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21話 絶望の再訪

「まさかもう一度ここを訪れることになるとはね……」

「人生、何が起こるか分からないとは良く言いますが、最近とみにそう感じますね。それでペケペケ。探し人の場所が分かるというあなたのお友達は、本当にここにいるのですか?」

「うん! あの子に聞けばきっと剣士のお姉ちゃんの家族の居場所も分かるよ!」

「だと良いのですが……」


 そんな話をしている3人が俺に乗ってやって来たのは、なんと魔族の国であった。

 彼女達は王国の城で槍王子を叩きのめした後、3人揃って国を出たのである。


 3人は剣士の家族を探すためにここにきた。

 城から離れた後、剣士は両親の手によって奴隷商人に売り飛ばされた夫と息子を探すつもりだと勇者とペケペケに告げたのである。


 その話を聞いた二人は、剣士の手伝いをすることを決めたのだ。

 ペケペケは城に囚われていた精霊達を救出するという目的を果たしたために。

 そして勇者は失恋したばかりでやることがなかったために。


 しかし手がかりは皆無であった。

 剣士が両親と使用人を脅しても分からなかったのだから、これは間違いようもない事実である。


 王国に手伝ってもらうことも考えたが、これは即座に却下された。

 城を丸ごと吹き飛ばした上に、王子が死ぬきっかけまで作ってしまったのである。

 魔王を倒した英雄といえども、これでは助力を得られるわけがない。


 まぁ城を吹き飛ばしたのは俺の独断なのであるが。

 俺はペケペケが使役している精霊だと思われているので、城の崩壊も彼女達の仕業だと思われているはずだ。


 ならばこそ3人は自分達の力だけで探すと決めたのだが、3人共戦闘は得意ではあるが人探しは専門外であった。

 ペケペケの友達である精霊さん達も、遠く離れた場所にいる剣士の家族を探すことは出来なかった。


 剣士は正直、ペケペケが何とかしてくれると思っていたらしい。

 それが不発に終わったので、旅を始めて早々に一行は行き詰ってしまった。

 そんな時、突然ペケペケが言い出したのである。

「私には探し物が得意なお友達がいる」のだと。


 その子の助けを借りさえすれば、剣士の家族の行方も容易に分かるのだという。

 話を聞いた一行は、ペケペケの指示に従って魔族の国へとやって来たのである。


 現在地は魔王城。正確には魔王城跡地を一行は訪れていた。

 人探しが得意だというペケペケの友達はここに住んでいるという話だったのでやってきたのであるが、つい先日襲撃したばかりの魔族の城を躊躇なく訪れている辺り、3人ともかなり太い神経をしている。


「どっこにいっるのっかな~」

「いえあの……そのお友達はペケペケの呼びかけに答えてくれないのですか?」

「ん~ごめんね、剣士のお姉ちゃん。前に会った時は、あの子がペケペケを見つけてくれたから、ペケペケがあの子を探すのは実は初めてなんだよ」

「なら姿を現すまで待とうよ。水も食料も十分に用意してあるからしばらくは大丈夫でしょ」

「壊滅した敵地の本丸のど真ん中でキャンプですか。まぁ今更何が起こるとも思えませんが」

〈いや、壊滅させたのはあんたらなんだけどな〉


 勇者は失恋のショックで捨て鉢気味になっており、剣士は家族が奴隷として売り飛ばされた影響なのだろう。どうも焦りが見て取れる。

 攻め滅ぼした敵国の城で、いつ現れるかも分からない相手を待とうとするとか正気の沙汰とは思えないのだが。


 とはいえ、彼女達は至って真剣なのである。

 何の手がかりもない現状、危険と引き換えではあっても確実な情報が得られるというならば、それに懸けるしかないという考えは理解できなくもない。


 しかし今の彼女達は自分達の命を軽く考えすぎているように見える。

 傍から見ているとかなり危険な兆候に思えるのだが、大丈夫なのだろうか?



