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4話 くもさんとペケペケの出会い

 その日、ペケペケ達は魔王城に攻め込んで魔王を倒し、王国に勝利をもたらした。


 いつも元気一杯な勇者のお姉ちゃんも、死んだお母さんのように優しく頭を撫でてくれる女剣士のお姉ちゃんも、大嫌いな魔法使いも、大大嫌いな槍王子も、大大大嫌いな髭盗賊も、どうでもいい大神官も誰一人として死んではいない。


 兵隊さん達は魔王の討伐に成功した勇者のお姉ちゃんを讃え、ついでにお姉ちゃんの仲間である皆を一緒に讃えている。

 でもペケペケは知っていた。

 だから彼女はいつものように精霊さんにお願いをして、誰も近寄って来れない谷底まで避難してきたのだ。


「嘘ばっかり! みんな嘘ばっかり!」


 ペケペケは河原に落ちていた石を拾っては闇雲に投げつけながら、一心不乱に文句を言い続けていた。

 勇者のお姉ちゃんに言っても「そんなことないよ」と笑われるだけだし、女剣士のお姉ちゃんに言うと悲しそうに視線を逸らされる。


 魔法使いや槍王子や髭盗賊や大神官に言っても仕方ないから、結局誰にも言えないのだ。

 だからペケペケは心が爆発しそうになるとこうして誰もいない場所へやってきて、溜まった不満をぶちまけていたのである。


「魔族さん達は悪くないのに! 兵隊さん達はひどいことを一杯しているのに! 魔法使いは一番の人殺しで、槍王子はいやらしいことしか頭になくて、髭盗賊はお金をくすねて、大神官は何にもしていない!」


 ペケペケが言う通り、勇者一行と讃えられているメンバーの内実はまさに酷いの一言であった。

 まともに戦えるのは女勇者と女剣士だけ。

 魔法使いは魔術の腕こそ一流だが、敵よりも味方を殺した数が多いというとんでもない男だし、槍騎士である王子に至っては戦いの最中であっても女勇者と女剣士の尻ばかりを追いかけている生粋の変態であったのだ。


 髭の盗賊は世界の平和よりも自らの財産を増やすことばかりに終止しており、大神官に至っては、箔付けのために参加しているだけで、実際の魔法の腕前は平の神官にすら及ばないという役立たずっぷりであった。


 女勇者と女剣士、そしてペケペケの3人だけが本当の意味での勇者一行だったのである。

 ペケペケの頼みを聞いてくれる精霊さん達は本当に頼りになり、魔王の攻撃を全て防ぎきり、傷も癒やして攻撃を弱体化。

 あっという間に勇者が魔王を倒す状況を作り上げ、結果として勇者は魔王を倒したのだ。


 しかしペケペケに力を貸してくれる精霊さん達は、同時に仲間の本性や兵隊さん達の悪行、そして魔族さん達の本当の姿を教えてくれるのである。

 魔族さん達は本当は平和を愛する少し人間と姿かたちが違うだけの人達であり、王様や国の人達は彼らの土地や宝物が欲しいから無理難題を吹っ掛けて、自分勝手に戦争を始めたのだと。


 そして戦ってみたら魔族さん達は強くて負けそうだったから、勇者や剣士のお姉ちゃんを無理やりお城に呼び出して戦わせているのだ。

 ちなみにペケペケの事情はもっと酷いのだけれど、そこはもう諦めているからどうでもいい。

 でも何も知らない勇者のお姉ちゃんが何も悪くない魔族さん達を殺しているのは嫌だし、事情が分かっているのに家族を人質に取られて苦しみながら戦っている剣士のお姉ちゃんが泣いているのはもっと嫌なのだ。


 ちなみに魔法使いや槍王子、髭盗賊と大神官は分かっていて参加しているのでペケペケの苦しみを理解してくれない。

 彼らに相談なんかしたらもっと酷い目に合うと精霊さん達に注意されているので、結果的にペケペケは誰にも相談できず、問題も解決されないまま、こうして魔王を倒してしまったのである。

