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28話 VS大神官その2

 大聖堂全体に轟く凄まじい轟音を耳にした私は、どうやら作戦は成功したようだと安堵の溜息を吐き出した。

 勇者も状況が動いたことを察知したのだろう。

 眠っていたペケペケと姫殿を揺り起こし、脱出するための用意をしておくようにと伝えていた。


「用意って一体何をすればいいのよ。大聖堂に入ってあなた達の仲間の大神官って奴に面会を求めたら、罠を仕掛けられて捕まって全員揃って牢屋に入れられたのよ?」

「こういう時はね、えっと、準備運動をしておくと良いんだよ、姫ちゃん!」

「準備運動?」

「ペケペケの言う通りです。長時間狭い空間に閉じ込められていた影響で体が硬くなっていますからね。体をほぐして筋肉を柔らかくしておけば、いざという時に動き易いのですよ」

「あんた達、本当にここから抜け出せると思っているの?」

「うん! くもさんが絶対に助けてくれるんだよ! さっきから雷が落ちる音が続いているでしょう? きっとくもさんは怒ってくれているんだよ!」

「それにしても大したものね。あの若さだってのに、流石は剣士の子供よねぇ」

「ふふふ、そうでしょう? 私の息子はやる子なのですよ」

「何を偉そうに。助けに来たのに逆に助けられておいて、よくそんなセリフが吐けるわね」



 実際、姫殿の言う通りだと剣士は思っていた。

 大聖堂の中に入り、目についた神官に大神官への面会を求めたら、最初は怪訝な顔をして断られたのだ。

 自分達は魔王を倒した勇者一行だと告げても、相手は信じようとはしなかった。

 それどころか、魔王は大神官が一人で倒したのだと荒唐無稽な事を言い出したので一行は絶句してしまったのである。


 そんな時、大神官に付き添って魔族の国に来ていた見習い神官の一人をペケペケが見つけ、大声で彼に呼びかけた。

 私達に気付いた見習い神官は大層驚いた様子で、慌てて私達を別室に通したのである。


 そこで私達は罠にかけられた。

 刺客に襲われたとか、飲み物に睡眠薬が入っていたとかではない。

 案内された部屋そのものが罠だったのである。


「しばらくお待ちください」と言われたので大人しく部屋で待っていたら、突然床の底がなくなり、全員なすすべもなく地下に落とされてしまったのである。


 地下には水が張っており、その上にはガスが充満していた。

 私達は抵抗する暇もなく、ガスの充満する大聖堂地下の湖に落とされてしまったのである。


 まずいことに、大聖堂は建物内部に魔法封じと精霊封じの結界が施されていた。

 そのために、勇者は熱魔法が使えず、ペケペケは精霊の手助けを得ることが出来なかったのである。


 私はといえば、ガスが効く前に次元斬を振るえば、大聖堂を破壊することも可能だった。

 しかし息子がいるかもしれない場所を、むやみに斬るわけにはいかなかったのだ。


 結局私は、反撃のチャンスを逃してしまった。

 そしてガスを吸って体を動かすことが出来なくなった私達は、神国の兵士に捕らえられてしまったのである。


 そうして武器を没収され、地下牢に閉じ込められたのだ。

 この間、僅か数分の出来事であった。


 捕らえられた私達の前に大神官が現れたのは、それからすぐの事であった。

 久し振りに会った彼は肥えていた。

 元々かなり太っていたのだけれど、しばらく見ない間にまた質量が増していたのである。

 神国に帰って以降、飽食の限りを尽くしていたのだろう。


 彼は地下牢に閉じ込められた私達を見るや否や、顔一面に勝者の笑みを浮かべた。

 そして全く見当違いの話を付き添いの者とし始めたのである。



「まったく忌々しい連中だ。大人しく王国に籠っておれば、むざむざ死ぬこともなかっただろうに」

「まったくですとも。大神官様」

「そんなに名誉が欲しかったのか? 歴史に名を残したかったのか? 薄汚いドブネズミ共めが。魔王を退治したのは平民上がりの勇者などではなく、この神に選ばれた大神官に決まっているではないか」

「その通りでございます。大神官様」

「大方この国では私が魔王を倒したことになっていると小耳にはさみ、小金をせしめようと脅しに来たのだろう。なんて金にがめつい連中なのだ。我が信徒達を見習うが良い。生活に必要な最低限の資金を残して、全てこの私に貢いでくれているというのに」

「大神官様の御威光の賜物でございます」

「貴様達は明朝処刑される。罪状は神の代行者たるこの私、大神官を脅したためだ。折角この私と旅をするという栄誉に恵まれたというのに、それ以上を求めるなど、どこまで下民というのは愚かなのだろうな」

