8話 VS魔法使い
魔族との戦いを終えてから一月あまり後、ペケペケ達は特に問題もなく王国首都にある城へと辿り着いていた。
俺は彼らの後を追い、現在は城のすぐ側の空で雲として漂っている。
本音を言えば帰還途中と同様に、薄く伸ばした雲をペケペケの側に飛ばして、彼女の様子を逐一確認したかったのだが、それは出来なかった。
ペケペケの後を追って城の中に入ろうとしたのだが、謎の結界によって侵入を阻まれてしまったのである。
〈ぬぬぬ、さすがは異世界。こういった謎技術もこの世界には存在しているのか〉
誠に残念ではあるが俺はペケペケの24時間監視を諦め、代わりと言っては何だが王国首都の様子を眺めていた。
王国の城は魔族の城に負けず劣らずの威容を誇る立派な建物だったが、城下町には活気がなかった。
住居の大半はボロボロで、住民には覇気が感じられない。
派手な見た目の王子に率いられた大軍だったので、さぞかし金があるのかと思いきや、どう見ても民は疲弊し、生活にゆとりはなさそうである。
もう少し周囲を確認してみようと考えた俺は、身体を持ち上げて遥か上空から王国全土を俯瞰してみた。
その結果、作物の実りは良く、野生動物も豊富で、結構な数の畑や牧場を国中で確認することが出来たのである。
だが、そこに住んでいる国民達には元気がない。
彼らは城下町の住人と同じようにボロをまとい、ほとんど全員やせ衰えていたのである。
国土は広く、作物の実りも豊かで、家畜も充分にいるというのに、国民は貧乏で痩せている。
これはつまりあれだ。彼らを支配している王族だか貴族だかが、重税を課しているかさもなくば暗愚で、民衆を苦しめているのだろう。
槍王子をはじめとして軍の幹部連中が皆こぞって着飾っていたことからも、一部の特権階級のみに富が集中している歪んだ構図を感じ取ることが出来た。
だが、それに気付いた俺は特に彼らを助けようとは思わなかった。
よくある英雄譚であれば、民を搾取する王侯貴族を打倒し、彼らに成り代わるために国盗りの一つでもするのだろう。
だが俺は英雄でなければ勇者でもない、ただの単なる雲なのだ。
友達であるペケペケの手助けなら喜んで行うが、見ず知らずの国民のために働こうとは露程も考えなかったのである。
俺はひとしきり王国の実情を観察し考察した後、そう結論づけて首都の観察に戻ることにした。
城下町は軍の帰還以降、ずっとお祭りが続いている。
観察していて気付いたのだが、どうやら王国上層部は今回の戦争の理由を魔族達からの一方的な侵略行為だと民衆に説明していたらしいのだ。
そんな相手を倒してきたのだから、盛り上がるのも不思議ではない。
この世界では正確な情報を得る手段などない。
民衆は王族からの発表を真実として受け入れ、魔族にも家族がいるとか、軍人が戦場で酷いことをしてきたなんて考えもしないのである。
彼らは単純に戦争の勝利を喜び、祝い騒いでいるに過ぎないのである。
そして当然、ここ数日に渡り、城内でも戦勝式典が開かれていた。
つまりしばらくはパーティー三昧の日々が続くこととなるのである。
英雄であるペケペケもまた、忙しい日々を送ることになるのだろう。
唯一の友達に会える機会が少なくなるのは残念だが仕方あるまい。
これまでだって、同行者達の目の盗む必要があったので、週一くらいでしか会うことが出来なかったのだ。今更ではないか。
〈まぁ、幸いにして時間はある。気長に待つさ〉
などと考えていた俺であったが、事態は思っていたよりも大分早く動いた。
ペケペケ達が城に到着した数日後の深夜に、予想もしていなかった事件が起きたのである。
「それでね、それでね。魔法使いが勇者のお姉ちゃんと剣士のお姉ちゃんを襲うための準備をしているんだって精霊さんが教えてくれたの。だからペケペケはお姉ちゃんに気を付けてねって言おうと思ってお屋敷を訪ねたんだけど、槍王子に殴られて怖いおじちゃん達に攫われちゃったの。酷いでしょう、くもさん!」
○
俺は今ペケペケを自らの体の上に乗せて、一目散に王国の首都を目指していた。
