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27話 VS大神官

「わー、おっきー! これが大神官が住んでいるお城なんだね!」

「お城ではなくて大聖堂と呼ぶのですよ、ペケペケ」

「ふんっ! お父様のお城と比べたらまだまだってところじゃない!」

「そのお父様のお城は、ボロボロになっちゃったけどね~」

「うわぁぁぁん! 剣士ぃ! また悪徳勇者がいじめたよぉ!」

「お姉ちゃん。いじめはかっこ悪いんだよ?」


 悪徳勇者一行は、剣士の息子を取り戻すため、遥々神国へとやって来た。

 やって来たというか、俺が全員を運んだのであるが。

 国境警備も道中を巡回していた神国の軍も騎士達も全部スルーして、神国の首都である大聖堂のある町まで一日で到達したのである。


 そんな彼女達は揃いの白い衣服を身に着けていた。

 なんでも神国では白い衣服が尊ばれているらしく、一般市民や兵士、そして神国を総本山とする聖職者達は皆、揃って白一色の格好をしていたのである。


「な~んか不気味よね~。ここまで白一色だと、他の色を否定しているみたいで気分が悪いわ」

「実際そういうところもあるみたいですよ? 白ければ白いほど良いという風潮らしく、若者であっても髪を白く染めるのが一般的だとか」

「じゃあペケペケは問題ないわね。綺麗な銀髪をしているもの」

「あなたの髪も美しいじゃないですか。もっとも金髪ではありますが」

「ふんっ! 金髪の女なんて、どうせ男に浮気される運命にあるのよ!」

「ねぇ、あれいい加減にどうにかならない? いつまで引きずってんのよ鬱陶しい。さっさと割り切って新しい恋を探したら良いのに」

「このビッチ姫が! あたしの恋はそんな尻軽じゃねぇんだよ!」

「ねぇねぇお姉ちゃん、ビッチってなぁに?」

「あなたは知る必要のない言葉ですよ、ペケペケ」


 剣士は悪徳勇者と姫さんの頭を軽く叩くと、気を取り直して目の前にそびえたつ大聖堂に目を向けた。

 王国の城に匹敵するほどの巨大さと重厚さを兼ね備えた目の前の大聖堂には、旅の仲間であった大神官と、彼の奴隷になっている彼女の息子がいるはずである。


 ようやく息子と再会できるのだ。

 いつまでも遊び気分でいるわけにはいかない。

 剣士は気合を入れるために両頬を思い切りはたき込んだ。


 バシィ!

 という音が響き渡り、はたき込まれた悪徳勇者と姫さんが地面にうずくまって身もだえている。


 その様子を見ていたペケペケは咄嗟に走って距離を取った。

 そうして自分には言葉のみで気合を入れた剣士は、大聖堂に向かって歩き出したのだ。


「よし! 気合十分です! 最終決戦に向かいましょう。皆さん覚悟は良いですか?」

「良いわけないでしょ! なんであたし達の頬を叩いたのよ!」

「あなた達二人がいつまでもふざけているからですよ」

「ペケペケを叩かなかった理由は?」

「ペケペケに危害を加えようとすると、精霊達が自動的に守るからです。これから敵地に赴こうという時に無駄に目立つ必要はないですからね」

「目立ってる! 存分に目立ってるから! そこの赤毛女なんて酷い有様よ? せっかくのおろしたての服が台無しじゃない!」


 見れば悪徳勇者の白い服は、膝の部分が地面に触れたのか黒く汚れてしまっていた。

 上から下まで白一色なので、少しの汚れでもとにかく目立つのである。

 やれやれといった感じで近づいてきた剣士は、膝の汚れを手ではたき、肩に手を置いて悪徳勇者の顔を覗き込んだ。


「申し訳ありません。あなたもまだ辛いはずなのに、私の事情に巻き込んでしまって」

「いえいえいいえ! そんなことないわよ!? 困っている人がいるのだから放っておけるわけないじゃない!」

「そうですか。そう言ってもらえるとありがたいのですが」

「さぁ冗談はこれくらいにして行きましょうか! とっとと行きましょう! 大丈夫よ! 大神官は仲間だったんだし、息子を返してくれって言うだけなんだから何も問題はないわ!」

