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20話 VS槍王子 決着

 城の窓から外に出た俺は、城を覆う結界に触れない程度にまで上昇してから、眼下に城を見下ろした。

 遠くから見ても近くから見ても、同じように綺麗な城だ。

 なぜならこの城は、毎日のように無数の職人の手によって修繕されており、欠けたり汚れたりしても、すぐに補修されるからである。


 街や村の大半を占めるボロボロの家屋とはエライ違いであった。

 俺はてっきりこれは王族の無駄遣いだと思っていたのだが、城の中に精霊達を閉じ込めていることを考えると、どうもそれだけではなかったようである。

 

 この城は精霊達を閉じ込める、巨大な牢獄としての役割も果たしていたのだ。

 城の中に閉じ込められた精霊達が、どうして暴れたり自力で脱出したりしないのかは分からないままだが、今となってはそんなことはどうでも良いことなのである。

 今真っ先にやらねばならないことは、窮地に陥っているペケペケ達を助けることなのだから。


 ペケペケ達を助けるためには、王子の持つ宝玉を奪う必要がある。

 いや、だがそれだけでは不十分ではないのか。

 ペケペケの目的は城に囚われている精霊達の開放なのである。

 ならば彼らを開放してはじめて、完全勝利と言えるのではないだろうか。


 この牢獄と化している城から見えない精霊達を逃がすにはどうすればいいのか。

 彼らは自力では出られない。

 それが出来るのであればとっくにやっているはずだからである。


 無理やり外に連れ出すこともできない。

 彼らの姿が見えない以上、これは当然却下となる。


 王子を倒せれば良いのだが、あの絶対防御を突破する手段に見当が付かない。

 それに、俺が攻撃していることを知ったら、王子は俺のことをペケペケが操っている精霊だと勘違いして、宝玉を使って3人に危害を加えるだろう。


 それでは駄目なのだ。

 この状況下での最善手とは、ペケペケ達がこれ以上危害を加えられず、なおかつ王子が気付かない内に城に囚われた精霊達を開放することなのである。


 となれば、やはりこれしか方法はないだろう。

 俺は槍王子に対する怒りを開放し、あっという間に雷雲となって城を包み込んだ。

 小雨がぱらつき、風が吹きすさぶ。

 そして俺はその威力を段々と増大させていったのだ。

 強風、突風、烈風、竜巻、さらにはカマイタチすらも発生させて、城へ叩きつけたのである。


 城はとんがっている屋根部分から少しずつなます切りになっていく。

 竜巻によって大量の土砂が舞い上がり、城を取り囲む堀の水は全て吹き飛び、堀を作っていた無数の石や土が削れていった。

 それはまるで先程勇者が王子に対して行った攻撃、熱光線の嵐のようだった。

 無数の熱光線は王子の服を段々と削っていったが、俺が生み出した土砂交じりの暴風は城を段々と裸にしていく。


 城を囲む防壁は為す術もなくバラバラに崩壊してしまった。

 大量のレンガや土台の石、中にあった家具やら武具やら食料すらも分け隔てなく空の彼方へと舞い上がっていく。

 当然その中には就寝中や警備中だった兵士や使用人達も含まれていたが、俺は使える物や人間、そして動物達は上手い具合に風を操って、無傷で城の外へと移動させた。


 そして城を囲んでいた防壁が完全に消し飛ぶと、次にそれと城との間にある物が剥き出しとなった。

 大量の馬、それの世話をする厩舎、屋外訓練場、武器の保管庫、籠城を想定して作られたであろう城内の畑などを問答無用で吹き飛ばし、遂には堀から城までの間の地面すらも吹き飛ばして断崖絶壁を作り出し、何一つ無くしてしまったのである。

 その頃には城の屋根は既になくなっており、城の中の様子が良く見えるようになっていた。


 突然屋根が消え去った事で、謁見の間で戦っていた者達は完全に動きを止めていた。

 城の中の他の場所で寝ていたり夜間警備をしていた者達は、この突然の事態に右往左往して城から逃げ出そうとしたが、城の外へ逃げ出すための地面すらもなくなっていたので、彼らは結局中庭辺りに集まることとなった。



