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17話 VS槍王子その2

 謁見の間で対峙した槍王子は、最後に見た時と比べると格段にやつれていた。

 目の下には酷い隈があり、肌には艶がなく、髪にも張りがない上にボサボサだ。


 ひょっとして眠っていなかったのだろうか?

 割と傍若無人に見えていたのだが。

 案外、ストレスが掛かる生活を送っているのかもしれない。


「それで剣士殿、魔法使いの奴が死んだというのは本当なのか?」

「ええ、間違いありません、王子殿下。しかしそんな事はどうでも良いのです。それよりも私達は王子殿下にお願いがあってまいりました」


 謁見の間に集められた兵士達は、剣士の言葉を聞いた瞬間、ギョッとした表情を剣士に向けた。

 仲間である魔法使いの死をどうでも良いと彼女は言ったのだ。

 むしろそれに驚かない方がどうかしているだろう。

 もっとも、続く言葉を聞きさえすれば彼らも考えを改めるだろうが。


「王子殿下にお願い申し上げます。私と勇者、そしてペケペケの首に掛けられた束縛のネックレスを、今すぐこの場でお外し願いたいのです」

「……何だと?」

「魔法使いの口よりあなた様が勇者の村、そして私の家族に対して行った処理のことを聞きました。そして私達は夜を徹してそれらの確認に赴き、既に状況を把握しているのです」

「な、何?」

「結果として、勇者の村は壊滅し、私の家族は奴隷として売り捌かれていたことを確認いたしました」

「壊滅!?」

「奴隷として売られていた!? 剣士殿のご家族が!?」


 おや?

 どうやら謁見の間に集められた兵士達にとっては寝耳に水の出来事だったようだ。


 だが王子はやはり知っていたようで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 裏でコソコソ動いていたことがバレたのだからあの顔も仕方なしとは思うが、それにしては反省の色がない。

 もっとも王子からすれば、この程度の事は反省するようなことではないのかもしれないが。


「私はこれより勇者とペケペケと共に国を出て、消息不明の家族を探索する旅に出たいと考えております。既にお約束をした魔王討伐は果たしております。さぁ今すぐこのネックレスを外して下さいませんか、王子殿下」



