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遭遇

 散華と名乗った女との出会いから、一週間が経過した。曙駿太はその間、想像の中での暴力行為を意識して控えていた。


 改心したのでは無い。散華にまたあの一面白い世界に連行される事を恐れたからだ。


 テレビで流れる気象予想は、近々関東が梅雨入りすると報じていた。


 駿太はよく、他業種の人間から車の配達なら雨なんて関係ないだろと言われる。駿太はそう言われる度に、現場を知らぬ者の戯言と内心吐き捨てていた。


 一日に百個以上の小包を配達するのだ。それはつまり、百回以上車から乗り降りすると言う事だ。


 車の外に出れば雨で身体は濡れる。両手に持った小包もだ。箱が雨で濡れていると客から苦情を言われない為にも、駆け足で玄関まで重い小包を抱えて行く。


「······本当に荷物が増えたな」


 ハンドルを握りながら、ここ数年幾度となく呟いた台詞を駿太は口にした。スマホからの気軽に注文できる商品の一つ一つが、駿太達物流業に携わる者達の喉元を締め上げて行く。


 そして更に、これからはお中元シーズンと言う繁忙期に突入する。それを考えるだけで、駿太は憂鬱な気分になった。


 昔はまだ昼の休憩時間が取れたが、最近は車内で握り飯を数分で胃に押し込む時間しか無かった。


 小包の配達状況を管理する端末は、携帯電話の機能もあり、客や営業所から頻繁に呼び出される。


 小包の再配達には時間帯が決まっている。たが自分勝手な客達は、そんなルールをお構い無しに自分の要求を押し通して来る。


「帰宅が遅いから一番遅い時間に来い」


「こらから出掛けるから二十分以内に来い」


 更に駿太達配達員を苦しめるのは、インターホンの故障。掃除機の音。耳の遠い老人だ。


 玄関前で幾ら呼びかけても、それらが原因で在宅の住人は出て来ない。そして不在通知を投函すると、何故在宅していたのに不在通知が入っているのかと客は怒る。


「いい加減にしてくれ」


 この台詞は、駿太だけでは無く配達業務に携わる全ての労働者の言葉だった。物流サービスは客を甘やかし過ぎた。


 そしてそのツケが、早晩この業界を崩壊させると駿太は確信していた。否。既に崩壊は静かに始まっている。  


 キツイ仕事に人は集まらず、慢性的な職場の人手不足は現場の人間を消耗させて行く。若者達が後に続かず、職場に残る中堅者達の平均年齢は上がる一方だ。


 農家の平均年齢が異常に高い事情と少し似ているかもしれない。そう駿太は考える。そして極めつけは交通事故を起こした時だ。


 物流業界に置いて、交通事故を起こした者は犯罪者扱いさせる。事故は相手と自分の命に関わる事なので、絶対に発生させてはならない。


 だが、軽微な事故も多々ある。例えば車同士が僅かに接触するケースなど幾らでもある。だが、駿太達の業界では事故は事故だった。


 事故を起こした張本人は、犯罪者扱いされ社内で吊るし上げられる。事故の原因究明と再発防止が名目だか、会議の中で被告は精神的リンチを周囲から受けるのだ。


 急いでいたから。焦っていたから。そんな言い訳は失笑され無視される。幸運にも駿太は事故を起こした事は無いが、事故究明会議には何度か出席した経験がある。


 事故を起こした張本人が上司達から責められるその姿は、痛々しく見ていられない光景だった。


 社内で事故が立て続けに発生すると、会社は安全が最優先だと目くじらを立てる。だが、それが落ち着くと、再び現場の人間を焦らせ、残業代を圧縮させようとする。


「うんざりだ。どいつもこいつも」


 勝手な客と横暴な上司に挟まれ、駿太の仕事へのモチベーションは下落の一途を辿った。


 ため息をつきながら車を路肩に停車させ、次の配達先の花屋に小包を届ける。荷物を花屋の店員に渡し、駿太は車に戻ろうとした時だった。


 目の前の道路で、悪質な煽り運転を目撃した。白い軽自動車の後ろから、大型トラックが車間距離も開けず煽っていた。


「酷い運転をしてやがる」


 苦々しく駿太は言い捨てた。あんな輩がいるから事故が減らないのだ。駿太はトラック運転手に天罰が落ちる事を祈った。


 その時、駿太はあり得ない光景を目にした。軽自動車を煽っていた大型トラックが、突然宙に浮いたのだ。


 トラックは空中に浮いたと思ったら、猛スピードで空に向けて上昇して行った。駿太は絶句して空の彼方に消えるトラックを見送った。


 トラックに煽られていた軽自動車が停車し、ドライバーが窓から駿太を見ていた事など本人はまるで気づかなかった。


「······あの。もしかして、曙駿太さんですか?」


 空を見上げ続けていた駿太は、その声を聞き視線を下界に戻した。駿太の目の前は、眼鏡をかけたスーツ姿の男が立っていた。


 

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