 そう、城に囚われている精霊達を開放するには、城そのものを壊せば良かったのである。



 この発想に従い、俺は城を根こそぎ吹き飛ばした。

 防壁まで吹き飛ばしたのは、どこからどこまでが城なのか分からなかったからである。

 とりあえず全部まとめて吹き飛ばしておけば間違いないだろうと考えたので、城の防壁から内部まで丸ごと吹き飛ばすことにしたのだ。


 そして遂に、俺が生み出した城を壊すための強風は城本体へと到達した。

 封魔石とかいう精霊を閉じ込めるための石は遥上空へ飛んでいき、風に巻かれて粉々に砕け散って跡形もなく消え去ってしまった。


 そうして削って削って削り続け、遂には全ての壁が消え去った城は、最終的には床の一部だけが残ることとなった。

 ペケペケ達が戦っている謁見の間の床と、その背後にあった中庭以外は地面ごと吹き飛ばしてしまったからである。


 だがこれでは万が一足を滑らせると断崖絶壁に落下して死亡してしまう可能性がある。

 それはペケペケの本意ではないし、俺も無意味な殺しはしたくない。

 だから俺は暴風を解除して豪雨を生み出し、あっという間に削り取った地面を水で満たしたのだった。


 終わってみれば王国の城があった場所は、まるで浮島のように謁見の間と中庭だけが取り残されたような状態になった。

 湖の中心に何故か古代の遺跡が残っているような場所、というのが近いかもしれない。


 ふと気付くと、いつの間にかペケペケが満面の笑みを浮かべていた。

 その様子を見れば分かる。どうやら捕まっていた精霊達の開放は成功したようだ。


 俺は怒りを収めて白雲に戻ると、ペケペケの近くにふわふわと近づいていった。

 ペケペケは立ち上がって俺に飛び付き「くもさんありがとう!」と感謝の言葉をくれた。


 どうやらその一言で場の拘束が解かれたらしい。

 誰も彼もが思い思いに口から言葉を吐き出し始めた。



「ええええぇぇぇ!? 何? これ何? 何なのこれ? 一体何が起こったの?」

「これはペケペケが? いえ雲殿の仕業なのですか?」

「ヒイイイィィィ! 城が! 城が消えてしまった!」

「何が起こったのじゃ! 一体何が起こったというのじゃあ!」

「王子! これはどういうことなのですか!? 答えて下さい王子殿下ぁ!」

「天罰だ! 勇者様達に剣を向けた天罰が下ったんだぁ!」



 気付いた時には、中庭に集まっていた城の住人達は謁見の間に移動していた。

 声を限りに絶叫を上げている彼らは、王子に群がり説明を求めている。

 だが王子もまた茫然自失としていた。

 無理もあるまい。

 あれだけ優位に立っていたというのに、その力の源を突然失ってしまったのだから。


 彼はもはや広間ではなくただの床となった周囲を見回し、ただ一人慌てていないペケペケの存在に気が付いた。

 彼はペケペケに向かって槍を投擲した。

 俺はその槍を雲ボディを用いて掴み取った。

 そして風を発生させて、城の外に作った物品保管所へ槍を移動したのである。


 これを目撃した者達は全員が同じことを思ったようだ。

 即ち、この不可思議な状況を生み出したのは、目の前のペケペケと彼女が操っている俺こと『くもさん』なのだということを。


「ペケペケェェェ!! 貴様、何ということを! 我が城を! 城を丸ごと吹き飛ばすなど! こんな! こんな馬鹿なことをぉ!」

「え~、ペケペケは悪くないもん。精霊さん達を開放しない槍王子がいけないんだもん」

「いっ、今すぐ! 今すぐ元に戻せぇ! 城を元通りに復元するのだ、ペケペケェ!」

「う~ん……。ねぇ、くもさん出来る?」


 X


「駄目だって。お城は元に戻せないよ」

「戻せないで済むかぁぁぁ!! そのクソ精霊に命じて今すぐなんとかしろぉ!」

「くもさんはクソ精霊なんかじゃないもん! それにペケペケは精霊さん達に命令したことなんかないんだもん!」

「このクソガキがぁ!!」


 悪鬼羅刹もかくやといった表情をした槍王子は、いやもはや槍すらも失くしたただの悪王子は拳を握ってペケペケに突進してきた。

