【意味が分かると怖い話】格闘ゲーム
格闘ゲーム好きの男がいた。その男は、常日頃から強くなりたいと考えていた。夢は世界大会優勝。自身の目標のため、男は毎日の数時間を格闘ゲームに捧げていた。
ある日のこと。男は自宅への道を進んでいた。地元で行われた小規模大会の帰りだった。予選を抜けることはできた男だったが、惜しくもランキング外で落ちてしまったのだ。男にとっては何度目かの、悔しさに満ちた帰路だった。
自宅の扉の前まで来て、男はあることに気が付いた。誰かに見られている。視線を感じたのだ。男は振り返る。声がかかった。
「旦那、ゲーム、強くなりたいんでしょ?」
そこには、見知らぬ少年が一人。小学生と中学生の間くらいの、赤い帽子を身に着けた少年。男は言う。
「なんだと?」
ニカッと少年は笑う。白い歯が見えた。男にはその様子が不気味に映った。
「強くしてあげるよ。ただし、代償込みで」
当然男にはわけがわからない。大会帰りと悔しさとで疲れていた男は、適当にあしらうことにした。
「強くしてくれるんなら、ぜひそうしてもらいたいね」
それだけを言って、少年の顔も見ないまま、扉を開け、扉を抜け、扉を閉めた。男はすぐに寝た。
■
翌日。格闘ゲーム仲間の友人が遊びに来た。雑談もそこそこに、ゲームを起動する。コントローラーを握る。
その時男は、いつもと感覚が違うような気持になった。いつもより画面がよく見える。いつもより指先が動かせる。いつもより頭が働く。いつもなら勝って負けてを繰り返す友人相手だが、今日は圧勝できるような気がした。
予感は当たった。自分のキャラクターの攻撃が全部当たる。相手の攻撃がまったく当たらない。その日の初戦、男は友人を完封した。
「どういうことだ? おまえ、昨日の大会で悔しい思いをしたからって、一日で頑張りすぎじゃないか?」
友人は冗談めかしてそう言うが、男は別のことを考えていた。あの少年だ。昨日までの自分がこんなにまで強くなかったということを、男は痛いくらいに知っている。あの少年が、何かをしたのだ。
では、……その代償とは? 男は恐ろしくなった。
男のその恐怖心がゲームから気持ちを逸れさせた時、友人のキャラクターの放った一撃が、男のキャラクターの、ちょうど背中にあたる位置にヒットした。
「いてっ」
そう叫んだのは、男だった。背中に痛みが走ったのだ。男は初め、友人が背中を叩いたのだと思った。
「おまえ、今、おれの背中叩いたか?」
友人は怪訝な表情をしつつ首を横に振った。友人のそれが嘘や演技でないことはすぐにわかった。そして男は、少年の言う『代償』が何であるかを理解した。
■
それまではまったく適わなかっただろうプレイヤーに、次々と勝った。以前に参加したものよりもいくらか大きな大会。本来の自分なら、すでに敗退しているような順位。男は強くなっていた。
観戦席や、ネット配信のコメント欄では、男はダークホースとして一躍名が知れることとなった。それは、男がずっと見ようとしていた景色だった。
その大会で、男は優勝した。前回王者を打倒しての優勝だった。
みんなが男を祝福した。男はその祝福の声を一身に浴びた。……背中や、腹や、腕や足に残る、小さくない、青黒いあざの数々を隠しながら。
■
華々しき優勝から一年。舞台はアメリカ、男が夢にまで見た世界大会。男は勝ち進んでいた。大きな大会に参加するほど、強いプレイヤーと対戦するほど、どうしたって男の操作するキャラクターはいくらかの攻撃を受けた。しかしそれでも、男は負けなかった。
あざは男の顔にまであった。全身が痛んだ。ボクシングの試合の後のようだった。口元に攻撃を受けた時には、血の味も感じた。これが勝負の、あるいは勝利の味なんだと、男はそう考えていた。男はあの少年に大きく感謝していた。
準決勝。ギリギリのところで、相手の動きを読んだ男の攻撃が見事にヒットし、男は勝利した。次はいよいよ、決勝戦。
聞くところによると、決勝戦の相手もまた、男のように突然界隈に現れたプレイヤーらしい。その者の名前を、男も知らなかった。
どんな相手なのだろう。そう思いながら決勝戦を行う舞台へと登る。反対側から、決勝戦で戦うことになる相手が登ってくる。
絶対に勝つ。男は意気込んだ。
……その意気込みは、すぐに消え失せた。男はすべてを悟った。目の前に立つプレイヤーの顔には、いくつもの、小さくない、青黒いあざがあったのだ。