昼夜問わずペケペケが訪れた城と城下町の監視をしていたところ、夜更けに一台の馬車が大通りを突っ切って、そのまま街の外まで猛スピードで飛び出していったために、興味を覚えて御者の会話を盗み聞きしたのだ。
まさか馬車の中にペケペケが捕まっているとは想像もしていなかった。
だが、結果として彼女を助けること繋がったのだから、我ながらグッジョブだと言えるだろう。
俺は馬車の進行方向に先回りして、草原に霧のように薄く広がり、馬車を引く馬の視線を騙して、草原の中をグルグルと走らせ続けたのである。
そして馬車の扉が開くと同時に中へと突入。
捕まっていたペケペケを無事に救出することが出来たのだ。
ちなみにその後の盗賊達の殺害は俺の仕業ではない。
風を操りかまいたちを発生させてペケペケの拘束を解くや否や、どこからともなく集まって来た精霊達がペケペケを傷付けた彼らをあっという間に殺害してしまったのである。
盗賊達の死体を見ても顔色一つ変えなかったペケペケを見た俺は、彼女のこれまでの人生の過酷さを思い知り瞠目することとなった。
捕まって殺されかけたことを怖がり泣くのは当然だとしても、目の前に転がる死体を見て泣かないのは十歳の少女としては異常だろう。
そんなペケペケを慰めた後、俺はペケペケから事情を聞き、こうして勇者と剣士の二人を救いたいというペケペケの願いを聞き届け、彼女に手を貸しているのである。
あの二人の前にも何度か姿を見せたことがあったが、二人は俺を認識できなかった。
ペケペケも俺の正体をしゃべるつもりはないようだし、俺と彼女達には直接の繋がりはない。
だが友達の友達はみな友達という言葉もある。
ペケペケが彼女達を救いたいと願うならば、俺に否はないのだ。
断ったところでペケペケは一人でも行くだろうしな。
精霊さんがいるとはいえ、油断していれば今回のように不意打ちを喰らって能力を封じられる可能性も否定できない。
幼い少女を一人きりで、悪漢の下へ向かわせるわけにはいかないだろう。
例えこの身が雲となろうとも、一人の男としてそれは選んではいけない選択肢のはずだ。
そもそも今や俺にとって、ペケペケの存在は神にも等しい。
彼女が俺を認識した時点で、俺は一人ぼっちの孤独から開放されたのである。
正直彼女を失ってまた一人ぼっちになったりしたら、俺は耐えられる自信がない。
だから彼女の命が危ないのなら、俺は喜んで手を貸すのである。
だからといって、彼女の意向を無視してペケペケを攫って二人で安全な場所へ逃げようなどとは思わない。
優しいペケペケは、お姉ちゃん達の危機に駆けつけられなかった自分を責めてしまうだろう。
そうなったらペケペケの笑顔が曇る。
それでは駄目だ。雲が曇らせるのは天気だけなのである。
少女の笑顔を曇らせるなどあってはならないことなのだから。
だから俺ができる最良の行動とは、ペケペケと共に彼女達を助けることなのである。
俺は順調に飛行を続け、遂に城下町が視界に入る所まで辿り着いた。
しかし俺達は城下町には入らなかった。
ペケペケを乗せた俺が、急に方向転換をしたからである。
突然の方向転換に驚いたペケペケが、慌てて俺に語りかけてきた。
「くもさん! 違うよ、くもさん! お城はあっちなんだよ、こっちじゃないよ!」
X
「違うの? 違わないよ? 間違いないよ、あっちだよ」
→
「なあにこれ、矢印? あっ! ひょっとしてお姉ちゃん達はこっちにいるの?」
○
「え~と、う~んと……。あっ! あれだね! ありがとう、くもさん! ペケペケは気付かなかったんだよ!」
実際俺にしたって気付いたのはただの偶然だ。
前ばかり見ていたペケペケは見落としたのだろうが、飛行中だった俺は視界の端に赤い光が夜空を貫くのが見えたのである。
俺があの光を見間違えるわけがない。
女勇者の熱光線だ。
今のところ俺の身体を蒸発させた唯一の攻撃なのである。
ペケペケから女勇者が魔力を高熱に変換してビームのように利用していると聞いていた俺は、光を見た瞬間にピンときたのである。
