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24話 VS髭盗賊

「もう一度だけ確認します。本当にここで間違いないのですね?」

「だからそう言ってるでしょ。私は確かにあの髭面の男がここに入っていくのを見たのよ」


 魔族の国で姫さんを仲間に引き入れた一行は、雷雨の体に乗って王国の西の端、帝国との国境付近にまで移動していた。


 王国は北に神国、東に共和国、西に帝国、そして南の果てで魔族の国と国境を接している。

 魔族の国からやって来た一行は王国を斜めに移動した形だ。


 ちなみに首都と城は王国の丁度中央辺りにあり、勇者の故郷はそこより北寄りで、剣士の故郷は北の海沿いに存在していた。

 勇者達が故郷に帰れなかった理由はここにあった。

 故郷と目的地がまるきり正反対の方向にあったので、王子が禁止するまでもなく帰ることが難しかったのである。


 それはともかく、剣士の家族の行方を探していた一行は、髭盗賊を追って帝国との国境付近へとやって来た。

 彼女達は魔族の国から追放された姫さんを仲間に引き入れたものの、剣士の家族の顔を知らない彼女は剣士の家族の行方を探せなかったのである。


 ならば奴隷商人と同じ裏稼業に精通している者に話を聞いてみてはどうかという話になり、王国に帰る途中、財宝と共に姿を消した髭盗賊の行方を姫さんに探してもらったのだ。


 姫さんは髭盗賊の顔なら知っていた。

 ペケペケを観察している時に、ペケペケの旅の仲間も姫さんの視界に映ることがあったからである。


 それに髭盗賊は魔族の国が滅ぶ切っ掛けを作った男だ。

 姫さんの考えなしの行動が発端とはいえ、姫さんの後を付けて結界を解除したのは髭盗賊なのだから、姫さんにとっては仇と同様である。

 だから姫さんは髭盗賊の行方を熱心に探し回り、そして遂に見つけ出したのだ。

 その際、姫さんは髭盗賊が連れまわしている多くの仲間と奴隷の姿も見つけていたのである。


 髭盗賊は元々、旅の途中で出会った盗賊団の首領だったらしい。

 奴は勇者一行の力を目にするや否や、盗賊団を解散して投降したのだそうだ。

 そして、これまでの行いを悔い改めたいと言って、勇者一行に同行を申し出たという。


 当初、勇者一行は大変珍しいことに全員揃って渋ったらしい。

 性格に難があった槍王子と魔法使いまでもが勇者達と同様に反対したらしいのだ。

 それだけ勇者一行に盗賊が加わるという事はあり得ない話だったのだろう。


 しかし結局、髭盗賊は勇者一行に加わることとなった。

 勇者も剣士も王子も魔法使いもそしてペケペケも、正攻法は得意ではあったが、その逆は不得手だったのである。

 裏から手を回すとか、賄賂を贈って便宜を図ってもらうとか、罠を看破するとか仕掛けるとかが全くできなかった一行にとって、髭盗賊の存在はいつしかなくてはならない存在になったのだそうだ。


