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6話 くもさんの戦の後始末

 ペケペケが語った内容のあまりの凄まじさに、俺は何一つ言葉を返すことができなかった。

 いや、俺はそもそも雲なのであるから喋りたくとも口がないのだが、例えあったところで彼女に掛ける言葉など何一つとして浮かばなかったことだろう。


 彼女がお姉ちゃん達と合流するまでの話も凄まじかったが、合流してからの旅路の話もまた驚天動地の連続だ。

 ペケペケは既に三年もの間、勇者一行として旅を続けているのだという。

 こんな幼い少女が最前線にいるというだけでも驚きだというのに、なお悪いことに仲間の男性陣が最悪だというのだ。


 初めから同行していた魔法使いと槍王子は、どちらも碌でもないらしい。

 後から合流してきた髭盗賊と大神官に至っては、話を聞くだけで呆れてしまう様な連中なのだ。


 おまけに、ようやく出来たお友達は、よりにもよって魔王の娘。

 しかもつい先程まで、そのお友達のお父さんと殺し合いをしていたと言う。


 つまり俺が観察していたあの角付きは本当に魔王で、俺の体を蒸発させたのは勇者一行の一人の仕業だったのである。

 つまりあの戦いにはペケペケも参加していたのだ。

 こんな小さな女の子が、精霊使いだからという理由で、怒号が渦巻き、死体が転がる、あの地獄のような戦場のよりにもよって最前線に立つ羽目になっていようとは。



 何だよこれ、マジでふざけんなよ。


 こんな幼い女の子が背負っていい業じゃないだろうこんなもの。

 というか、こんな小さな女の子を最前線に送り出すなんて、人間の国の王侯貴族達はクズの集まりなのか?


 俺はペケペケの話を聞いて憤り、心の中に怒りを溜め込んでしまった。

 ふと気付くとペケペケが俺を見上げてポカンとした顔をしている。

 ?〈どうしたのか?〉と思ってクエスチョンマークを出すと、ペケペケは俺が黒くなっていることを指摘してきたのだった。


「くもさんは凄いねぇ。白い雲にも黒い雲にもなれるんだね」


 ○


 俺は怒りに任せて雷雲になってしまったことを恥じ、急いで体を白雲に変化させた。

 なにより俺は、ペケペケに対して何も出来ない自らの不甲斐なさに憤っていたのである。


 俺にとってペケペケは、この世界で初めて出来た友達だ。

 それなのに俺は、目の前で苦しんでいる少女の苦しみを癒すことすらできないのである。

 俺はこの悲しみの螺旋に囚われている少女を何とかして救いたいと思い始めていた。

 しかしこの身は人ならざる雲でしかない。

 優しい言葉を掛けることも出来ず、ペケペケと共に理不尽に立ち向かうこともできないのだ。悔しい。


 いや、立ち向かうことはできるのではないか?

 人には人の、雲には雲の戦い方というものがある。

 優しいペケペケとは違い、幼い頃からの英才教育の影響で敵には容赦をしないように躾けられている俺ならば、ペケペケの心労を多少なりとも減らすことができるかもしれない。いや間違いなく出来るだろう。


 そんなことを考えていた時だった。

 急にペケペケが首から下げているネックレスがピカピカ光り始めたのだ。

 その光を見たペケペケは一瞬『ビクン!』と体をのけ反らせ、ぎゅっと体を縮こまらせた。

 しかしすぐに首を振ると、俺に向かって頭を下げてきたのである。


「ごめんなさい、くもさん。みんなが呼んでいるからペケペケはそろそろ帰らなくちゃいけないんだよ」


 そう言ったかと思うと、ペケペケは俺からゆっくりと距離をとった。

 〈帰らなきゃって、こんな谷底からどうやって?〉と思っていると、ペケペケの周囲が突然光り輝き出し、そこから一羽の立派な鳥が現れたではないか!