「ねぇちょっと、あなた一体どうしたの? 剣士に何をされたのよ?」

「うっさい馬鹿姫! 世の中には怒らせちゃいけない相手ってのがいるのよ。覚えておきなさい!」

「お姉ちゃんがまた生きる気力を取り戻してくれて、ペケペケはとっても嬉しいんだよ」

「いや、これを生きる気力って言って良いのかしら?」


 なんだかんだ言いながら、ペケペケ達は大聖堂の中へ入っていった。

 俺も当然その後に続いた。

 いや、続こうとしたのであるが、失敗したのである。


〈なにぃ!?〉


 俺の体は大聖堂の中には入れなかった。

 城に入った時と同じように、正門から入ろうとしたのに弾かれてしまったのである。


 俺は慌てて他の出入り口を探し始めた。

 その結果、この大聖堂には王国の城と同様の結界が張られていることが分かったのである。


 打つ手がなくなった俺は、大聖堂の外でペケペケ達の帰りを待つことにした。

 しかし待てど暮らせどペケペケ達は大聖堂の中から出てこなかったのである。



 深夜になった。

 深夜になったというのにペケペケ達が大聖堂の中から出てくる気配はなかった。

 俺は体を薄く広げて、ありとあらゆる出入り口を見張っていたのだが、どこの出入り口からも彼女達は出てこなかったのである。


 これは、はっきり言って異常事態であった。

 他の三人はともかく、ペケペケが俺を放ったまま大聖堂の中にこもり続けるとは思えない。


 仮にもかつての仲間を尋ねたのだから、旧交を温めて時間を忘れ、そのまま大聖堂の中に泊まり込むという流れもあるかもしれない。

 しかし魔族の姫さんが一緒だというのに、一行が大聖堂に泊まるとはどうしても思えなかったのである。

 それに全員がこれだけの時間、ただの一度も外に顔すら見せないというのはやはり変であった。


 俺は大聖堂の中に入るかどうか迷っていた。

 入ることは多分出来るのだ。

 入るというより、突入という感じになるのだろうが。

 王国の城と同じく外部から破壊してしまえば、結界もクソもないのだから。


 しかし不必要な破壊はペケペケと剣士から禁じられている。

 彼女達は俺が自由意思を持っており、王国の城も自己判断で破壊したことに気付いていたので、大聖堂の不用意な破壊をあらかじめ禁止していたのである。


 息子が奴隷にされているために剣士は敵地と呼んでいたものの、神国が敵なのかどうかまだはっきりと決まったわけではないのである。

 敵対していないのに建物だけ破壊して「ごめんなさい」では済まないのである。

 だから俺は迷っていた。

 迷っている内に深夜になってしまい、それでも俺は迷っていたのだ。

 そんな時、深夜であるにもかかわらず、大聖堂の中から人が出てきたのである。



「ハァハァ、ハァハァ」


 それはペケペケや姫さんよりもさらに小さい、いや幼いと言った方がしっくりくる、恐らくは6歳くらいの年若すぎる少年であった。

 少年というか、この年だと完全に子供である。

 綺麗な黒髪を肩の辺りまで伸ばしたその髪型はまるで女の子のようにも見えるが、鋭い目つきと意志の強い瞳から察するに、どう見てもそれは少年であった。


「ハァハァ、ハァハァ。ほっ、本当にこれで良いのですか? 母様」


 少年は大きな布を手に持っており、それを頭上に掲げて踊り始めた。

 布を空に掲げるようなその動きは見ていて大変面白いのだが、丁度月を俺の体で隠してしまっていたために、布の柄と少年の表情を見ることが出来なかった。


 だから俺は不自然ではない速度で移動して、月明かりの下に少年の姿を映し出したのである。

 そこで俺は少年の踊りの真相を看破したのだった。

 看破と言うか、それは布に描かれた模様を見れば一目瞭然だったのだ。


〈〇と×と?と→、そして輪郭がふわふわした不自然な形の〇か。そう、まるで雲のような〉


 雲のようなと言うか、それはどう見ても雲。つまりは俺の姿であった。

 〇と×と?と→は俺が唯一ペケペケ達とコミュニケーションが取れる記号である。

 つまり、この少年は俺に用があるという事になる。

 だがどうやって知ったのか? 考えるまでもないだろう。

 内部にいるペケペケ達に教えてもらわなければ、こんな真似はしようとは思わないのだから。


