19話 VS槍王子その4
ガキィン!
「何……ですか、これは?」
剣士の剣は王子の肩を切り裂いたはずだった。
しかし王子の体には傷一つ付かなかったのである。
王子の身体を切断するはずの剣士の剣は、王子の身体に触れる寸前で、不可視のバリアーに阻まれて弾かれてしまったのだ。
破戒槍とやらのオーラではない。
剣士の剣は王子のオーラを当たり前のように切断していたからだ。
良く見れば剣士の剣もまた薄くオーラを纏っている。
それは垂れ流しのように蠢いている王子のオーラとは比べ物にならないほどの収束率を誇っており、そんなところにも剣士と王子の技量の差が見て取れた。
それでも剣士の剣は王子には届かなかったのである。
しかし衝撃は届いたようで、王子は吹き飛ばされて床を転がり、再び両者に距離が開いた。
見れば、勇者はいつの間にか騎士達を全滅させており、涼しい顔をして王子に剣を向けていた。
倒れた騎士達はみな息がある。
しかし立つことは出来ないようだ。そこまで慈悲深くはないということか。
「気を付けて下さい、勇者。王子は破戒槍とは別に何らかの身を守る手段を持っているようです」
「相も変わらず小賢しいわね。なら遠慮なく!」
勇者はまだ倒れたままの王子に向かって熱光線をぶっ放した。
それは狙い違わず王子の胸に命中したのだが、またしても不可視のバリアーに阻まれて王子を傷付けることは出来なかったのである。
しかし服を焼くことは出来たようで、王子の着ている服の下があらわになった。
そこには宝石の嵌った首飾りが存在していた。
どうやらあれが攻撃を防いでいたようである。あれは一体何なのだ?
「ハ、ハハハハ、ハハハハハハ! 残念だったなぁ、剣士! そして、勇者! いくら貴様達であろうと、この王者の首飾りの絶対防御を破ることは出来ないのだよ!」
「そんなものがあれば、魔王との戦いでも最前線に出てきたら良かったのに!」
「……それです、勇者。王子の性格からすれば、あの首飾りの性能が本物なら、確実にそうしていたはず。つまりあれの防御には何らかの条件があると考えられます」
「なるほどね」
そう言うと勇者は、次から次へと王子に向かって熱光線を撃ち始めた。
大きさや速度、数やら角度やらを次々と変えながら撃ち出されていく数多の光線は、その全てが恐るべき命中率で確実に王子を捉えて、その服を焼き切っていった。
恐らく勇者はあらゆる攻撃を試すことで、王子の防御を突破する方法を模索しているのだろう。
しかしハチの巣にされたにも関わらず、王子の身体には傷一つ付かなかった。
男の半裸など見たくはないが、この現象の理屈を暴かねば永久に王子は倒せないのでじっくりと観察していく。
性格は最悪だが、流石は王族にして勇者一行の一員。
程よく鍛えられたその肉体美は中々のものだったが、そんなことが知りたいわけではなかった。
俺も剣士も勇者の手によって段々と剥かれていく王子の様を見届けていたが、からくりに気付いたのは、何とペケペケであった。
「止めて! 勇者のお姉ちゃんもう止めてよ! 精霊さん達がさっきから苦しんでいるんだよ!」
「何を言っているの、ペケペケ。あたしは王子を攻撃しているのよ?」
「お姉ちゃんが槍王子に攻撃すると、同じ場所を精霊さんがやけどしているの! 精霊さんは泣きながら笑っているの! ペケペケは見ていられないんだよ!」
〈王子に攻撃すると、同じ箇所を精霊がやけどしている? それってまさか……〉
勇者と剣士も同様に気付いたのだろう、苦い顔をして王子を睨みつけていた。
一方王子は、もはや原型を留めていない服を身に纏ったままクツクツと笑っている。
それは自身の優位をまったく疑っていない強者の笑みであった。
「流石はペケペケ。勇者一行が誇る最強の精霊使いの名は伊達ではないな。解説ご苦労! この首飾りにはこの城の中に捕らえている精霊に自らのダメージを肩代わりさせる効果があるのだよ」
「なんて酷い! 今すぐ外してよ!」
「ああ、それであなたは旅のさなかにはその首飾りをしていなかったのですね」
「そうだ。これの効果は極めて高いのだが、精霊と離れると効果が発揮されないのでな。城の中でしかこの首飾りは効果がない。しかし城の中でなら無敵になれる。なにしろ絶対にダメージを喰らわないのだからなぁ!」
そう言うと王子は狂気を孕んだ視線を3人に向けてきた。