 実際、髭盗賊がいなければ、魔王の討伐は成し得なかった。

 魔族の街の結界を解除したのは、髭盗賊だったのだから。


 彼がいなければ、そもそも旅そのものが終わっていなかったのだ。

 その行いは下劣であり、その品性は唾棄すべきものであったのだけれど、使える人材であることに疑いの余地はなかったのである。


 そんな髭盗賊は王国に帰る途中で姿を消してしまった。

 僅かあまり残っていた財宝の半分を持ち逃げしたところを見るに、最初から途中で抜ける気満々であったらしい。

 その際、王子が「もっと早くに殺しておくべきだった」と言っていたのが印象に残っている。

 王子は元々髭盗賊を城に戻る前に殺すつもりだったのである。

 つまり髭盗賊のとった行動は、間違っているけれども正しかったのだ。


 勇者一行に犯罪者などいらないのである。

 不名誉な存在はその事実ごと抹消されるのだ。

 髭盗賊はそれが分かっていたから早々に姿を消したのである。


 そんな髭盗賊が今何をしているのかと思ったら、どうやら再び盗賊団を結成し、王国と帝国の国境付近で暴れまわっているらしい。

 道中、千里眼で様子をうかがっていた姫さんが商人の一団に襲い掛かる髭盗賊の姿を確認しているので、どうやら間違いはなさそうである。


 髭盗賊は一味と共に、国境付近に建てられて今は廃棄されている砦を拠点にしているらしい。

 そこでは多くの奴隷達が働かされているそうだ。

 奴隷を買ったのか、奴隷商人を襲ったのかは知らないが、そこに行けば剣士の家族の行方も分かるかもしれない。


 協力を拒否した時には脅して無理やり言う事を聞かせれば良いという結論に至った一行は、一路髭盗賊の拠点を目指して空を飛んで行ったのである。




 そうして到着した髭盗賊の砦は、まるで戦争中の軍事基地ような場所だった。

 砦の周囲には防衛のためなのか柵が設置され、幾つもの堀が作られている。

 無数に建てられた見張り台の上には数人単位で盗賊達が張り付いており、真剣な顔をして周囲の様子をうかがっていた。


 そして中心にある砦とその周辺では、多くの奴隷が働いていた。

 手足を鎖で縛られた彼らは、監視役の盗賊達に鞭で打たれながら懸命に砦を補修し、堀を掘っていた。

 そのほとんどは頑強な体を持つ元農民か元兵士のようであったが、中には元は文官か何かなのだろう。青白い肌をしたヒョロヒョロの人物も何人か混じっているようだった。


 姫さんの案内で砦に辿り着いた一行は、到着した場所のあまりの状況に困惑を隠せないでいた。

 髭盗賊が盗賊団を再結成したとは聞いていたが、まさかこれほど大所帯だとは思っていなかったのである。


 これではまるで、軍が砦を普請しているのと変わらないではないか。

 しかし目の前にいる連中は、全員盗賊か奴隷なのである。

 状況を確認した勇者と剣士は、全く反省していなかった髭盗賊の面の皮の厚さに揃って頭を抱えていた。


「いやまぁ髭盗賊は実際本物の盗賊でしたからね。財宝を奪って資金を手に入れたのですから、勢力を拡大したところで何の不思議もありませんか」

「だとしてもこの数はあり得ないわよ。何なのあいつ! まったく反省なんてしていないじゃない!」

「ペケペケは髭盗賊のことが大嫌い! お姉ちゃん達やっちゃって!」

「いや、やっちゃってって。ペケペケあんたね。協力を求めに来たんじゃなかったの?」

「そうだった! だったら協力してもらってからやっちゃえば良いんだよ!」

「意外と過激! 友達選び間違ったかなぁ……」

〈いや、盗賊は基本見つけたら即殲滅で良いと思うが〉


 俺は上空から盗賊団の様子をうかがってみたが、実際大した戦力であった。

 馬は揃っているし、武器も豊富だ。

 髭盗賊は砦の中にいるようで姿は見えないが、働いている盗賊達の様子を見れば規律の高さもうかがえた。


 そう、盗賊であるにもかかわらず、こいつらは真面目に働いているのである。

 しかも恐怖に駆られて仕方なく、というわけではない。

