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29話 VS大神官その3

 神国の信仰の中心である大聖堂は、現在大混乱に陥っていた。

 突如発生した雷雲が大聖堂の真上に停滞し、そこから無数の雷が大聖堂に落ち始めたかと思うと、頭頂部が壊れてしまったのである。


 連続して響く雷の轟音に驚いたのは大聖堂に住む者達だけではない。

 大聖堂の周囲に広がる町の住人達も、各々夢から飛び起きて、雷が降り注ぐ大聖堂を呆然と見つめていた。


 彼らは神国に住む国民の中でも特に敬虔な信徒達である。

 彼らにとって、信仰の中心である大聖堂の近くに住むことは憧れであった。

 そんな者達が集った結果、いつしか町が形成され、更に多くの信徒を呼び寄せることとなったのである。


 そんな大聖堂が落雷に襲われていた。

 年に数回の嵐の際にも、これほど連続して雷が落ち続けることはない。

 何が起きているのか分からない彼らは、ただ戦々恐々として様子をうかがう事しか出来なかった。

 しかし無数の落雷に耐えきれず大聖堂の頭頂部が崩落すると、彼らは揃って悲鳴を上げて神に祈りを捧げ始めた。


 そんな彼らの敬虔な祈りは、すぐに中断を余儀なくされてしまう。

 大聖堂の頭頂部が崩落してしばらくすると、大聖堂内部から赤い光が射出され、大聖堂を貫いたのだ。

 続いて大聖堂の正面から見て右半分が、バラバラになって崩壊したのを目撃するに至り、彼らの思考は完全に停止することとなった。


 無事だった左半分からは、大聖堂で寝起きしている神官達がワラワラとまろび出て来ている。

 何が起きているのか、彼らも分かっていないのだろう。

 誰も彼もが狼狽し、呆然とした表情で崩壊した大聖堂を見つめていた。


 同じ頃、彼らの姿を目撃した信徒達は更なる衝撃に晒されていた。

 寝起きのまま、もしくは深夜部屋で過ごしていた格好のまま外に飛び出してきた神官達は、実にカラフルな格好をしていたのである。


 神国の象徴とされていた白一色の格好など、そこには存在しなかった。

 琥珀色の酒を片手に、真っ赤な顔をしている神官様がいる。

 派手な柄物の下着を身に着け、煽情的な赤い下着を身に付けた女性を侍らした神官様がいる。

 そして銀色に光る手枷足枷を身に付け、貧相な体で泣きながら脱出してきた子供達がいたのである。


 それは信徒達が信仰し、夢にまで見た神国の姿ではなかった。

 そこにあったのは、この世界のどこにでもある腐敗した権力者の姿そのものであったのだ。

 信徒達は信じられないと、これは夢に違いないと考え、神官様達の代表にして、この神国の信仰を一身に受ける大神官様の姿を探し求めた。


 彼はたった一人で魔族の国へと乗り込み、魔王に殺されてしまった勇者一行の代わりに魔王を倒した神に選ばれし英雄であるからして、目の前の信じられない現実を否定してくれると思ったのだ。


 しかし信徒達は目撃してしまったのである。

 神の代理人であるはずの大神官様が、琥珀色の酒を手にして真っ赤な顔をしている姿を。

 最も敬虔な信徒であるはずの大神官様が、派手な柄物の下着を身に着け、煽情的な赤い下着を身に付けた女性を侍らして光景を。

 神国の正義を体現している筈の大神官様が、銀色に光る手枷足枷を身に付けた子供達にかしずかれているという信じられない現実を。


 彼らはその目で見たのであった。

 そんな彼らの前に、死んだと聞かされていた勇者一行が姿を現したのである。


「良い夜ですね、大神官。雲一つだけの静かな夜です。どうせ死ぬなら、こんな夜に死にたいとは思いませんか?」

「本当に良い夜よね。あんたみたいな悪党が死ぬには上等すぎる夜だと思うわ」

「ねぇ大神官はどうしてこんなことをしたの? ペケペケ達は何にも悪いことをしていないのに、捕まえて殺そうとするなんてしちゃいけないことなんだよ?」

「優しいのね、ペケペケ。でもね、世の中にはその優しさを踏みにじる屑ってのが一定数いるものなのよ。目の前のこいつがまさにそうね。勇者の功績を踏みにじり、口止めのために殺そうとするだなんて、一体どうしてこんな奴が大神官を名乗っているのかしら」


