18話 VS槍王子その3
「我が王家に伝わる伝説の魔槍『破戒槍』よ! 我が国に仇なす愚か者達を屠る力を我に与え給え!」
王城の謁見の間、その中央で槍王子が手にした槍を掲げて声を張り上げた。
すると王子が手にしている派手な槍が光を放ち始め、王子の身体を薄っすらと紫色のオーラらしきもので包み込んだのである。
次の瞬間、王子は明らかに常人を超える身体能力を発揮して槍を振り回し始めた。
どうも先程の行動は、身体能力を向上するための儀式か何かだったようである。
あの槍には何らかの力が込められていたらしい。
ゲームで言うところのバフ能力という奴だろうか?
流石に腐っても一国の王族にして勇者一行の一員である。
持っている武具だけは一流のようだ。
これで使い手も一流であれば文句なしだったのだが。
「死ねぇ! ペケペケ!」
「ほわぁぁぁ! 助けて、お姉ちゃん! 精霊さん!」
「やらせないよ!」
「させません!」
槍王子が真っ先に標的として選んだのは、この場で最も身体能力が低いペケペケであった。
それも仕方ないのかもしれない。
装備の力で強くなったとはいえ、それでも勇者や剣士とは比較にならない程に弱いのである。
そもそも彼女達と肩を並べられるほど強かったのならば、魔王退治の時も共に戦っていたはずなのだ。
しかし見ていた俺は知っているのである。
彼は安全な後方で指示を出しているだけだったのだ。
命を惜しんだのか、最高レベルの戦いについて行けなかったのか、その両方なのかは知らないが、彼自身の実力では二人には届かないのである。
だから王子はペケペケを狙った。
ペケペケを狙えば勇者と剣士はペケペケを守るために行動が制限されるからだ。
そうして二人の動きを阻害して初めて、王子は二人と戦えるのである。
しかし所詮は一人きり。
勇者一行の主力3人を相手にするには戦力が心許なさすぎる。
だがここは彼の城である。
謁見の間には彼に仕える多くの騎士達がいるのだ。
ファーストコンタクトを終えて一旦距離を取った槍王子は、周囲の騎士達に向かって声を張り上げた。
「貴様ら一体何をしている! 目の前に国家反逆の罪を犯した愚か者が3人もいるのだぞ! 栄えある我が王国の騎士ならば、速やかに加勢し、反逆者達を捕らえるのだ!」
「……い、いやしかし、王子殿下」
「彼女達は勇者様と剣士殿とペケペケ殿であって、反逆行為など行ってはおりません。どちらかというと、王子殿下のお考えの方が誤っており、それなのに彼女達を捕らえて奴隷にするというのは……」
騎士達は自らが仕えている王子の悪行に戸惑っている様子だ。
それはそうだろう。正義と信じて仕えてきた相手が、何の罪もない女性達を捕らえようとしているのである。
しかもその理由は国の借金の返済のためという、彼女達には何の関係もないことなのだから。
彼らが悪逆非道の騎士だったのならば、王子の命令に従ったのかもしれない。
しかし、騎士達は正義をまっとうする気はあっても、悪をなすつもりはなかったのである。
だから彼らは動けない。
正義の味方に対して突然悪事を行えと言ったところで、すぐに動けるわけがないのだから。
「こいつらを捕らえて奴隷として売り捌かなければ国は破綻してしまうのだ! それとも貴様らには何か策があるとでも言うのか? 追い詰められたこの国を貴様ら程度が救えると言うのなら、今すぐ救ってみせるがいい!」
「「!?」」
国を守るためと言われては彼らも動かざるを得ない。
納得はしていないのだろうが、それでも命令に従い身体は動いていく。
騎士達は一人また一人と剣を抜き槍を構えて3人を包囲し始めた。
しかしその顔には覇気がない。
明らかにやる気のない、やりたくないという意思を全力でアピールしている状態だったのである。
彼らは一介の騎士でしかない。
国の財政やら国家の破綻やらは彼らの力ではどうすることも出来ないのだ。
所詮彼らは騎士、つまりは国に仕えている公務員である。
国がなくなれば彼らの給料も停止してしまうのだ。
給料がなくなれば家族を養うことは出来ない。
彼ら自身の生活も立ち行かなくなるだろう。
だから彼らは剣を取り、憧れ褒め称えてきた恩人達と敵対したのだ。
彼らにはこれ以外に選べる道などなかったのである。
宮仕えの悲劇ここに極まれり、と言ったところか。
「あなた達も! あなた達までもが、あたしの恋の邪魔をするって言うの!?」
「落ち着きなさい勇者。彼らもまた自らの大切な者のために剣を取っただけなのです」
「だからってこんな! 元凶は明らかに王子じゃない! 悪者を倒すのが騎士様の仕事なんじゃないの!?」
「その仕事に対する給金の支払いを王族が行っている以上、彼らは王族の意向には逆らえないのですよ。力は人を縛ることが出来ます。それが権力であれ財力であれね」
「つまり結論としては王子を倒せば万事解決ってことよね!」
「ええ。彼らはなるべく傷付けないように。狙いは王子だけなのですから」
勇者と剣士は引く気がないようだ。
二人は王子を倒すため、己の獲物を強く握りしめる。
騎士達はそんな彼女達を黙って取り囲んでいた。
半分は王子の前で護衛として立ちはだかっているが、戦力としては心許ないだろう。