 各々自発的に働いているようなのだ。

 そんなことが出来るのなら、盗賊なんてやらずに真っ当に働けよとは思うのだが、彼らにも彼らなりの事情というものがあるのだろう。


「とにかく砦に赴いて髭盗賊に協力を頼んでみましょう。まさか嫌とは言わないでしょう。私達の強さは良く分かっているでしょうしね」

「いざとなったら半分くらい殺せば従うでしょ、あいつなら」

「協力を拒んだらいきなり半殺しにするっていうの? 勇者はやっぱり野蛮なのね!」

「え? 違う違う。ここにいる盗賊の半数を殺すって意味よ」

「え……えぇ!?」

「勇者がそんな甘いわけないじゃない。仮にも魔族の国のお姫様だったのに、夢を見過ぎじゃない? あんた」

「酷いよお姉ちゃん! 姫ちゃんは優しい子なんだよ!」

「あたしにはそれが甘さに見えるけどね。まぁこれから学んで行けばいいわ。どうせ後十年は国に帰れないのだし」

「なっ! ……ひっ酷い」

「弱い者いじめは感心しませんよ、勇者」

「だからもう勇者じゃないっての。あ、でもさっき、自分の事勇者って言っちゃってたわね。めんどくさいなぁ。じゃあ勇者で良いわ。悪徳勇者よ」

「悪徳勇者?」

「悪徳勇者! やっぱり勇者は悪者なのね!」

「そうよ、私は悪い勇者なの。だから盗賊だって殺すし、弱い者いじめだって平気でするんだから」

〈本当に悪人はむしろ自らの行為を正当化するものだけどな〉


 勇者が悪徳勇者を名乗り始めた頃、一行は遂に砦の入り口付近へと辿り着いた。

 俺の体に乗って砦の中心に降り立っても良かったのだが、魔族の国で大騒ぎになった事を反省し、少し手前で降りてから歩いて近づいたのである。


 まさかここに徒歩で近づいてくる者がいるとは思っていなかったのだろう。

 悪徳勇者一行に気付いた見張りが騒ぎ始めた途端、砦の外にいた盗賊達が一斉に入り口付近に群がって来た。


 その顔には愉悦が浮かんでいた。

 大方、若い女が無防備に近づいてきたとでも思っているのだろう。

 残念ながら、そこにいる連中の内二人は獰猛な雌の猛獣なのだ。

 対応を間違ったら食い殺されてしまうのだが、果たして……?


「ヒャッハー! 女だ! 若い女だぜ!」

「イヤッホー! 逃がさねぇからな! 今度こそ絶対にボスに取られる前に確保しておかねぇと!」

「ヤッフー! てめぇら作業中断だ! 最優先事項は常に不変である! 一にボスの命令! 二に女の確保だ!」

〈あ~あ、駄目だこいつら〉


 盗賊達は悪徳勇者一行の話を聞くこともなく、脇目も降らずに彼女達に襲い掛かった。

 襲い来る盗賊達を剣士と、悪の道に進むことを決めた悪徳勇者が倒していく。

 姫さんはペケペケと共に後方で待機中だ。

 精霊が守ってくれているので流れ矢に当たる心配もない。


 物凄い勢いで殺到した盗賊達は、あっという間に二人によって退治されてしまった。

 倒された盗賊達は、揃いも揃って掘ったばかりの深い堀の中に叩き落とされている。

 まだ誰一人として死んではいないようだ。

 髭盗賊に協力を求めるまでは、殺さないつもりなのだろう。


「さーて、邪魔者は全て排除したわ。後は砦の中に入ってあの馬鹿と話をするだけね」

「いえ、古い砦とはいえ、建物の中に入るのは得策とは言えません。ここは建物の中には入らず、外から呼びかけて髭盗賊に出てきてもらいましょう」

「罠を警戒しているってこと? だったら剣士の剣技で砦を切断しちゃったら?」

「それだと中にいる人ごと斬ってしまう可能性があるのです。私は姫殿とは違い、建物の中を覗き見ることなど出来ませんからね」

「そっか、残念ね。とりあえず砦の前まで移動しましょうか。行くわよ、姫さん、ペケペケ」

「うん!」

「分かったわよ」


 そういって悪徳勇者一行は髭盗賊が住む砦へと近づいて行った。

 その途中で一行は予期せぬ出会いをすることとなるのである。

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