 目の前に現れた女性達の正体を認識した瞬間、大神官は右手に持っていた酒瓶を放り投げ、左手で抱いていた娼婦を突き飛ばした。

 そして一目散に逃げ出そうとしたのだが、その目論見は脆くも崩れ去ってしまう。

 勇者が小さな熱魔法を放ち、大神官の足に穴を開けたからだ。


「ギャアアアァァァ! 何をするのだ無礼者ぉ! 私は大神官! 神に選ばれし大神官なのだぞぉ!」

「知っているわよ、その程度の傷でギャアギャアと。大神官だってんなら、そのくらいとっとと治しなさいよ。待っててあげるから」


 そう言うと勇者は腕を組んで仁王立ちを始めてしまった。

 宣言通り、それ以上大神官に近づこうとしなかったのである。


 それを見たお付きの者達は、一斉に大神官の側に向かおうとした。

 しかし彼らの足はすぐに止まることとなってしまう。

 何故なら足を撃ち抜かれたからだ。撃ったのはもちろん勇者である。

 勇者は大神官の側には誰一人として近づかせようとはしなかったのである。


「外野は引っ込んでいなさい。今私は大神官とだけ話しているの。私と共に魔王に立ち向かった、神に選ばれた英雄である大神官様とね」

「え? あいつ、ただ居合わせただけじゃなかったの?」

「大神官は何にもしてないよ? 魔法も使えないし、弱くて勇気もないから、お姉ちゃん達が魔王と戦っている最中におしっこ漏らしていたんだよ?」

「いけませんよ、ペケペケ。それは秘密にしておくという約束だったではないですか」


 突然大神官様を攻撃し始めた女性達の言っていることを信徒達は当初理解できなかった。

 神国の神官や兵士達が懸命に大神官様の下へ近づこうとしている。

 しかし、般若のような顔をした赤毛の女性が放つ赤い光線に足を撃ち抜かれてしまい、誰一人として大神官様の下に辿り着くことは出来なかった。


 ならばまず先に彼女達を仕留めるべきだと考えたのだろう。

 何人もの兵士達が彼女達に殺到した。


 しかし彼女達を止めることは出来なかったのである。

 弓や魔法などの遠距離攻撃は、銀髪の少女の周りに出現した綺麗な光が全て防ぎ切ってしまった。

 近づいて戦おうとした者達は、一人の例外もなく黒髪の女性に一撃で吹き飛ばされてしまったのである。


 それを見ていた信徒の中から、彼女達は死んだと聞かされていた勇者一行ではないのかという話が出てきた。

 豊かな金髪を持つ美少女勇者は熱魔法を操り、黒髪の剣士の剣の腕は突出し、幼い精霊使いは数々の精霊を従えているという噂は、この神国にも届いていたのである。


 剣士と精霊使いに関しては該当者がいた。

 しかし金髪で美少女であるはずの勇者は赤毛で般若の様な顔をしているため、この考えは間違っていたと判断されそうになった。

 しかしもう一人、噂に登場していない幼い金髪の少女がいることに気付いた信徒達は、彼女と勇者の噂が混じったのだと気付いたのである。


 もちろんそれは彼らの勘違いなのであるが、ともかく崩壊した大聖堂に集まった信徒達は、大神官様と敵対しているのが勇者一行であると理解したのだった。


 死んだはずの勇者一行が、大聖堂の中から大聖堂を破壊しながら現れた。

 そして彼女達は大神官様と敵対し、足を撃ち抜かれた大神官様は未だ自らの傷を治す気配がない。


 そもそも大神官様の格好は何なのだ。

 あんな赤ら顔で、柄物の下着を身に付け、煽情的な女性を侍らして琥珀色の酒を手にしている大神官様など聞いたこともない。


 まさか……いや、まさかそんな馬鹿な。

 俺は、私は、儂は、僕は、稼ぎのほとんどを大神官様のために貢いできたのだぞ。


 それもこれも大神官様が神に選ばれた英雄だからである。

 魔王の脅威から世界を守ってくださった恩人だからなのだ。


 そんな大神官様が嘘を吐いていた?