そんなものをこの真夜中に街の外で撃っているのだから、あそこに女勇者がいることは間違いない。恐らく何かトラブルが起きているのだろう。
俺はペケペケを乗せたまま、夜の空を熱光線が発射されたと思しき場所を目指して突き進んでいった。
そうして辿り着いた暗闇の街道のど真ん中では、二人の女性が倒れているではないか。
暗くて顔は良く分からないが、シルエットからでも判別できる。女勇者と女剣士の二人だろう。
彼女達は馬に乗った何人もの男達に包囲されていた。
おまけにそのうちの一人が、女勇者の上に伸し掛かって服を剥ぎ取っていたのである。
「こらー! お姉ちゃん達をいじめるなー!」
〈!?〉
それは女性二人が乱暴されようとしている場面に遭遇し、とりあえずあの男達を二人から遠ざけようかと考えていた矢先の出来事だった。
あろうことか守るべきペケペケが、俺の身体から飛び降りて地面に向かって急降下していってしまったのである。
重ねていうが今の俺は雲であり、地上数十メートル上空を文字通り飛んでいたのだ。
この高さから落下すれば普通の人間ならば間違いなく死ぬ。
しかしペケペケは落下の最中に精霊を呼び出した。
翼を持つ精霊の力を借りて、彼女は無事に地上へと降り立ったのである。
突然空から降ってきたペケペケに二人を襲っていた男達は驚いたようで、ギョッとしたように動きを止めていた。
そこにペケペケからの容赦のない先制攻撃が入った。
正確にはペケペケに頼まれた精霊の攻撃であるのだが。
先程盗賊達を殲滅した一撃と全く同じものだった。
一番始めに盗賊の頭を撃ち抜いたのと同じ光線が、女勇者に伸し掛かっていた男の体に直撃する。
しかし男は吹き飛ばされはしたものの、すぐに立ち上がって態勢を整えた。
どうやら男は身体の周囲に城に使われていたものと同様の謎バリアー展開し、精霊からの攻撃を防いだようなのだ。
倒れた女性達を取り囲んでいた男達は、全員が吹き飛ばされた男の前に立ちはだかっている。
どうやら彼らは強姦魔の取り巻きであるらしい。
部下でも配下でも構わないが、取り巻きと呼んだほうが下っ端感があるのでそう呼ぶと決めた。今俺が決めた。
俺は彼らの様子を上空から眺めている。
俺の存在はペケペケ以外には知られていない。
現状、相手の力量はさっぱり分からないのだから、いざとなれば手助けができるようにと、気配を殺して戦況を見守ることにしたのだ。
「なっ!? 馬鹿な、ペケペケだと!? あの無能王子! きちんとトドメを刺さなかったのか!」
「正体を見たぞ! やっぱり悪者だったんだね、魔法使い!」
「ふん、そういえば貴様は出会った当初から俺様のことを嫌っていたな。参考までに教えてもらえないか? 貴様はこの完璧な俺様のどこらへんを見て悪者だと判断したのだ?」
「味方の兵隊さんごと魔法で吹き飛ばすような人が良い人な訳ないじゃない!」
〈マジかよ。じゃああいつがミスター・フレンドリーファイアって奴か!〉
俺は行軍中に兵士達の会話を盗み聞き、勇者一行の噂を大量に仕入れていたので相手の正体を一発で看破することが出来た。
勇者一行の一員である魔法使い。
公爵家出身のイケメンで、最初の旅路からペケペケと共に旅をしている仲間の一人である。
しかし仲間内の評判は最悪の一言。
何故ならば彼は、強力な魔法を扱える魔法使いではあるものの、同時に味方の被害を一切気にせず、味方もろとも魔法をぶっ放すという悪癖を持っていたからだ。
後方から味方を援護するのが本来の魔法使いのあり方だというのに。
エリート意識が強すぎて、守るべき民達を同じ人間と見ることが出来ず、彼が魔法を唱えると、勇者やペケペケは彼の攻撃から人々を護るために力を使わざるを得なかったという。
兵士の間では、彼の前には決して立ってはいけないという暗黙の了解まであったのだそうだ。
なにしろ彼が殺した数は、敵よりも味方の方が多いというのだから。
ついた異名が、ミスター・フレンドリーファイア。
ペケペケは仲間に牙をむいた悪しき魔法使いに一人勇敢に立ち向かっている。
俺はそんなペケペケを守るために眼下の戦いを注視するのだった。