「大神官様を前にしては、全ての人間は下となりますので」

「うむ、それもそうだな。では、よきにはからえ」

「了解いたしました、大神官様」



 彼らは言うだけ言うと地下牢から出ていってしまった。

 それからしばらくして体の痺れは取れた。

 どうやらそれほど強いガスではなかったようである。


 まぁ考えてみれば当たり前の話であった。

 なにしろ大聖堂の床一枚を隔てた地下にガスを充満させていたのである。


 致死性のガスだった場合、万が一漏れたりしたら大惨事にもなりかねないのだ。

 とりあえず体の自由を奪う程度のガスを充満させておいて、都合の悪い人間が訪ねて来たら、同じように罠にかけていたのだろう。


 結局私達全員が体の自由を取り戻すまで一時間とかからなかった。

 そして私達は口々に罵詈雑言を吐き出し始めたのである。


「何なのよあいつ! 馬鹿で愚かだとは思っていたけれど、ここまで大馬鹿で屑だとは思っていなかったわ!」

「大神官なんて大嫌い! なんであんなに偉そうなの? 何にもしていなかったじゃない! 頑張っていたのはお姉ちゃん達なのに!」

「あんな奴にお父様が負けるわけないじゃない! これが侮辱って奴なのね! 勇者や剣士だったらまだ許せるけれど、あいつは絶対に許せないわ!」

「神官達と話をしていて、おかしいなとは思っていたのです。まさか偽情報を流して、私達の功績を丸ごと自分のものにしていたとは」

「あの屑が魔王まで後少しってところで無理やりパーティーに加わってきたのはこんな理由があったのね」

「ええ。魔王討伐という歴史的栄誉を手に入れることが目的でしたか」


 おそらく大神官の情報操作はまだ不完全だったのだろう。

 魔王を倒し旅が終わってから、まだ半年も経っていないのである。

 そんな時に私達が訪ねてきたものだから、慌てて口封じを仕掛けてきたというわけか。


 情報を整理した私達は、とりあえず地下牢からの脱出を試みた。

 しかし武器を奪われ魔法も使えず精霊の助けも借りられないとなると、脱出は予想以上に困難だったのである。


 唯一まともに使えたのは、姫殿が持つ魔眼能力であった。

 彼女は地下牢に居ながら周囲の状況を確認し、大聖堂内部の構造をいち早く把握してくれたのである。


 その結果、大聖堂の地下にはかなり広い空間が存在しており、通路や階段や部屋までもあることが分かったのである。

 そしてその中には子供達が集団で生活している空間もあったのだ。


 姫殿はそんな中から、配膳作業をしている子供達を見つけ出したのである。

 どうやら捕虜である私達にも料理を運んでくれるらしい。

 料理の種類によって持ってくる子供が違っているようなのだ。

 私は駄目もとで息子の特徴を姫殿に伝えたのだが、配膳作業をしている子供達の中に息子らしき人物がいることを知らされると、彼が担当している料理の内容を事細かに姫殿から聞き出したのである。


 それからしばらくすると神国の兵士が「最後の食事は何が良いか?」とニタニタしながら尋ねてきたのである。

 なるほど、明日処刑する予定の捕虜に食事を提供するなんてどういうつもりかと思っていたのだが、最後の晩餐を提供することは神国の処刑の流れの一つだったようである。


 私は息子らしき人物が配膳を担当している食事を求め、兵士はそれを了承した。

 そうして食事を運んできた子供を目撃した私は、思わず声を上げそうになったのである。


 そこには私の息子がいたのだ。

 息子も私の姿を見て驚いたようで、思わず動きを止めていた。

 その様子は神国の兵士に見られていたのだが、彼はまだ年若い息子が犯罪者と対面したことで驚いたのだと思ったようである。


 どうやら意地悪な性格をしているらしい彼は、息子一人に私達の相手をさせることにしたようで、食事を運んできた荷台を地下牢に入れると、背後の扉を閉じてしまった。


 その直後、息子は私達が閉じ込められている牢屋の前まで駆け寄ってきたのである。

 私達は実に3年ぶりに親子の対面を果たしたのだ。


「母様! やはり母様なのですね!」

「ええそうです。私はあなたの母様ですよ」

「お久し振りです! 会いたかった! 会いたかったです、母様!」


 牢屋越しに再会を果たした私達は、お互い手を取り合うと声を上げて泣き崩れた。

 しかししばらくして勇者に肩を叩かれた私は、このままではまたすぐに別れることになるのだと思い出し、涙をぬぐって息子に脱出のための指示を与えたのである。


「良いですか? 良くお聞きなさい。大聖堂の外に私達の仲間が待機しています。あの方に協力を求めれば私達は必ず助かるでしょう。何とか連絡を取ることは出来ますか?」

「えっと、夜になれば大聖堂の外にこっそりと出ることは出来ます。でも門が閉められてしまうから敷地の外に出ることは出来ません。大神官様と奴隷契約をしているために、大聖堂の敷地外に出ることが出来ないのです」