 あの程度の傷を治せず、勇者一行は死んではおらず、そもそも魔王との戦いでは失禁していただと?


 そんな……そんなことがあるわけがない!

 きっと彼女達は勇者一行を名乗る偽物で、それに気付いた大神官様が彼女達を処刑しようとしているだけなのだ。


 そうでなければおかしいのに!

 大神官様の実力が噂通りなら、偽勇者一行など鎧袖一触に蹴散らせるはずなのに!


 大神官様は無様に倒れ込んだままだった。

 そしてとうとう大神官様の下へ近付こうとする者がいなくなったことを確認した勇者が、大神官様へ石を投げ始めたのである。


「がはぁ! どへぇ! やっ止めろ、勇者! 私を誰だと……がはぁ! 痛い! 痛いから止めろ! 止めろぉ!」


 大神官様の懇願に耳を貸す気配すらなく、大神官様から直々に勇者と呼ばれた赤毛の少女は、繰り返し繰り返し大神官様に石を投げ続けた。

 なにしろそこら中石だらけなのである。

 崩壊した大聖堂の破片が広範囲に散らばっているので、探すまでもなく石は簡単に手に入ったのだ。


 石をぶつけられ続けた大神官様の口調は次第に弱々しくなっていった。

 当初の尊大な口調はすっかり鳴りを潜め、最終的には地に頭をこすり付けて命乞い始めてしまったのである。


「止めて……もう止めて、止めてくれぇ! 止めて下さい、お願いします! 私が悪かった。悪かったからもう止めてぇ!」

「何が悪かったの? ほら、何が悪かったのか言ってみなさいよ!」


 勇者と呼ばれた少女は邪悪な笑みをこぼしながら大神官様を追い詰めていた。

 それを目撃した信徒達は確信することとなる。

 勇者の外見に関する噂は、あの悪魔と金髪の少女とが混ざってしまったのだなと。


「私は魔法が使えません! 武器を取って戦う力もありません! 何も出来ない! 私は何も出来ないんです!」

「そんなあなたがどうして大神官をやっているのですか?」

「だって世襲だから! 父も祖父も大神官だったから、その地位を継いだだけなんです!」


 これには信徒達も驚いた。

 大神官の地位が世襲制であることは流石に知っていたが、魔法も使えず戦えもしないとは思ってもみない事だったのである。


「ねぇ、それならどうして大神官は、ペケペケ達の旅に参加したの?」

「だって実績が欲しかったから! 何も出来ないのがバレたら大神官の職を返上しなくちゃいけないんです! 勇者一行の強さは噂で聞いていたから、権力でごり押しすれば手柄を横取りできると思ったんです!」

「お付きの者達は知っていたのですか?」

「もちろんです! あいつらと私は一蓮托生なのです! 神国の中にも派閥があって、私が失脚するとあいつら全員地位を失うから進んで協力してくれました」

「どうしてあなたのような無能にあれだけ尽くしているのか疑問だったのですが、これで合点が行きました」


 信徒達はもはや言葉もない。

 彼らの信じていた神に選ばれた偉大なる大神官像は、霞の如く消えてしまっていた。


「ねぇあんた。どうしてペケペケ達を殺そうとしたのよ。仲間だったんでしょう?」

「仲間とは思っていなかったんです! 利用するだけ利用して、後は忘れようとしていたんです! でも魔法使いも王子も死んだって言うし! 王国の城は崩壊したって聞いたし、勇者は顔が変わっているし! 今回だって手柄を横取りした私を脅しに来たんでしょう? だから先手を打って口止めをしなきゃと思ったんですよ! 殺さなきゃってね!」

「それは誤解ですよ。私は私の息子がこちらで奴隷になっていると聞いたので迎えに来ただけなのです」

「……え?」

「そういえば、どうして神国ともあろうものが奴隷を購入したのですか? しかも年端の行かない子供達ばかりを」

「あっ、えっと、私が大神官になる際に、敵対派閥をかなり粛正しちゃいまして。それで人手が足らなくなって、でも大人だと逃げられる心配があるから、逃げる力のない子供でも良いかなって。とりあえず手当たり次第に」