「この子達はね、精霊さんって言ってペケペケを助けてくれるんだよ。じゃあね、くもさん! 今度またゆっくり会おうね~」

〈あっ! おい! ちょっと!〉


 言うが早いかペケペケは光り輝く鳥に乗って、あっという間に谷底から姿を消してしまった。

 俺は彼女の後を追い、同じように谷から飛び出し、精霊の光を頼りに彼女の後を追い駆ける。


 幼い少女の後をつけるだなんてまるでストーカーのごとき所業だが、今ここで彼女と別れては、次に会えるのはいつになるのかも分からない。

 せっかく自分を認識できる存在に出会えたのだ。

 この出会いをここで終わらすわけにはいかないと、俺はとにかく必死な思いで彼女を追っていったのだった。



「おやおや、あなたは本当に、目を離すとすぐにどこかに行ってしまいますねぇ。これだから下賤な平民は嫌なのです。集団行動も碌にできないのですか?」

「ごめんなさい! 槍王子!」

「……私のことを槍王子と呼ぶなと何度言ったら分かるのですか、ペケペケ! いい加減にしないとネックレスを使ってまた痛い目に……」

「ひっ!」

「やめなよ、王子様。こんな子供を痛めつけるなんてカッコ悪いよ」

「過度な暴力は子供の育成には必要ありません。ご再考いただけるようお願い申し上げます」


 ペケペケを追って到着した人間の軍隊の陣地の中でも一際大きいテントの中では、やたらと派手な服を着た凄いイケメンが、ペケペケを叱りつけていた。

 爬虫類のような細い目をした気持ちの悪い表情をしたイケメンだ。

 ペケペケは涙目で彼女を庇った二人の女性の腰にしがみついている。


 ちなみに俺は陣地の上空で雲として漂いながら、薄い雲を陣地の中に広げて、ペケペケを様子を伺っていた。


 というか、こいつがペケペケの話に出てきた『槍王子』か。

 確かに椅子の側には立派な槍が立てかけられているけれども、こいつ自身はそれほど強そうには見えない。


 長身痩躯で綺麗な金髪を肩の辺りにまで伸ばしている顔の良い若い男だ。

 割と筋肉質な体つきをしているが、それでもその体には覇気がなく、しかも目つきがいただけない。

 実際、先程魔王と戦っている最中も、こいつは後方で偉そうに命令していただけだったからな。


 まともに戦っていたのは、金髪ツインテールの美少女と、黒髪ロングのしっとり系お姉さんの二人だけだったはずだ。

 他のメンバーは後方で待機していたはず。


 ……あれ? そういえばあの時、男共の前に立って何やらピカピカと光り輝く魔法みたいなもので、魔王の攻撃から彼らをガードしていたのは、ひょっとしてペケペケだったではないか?

 ということはつまり、こいつも含めて勇者一行って女性三人しかまともに戦っていないのか?


「チッ、まぁ良いでしょう。魔王も無事に倒したことだし、ひとしきり財宝も集め終わりました。夜が明けたら王国へと帰還しますよ。そのつもりで準備をしておきなさい」

「分かったよ」

「分かりました」

「ペケペケには準備なんて必要ないんだよ?」

「一言多い! いつもいつもこのクソガキが……」



 そう言ったかと思うと、槍王子は手に持った何か丸い宝石のような物を高々と掲げた。

 〈子供相手に沸点低すぎだろう〉と呑気に観察していた俺は、目の前で起きた状況を正確に認識できなかった。

 ペケペケが首に掛けているネックレスが先程と同じようにピカピカと輝き出したのだ。

 しかし先程とは違い、その輝きは止まることなく、そのまま輝き続けたかと思うと、途端にペケペケが悲鳴を上げた。


「やあああぁぁぁ! 痛い、痛いよ!」

「止めて! 王子様止めて下さい!」

「お止め下さい、王子殿下! ペケペケには私達がよく言い聞かせておきますから!」


 もがき苦しむペケペケを見下ろす槍王子の目は喜色に染まっている。

 沸点は低いが持続性も低いのか、王子はすぐに腕を下ろし、それと同時にペケペケを苦しめていたネックレスの輝きも消え失せた。


「ひっぐ、ふっぐ。ひい~ん」

「あなたも勇者も剣士殿も、どれだけ強く優れていたところで私に命を握られているのです。その事を忘れてはいけませんよ、ペケペケ」

「分かりました! もう十分に分かりましたから!」

「この子には良く言い聞かせておきます。さぁ王子殿下もお疲れでしょう。どうかもうお休みになって下さい。どうか、どうか、お願い申し上げます」


 勇者と剣士の二人は必死に頭を下げ続けている。

 ペケペケはそんな二人に挟まれてポロポロと涙をこぼしていた。

 王子はそんな三人の姿に満足したのか、嗜虐的な笑みを浮かべながらテントを後にする。


 王子が出ていってすぐに、勇者はペケペケを抱きしめて、剣士のお姉さんはテントの中に備え付けられていた水瓶へと走っていった。

 水瓶の水を使って濡れタオルを作ると、彼女はそれを使ってペケペケの顔を拭き始める。


「大丈夫ですか? 痛かったでしょう。ほら可愛い顔が台無しですよ、ペケペケ」

「ほんと腹立つなぁ、あの王子! 戦いは全部あたし達に任せて後ろから偉そうに命令しているだけのくせして、美味しいところは全部持っていくし……」

「しっ! 例え見下げ果てた下郎の如き行いを平然と行う畜生の如きクズであろうとも、彼は王国の王子にして私達に呪い込めた術者なのです。怒らせても何一つ状況は改善しません。今はただやり過ごすことだけを考えなさい」

「分かってるわよ。どうせ城に帰ればお役御免だしね」

「そういうことです。ペケペケあなたもですよ。余計なことを言うと痛い目にあうと分かっているでしょう。王子の言葉にはハイと頷いて、やり過ごすことを覚えなさい」

「……くないもん」

「え?」

「ペケペケはなんにも悪くないもん! 暴力に訴える男なんて最低のクズだってお母様も言ってたもん!」

「ペケペケ……」

「ペケペケ、あなたのお母様の教えについては全面的に同意しますが、今はとにかく大人になってですね……」

「知らないもん! ペケペケはまだ子供だもん! お姉ちゃん達は大好きだけど、今のお姉ちゃん達は大嫌い! そんな顔をしているお姉ちゃんなんてペケペケが大好きなお姉ちゃんじゃない!」



 そう言ったかと思うと、ペケペケはテントから走って出て行ってしまった。

 俺はというと、目の前で突然行われた幼児虐待の現場に呆然としており、身動き一つ取ることができないでいた。


 ペケペケはあの王子のことを、お姉ちゃん達をいやらしい目で見る変態だと説明していたけれど、目の前で起こったことから判断するに、あの王子、ペケペケや勇者や剣士に対して日常的に暴力を振るっているのか?


