23話 絶望の再訪その3
「そんなわけで魔族達との戦いは回避されました。しかしここに長居するのは得策とは言えません。ですからペケペケ、私の家族の行方を探して下さるお友達を速やかに見つけては下さいませんか?」
「ほぇ?」
表情を変えずに目を覚ましたばかりのペケペケにそんなことを言う剣士を見て、魔族達は一様に顔を曇らしていた。
どうも剣士には焦りの色が見える。
家族の行方が心配なのは分かるが、焦るあまり冷酷さを隠しきれていないのはいただけないな。
まぁ冷酷にでもならなければ、魔族を殺しまくる勇者一行の切り込み隊長にはなれなかったのだろう。
しかしその冷酷さを仲間にまで向ける必要はないのではないかと、俺なんかは思うのだが。
場に漂う不穏な空気に気付いたのだろう。
剣士は一度咳払いをすると、ペケペケと目線を合わせるために腰を落とした。
その姿を見て、ペケペケの横で座り込んでいた姫さんが「ヒッ!」と叫び声を上げてしまう。
まぁ無理もあるまい。
傍から見ていると、小さい子供に視線を合わせる優しいお姉さんにしか見えないというのに、剣士から溢れ出る殺気には些かの衰えもないからな。
片手は剣に添えられたままで、周囲には油断なく神経を張り巡らせている。
魔王からは早々に降参宣言を告げられているが、周囲の魔族が暴走する可能性は否定出来ないのだからこれは正しい備えと言える。
何だかんだ言ってもここはかつての敵地なのだ。
警戒し過ぎるくらいで丁度良いのかもしれない。
「ちょっと、ちょっと! ペケペケも姫ちゃんも驚いているよ、剣士!」
「これは失礼。しかし敵地にいるのですから警戒するのは当然です」
「まぁ、あたしらがここにいるべきでないってのは分かるんだけどね。それでペケペケ。探し物が得意なお友達の姿は見えるの?」
「うん! お友達に会えて、ペケペケはとっても嬉しいんだよ!」
そう言うとペケペケは姫さんの手をギュッと握りしめた。
その場の全員が「えっ?」という顔をしている。
彼らは誰一人として知らなかったのである。
この二人が友達だというありえない現実を。
「紹介するね。この子は姫ちゃん! ペケペケにとって初めての精霊さん以外のお友達で捜し物がとっても得意なの! ペケペケのことも随分前から知っていたんだって!」
「ちょっと待て! ちょっと待ってくれ少女。いやペケペケと言ったか。ペケペケ殿。我が娘と貴様が友達だというのか?」
「うん! この街の近くでキャンプをしていた時に、姫ちゃんが「お友達になりましょう」って挨拶に来てくれたんだ!」
その場の全員がギョッとした顔をして、ペケペケと姫さんを交互に見始めた。
一方魔王は「あちゃー」という感じで顔に手をあてている。
やたらと察しの良い魔王のことだ。
ひょっとすると2人のやりとりやら、事の顛末に気付いたのかもしれない。
「姫」
「はっ、ハイ! お父様!」
姫さんは大分恐縮している。
いや恐縮とは違うな。これは恐怖だろうか?
なんとなく何が起きたのか察しはつくが、どうせ言葉を喋れぬ身だ。
成り行きに任せて、状況の観察に徹しよう。
「この際、ペケペケ殿のことを前から知っていたとか、友達になったとかの話は置いておく。それよりも……姫は一体どうやってペケペケ殿と出会ったのだ? いや、最早この際ハッキリと聞こう。一体どうやって街を守る結界から街の外へと出ていったのだ?」
姫さんは可愛そうなほどに小さくなって震えていた。
街を守る結界ってのはあれか。
王国の城にも張られていた、俺の侵入すらも防ぐああいったバリアーみたいな奴のことを言うのだろう。
いや、魔王は城ではなく街を守る結界だと言っていたな。
つまり魔族の国では王国よりも巨大な結界が街を丸ごと守っていたということか。
「あ、あの! 違くて! えっと、私はただ、お友達が欲しくって……それで」
「それで結界から外へ出たと? 城から抜け出した時にも言ったはずだ。街の中ならばともかく、街の外は危険だから絶対に出てはいけないのだと」
「はい……申し訳ありませんでした。お父様」
「……つまりこれは事実なのだな? 姫は結界の外へ出ることができたのだな?」
「え? はい、そうです。街を覆う結界にはいくつか穴が空いていたので、そこを通って外に出ました」
「なっ!」
「馬鹿な! 結界に穴が空いていただと!」
魔王の後ろで控えていた魔族達が、揃いも揃って驚いていた。
いやあんたら何を今更。
結界が完璧だったのなら、そもそも人間の軍に攻め込まれたりしていないだろうに。
……いや、待てよ? まさか……
「姫、お前には教えていなかったが、街を覆っていた結界は、許可のない者の通行を決して認めないものだったのだよ」
「えっ? でも、私は許可など得ずに通行できましたが……」
「それは姫が結界の穴とやらを通っていたせいなのだろうな。ちなみに街の外からは街そのものを見ることができないようになっていたのだ」
「そんな、まさか! だって私は外に出ても、ちゃんと街を見ることができていたのに!」
「……勇者殿、剣士殿、そしてペケペケ殿。貴殿達はどうだった? 街の外から街の様子を見ることができたか?」
「いいえ」
「まったく」
「ペケペケも見えなかったよ。だからびっくりしたんだ! 姫ちゃんは毎日遠くからペケペケに会いに来てくれていると思っていたのに、突然目の前に街が現れたんだもん!」
「え? え? えええぇぇぇ!?」
姫さんは一人オロオロとパニックを起こしている。
しかしどういうことなんだろう?