「そんな理由ですか。万が一の露見を恐れるのならば、そもそも粛正などしなければ良かったんですよ」

「いや、でも、だって、あいつら私に無能だから大神官になるななんて言うんですよ。それで頭に来ちゃって。不意を突いて襲い掛かったら、なんか止まらなくなっちゃって。結果的に皆殺しに」

「そうでした。あなたは馬鹿で愚かだったのでしたね」

「なにぃ! ふざけるなよ、剣士! 下手に出ていれば良い気になりやがって! お前の息子は私の奴隷になっているのだろう? 今すぐ投降しなければ、私がこの手で……」

「次元斬」

「「えっ?」」

「え? ちょっと、剣士?」

「お姉ちゃん?」



 大神官と姫さんがハモり、勇者とペケペケが疑問を持った瞬間には、剣士は剣を振り終えて大神官を細切れにしてしまっていた。


「ひぎゃあああぁぁぁ! 足が! 私の足がァァァ!」


 いや、違う。ギリギリ無事だった。

 細切れになったのは大神官の両膝から下だけだったようだ。


 足を失った大神官の前には、いつの間にか勇者が立っていた。

 彼女は大神官の切断された両足の断面を熱魔法で焼いて止血した。

 それから彼を放り投げたのである。

 近づくことを禁じていたお付きの者達の下へと。


 大神官を受け取った彼らは、急いで傷の治療を開始した。

 しかしさすがに失った足を元通りにすることは出来なかった。

 そんな大神官の前にはいつの間にか剣士が近づいていた。

 彼女は弱り切った大神官の喉元に剣を突き付けて要求を口にしたのである。


「最初にして最後の通告です。今すぐ全ての奴隷契約を解除して奴隷を開放しなさい。さもなくばお付きの者達諸共、全員そろって細切れにして差し上げます」

「します、します! やだなぁ、当たり前じゃないですか! 奴隷解除! 解放解放! いやぁ自由って素晴らしいですねぇ!」

「ふむ、姫殿?」

「え? あたし? あっそっか。えっと~、うん大丈夫よ。その男と子供達との間にあった奴隷契約はちゃんと切れているわ」

「姫ちゃん凄い! そんなことも分かるんだね!」

「へへっ、まあね!」


 姫さんの魔眼能力は、奴隷契約の有無すらも識別できたようである。

 強引に奴隷契約を解除させた剣士は、大神官に背を向けた。

 そして彼女は奴隷から解放された息子の下へ近づき、優しく抱きしめて頭を撫でたのである。


「迎えに来るのが遅くなり申し訳ありませんでした。ですがこれで全て終わりました。さぁ家に帰りましょう。あなたの好きな物をなんでも作って差し上げますよ」

「うん! あっでも、まだ父様が……」

「安心なさい。あの人はもう救出して家におります」

「母様凄い! じゃあ帰ろう! 家に帰りましょう!」

「ええ、帰りましょう」

「いや、帰りましょうじゃないわよ。他の子達も連れて帰らなきゃでしょ」

「ああ、そうでしたね。すっかり失念していました」

「まったくもう。ほ~らあんた達! 奴隷になっていた子達は全員まとめて救ってあげるから勇者の下に集まんなさいな!」

「いや、だからもう勇者じゃないんだって」

「奴隷にされていた子供達を悪の大神官から救っておいて、どこが勇者じゃないってのよ。この馬鹿勇者」


 結局全ての子供達の居場所を確認するまで、夜明け近くまで掛かってしまった。

 子供達を救った勇者一行は、俺の体に全員を乗せて、一路剣士の街へと旅立っていく。

 それを見送った信徒達は、大聖堂を破壊した雷雲が彼女達に味方していることに気付き、大神官は神の怒りを買ったのだと判断したのだった。


 聞いた話では俺達が去った後、神国では大規模な暴動が発生し、大神官は一派諸共処刑されてしまったのだそうだ。

 しかし俺達はそんなことなど露知らず、ようやく剣士の家族集めが終わったことに安堵していたのだった。

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