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7話 くもさんの戦の後始末その2

 魔族との戦いに勝利した兵士達は、国に帰ってから行われるであろう豪華な歓迎式典に思いを馳せながら安らかな眠りについていた。

 王国の民衆は彼らの勝利を讃え、偉大なる王様は十分な報奨を与えてくれるはずである。

 なにしろ魔族から回収した金銀財宝は目も眩むほどの量であり、当初の予定よりは少なくなったものの、見目麗しい魔族の女達を大量に捕らえることに成功したのだから。


 戦に勝利した上に戦利品も多いとなれば、戦争に参加した兵士達にいくばくかの追加報酬が支払われるのは珍しいことではない。

 流石に魔族の女を支給されることはないだろうが、臨時収入があるのだから娼館に何度か通っても、いくらかは手元に残るはずだ。


 幸福な未来を夢に見ながら、彼らは静かに眠っていた。

 しかし予想もしていなかった事態の発生により、彼らの人生設計は大幅な変更を余儀なくされたのである。



 カンカンカン! カンカンカン!


「どうした! 一体何事だ!」


 ペケペケに槍王子と呼ばれていた魔王城攻略の総大将を務めている王国の王子は、深夜の安眠を妨害された不愉快を隠そうともせずに、怒声を上げながらテントから姿を現した。

 彼のテントに特別に用意されたベッドの上には、幾人もの女性の姿が確認できる。

 彼女達は全員、王国に仕えている女性兵士だ。


 お国のために命を散らす覚悟ではるばる魔族の国にまでやって来たというのに、女好きで知られる王子に見初められたのが運の尽き。

 悪夢のような一夜を経験した彼女達は、揃って枕を濡らしていた。


 しかし彼女達には悪夢であっても、王子にとっては日常茶飯事の出来事である。

 彼にとって世界とは、自分の思い通りに動いて当然のものだったからだ。

 全ての女は自分にかしずき、全ての財宝は自分の下へ集まって当然だと考えていたのである。


 しかし彼が受け継ぐことになる王国の財政は破綻寸前だった。

 何故なら代々の王族達、つまりは彼の祖先達が、揃いも揃って浪費家だったからである。


 だから彼は、破綻寸前となった王国の財政を再建するために、魔族の国へ戦争を仕掛けようと提案したのだ。

 勇者と剣士と精霊使いを呪いのネックレスを使って無理やり配下に組み込んだ彼は、つい昨日計画通りに魔族の国を滅ぼして財政を再建するに十分な財宝と奴隷を手に入れたのである。


 だから今夜の彼はご満悦だった。

 ご満悦過ぎて、いつもより大分ハッスルしてしまったくらいだったのである。


 彼にとって今夜は勝利の夜だったのだ。

 そんな重要な夜が不愉快な鐘の音で汚されたのだから、彼の怒りたるや相当なものであった。


 テントから出てきた彼は、そこでようやく雨が降っていることに気が付いた。

 彼は雨が嫌いである。

 生きとし生ける者、その全ての頂点に立つ、と信じている彼であっても、天候だけはどうすることも出来ないからだ。


 寝る前に雨は降っていなかったはずである。

 魔王を倒すと同時に魔族の城の上空にあった雲も消えたと思っていたのだが、いつの間に降り出していたのだろうか。


 まぁ雨に文句を言っても仕方があるまい。

 気を取り直した彼は、もう一度声を張り上げた。


 その声に反応したのだろう。ようやく一人の兵士が彼の下へとやって来た。

 遅い。そして汚い。

 いつもなら身だしなみに一点の曇もない兵士がすぐ側に控えているというのに、随分遅れてやってきた兵士が泥まみれだったことに不満を覚えた彼は、その兵士を激しく叱責した。


「一体これは何の騒ぎか!? それと貴様! この私を待たせるとは一体どういう了見だ!」

「申し訳ございません、王子殿下! 原因不明の大雨の影響で、陣地近くの川が氾濫を起こし、食料や武具、そしてこの度の戦いで手に入れた財宝や奴隷が根こそぎ流されてしまい、その回収に全ての兵士が駆り出されているのです!」