みんなには見えないものを姫さんは目にしていたということか?
いや、そもそもどこにいるのか分からない剣士の家族の行方を探せるからという理由で、ペケペケは姫さんの下へやって来たのである。
つまりこの姫さんは普通の人が見えないものを見ることができるわけだ。
それがまだ出会ったことのないペケペケであったり、誰も存在を知らなかった結界の穴であったりしたと、つまりはそういうことなのだろう。
「姫、思えば私は忙しさにかまけて姫と過ごす時間をあまり作れなかったな」
そんなことを考えていた時に、突然魔王が家族の大切さに気付いたダメ親父みたいなことを言い出した。
姫さんはびっくりして「お父様! そんな、そんなことはありませんわ」なんて、ドラマみたいなセリフを吐いている。
しかし父親である魔王の目は全く笑っていなかった。
なんだろうか、これは?
推理の果てに辿り着いた真犯人が身内だった時の名探偵の様な目をしているぞ?
「思えば姫が城から抜け出した時に、きちんと聞いておけばよかったのだ。それで? 姫は何か特別なことが出来るのだろう? それは恐らく、人が見ることのできないものを見れるのではないか?」
「は、はい! その通りですわ、お父様!」
そうして姫さんは喜々として自らが持つ魔眼能力について語ったのだった。
彼女が説明したその力は実に凄まじいものばかりだった。
透視に千里眼、更には未来視すらも自由自在に使いこなし、願えば遥か彼方にいる、出会ったこともないペケペケの姿すら見ることができたのだという。
なるほどな。
ペケペケは姫さんのこの力を使って、剣士の家族を探そうと考えたのか。
だがつまり、魔族の結界が破られて魔族の街が攻め滅ぼされた原因というのは……
「ちょっと待てよ! つまり姫様のせいで、街も城も落ちたっていうことですかい?」
話を聞いた誰もが気付いても言わなかったセリフを、魔族側の誰かが言ってしまった。
それをキッカケとして、広場に集まった全ての魔族の視線が姫さんに集中してしまう。
「ヒッ!?」と可愛く悲鳴を上げて姫さんは縮こまったが、最早後の祭りだろう。
魔王は深く溜息を吐いて、自らの娘に罪を告げたのだった。
「姫、お前にその気がなかったのは分かっている。だが結果として、お前の起こした軽はずみな行動が、国を焼き城が落ちる原因を作ってしまったようだ」
「そんな!? でも、だって、私はお友達が欲しかっただけで! 大体結界が破られたのは、ペケペケが約束を破ったから!」
「何のこと? ペケペケは姫ちゃんとの約束を破ってなんかいないんだよ?」
「破ったじゃない! 後を付けて来ないでって約束を破って、結界の抜け穴の位置を知ったから、人間の軍隊が攻めてきたんでしょう!」
「違うもん! ペケペケは姫ちゃんとの約束を破ってないもん! 後を付けたりなんてしていないもん!」
「ペケペケは多分嘘を言ってないよ」
「私達はペケペケから新しい友達が出来たことは聞いていましたが、それは新しい精霊だと思っていましたからね」
「嘘よ!」
勇者と剣士がペケペケのことを擁護するが、姫さんは信じられないと否定している。
ペケペケがこんな嘘をつくとは思えないし、勇者と剣士の態度にもおかしなところは見られない。つまりこれは姫さんの思い込みなのだろう。
ということは、つまり、どういうことなんだ?
犯人はペケペケではないのだから、他の誰かが姫さんの後を付けたってことなのか?
「ちなみに魔族の街を発見した功労者は、私達の仲間であった盗賊ということになっていますよ」
「あいつが突然「魔族の首都の秘密を暴いたぜ!」とか言って、しばらく姿が見えなくなったと思ったら急に目の前に街が現れたからね。間違いないよ」
「つまり姫はペケペケ殿と会って、街に帰る際にその盗賊とやらに後をつけられたというわけか」
「多分ね」
「そんな!」
姫さんは茫然自失としている。
なるほど、そういえば勇者一行には、槍王子や魔法使いの他にも髭盗賊と大神官というメンバーがいたのだったな。
そいつらの一人が姫さんの後をつけて結界の隙間を見つけて魔族の街に入り込み、魔族の結界を無効化してしまったのだろう。
そして姫さんはペケペケのことしか頭になかったから、その追跡者に気付かなかったと。
まぁ子供だしな。いくら能力が凄くても、帰り道を監視されていると考えられないのなら尾行に気付くことは出来ないか。
「ふざけんなよ……」
初めにそう言ったのは誰だっただろうか?