「ん~? えっ、そうなの? そうなんだ~。ふ~ん」


 そんな俺の心配をよそに、ペケペケはいつも通り楽しそうにしていた。

 彼女の回りに光が瞬いているということは、友達である精霊さんと会話が弾んでいるのだろう。


 正直俺も精霊達と会話したいくらいなのだが、生憎と俺は彼らの存在を感じ取ることができないのである。

 今や剣士どころか勇者にすら『雲の精霊』扱いされているというのに、このボッチ感はどういうことなのだろうか。


「お姉ちゃん達! それにくもさん! 知っている子を見つけたよ! あの子は今、あそこのお山のてっぺんにいるんだって!」

「山のてっぺん~? 何だってそんなところにいるのよ、そいつは」

「まぁペケペケのお友達ですからね。そこを突っ込んでも仕方ないでしょう」

「えっとね。このまま夜まで待っていたら移動しちゃうかもしれないから、会いたいなら今すぐ行ったほうが良いんだって!」

「夜になったら移動するとか、夜逃げじゃないんだからさぁ」

「まだ日暮れまでには時間がありますね。雲殿、あそこまで運んでいただけますか?」


 ○〈あいよ〉


 そうして俺は3人を乗せて山のてっぺんを目指すことになった。

 俺は当然、魔族の城から見える山の上に何があって誰がいるのかを知っている。


 勇者も剣士も勘違いしているようだが、ペケペケには精霊以外の友達がいたのである。

 俺はこの時点でペケペケが探している『あの子』の正体に気付いていたのだが、勇者と剣士が気付くのは現地に到着してからであった。




「敵襲! 敵襲!! 勇者一行の主力3名が、現在隠れ里へ向かっております!」

「敵は雲に乗って空中を移動しています! 妨害は不可能! 繰り返す! 妨害は不可能です!」

「非戦闘員は速やかに退避! 戦士階級の者達は覚悟を決めろー!」

「「うおおおぉぉぉ!!」」


 今から数時間ほど前、魔族達の隠れ里に奇妙な報せが届けられた。

 今は滅んだ首都に向かって、雲に乗った人間が近づいて来ているというのである。


 最初は報告した者の正気が疑われたのだが、同様の報告が続々と届くにあたり、隠れ里の上層部は人間達の再侵攻かと緊張感を増していった。

 そして城に降り立った侵入者達の正体が、魔王様を倒した勇者一行だという報告が届けられると、隠れ里に隠れ住む魔族達の緊張感は一気に最高潮へと達したのだ。


 僅か3名であっても油断はできない。

 復活した魔王様は未だ本調子ではないのである。

 今再び彼女達と刃を交えれば、あっさりと殺されてしまうことは火を見るよりも明らかであった。


 あまりにも軽装でやって来た彼女達の姿を見た一部の者達が先制攻撃を主張したが、上層部はこれを却下した。

 相手は一騎当千の怪物なのである。

 魔王様との戦いの前に主だった幹部は全て倒されおり、生き残っている者は精々が部隊長クラスというのが今の魔族の現状なのだ。


 まともに戦える戦力が復活したばかりの魔王しかいないという現状、彼女達と戦うという選択肢自体がありえないことだったのである。


 ここは大人しく隠れ里にこもり、彼女達が引き返すのを待つのが最善という意見が大半を締めたのだが、3人の中でもっとも若いペケペケなる怪物が山を指差し、彼女達が雲に乗って山へ向かっていることを知った魔族上層部は覚悟を決めざるを得なかった。


「やはり奴らの狙いは、復活した魔王様の再度の殺害だろうな」

「他に何があるというのだ! どうやって魔王様の復活を察知したのかは知らぬが、もはやこの場で決戦に臨む以外、道は残されておらぬのだぞ!」

「相手は雲に乗って遙か上空から下界を見下ろしている。あれでは山の中に作った秘密の抜け道の存在も丸わかりだろう。つまり逃げ道は存在しない」

「戦闘狂の血狂い共め! 街も城も滅ぼしておいて、さらなる戦果を望むというのか!?」

「最悪の場合、姫様だけは逃がす。これは魔王様のご命令に背くことになるが、皆の者異論はないな?」

「当然だ。最後に死に花咲かせてくれるわ!」

「来たぞおおお! 勇者だァァァ!!」


 真っ白い雲に乗った3人の絶望がやってきた。

 彼女達の姿を目撃した魔族の決死隊は、彼女達のあまりの変わりように一瞬で死を覚悟したという。


 豊かな金髪をツインテールにまとめ、華やかで可憐な装備を身にまとっていた勇者は、短く赤い髪と恐ろしい形相に変化し、隠しきれない狂気を撒き散らす怪物と化していたのである。


 長い黒髪と凛とした佇まい。

 敵対した魔族からも一目置かれ、最高幹部の一人と今も語り継がれる伝説の一騎打ちをしたという剣士は、背筋が凍るような目つきで魔族達を睥睨し、全身から殺気を放っているではないか。