「それがどうした! ……何? おい、貴様! 今何と言ったのだ?」


 王子は兵士がグダグダと言い訳を並べたことを不快に思い、内容を良く吟味もせずに彼を叱りつけてしまった。

 しかし兵士が語った内容を理解するや否や、彼はもう一度兵士に内容を問い質す羽目になる。


 兵士は確かにこう言っていたのだ。

 食料と武具と財宝と奴隷が、根こそぎ濁流に飲み込まれたのだと。


「貴様、報告はもっと正確に行え! もう一度始めから言ってみろ。一体何が起こったのだ!」

「報告いたします! 夜間から振り始めた雨は、一時凄まじい豪雨となりこの陣地の周辺一帯を水浸しにいたしました! その際、陣地のすぐ側を流れる河川が氾濫し濁流となり、僅かではありますが陣地の中にまで到達してしまったのです!」

「な……何だと!?」

「そしてその濁流が到達した地点は、今回の戦いで手に入れた財宝と捕らえた奴隷達を閉じ込めていた牢獄。更には食料の大半と武具の大部分が保管されていた場所だったのです。現在兵士達が総掛かりで流された食料の回収を行っているところです」

「食料! 馬鹿な、何故食料などを優先させているのだ! 財宝だ! 奴隷だ! まず優先すべきはその二つに決まっているではないか!」



 王子は恥も外聞もなく兵士に向かって喚き散らした。

 この戦いで獲得した財宝と奴隷がなければ王国の財政は破綻するのだから無理もない話である。

 だが兵士は何故王子がこのような反応をするのか理解できなかった。

 王国の財政が火の車であることも、戦争を起こした本当の理由も知らないのだから当然と言えば当然の反応である。


 だから彼は至極当たり前のことを王子に告げたのである。


「お言葉ですが、王子殿下。財宝があってもこの場では食料を買うことは出来ません。奴隷がいれば、彼女達にも食料を分け与えなければなりません」

「だからどうした! そんなことは当たり前のことではないか!」

「そうです。人が生きていくためには食料はどうしても必要となるのです。そして食料がなければ我が軍の大半は飢えてしまうのです! ここは王国ではなく魔族領。しかも魔王の城のすぐ近くなのです。ここで食料を失うようなことがあれば、我々は王国に帰ることが出来なくなってしまいます」

「なっ!? ぐっ、馬鹿な! そもそも何故食料を一箇所にまとめておいたのだ!」

「王子殿下の指示だったと聞いておりますが……」

「なんだと! ……いや、そうか。そうだったな」


 王子は頭に血が上ってはいたものの、自分のしでかした行為くらいは覚えていた。

 城も街も陥落させて、人質となる奴隷も大量に確保したのだから、わざわざ食料を分散しておく必要はないと、宣言したのは他ならぬ王子自身だったのである。


 王子はギリギリと拳を握り、口を引き結んで血を流した。

 財宝も奴隷も手に入らないとなれば王国の破綻は避けられない。

 だがそれ以前に食料を失えば、生きて王国に帰ることもできないのである。


 ここはまだ魔族領の中なのだ。

 兵士達を飢えさせて彼らの不興を買うわけにはいかない。

 王子は一度深呼吸をすると、目の前にいる兵士に指示を飛ばし始めた。


「状況は理解した。食料の確保を最優先! 勇者や剣士、ペケペケも叩き起こして回収作業に加わるように伝えろ!」

「はっ! しかし三人共既に目を覚まして働いてくれております。特にペケペケ殿の操る精霊の働きは目を見張るものがございまして……」

「チッ! そうか、ならいい。ところでどうしてこの状況になるまで私に連絡が来なかったのだ?」

「はっ! 恐らくは王子殿下の寝泊まりしているテントに備わっている防音機能が雨音を消していたからではないかと思われます。ほとんどの兵士は豪雨の音で目を覚まし、河川が氾濫した時点で緊急事態が起こったことを理解していました。しかし予想外に現場が混乱したために、王子殿下がおられないことに誰も気付かなかったのです」