 いやはっきりと言おう。何も悪くなかった魔族の王様を殺してしまったのだ。


 おまけにペケペケ達が魔王と戦っている間に、兵隊さん達は魔族さん達の街を焼き払い、そこに住んでいた人達に酷いことをしたのだという。

 実際には急な悪天候の影響で、予定の1/10も達成できなかったらしいけれど、泣いたり苦しんだりした人がいたことに変わりはない。


 ペケペケはそれが悲しい。

 戦争なんてしないほうが良い。戦いなんてないほうが良いに決まっている。

 何で皆仲良く出来ないの? そんなに誰かを殺したいの? 奪いたいの?


 ペケペケは分からなかった。

 分からなかったから勇者一行の旅が辛くて苦しくて嫌いだった。

 勇者のお姉ちゃんも剣士のお姉ちゃんも大好きだけれど、目的がそもそも嫌いだったから随分前から笑えていない。


 笑えないから胸が苦しい。最近お腹の調子も悪いし、魔王を倒したって報告をした時の兵隊さんの偉い人がした気持ちの悪い笑顔を見て背筋が凍り、思わず逃げ出してしまったのだ。


〈ペケペケ、あいつは一杯魔族を殺したぞ。これからも殺すぞ。人間も殺すぞ〉

〈ペケペケ、たくさんの魔族の女性が捕まっています。彼女達はこれから人間の国に連れて行かれて酷いことをされるでしょう。それはもう幼いあなたには想像も出来ないような酷いことを〉

〈ペケペケ、山の向こうではお父さんを殺された魔王の娘が復讐を誓っているぞ! 覚えているだろう? 少し前に友達になったあの子だよ! 「裏切り者!」って「許さない!」って、そう言っているぞ。ペケペケにもらった髪飾りを握りしめて泣きながら……〉


「止めてよ、止めてよ! ペケペケはなんにも分かんないよ!」



 ペケペケは頭を抱えてうずくまってしまった。

 精霊さん達は困った時には手を貸してくれるが、こうしていつもいつも好き勝手にいろいろな情報をペケペケに教えてしまうのである。

 「話が通じる人間がペケペケしかない」という理由で、彼らはいつだって一方的に様々な情報をペケペケに伝えるのだ。ペケペケの許可を取ることもなく。


 それは良いこともあるし悪いこともある。

 そして悪いことを教えてもらっても幼いペケペケにはどうすることも出来ないのだ。


 盗賊に捕まった人達の居場所とか、宝箱のある場所とかの情報だったら、お姉ちゃん達に教えれば、喜んで頭を撫でて有効活用してくれる。

 でも、王様が行っている不正とかいう悪いこととか、槍王子が泣かせている女の子の名前とかを教えても、勇者のお姉ちゃんは真面目に聞いてくれなくて、剣士のお姉ちゃんはただ首を振るだけなのだ。



 だからペケペケは理解しているのである。

 お話の中の勇者様は結局お話の中にしかいなくて、勇者のお姉ちゃんだって完璧な勇者様じゃないんだってことを。

 剣士のお姉ちゃんは強いけれど、剣の強さだけではどうにもならないことが世の中にはたくさんあって、お姉ちゃんはそれが分かっているからあんなに苦しい表情をしているんだという現実を。


 ペケペケは小さくて幼くてまだまだだけれど、それでも少しずつ学んでいるのだ。

 だから分かる。分かってしまうのだ。

 人殺しの隊長さんを前にしても、近い将来魔族の女の人達が酷い目に遭うことが分かっていても、初めて出来た友達に恨まれても、ペケペケはどうにも出来ないということが分かってしまうのだ。

