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薄暗い雑居ビルの一室からほのかな灯りが漏れていた。
灯りの下には数人の男たちの姿があった。
黙ったままで進んで口を開こうとする者はいなかった。
彼らは互いに無関心でいるように努めているようだった。
偶然にも男たちのテナントを要する5階の窓からだけは街全体を見下ろすことができた。
もっともテナントの所有者はこの偶然にさほど興味はないようで、窓には常にブラインドが張られていた。
それは彼らがこうした景観に対する美意識とか住居に対する拘りに無関心であるからだけでなく、彼ら自身が世間に対して息を潜めていなければならない類の人間だからに他ならない。彼らの無口さの由縁もそのあたりにあるのだろう。
ブラインドカーテンの隙間から、まばらに行き来する人影が確認できる。19時を回り、近くの歓楽街の喧騒がビルのある路地裏にも届き始めていた。
表通りの人の波は、仕事帰りの勤め人や、遊び疲れた若者に観光客、そして彼らを取り巻く種々の商売屋で構成されていた。そのうちの何人かが吸い込まれるように暗がりに足を踏み入れる。
しかし、偶然迷い込んだ者達とビルの男達が交わることはない。
住む世界が異なることを示すかのように正面の入り口には厳しい表札があった。
中村興業
古ぼけたドアとは似つかわしくない力強い筆文字で記されたそれは、他所の人間の来訪を強く拒んでいるかのようだった。