「なるほど、そういうことか。では貴様も食料の回収に戻れ。私もすぐに準備をして現場に駆けつける」

「はっ! ありがとございます! それでは失礼いたします!」



 そう言って泥だらけの兵士は王子の下から去っていった。

 王子はすぐにテントの中へと戻り、寝間着を脱いで服に着替えて雨具を羽織る。

 そんな彼の行動をベッドで寝転んでいた女性達は不思議な表情をして見つめていた。


 彼女達は防音設備のあるテントの中にいたために、外で何が起こっているのか全く理解していなかったのだ。

 イライラした王子は彼女達を叱りつけ、服を着させてからテントから叩き出した。

 そこには一夜を共にした女性をおもんばかる配慮など欠片も見受けられなかった。

 ただ単に一人でも人手が欲しいが故に、彼女達を兵士として働かせようと考えただけだったのである。


 それにしても痛手であった。

 これだけの数の兵士を揃え、その装備と食料を確保し、これほどの長期間に及ぶ遠征をしたにも関わらず、その収益がマイナスとなるとは。


「これは計画を早める必要があるかもな」


 彼はそう呟くと、足早にテントを後にした。

 彼の目には泥だらけで食料を探し回っている兵士の姿などは映っていない。

 この3年間、何度も犯そうとしては踏みとどまってきた二人の美女の姿だけが彼の瞼に焼き付いていたのである。




 一方その頃、ペケペケの友達のくもさんこと我らが雲雪雷雨は、全ての奴隷を先導しながら一路魔族の隠れ里を目指していた。

 もっとも彼女達には先導されているという認識はないだろう。

 突然大雨が降り、突然河川が氾濫し、全員まとめて濁流に飲み込まれて、全員揃って無事に人間の軍隊から逃げ延びられただけなのであるから。


 もちろんそれを行ったのは雲となった雷雨である。

 伊達に半年間も雲として漂っていたわけではない。

 彼は雲として考えられる限りの行動を取ることができるように、この半年間己の身体の把握に努めていたのだ。


 具体的にはまず、彼は雨雲となって、陣地の周辺に大雨を降らせた。

 彼は周囲の状況を遥か上空から見下ろすことで正確に把握していたのである。


 だから彼は、河川がどの程度で氾濫するか、氾濫した河川が陣地へ到達するのはいつくらいなのか、それを使って奴隷として捕まっている女性達を牢屋ごと押し流すにはどうすれば良いのかなど、全て把握していたのである。


 ちなみに牢屋を濁流に飲み込ませたりしたら、普通だったら死体の山が出来上がってしまう。

 だから雷雨は雲を使って牢屋ごと彼女達をガードしていた。


 ペケペケの味方をすることを決めたとて人間の軍隊を無差別に殺すのは違うと思ったので、彼らが濁流に飲まれないように注意しながら、一人残らず奴隷を救い、隠れ里に一番近い場所に運良く流れ着いたという風に演出したのだ。


 そのついでに一緒に濁流に飲ませてしまった財宝や食料や武器もまとめて岸辺に打ち付けておいた。もちろん牢屋の鍵も回収済みだ。


 雷雨の体は雲ではあるが、物を掴むことが出来るので、この程度は造作もないことなのである。

 もっとも助けられた彼女達からすれば、まさか雲が助けてくれたとは思ってもみないことなので、何故か手の届く範囲に流されてきた牢屋のカギを手にして茫然とした表情を見せていたのだが。