 息子は悔しそうに唇をかんでいた。

 夜間になれば大聖堂に通じる門は閉ざされてしまう。

 それでは助けを呼べないと考えているのだろう。


 しかしそんなことは問題にならないのである。

 私の仲間であるペケペケのお友達の雲殿は、人のルールに縛られてはいないからだ。


「何も問題はありません。あなたは夜になる前に布か紙かを用意して、そこに雲の絵と、〇と×と?と→を描いておきなさい」

「はっ、はい? 雲の絵と、〇と×と?と→を布か紙に描くのですか?」


 こんなことを突然聞かされても信じることは出来ないだろう。

 しかし他に手はないのである。

 内部から脱出が不可能となれば、外部からの手助けが必要となるのだから。


「そうです。外にいる私達の仲間というのは実は雲なのです。私の仲間の精霊使いが、雲の大精霊様と友達になったのですよ」

「雲の大精霊様! そんなお方がおられるのですか!」

「信じられないでしょうね。でも事実なのです。この子がその精霊使いでペケペケという名前なのですが、彼女は魔王退治の旅にも同行した凄腕の精霊使いなのですよ。あっと、そういえばこの国では魔王を退治したのは……」

「あっ、それは大丈夫です、母様。大神官様が魔王を倒したなんて信じている人は誰もいませんよ。だってあの人、ただ権力? ってのが強いだけの駄目な人だってみんな知ってますから」

「ブホォ!」

「プッ! クスクス。何よそれ。あいつ奴隷にまで馬鹿にされてるの?」


 勇者と姫殿が腹を抱えて笑い出した。

 ペケペケは息子が運んできた食事に目が釘付けだ。

 きっとお腹が空いているのだろう。

 姫殿曰く、他の食事と一緒に作っていたから毒が入っている心配はないとのことだから、食べて力をつけておかなくてはなるまい。


「とりあえずあまり時間をかけては怪しまれるので食事を運んではくれませんか? 雲殿への詳しい指示は食べながら話すこととします」

「分かりました、母様。しかし僕に出来るしょうか?」

「心配ありません。親のひいき目を抜きにしても、あなたは小さい頃から頭の良い子でした。それに細かいことまで指示する必要はないのです。雲殿は高度な知性を有していますので、必要最低限の指示だけでも私達を助けてくれるでしょう」

「そうだよ! くもさんは凄いんだから!」

「分かりました。頑張ってみます」


 そうして私は食事を取りながら息子に指示を与え、以降は雲殿が協力してくれるのを待っていたのである。

 ペケペケと姫殿は食事をとってしばらくすると眠ってしまった。

 夜までまだ時間があったので、体力を温存するために二人はそのまま寝かしておくことにした。


 それから数時間後、遂に待ちに待った脱出の時間がやってきたのである。 

 私達は地下牢に閉じ込められていたために、詳しい時間は分からなかった。

 しかし大聖堂を揺るがすその轟音は地下牢にまで届いたのである。 


 それからしばらくすると、私は突然、体が軽くなる感覚を感じることとなった。

 勇者とペケペケも同様だったらしい。

 熱魔法が使えるようになった勇者は手早く牢を焼き切った。

 こうして私達は牢からの脱出に成功したのである。


 脱獄に成功した私達は、一目散に武器の保管場所を目指し、そして武器を取り戻すことに成功した。

 姫殿の魔眼能力を使って、あらかじめ奪われた武器の保管場所は確認済みであったのである。

 道中、神国の兵士達が邪魔をしに現れたのだが、誰も彼も敵ではなかった。

 武器を奪われ無手であっても、私達は勇者一行なのだ。

 完全武装した兵士ごときでは、そもそも勝負にもならないのである。


 武器を取り戻した私達は、まずはとにかく大聖堂の外に出ようという結論で一致した。

 姫殿に射線上を確認してもらってから、勇者に巨大な熱光線を地上に向かって放ってもらったのである。


 地上まで続くその巨大な穴を登るために、私達はペケペケの力を借りることにした。

 私達はペケペケが呼び出した精霊の力を借りて、穴を真っ直ぐに登っていったのだ。

 そして再び姫殿の力を借りた私は、人がいないことを確認した上で、大聖堂の右側を粉々に吹き飛ばしたのである。


 こうして私達は反撃を開始したのだった。

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