 だがその王子の両足は突如横から撃ち出された熱光線により撃ち抜かれ、彼は無様にもんどり打って倒れ込んでしまう。


「グギャアアア! ゆっ勇者ぁぁぁ!」

「な~にが「勇者ぁぁぁ!」よ。このクソ王子! これ以上あんたの好きにはさせないわ」

「貴様もか! 絶対に許さんからな! 死を上回る苦しみを与えてくれる!」」

「出来るならどうぞご自由に。ご自慢の防御も束縛のネックレスの効果も失くしたあんたなんか怖くないわ」

「そうですね。さてこの恨み、どうしてくれましょうか」


 体全体から怒気を放つ勇者と剣士が、王子にゆっくりと近づいていく。

 俺は念のためにペケペケを俺の身体の上に乗せて様子を伺うことにした。


 ペケペケは「やっちゃえ、お姉ちゃん達!」と無邪気に応援をしているが、このままだと彼女達は本当にあの魔法使いのように王子を殺ってしまうかもしれない。


 流石にそれは見せたくない。

 もう随分と手遅れなのかもしれないが、俺はできるだけペケペケに血なまぐさい場面を見せるつもりはないのだ。

 俺の願いが通じたのか、それとも流石に一国の王族を殺害するのは問題だと考えたのか。

 剣士は情け容赦なく王子の両足を切断したが、勇者は切ったばかりのその足を焼き、万が一にも死なないようにと血止めをしていた。



「ヒギャアアア! 足ぃ! 俺の足がぁ!」

「本来ならばこの手で息の根まで止めたいところですが、王族であるあなたを殺害するのは色々と面倒なので両足だけで許しておきます」

「きさっ、貴様らぁ! こんなことをして! こんなことをしてこの国で生きていけるとでも思っているのかぁ!」

「うるさい!」


 ゴン! という音とともに、強烈な右ストレートが王子の顔面に炸裂した。

 物凄い勢いで床に叩きつけられた王子は、受け身も取ることも出来ずに後頭部を床に打ち付けてしまう。

 更に床に倒れた王子の上に勇者がマウントし、無表情のまま顔や身体を滅多打ちにし始めた。

 しまいには勇者の拳は赤く燃え上がって熱を持ち、殴る度に殴られた箇所が火傷を負うという有様となったのだ。


 完全に沈黙した王子だが、それでも僅かに息はあるようでピクピクと痙攣を繰り返していた。

 気が済んだのか勇者は立ち上がり、剣士と共に王子に背を向けた。

 そして彼女達は1人の老人の下へと近づいていった。

 その老人は上等な寝間着を身に纏っており、同じくらいの年の女性とひっついたまま小刻みに震えていた。


 彼の回りには兵士達が完全武装で待機している。

 その彼らも震えを抑えることができていなかった。

 しかしそれでも逃げることだけはしない彼らを見て、俺はその老人の正体に気付いたのだった。


「お久し振りです、国王陛下。まずは夜明け前に城で騒ぎを起こしたことをお詫び申し上げます」

「騒ぎっていうか、もう城そのものがなくなっちゃったけどね~」

「勇者! 仮にも国王陛下の御前ですよ」

「だからなに? あたしもうこの国を見限るつもり満々だから、たとえ陛下だとしてもへりくだるつもりなんてないんだけど?」

「せめて口調は改めなさい! 散々練習を繰り返してきたでしょうに」

「嫌よ。もうあたしは自分を着飾るのを止めたの。勇者なんて止めてやるわ。あたしは新しい愛を探すのよ」


 村を滅ぼし捨てた勇者と、街に戻る気のある剣士の違いがこんなところで表面化している。

 彼女達の間に不穏な空気が流れるが、いつの間にか俺の上から降りていたペケペケが二人に近づき、二人の手を取って握手させていた。


「ペケペケ?」

「ちょっと、ペケペケ。何のつもり?」


 ペケペケは二人をじっと見つめている。

 その瞳にはじんわりと涙が浮かんでいたのだった。


「お姉ちゃん達は仲良くしようよ。魔法使いも槍王子も他の仲間はみんな酷い人達ばかりだったけど、ペケペケはお姉ちゃん達には仲良くしてもらいたいんだ」

「! ……そうね、悪かったわ剣士」

「こちらこそすいませんでした勇者。っと、もう勇者とは呼べませんね。何と呼べばよろしいのですか?」

「適当にどうぞ。そんなことより王様に説明するつもりだったんじゃないの?」