 俺は薄く伸ばしていた体を集結させ、少年の前に濃い雲となって姿を現した。

 そして彼の眼前に、〇と×と?と→の形をした雲を作り出したのである。


「えええっ!? ほっ、本当にいた! 自立した思考を持つ、雲の形をした大精霊! 凄い、母様の言った通りだ……」


 少年は謎の布踊りを止めると、呆けたような顔をして俺の事を見つめていた。

 しばらく少年は止まっていたのだが、俺が?の文字を作って少年の眼前に近づけると、少年は跳ね起きたように体をのけ反らせ、大聖堂内部の状況を伝えたのである。


「しっ、失礼しました! あのっ! お助け願えますでしょうか、大精霊様! 母とその仲間達が、大神官様に捕まってしまったのです!」


 〇〈分かった。ってかやっぱりこの子は剣士の息子なのか〉


 可愛い盛りに別れたと言っていたから多分二歳か三歳くらいだと思っていたので、思っていたよりも成長していたから驚いてしまった。

 しかし剣士と別れてから3年の月日が経っているのである。

 一年前には既に奴隷として働いていたのだから、大体このくらいの年齢になるのだろう。

 そうか、剣士は息子と会えたのだな。

 しかし大聖堂内部で何かがあって、大神官に囚われてしまったと。


「本当です! 母様とペケペケさんからあなた様の事を聞いて僕は……えっ!? 助けてくれるのですか? 本当に?」


 ◎〈本当本当、凄く本当。だから思わず二重丸ね〉


「丸が二つ? 絶対に助けて下さるのですね! 凄い凄い凄い! 母様の仲間には本当に大精霊様が力を貸すほどの精霊使いがいたんだ!」


 ?〈驚くのは後で良いよ。それより大精霊ってどういうこと? ってそれはどうでも良いか。一体何が起こったの?〉


「あっ! 失礼いたしました! えっと、母様からの伝言です。大聖堂のてっぺんを壊して欲しいのだそうです。」


 ?〈なんで? というかこの子、凄く優秀だな。この年でちゃんとメッセンジャーとして働けているじゃないか〉


「大聖堂の結界の起点は大聖堂のてっぺんにあるからです。これを破壊すれば、力を封じられた母様達は力を取り戻し、大精霊様は大聖堂の中に入れるようになるのだとか」


 〇〈分かった。任せておけ!〉


「夜が明けたら母様達は殺されしまうのだそうです! お願いです大精霊様! どうか、どうか母様を……」


 みなまで聞かず、俺は大聖堂の結界の起点を破壊するために、空の上へと昇っていった。

 しかし俺の体はある一定以上から上に行くことが出来なかった。

 町を覆う結界に移動を阻まれてしまったのである。


〈そういえば町に入る時は正門から入ったっけな〉


 恐らく町の結界は大聖堂の結界よりも緩かったのだろう。

 だから俺は一度町の正門に赴き、門の隙間から外へ抜け出すと、大聖堂の上空へ移動し雷雲となり、大聖堂のてっぺんに雷を落とし、かまいたちを発生させてなます切りにし始めたのだ。


 剣士の息子は言い忘れていたのであるが、結界の起点は結界よりも少しだけ外に飛び出していたので、雷雨の攻撃が通用したのである。


 無数の雷とかまいたちの直撃を受けて、大聖堂のてっぺんはあっという間にボロボロになった。

 その頃には、無数の雷の音に驚いたのだろう。

 大聖堂の中はおろか、周囲に広がる町の中からも多数の住民が外に出てきていた。

 彼らは大聖堂の上空に留まり続ける雷雲と、落ち続ける雷を驚きをもって見つめている。


 そんな時、大聖堂内部から熱光線が射出され、俺の体を貫いて遥か上空へと飛び出していった。

 役割を果たしたことを確認した俺は、慌てて大聖堂から距離を取った。

 すると今度は、大聖堂の右半分があっという間に細切れにされて崩壊してしまったではないか。


 しばらくすると、大聖堂の中から悪徳勇者一行が姿を現した。

 その中の一人、黒髪の美女の姿を見つけた少年は、叫び声を上げながら彼女の下へと走り寄っていく。

 剣士は懐に飛び込んできた少年を愛おし気に抱きしめた。

 その時点で一行の目的は達成されたのである。


 だから後は蛇足でしかない。

 母と息子の感動の再会に水を差した愚か者を成敗することで、ようやく話に幕が下りるのである。

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