 正確には解決方法が分からないのである。


 だからペケペケはこうして心が一杯になる前に誰も知らない場所に来て、不満を叫んで喚いて暴れて、どうにかこうにかしているのである。


 「大人はお酒を飲んで、暴れたり騒いだりして、日頃の鬱憤を晴らすのです」と剣士のお姉ちゃんがお酒を山程飲んで宿屋をバラバラにしたあの日以来、ペケペケは尊敬している大人の女性である剣士のお姉ちゃんの真似をしてこうして定期的に暴れているのである。



 しばらくペケペケは小さな体を振り回して罵詈雑言を叫び続けていたが、いい加減疲れてきたので休憩することにした。

 ペケペケはまだ十歳で体も小さく体力もないので、どれだけ怒っていようとも体力切れで途中で停止してしまうのである。


 そうしてペケペケは精霊さんに寄りかかって空を見上げながら大の字に寝転がった。

 こんな岩がゴツゴツしている場所で寝たらペケペケが怪我をしてしまう。

 そのことが分かっている精霊さんは、ペケペケが怪我をしないように、彼女の背後に控えていて、現在は彼女の寝床となってくれているのだ。


 柔らかい毛皮の狼の精霊さんに体を預けたペケペケは、ようやく周囲に目を配る余裕ができたので、キョロキョロと谷底の中を観察した。

 「誰もいない場所へ行きたい」という彼女の願いを聞き届けた精霊さんの手で連れてこられたので、ペケペケはここが一体どこなのかも分かっていない。


 そんな彼女の視線の先で、真っ白い雲が川の水を飲んでいた。

 ペケペケは正直驚いた。今まで色々な精霊さんと出会ってきたけれど、これほど大きくて力強い精霊さんを見たことがなかったからだ。


 王宮の様々な場所でちょっと心配になるぐらいに笑い続けたり、一言もしゃべらない精霊さんや、神殿の中に閉じ込められて「外に出たい」と泣いていた精霊さんよりも、目の前のくもさんは大きくて力強い。


 そして実際にくもさんの体は大きくなっていたのである。

 川の水を飲んだらくもさんが大きくなるだなんてペケペケは始めて知ったので素直に驚いた。


 あれ? でも誰もいない場所へ連れてきてくれたんじゃなかったの?


 とペケペケが精霊さんに尋ねても、精霊さんたちは困惑していた。

 どうも精霊さん達はあのくもさんを精霊として認識していないようなのである。

 これにはペケペケも驚いた。

 精霊さん達が気付かない精霊さんがいるだなんて、ペケペケにとっても初めての事だったのである。


 ペケペケは目の前のくもさんをじっと眺めていたが、嫌な感じは全くしなかった。

 魔法使いも槍王子も髭盗賊も大神官も、会ってすぐに嫌な感じがしていたのに、目の前のくもさんからはむしろ良い感じを受けるのである。


 まるで勇者のお姉ちゃんや剣士のお姉ちゃんが目の前にいるかのようだ。

 でもあの二人とはまた違う気配なのである。


 これは一体何なのだろう?

 少し前に友達になったお姫様と似た気配……なのかな?


 ペケペケはつい先程、自分達がそのお姫様のお父さんを殺してしまったことを思い出して、ブンブンと頭を振った。

 そうしてペケペケはくもさんに近づいていく。

 精霊さんには分からないのだとしても、ペケペケには認識できているのだからお友達になれるかもしれないと思ったのだ。


 お姫様と友達になったことを教えたら、魔族さん達の国は滅んでしまった。

 だからもしこのくもさんと友達になれたのなら、絶対に誰にもくもさんのことをしゃべらないんだもんね! とペケペケは勝手に誓い、そうしてくもさんの側に近づいて、話しかけたのだ。


「あなたはだあれ?」と。


 これがペケペケとくもさんの出会い。

 世界を救う精霊使いの少女と、雲となった少年が出会った瞬間の出来事であった。

2020/04/24

誤字報告いただきました。ありがとうございました。

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