ダメージが無くても、これだけ一方的に責め立てられては彼のプライドに触ったのだろう。
だがあちらの攻撃は当たらず、こちらの攻撃に効果がないのなら、この戦いは決着がつかない。
ならば諦めれば済む話だ。
これはどうしても戦わないければならない戦いではない。
追手が掛かってもこの3人なら無理なく倒し続けることもできるだろうからな。
だが王子はそれすらも許さなかった。
許しておけば、ここで話は終わっていたというのに。
「なら戦いはこれで終了ですね。勇者、ペケペケ、城を出ますよ」
「そーなの?」
「ちょっと剣士! あたしまだ王子を殴っていないんだけど!」
「決着のつかない戦いだというのであれば、戦わなければ良いだけの話です。絶対防御の効果は城の中限定のようですし、私達が城を出て行方をくらませれば追手を出すしかありません。それで倒されるほど私達は弱くはありませんし、そもそも今ここで私達が戦う理由はないのです。束縛のネックレスは既に外れているのですから、私達が王子に対する怒りを飲み込めばそれで話はおしまいです」
「そう思っているのなら、それは間違いだぞ、剣士!」
王子は城を出ようとする剣士に向けて、例の宝玉を見せつけた。
しかしあれは束縛のネックレスを掛けている者にしか効果を及ぼすことのない代物だったはず。
何のつもりだと思っていたのだが、俺達は思い違いをしていたのである。
3人が悲鳴を上げて倒れたことで、俺達はそれに気付いたのであった。
「ぐうううう!」
「ぎゃああああ!」
「わああぁぁん! 痛い! 痛い、止めてよぉ!」
なんと宝玉はネックレスから解放された3人に変わらぬ痛みを与えたのである。
王子は倒れた3人を蔑んだ目で見下ろしている。
彼の瞳には強者の愉悦が浮かんでいた。
そして彼は声も高らかにからくりを説明したのである。
「愚か者共がぁ! 遥かなる過去の時代、別世界から呼び寄せた勇者ですら縛りきったという伝説の束縛のネックレスが、ただ斬られただけで効果を失うと思っていたのかぁ!」
「なん……ですと……」
なんとか立ち上がろうとしていた剣士だったが、再び王子が宝玉をかざすと、悲鳴を上げて広間に倒れ伏すこととなった。
「まだ俺が話している最中だろうが愚か者がぁ! 束縛のネックレスは一度身につけたら最後、たとえ壊しても溶かしても砕いても切り裂いても、効果は永久に持続するのだ! 何故ならば首にかけたその瞬間に精霊との契約が完了するのだからなぁ!」
「精霊……さん……?」
ペケペケは床から顔を上げて、懸命に王子を睨んでいた。
いや、その瞳は王子の方へは向いていない。
謁見の広間の奥、玉座の上の辺りをペケペケは見ていたのだ。
まるでそこに誰かがいるように。
いやそれが誰かなど聞くまでもないだろう。
俺の目には見えなくとも、精霊使いのペケペケにはちゃんと見えていたのである。
城に囚われたままの精霊達の姿が。
長きに渡る監禁のために正気を無くしてしまった彼らの姿が。
王子と取り引きをしてでも助けてあげたかったペケペケの友達の姿を、彼女はその瞳に映していたのである。
「お遊びで戦ってやったというのに勝ち誇りおってこの愚か者共が! どれだけ強くても所詮貴様達は奴隷よ。主人に勝てるとでも思っていたのか! 勝つことも、逃げることも貴様達には許されないのだ! さぁこの状況を如何にする? 魔王を倒した勇者一行よ! 何とか出来るものならしてみるが良い!」
王子は腹を抱えて笑っている。
ボロボロになったのは服だけで、こいつは最初から無傷のままだ。
完全勝利を疑っていないのだろう。
勇者も剣士もペケペケも、結局彼には勝てなかった。
しかしここには彼の知らない4人目が存在している。
俺はペケペケに見えるように、謁見の間の中空に『?』の文字を生み出した。
〈どうしたい? 俺にどうしてもらいたいんだ、ペケペケ〉
という意味で出したのだが、ペケペケはそれを一目見ただけで俺の意図に気付いてくれた。
「くもさん、お願い! お姉ちゃん達と精霊さん達を助けてあげて!」
○
この状況下で自分の命を考慮に入れないのは引っかかるが、それに関しては剣士と勇者に任せるしかあるまい。
ペケペケの願いを了承した俺は、城の窓から外へと向かった
さぁ覚悟しろ槍王子。
俺の友達に手を出して、無事に済むと思うなよ。