「分かりました、あなたの呼び名は後ほど。では陛下。私たちが王子と戦うに至った理由をご説明したいのですが……」

「聞く聞く! もちろん聞くとも! さあ遠慮なく話しておくれ!」


 老人は体の震えを止めることなく、必死に頷きを繰り返していた。

 彼の目には床に倒れたままの王子を必死に介護している医者達の姿が見えているはずだ。

 彼の護衛では目の前の3人に手も足も出ない。

 だから逆らわないし、城がこの状態では逃げることもできないのである。


 だから彼は黙って剣士の話を聞いていた。

 そして聞いている内に驚きをあらわにしていた。

 どうやら国王は王子の行っていた悪行を全く知らなかったらしい。

 彼は大臣らしき人物を呼び、国の状況を聞くことにしたようだ。


「なんと、我が国の財政はいつの間にかそれほどまでに酷い有様になっていたと申すか!」

「はっ、いや、その……いつの間にかと申しますか、もうだいぶ前から無駄遣いはお辞め下さいと散々申し上げてきたはずなのですが……」

「ならば無駄遣いを止めて、堅実に誠実にまつりごとを行えば良いわけじゃな! うん、そうしよう! みなもそれで良いな!」

「ねぇ王様、ちなみにそこに転がっている王子はどうするつもりなの?」

「王子? ははは、この者はもう王子とはいえまい。国の英雄に牙を向けるなどまったく何を勘違いしたのだか」

「それではどうするつもりなのですか?」

「殺すに決まっておるではないか! なに、これの代わりなどいくらでもおるわい。ほれ、そこのお主。可及的速やかにその戯け者の首をはねい! これで良いか? 良いじゃろう?」


 王様の命令を受けた護衛の一人が剣を振るい、王子の首はあっさりと切断されてしまった。

 王様はもはや王子の顛末など眼中にも留めていなかった。

 彼は、目の前の老人は、必死に頭を働かせて、この場を生き残ることだけに神経を尖らしているのである。


 ここで下手な事を言えば、勇者と剣士に殺されると分かっているのだろう。

 周りの連中は一も二もなく王様に追従していた。

 なんて現金な連中なのだ。

 国の中枢にいた彼らが国の現状を理解していないわけがない。


 黙って放置していたくせに命の危険が迫ったらあっさりと手の平を返すのか。

 こういった連中はほとぼりが冷めたら、また元の鞘に収まろうとするんだろうな。


 そんなことを考えていた時だった。

 彼ら身体が急に光を放ち始めたのである。

 それはこの場に集まった者達の中で、俺とペケペケと勇者と剣士を除いた全ての人間に同時に起こった現象であった。


 彼らは一様にざわめき、今の光は何だったのかと答えを探している。

 するとペケペケが手を挙げて、今の現象を説明しはじめた。



「えっとね、今のはね、精霊さん達の仕業なんだよ」

「精霊の仕業? 一体何をしたのですか?」

「うんとね、王様が言ったように堅実に誠実にまつりごとを行わないと、ここにいるみんなに酷いことが起こるようにしたんだって!」

「酷いこと?」

「うん! えっとね、寿命が縮んだり、身体が燃えたり、家族が突然死したり、財産が消失したりするようになったんだって! でも大丈夫だよ! 悪いことをしなければ何にも起きないんだから!」


 ペケペケは無邪気に笑っている。

 しかしこれまで延々と悪いことをしてきた彼らに突然悪いことをするなというのがどれだけ大変であることか。


 これはあれだな。恐らくは捕まっていた精霊達の意趣返しなのだろうな。

 だがこれで国は立ち直るはずだ。

 真っ当な政治さえ行えば、この国は決して貧しくはないのだから。


 それから彼女達3人は国王に暇を告げて、城を後にした。

 3人を乗せて空へと舞い上がって見れば、遥か地平線の彼方からゆっくりと太陽が登ろうとしている。


 なんだかんだでたった一晩の出来事だったのだ。

 俺は上空から、城下町の中心部に突如として出現した巨大な湖に住民達が度肝を抜かれている光景を目にしながら、王国の首都を後にしたのだった。

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