしょう……そう、ニュースキャスター達は口を揃えて言っていた。


 犯人にとっては、きっと、そんなことは知ったことではない。ただ、自分の中に潜む魔物が表に姿を出しただけ……遺族がどうとか、そんなことは魔物にとってはどうでもいいことなのだ。

 ただ、美しい者を汚した……その、言い知れぬ快楽に溺れている。


「次のニュースです」


 ニュースキャスターが顔を上げるとともに、画面の下の文字が切り替わった。


『小学生女児が公園で遊んでいる途中で失踪、また事件か?』の文字……そして、その失踪事件が起こった地域が映し出された。


 その地域の画像を見て、僕は凍りついた。

 それは、昨日、僕が少女に対し『変化』しようとした公園、まさにその場所だったのだ。


(ドクン、ドクン……)


 鼓動が鳴る。


 僕は昨日、あの公園で何もしていない。

 僕の中のあいつ……『魔物』が何かしようとしたが、寸前で母親が現れて未遂に終わったはずだ。

 そう。

 未遂に終わったはず……。


 テレビ画面が切り替わり、失踪した少女の写真が映された。


 ……違う。


 僕は、ホッと胸を撫で下ろした。

 『一瀬 朱美』という名とともに映された、髪をツインテールにした可愛らしい少女。いかにも、自分の中の魔物を燻らせそうな、そんな少女……。

 しかし、昨日、僕が手にかけそうになった少女とは明らかに違ったのだ。


(良かった、僕は何もやっていない……)


 安堵感はあったが、すぐに僕の中に疑問が生まれた。


(良かった? 本当に、良かったのか? 僕はただ、実行を阻まれただけだ。あの時、母親が現れていなければ、僕はきっと少女を自分の歪んだ欲望のままに……)


 そんな疑問が自分の中に渦巻くと、僕の全身が心臓になったかのように強く脈打ち、息苦しくなる。


 それに、『朱美』という名前。何処かで聞いたような気がする。

 そう、何処かで……。




 今日もいつもと同じように、電車に乗り込む。いつもと変わらない……真っ白な群れとともに、揺られる。


 真っ白で空っぽ……そんな僕の目は、ある一人の少女の瞳と合った。激しく怯えながらも、強い怒りをもって僕を睨む瞳。


 セーラー服を着たこの少女……知っている。

 僕……いや、僕の中にひそむ『魔物』が汚した。


 この少女の、醜いものに対し強い怒りと軽蔑を向けるこの眼差しを受けると、僕の全身をムズムズと痒くさせるような快感が通り抜けた。その快感はまたしても『魔物』を目覚めさせ……その少女の瞳に向けてニタァと醜い笑いを向ける。

 その瞬間、少女は凍りついた。


 まるで金縛りにあったかのように動きを停止し、ガタガタと震える。

 遠目からだが、分かる。少女は今、醜いものから与えられた恐怖に全身に鳥肌が立ち、小刻みにガタガタと震えている。

 そして、その恐怖を与えているのは他でもない、自分だということに……僕は至上のエクスタシィを味わうのだ。


 僕はゆっくりと少女に近付く。

 少女は、蛇に睨まれた蛙のように微動だにできず、ガタガタと震える……。


 その時、電車が停止してドアが開いた。

 外へ向けて、少女も共に流されてゆく。


 それと同時に、僕は魔物を封印する。

 今日もまた、教室という舞台で、いつも通りの日常が始まるのだ。

 そう、いつも通りの……。


「うっわ、来たぞ。少女連れ去りの犯人が」


 教室に入った途端に、誰のものとも知れないそんな言葉が向けられた。


「ホント、この辺りで失踪が起きたって、あいつに決まってるよな。だってあいつ、強姦殺傷事件の犯人とそっくりだし」


「キッショ。やめてくれよ、ホント」


「犯人と同じクラスだったってだけで、俺らの履歴にも傷がつくって」


 好き放題な言葉が飛び交う。

 僕はそんな言葉は極端に無視して自分の席に着く。

 すると……


「ぼ、ぼ、僕は、一瀬 朱美なんて連れ去ってなんかないぞぉ」


 僕の前にこいつ……今西が現れた。

 他のクラスメイトは皆、引いているのに、こいつだけは何故かいつも通りに絡んでくる。


「おい、今西。やめとけよ」


 周囲からそんな声が聞こえるが、こいつはやめずに僕の顔近くで変顔をしながら叫んでくる。


「あ、あ、あいつが勝手にし、失踪しただけだぁ」


 何だろう。

 今日のこいつはいつもと違う。

 僕に絡むことで……いつも通りに僕の元へ茶化しに来ることで、辛うじて『自分』を保っているような、そんな感じ……。


 そして、僕もいつも通りのピエロの返しをする。肩をガシっと掴んで声を張り上げた。


「お、お前、ぼ、僕を誰だと思ってんだぁ! ソ、ソ、ソロバン五級だぞぉ! い、いい加減しぉお!」


「うわっ、今日も安定のキモさ!」


 そう言って、今日も大袈裟に仰け反る。

 しかし、どういうワケか、今西の肩はガクガクと震えていた。


 まるで、自分の正体が分からずに怯えているかのように。

 そう、今西……彼自身の正体に。



「ホンマ、あいつ、意味不明。ソロバン五級みたいな微妙な肩書き、声を上げて言うほどのもんじゃないって言う」


 今西はいつものように……いや、無理にいつものように振舞い、ゲラゲラと笑いながら、他のクラスメイト達の元へ戻る。

 しかし、そんな彼を今日は誰も相手にしなかった。


 その晩だった。

 僕の家の前を、何台ものパトカーがサイレンを鳴らして通り過ぎた。


(どうしたんだ……何があったんだ?)


 そのサイレンが聞こえる度に、僕の背筋は凍りついた。

 部屋のベッドの上で、両膝を抱きかかえて布団を被り、小さくなった。無意識的に、体がブルブルと震えた。


 あのパトカーの群れが僕を逮捕しに来たのだとしても、おかしくない。

 いや……可能性は大ありだ。


 僕は自分の内なる魔物に支配されて、電車の中と路地で少女を三人も汚した。

 自分の意識は宙にあったとしても……少女にとっては僕は犯人だ。

 少女達は被害届けを出して、警察はその特徴から僕を捜索しているだろう。

 このパトカーは、僕の家を包囲しているのだろうか。

 そして、僕は一生消えない『性犯罪者』という烙印を押されるのだろうか。


 ピエロとも魔物とも違う、自分の中の『素』が、一晩中、ガタガタブルブルと震えていた。



 僕のクラスメイトの今西が、自宅の部屋にあの少女……一瀬 朱美をロープで拘束して監禁していたということを知らされたのは、一睡もできなかった翌朝のことだった。

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