 しかも三人に呪いを掛けているだと?

 勇者と剣士とペケペケが揃って身に着けているネックレスには呪いが掛かっていて、王子はそれを自由自在に発動できると、今のはそういう話なのか?



〈許せん〉


 そんな風に結論が出たことに、俺自身がまず驚いてしまった。

 見知らぬ勇者や剣士が酷い目にあっていると知らされたとしても、正直俺はここまで怒らなかったのではなかろうか。


 しかしあいつはペケペケを苦しめた。

 ペケペケは俺の友達だ。

 つい先程友達になったばかりだとしても、友達であることに変わりはない。

 友達の敵は俺の敵だ。そもそもペケペケはいやいや旅をしていたと話していたが、こんな理由があったとは想像もしていなかった。


 ペケペケは今、テントを飛び出して陣地を走り回り、陣地の端の暗い場所で精霊さんに顔を埋めて泣きじゃくっている。

 俺はペケペケに近づいて、彼女を慰めようと考えていた。

 だがその前に彼女の姿を見つけた者達がいたのだ。

 正確には彼女と共にいる精霊さんの光に彼女は気付いたようだった。


「ひっく……うぐう、ひっく」

「助……けて」

「ひっく……え?」

「そこに誰かいるんでしょう? 助けて、助けてよ! あたし奴隷になんかなりたくない!」


 見ればペケペケが蹲っていた陣地の端には、木で作られた粗末な牢屋がたくさん並べられていた。

 そこには昼間の戦いの最中に集められたのだろう、たくさんの魔族の女性達がぎっしりと詰め込まれていたのである。


 ペケペケも気付いて驚いたようだ。

 誰もいない暗い場所を目指して走ってきただけだったのに、気付いたらたくさんの牢屋のど真ん中にいれば驚きもするはずである。


「たっ大変! 何で捕まっているの? ペケペケがすぐに出してあげる!」

「え? 出してくれるの? ありがとう!」

「お止め! あんたも、余計なことはしないでおくれ」

「え?」

「ええっ!?」

〈えええっ!?〉


 ペケペケと牢屋の中の女の子と、俺の言葉がハモってしまった。

 女の子と同じ牢に入っていた大人の女性が、ペケペケが牢の鍵を開けるのを止めたのである。


 どうしてこの女性はペケペケの助けを拒否したのだろうか?

 せっかくの逃げ出すチャンスだというのに……って、ああそうか。


「お嬢ちゃん。何であんたみたいな小さな子がここにいるのか知らないけれど、この牢の鍵は決して開けちゃあいけないよ」

「なっ何で? だってみんな、このままだと酷いことをされちゃうんだよ?」

「そんなことは分かっているさ。でもね、ここから逃げ出してどうやって安全な場所まで辿り着けって言うんだい? 武器もない、移動手段もない、お嬢ちゃんと同じくらいの子供だって多いし、怪我人だって大勢いる」

「あ……」

「それに人間の兵隊達は残虐だからね。誰か一人でも逃げ出したら、連帯責任だって言って、逃げそびれた仲間に酷いことをするだろうさ。どうだい? お嬢ちゃんにあたしら全員をまとめて救うことができるのかい?」

「……ごめんなさい。ペケペケには無理だよ……」

「でも母さん! あたしらこのままじゃ人間の奴隷に!」

「それでも生きていられるだけましさね。ここで逃げても途中で追いつかれて殺されるのがオチなんだ。戦に負けたあたし達に出来ることなんて何もないんだよ」



 女の子の母親だという女性の説得が効いたのだろう。

 牢の中の女の子は膝を抱えて泣き出してしまった。

 その鳴き声はあっという間に周囲の牢へと伝染し、いつしかその辺り一帯には泣き声の大合唱が響き渡り始めた。


 その絶望的な空気に耐えられなかったのだろう。

 ペケペケは一目散に元いたテントへと戻り、勇者と剣士の二人に連れられて、別のテントへと移動していった。


 どうやらそこは3人が寝起きしているテントのようだ。

 しばらくすると中から寝息が聞こえてきた。

 それまではずっとペケペケのすすり泣きだけが聞こえていたのだが。


 ペケペケが寝静まったのを確認した俺は、優先順位を変更することにした。

 あの槍王子を懲らしめてやろうと考えていたのだが、緊急性ではこちらが上である。

 夜が明ければ捕まった女性達の移送が始まってしまう。

 その前に友達の心労を少しでも軽くしておくべきだと俺は考えたのである。


 俺は周囲の地形を綿密に精査し、計画は可能であると確信した。

 だから俺は俺自身の体を雨雲に変化させ、雨を降らし始めたのである。

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