なにしろ魔王を倒した真の英雄が3人とも揃っているのである。
彼女達と本気で戦うためには、魔王並みの戦力が必要なのだ。
しかし、そんなことが出来るわけがない。
最初からそれが可能だったのならば、王子はとっくに自前の戦力だけで魔族の国を攻め滅ぼしていたはずだからだ。
それが出来なかったからこそ、王子は3人に首輪をはめたのである。
束縛のネックレスを使って言うことを聞かせ、魔王退治を無理やり強制したのだ。
故にこの戦い、有利なのは圧倒的にペケペケ達なのである。
3人がその実力を十分に発揮しさえすれば、城の騎士達などそもそも相手にもならないのだから。
しかしそれは3人が万全の状態で戦うことができていればの話である。
勇者と剣士は剣こそ持ってはいるものの、他の装備は何一つとして身に着けてはいない。
普段着のままで街を飛び出し、着替えもせぬまま故郷を巡り、そのまま城に突撃を掛けたのであるから、3人とも未だに普段着のままなのだ。
完全装備とは程遠い状態なのである。
それでも勇者と剣士はまったく焦っていなかったので、勝機は十分にあるのだろうが。
一方、ペケペケはといえば、頼みの綱の精霊の助けが得られないため、全く戦力になっていなかった。
「何で!? 何で精霊さんが答えてくれないの? 何で皆ペケペケのことを無視するの?」
「フハハハハハハ! 残念だったなぁ、ペケペケ! 前にも説明したはずだが、もう一度馬鹿なお前に教えてやろう!」
そう言うと王子は両腕を広げてから、ペケペケに状況の説明を開始した。
前から思っていたのだが、こいつはいちいち動きが大げさなのである。
この世界の王族特有の文化か何かなのだろうか?
他の王族を見たことがないから判断が付かないのだが、なんとなくこいつ特有の動きのような気がする。
「この城は精霊どもを城の内部に閉じ込めるために、奴らの動きを制限する石、封魔石を用いて作られているのだ! 城の中の精霊どもは長き拘束の影響で正気を失い、封魔石を恐れた外の精霊どもは城の中には入って来ない!」
「酷いよそんなの! 今すぐ精霊さん達を自由にしてあげて!」
「するわけ無いだろう、馬鹿なのか貴様は! ……ああ、そういえば貴様が勇者一行に同行していた理由はそれだったよなぁ」
槍王子は何が面白いのか腹を抱えてゲラゲラと笑っている。
逆にペケペケは顔を真っ赤にして怒っていた。
どうやら二人には何か約束があり、ペケペケは王子が約束を守るつもりがないことにようやく気付いたようである。
「「お城の中の精霊さん達が可哀そうだから開放してほしい」だとぉ! 最初からそんな気はないんだよ、間抜け! ゴミの分際で王族に対して取り引きを持ちかけるとは何事かぁ!」
距離があるにもかかわらず、槍王子はペケペケに向かって槍を突き出す動作をした。
すると、彼が身にまとっているオーラのようなものが槍の穂先に集中し、ペケペケに向かって飛んでいくではないか!
どうやら槍王子はオーラを飛ばして遠距離攻撃も出来たようである。
もっともその攻撃は、勇者が自分の剣を赤く燃え上がらせてあっけなく切り落としてしまったのだが。
勇者は想い人君を、剣士は家族を、そしてペケペケは城に囚われている精霊達の開放を餌に王子に脅されて旅をしていたのか。
一体どこが勇者の旅路なんだか。
世界の平和のために魔王を倒すおとぎ話の真実なんて、こんなものなのかもしれないな。
「貴様なぞ所詮は生まれた村からも追放されたみなしごではないか! 腹を空かせて倒れていた貴様を奴隷商人が拾い上げ、貴様の精霊使いとしての実力に目をつけた道化師達に買われてこき使われていた貴様を勇者一行に加えてやった恩を忘れおって!」
「違うもん! 団長も団のみんなもペケペケに良くしてくれたもん! 村のみんなは精霊さん達のことが見えなかったから怖かっただけなんだもん!」
「これだから無知な下民は嫌いなんだ! 己の不幸に気付くことすらないとはなぁ! 貴様はこの俺が直々に変態貴族の下に売り飛ばしてくれるわ!」
「それの、どこが、恩なのよ!」
「ペケペケの優しさを踏みにじるあなたを斬ることに最早ためらいはありません。最後の通告です。いますぐ槍を下ろして素直に倒されなさい。私達を追わないと誓うのでしたら、これまでの行為を水に流すのもやぶさかではありませんよ」
「誰にものを言っているのだ貴様らぁ!」
槍王子は怒声を上げながら剣士に向かって突撃した。
剣士にというか、剣士が守っているペケペケを狙って突撃したのである。
避けたらペケペケが襲われてしまう。
だから剣士は足を止めて王子の攻撃を受けざるを得ない。
それを狙っているのだろう。実に小物臭いやり方だ。
助太刀に向かおうとした勇者は騎士達に殺到されており、どうしても行動が遅れがちになってしまっている。
彼女の姿がブレる度に騎士達が吹き飛んでいるので、制圧するのにそう時間は掛からないだろう。
だが、この一瞬だけは剣士と王子は一騎打ちの状態にならざるを得なかったのである。
しかし、剣士は王子の突撃をあっさりと捌き、返す刀で王子に剣を振り下ろした。
技量の差は圧倒的だ。
王子の槍は床に突き刺さり、剣士の剣は王子の肩へ吸い込まれるように近づいていったのだった。