 彼女達は誰も彼もが自らに降り掛かった奇跡に驚き涙を流していた。

 雷雨は周囲を霧のような薄い雲で取り囲み、隠れ里に向かう道のみを開いて彼女達を誘導する。


 彼女達は『たまたま一緒に流れてついた』食料や武器、そして身につけられるだけの財宝を確保して、一人また一人と隠れ里へ向かっていく。

 先頭は既に隠れ里に到着していた。


 国を滅ぼされて絶望に落ちていた避難民達はお祭りのように大騒ぎをしている。

 最後の一人が隠れ里へ通じる道に入ったことを確認した雷雨は、ゆっくりと身体を戻して、大きな雲へと姿を変えた。


 これでやれるだけのことは全てやったと思う。

 彼女達がこれからどう生きるのかは知らないが、とりあえず今回は奴隷にならずに済んだのだから良しとしてくれるだろう。


 そんな風に勝手に納得した彼は、ペケペケの下へ戻るべくゆっくりと空を進んでいった。

 夜はいつの間にか明け始めており、薄っすらと視界が明るくなり始めている。


 気付いた時には彼は魔王城の上空に差し掛かっていた。

 城も街も焼け落ちているのを目にすると、ここのところ彼らの行動ばかりを見ていたことを思い出して雷雨は切ない気持ちになった。


〈あの城で魔王がよく小さな女の子を抱き上げていたっけ〉


 ペケペケの話を信じるのならば彼女こそが魔王の娘で、ペケペケの初めての友達ということになるのだろう。

 その友達のお父さんの殺害に手を貸してしまったのだから、ペケペケの心中たるやいかばかりだろうか。


 雷雨はせめて遺体を回収できないかと、屋根が吹き飛んだ魔王城を上空から覗き見た。

 そこには確かにあの角つきのガタイの良いおっさんが倒れていた。

 しかし、ただ倒れていたわけではない。

 彼は何故か光に包まれた状態で、勇者達と戦った広間に横倒しになっていたのである。

 しかも良く見れば、その胸はゆっくりと上下に動いているではないか。


〈おいおい、マジか? これってひょっとすると復活しているのか?〉


 流石は魔王である。殺されたくらいではそう簡単には死なないらしい。

 だが流石に、この場に彼を置き去りにして去るというのは、いくらなんでも気が引ける。


 だから雷雨は彼の身体を持ち上げて、隠れ里に連れてってやることにしたのだ。

 その際、焼け落ちた城の庭でしぶとく生き残っていた花が見えたので、それを一輪摘んで彼の胸元に挿し込んでおいた。


 谷底でペケペケが頭に挿していた花と同じものだ。

 目が覚めた時に在りし日の城を思い出すきっかけになればと思ったのだが、ちょっとキザすぎただろうか。


 まぁ良いだろう、これくらいのお遊びは許してもらえるはずだ。

 友達の友達のお父さんに対するサービスなのだからどう思われようと構わない。


 隠れ里に魔王を連れて行った頃には、捕まっていた女性達は全員が隠れ里に到着していた。

 彼女達は家族と抱き合い、涙を流して再会を喜んでいる。

 そして彼女達の前には、このおっさんに抱き上げられていた姫様もいて、同じように顔をクシャクシャにして泣いていたのである。


〈やはり戦争は駄目だな。こんな小さな子が涙を流すなんて間違っているに決まっている〉


 雷雨は彼女の涙を止めるために、わざとゆっくりと魔王の体を彼女の前に降ろしていった。

 集まった魔族達は突然の魔王の降臨に驚いて声も出ない様子だ。

 雷雨は良いことをしたと確信しながら、魔王を少女に預けた後で空の彼方へと飛んでいった。


 だから雷雨は気付かなかったのである。

 姫様の胸元にも魔王に与えたものと同じ花があり、それが大切な友達からもらったものだったなんて彼は考えもしなかったのだ。


「ペケペケ……これはあなたの仕業なの?」


 その声は誰の耳にも届かない。

 雷雨は夜が明けようとする中で泥だらけになりながら食料を確保しようと奮闘するペケペケの姿を見て、やりすぎた事を反省するのであった。

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