 そして魔族の国陥落のきっかけを作ったというペケペケなる怪物は、新たなる戦力であろう『雲』を傘下に引き込んで、生き残った魔族達を遥上空から見下ろしていたのである。


 彼女達が発している無言の狂気と殺気に当てられたのだろう。

 戦うことのできない一般市民はパニックを起こして逃げ惑い、年寄り達は腰を抜かし、子供達は声を枯らすほどに泣き続けた。


 だがこれ以上無辜の民に一滴の血も流させるわけにはいかない。

 魔王様を倒すほどの使い手達なのだ。

 束になっても勝てないことなど、とっくの昔に理解している。


 だが一秒でも一瞬でも時間を稼ぎ、一人でも多くの生存者をこの場から逃がさなければならない。

 魔族の兵士達は決死の覚悟をもって、彼女達の前へと立ちふさがった。

 彼女達が彼らの存在に気付きもしていなかったと、彼らが知るまで後少し。



「えええ……なにこれ?」


 眼下で行われている混乱を目にした勇者は、ただただ驚いて絶句していた。

 俺は彼女達を連れて、街を落とされた魔族達が逃げ延びていた山の中に作られていた隠れ里へと辿り着いた。


 そこでは大混乱が起こっていた。

 あまりの混乱ぶりに、勇者も剣士もペケペケも驚いて声も出ないようだ。


 まぁ向こうからすれば国を滅ぼした元凶が舞い戻ってきたのである。

 生き残りを殺すために隠れ里まで追ってきたとでも思っているのだろう。


 眼下の魔族達は、突然怪物が襲来してきたような反応をこちらに見せていた。

 老人は腰を抜かし、子供達は泣きわめいている。

 年若い者は石を投げ、母親らしき者達は恐怖に震えながらも、それを必死に止めていた。

 若い母親は幼い子の身体を抱きしめているし、父親らしき若い男は粗末な獲物を握りしめながら、こちらに憎悪の視線を向けていた。


 敗戦国に再進行してきた戦勝国に向けるような対応をされた勇者達は一瞬思考を停止してしまった。

 しかしすぐに自分達が何をやったのかを思い出したのだろう。

 勇者と剣士は苦い顔をして頭をかき始めた。


「あ~まぁ、こういう態度を取られても仕方ないのかな?」

「そうですね。彼らは私達の事情など知らないのですから。一方的に襲いかかってきた怪物を見るような目をするのは、むしろ自然なことだと思いますよ」

「ペケペケはモンスターじゃないよ? お姉ちゃん達も嫌々戦っていたんだよ?」

「それは私達の側から見た理屈ですよ、ペケペケ。彼らからすれば私達は、街を焼き城を落とし仲間を殺した恐怖の怪物なのです」

「えうぅ? そんなのやだよぉ!」

「……まぁペケペケ自身は誰ひとりとして殺していないのですけどね」

「実際戦っていたのは精霊だったし、トドメを刺したこともなかったもんねぇ」


 そうなのか。ペケペケはまだ汚れてはいなかったのだな。

 いや、だけど仲間であったことは間違いないし、直接手を下していないからといって許されるわけでもないだろう。


 兎にも角にも、剣士の家族を探すためには彼らの里にいるというペケペケの友達の協力を得なければならない。

 だから俺は彼女達を魔族の隠れ里へと降ろしていった。


 隠れ里の中心には広場があった。

 そこでなら人探しも容易だろうと思ったのである。


 降りた途端に彼女達は無数の魔族に取り囲まれてしまった。

 憎悪と諦めが入り混じったグチャグチャな顔が、四方八方から3人に向けられている。


 彼らの身体は小刻みに震えていた。

 なにしろ彼らの中心に立っているのは国を滅ぼした張本人なのだ。

 目の前で対峙しているだけでも恐ろしいのだろう。

 特に勇者は見た目からして激変しているし、剣士も殺気を隠せていないからな。


 それでも武器を構えて牽制してくる彼らの勇気は尊敬に値する。

 だが彼女達には、もはや彼らと戦うつもりも戦う理由もないのである。

 だから勇者と剣士は手を上げた。彼らに向かって話しかけようとしたのだ。


 しかしその直後、彼らの中から小さな影が飛び出したかと思うと、ペケペケに向かって突っ込んできたのである。


 小さな影は少女であり、腰だめにナイフを構えていた。

 勇者と剣士は手を上げていたせいで、一瞬対応が遅れることとなる。


 少女とペケペケは激突し、二人は揃って広場に倒れこんだ。

 次の瞬間、広場には幾つもの悲鳴が木霊したのだった。

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