ヒュン!
コツン!
「痛っ! え、何? 石?」
広場に集まっていた魔族達は地面に落ちていた石を拾い上げ、誰からともなく姫さんに向けて石を投げ始めた。
「ふざけんな! ふざけんなよ!」
「何なのよこれ、どういうことなのよ……」
「あたしの家族はそんなことのために死んだっていうのかい! いくら何でもあんまりじゃないか!」
「止めて止めて! お願いだから止めてちょうだい!」
「駄目だよそんなことしちゃ! 姫ちゃんが死んじゃうよ!」
気付いた時には、広場に集まった魔族達は憎悪に濁った目を姫さんに向けていた。
実際に結界を壊したのは恐らくはその盗賊とやらなのだろうが、切っ掛けを作った姫さんもまた憎悪の対象となったのだろう。
国の代表である魔王の娘の行動が、国が滅ぶ切っ掛けとなったのだ。
国民である彼らが怒るのも無理からぬことと言える。
いくら魔王の娘とはいえ、これはイタズラで流す事の出来る範囲を超えているからな。
彼らは止まることなく石を投げ続け、姫さんを滅多打ちにしてしまった。
姫さんはあっという間に血だらけになり、それを見たペケペケが急いで姫さんに覆いかぶさった。
「ペケペケ!」
「全くあなたという人は……」
結局勇者と剣士が間に入り、投石を全て叩き落とすまで彼らの暴走は止まらなかった。
姫さんは泣いていて、ペケペケは彼女を慰めており、魔王は難しい顔をして事態を静観していた。
そう、なんと魔王はこの事態に一切介入しなかったのである。
目の前で実の娘が石を投げつけられていたというのに、魔王はビクとも動かなかったのである。
「姫、貴様は自分の犯した罪の重さを理解しているか?」
「え?」
姫さんを見下ろした魔王が静かに口を開いた。
その瞳には愛娘を愛する父親の情は存在していない。
ただただ一国を預かる国の責任者として、魔王は娘と向き合っていた。
「勇者殿も剣士殿も己の行動の愚かさを理解していながら、その身を血に染めていた。だが貴様は自らの行動を反省もせず、いたずらに言いつけを破り国を滅ぼす切っ掛けを作ったのだ」
「そんな! 待って、ちょっと待ってください!」
「だから私は貴様に罰を与えなければならない。これは父親としてではなく、魔族の国を収める魔王としての決定である」
「私はお友達が欲しかっただけ! だってお父様はお忙しかったし、誰も私とお友達になってくれなかったじゃない!」
「これより向こう十年間、貴様には追放刑を言い渡す。己がこの世に生を受け、生きてきた年月と同じだけの時間を反省の時間に充てるがいい」
「嫌です! お父様と離れ離れになんかなりたくない! それに私は姫として、みんなのために働きたいの!」
「それは皆の大切なものを奪った貴様が言って良いセリフではない。とっととこの国から出て行け、犯罪者!」
そう言うと魔王は姫さんに背を向けてしまった。
姫さんはワンワンと泣きわめいて魔王に向かって手を伸ばすが、その間に兵士が割り込んで彼女の移動を妨害してしまう。
魔王は広場から立ち去った。
それにいつの間にか広場からは人がいなくなっていたのである。
誰も彼もが黙って立ち去り、気付けば広場には勇者と剣士とペケペケと、泣きつかれて地面に倒れた姫さんと、彼女が魔王に近づくことを阻止し続けている兵士達だけが残っていた。
しかし俺は、俺だけは知っていた。
広場からいなくなったように見えた魔族達は、建物の上とか窓の隙間から姫さんの様子を伺っていたということを。
国を滅ぼす切っ掛けを作った姫さんを魔王は許すわけにはいかなかった。
そして家族を殺され、街を滅ぼされた魔族達もまた姫さんに対して憎悪を向けた。
だから魔王は姫さんを追放処分にしたのである。
このままこの場に残していたら、命の危険を伴うが故に。
一度処分が決まってしまえば、一般市民はそれ以上口を挟むことはできない。
だから彼らは立ち去った。
立ち去った後で、子供のやったことだと冷静に判断したのだろう。
彼らはこれから国を出て、十年もの間帰ることが出来ない姫さんに急に悪いことをしたような気持ちになって、その動向を見守っていたのだ。
結局姫さんはペケペケに励まされてなんとか立ち上がった。
そして勇者達と同じく俺の身体に乗って魔族の国から出ていくことになったのである。
剣士の家族を探すための優れた目を手に入れることには成功した。
恋人に振られて自棄になっている勇者、
家族を奴隷にされて慌てている剣士、
そして国から追放された魔族の姫さんを仲間に、ペケペケの旅は続いていく。
そんなペケペケと友達になり、彼女をこっそりサポートする俺という同行者と共に。