 剣士は願いを口にしていた。槍王子に向かって体中から殺気を放ちながら。

 いや、殺気を放っているのだから、これは願いではない。恫喝だろう。


 冷静に見えるがその実、相当腹に据えかねているのが良く分かる。

 しかしそれでも剣士は王子に対して剣を向けてはいない。

 仲間に対して剣を向けたくないというよりも、王族相手に面倒を起こしたくないというのが本音なのだろうが。


「クッ、クククククク」


 王子は剣士の話を聞いてしばらく呆然としていたが、急に顔を俯かせて笑いだした。


「クッククク。ハハハハハハ! ハーッハッハッハ!」


 槍王子は笑いながら立ち上がった。

 剣士も広間に集まった兵士達も、そんな彼の様子を不気味なものを見るような目つきで見つめている。


 その時王子の右手がピクリと動いた。

 その動作を見るやいなや剣士が王子に近付こうとする。

 しかし王子の方が一手早かった。

 王子は例の宝玉を掲げ、束縛のネックレスの力を発動したのである。



「ぐううう、ううう!」

「があああぁぁぁ!」

「きゃあああぁぁぁ! 何? 何なの? 痛い痛い! 止めてよぉ!」


 剣士は膝を付き、勇者は俺の身体から転がり落ち、ペケペケは痛みで目を覚ましたようだ。

 謁見の間で悲鳴を上げる3人と玉座の上で高笑いをしている王子の姿を見て、兵士達は信じられないものを目撃したという目をしていた。


 そうして王子は後ろに立てかけていた槍を手にして3人に告げたのだ。

 それは3年もの間共に旅をした仲間に向ける言葉ではなく、1人の外道が獲物に向かって放つ言葉であった。



「ふざけるな、ふざけるなよ、剣士ぃ! ネックレスを外せだと? 家族を探しに行きたいだと? 貴様らは私の奴隷だろうが! そんな自由があると思っていたのかぁ!」


 そこには世間で讃えられている立派な王子の面影などどこにもなかった。

 ただただ権力に酔う、1人の哀れな男だけがその場に存在していたのである。


「貴様らの処遇は既に決まっているのだ! 魔王を倒すほどの実力があり、しかも見目美しい貴様らは、最高級すらも超える究極の奴隷よ! 一品物の希少奴隷として商人に売られた貴様らは、我が国を支える礎となるのだ!」

「なっ!?」

「王子殿下! いくらなんでもそれは!」


 謁見の間に集まった兵士達は槍王子の馬鹿な考えを戒めようとする。

 トップのクズっぷりに反して部下がまともなのが哀愁を誘うな。

 彼らからすれば英雄である3人を奴隷扱いする王子の行動はとても許せるものではないのだろう。


「黙っておれ、貴様ら。それともこの場でこの俺様が直々に処分してやろうか?」



 しかし彼らの意見など聞く耳も持たず、王子はゆっくりと剣士達に近づいてきた。

 王子の歩みを兵士達は止めない。

 彼らの目には混乱が見える。仕えている主の暴走をどう止めればよいのか彼ら自身も良く分かっていないのだろう。


「本来ならば貴様ら全員、まとめて後宮入りさせても良かったのだがな。残念ながら事情が変わったのでこういう対応にならざるを得なかったのだ。これも国のためだ。分かってくれるだろう?」


 いや、分かるわけないだろう。どんだけ自分本位なんだよあんた。

 国のためのという大義名分を掲げれば何をしても良いと思っているのか。


 俺は呆れて王子を見つめる。

 どうしよう。もう介入してやろうかとも考えたのだが、ネックレスを外すことが出来ないとなると、ペケペケ達の安全が確保できない。

 そんなことを考えていたら、剣士がゆっくりと立ち上がった。

 彼女は薄く微笑み、王子の理論をぶった切っていく。


「ふっ、ふふふ……旅の間中、いつもいつも私達の身体ばかりを見つめていたあなたの言葉とは思えませんね。おおよその理由は察していますよ。今回の戦争の収支が赤字だったのでしょう?」

「な!?」

「魔族の国に対して戦争を起こしたのは国の財政を立て直すため。そしてあなたは魔王を倒し、魔族の国の財宝をかき集めて、魔族の女性達を奴隷として売りさばこうとしていた。しかし濁流によって全ては流され、あなたの計画はご破産になった。だからあなたは借金で首が回らなくなったこの国を立て直すために私達を奴隷として売ろうとしている。違いますか?」

「……!」

「そっそんな馬鹿な!」

「そんなことのために我々は戦っていたと!? 王子殿下! 否定して下さらないのですか、王子殿下!」


 おや? どうやら兵士達も王子の企みを知らなかったようだ。

 まぁ一兵卒に国の財政まで知っていろというのも無理な話なのか。

 剣士は領主の娘であり、一時期は領主のトップをしていたが故に、戦争が起きた理由を理解していたのだろうな。

 そもそもこの国貧しいもんな。俯瞰した視点で見れるのならば分かる人には分かるのか。


「それが分かったところで、貴様に何が出来る? 勇者? 剣士? 精霊使い? 誰も彼もがこの俺様の奴隷よ! そのネックレスを首から下げている以上、貴様らが自由になる未来など永久に訪れないのだ!」


 王子は遂に演技することも止めたようで、その本性を剥き出しにして剣士に対峙している。

 いや、これってひょっとすると徹夜明けの寝不足が原因なのかもしれないな。

 王子は明らかに睡眠不足だ。そして睡眠不足の時って大抵普段はしないことをしてしまったりするからなぁ。


「そうですね。ではまずはそのネックレスから開放されましょうか」

「ハッ! どうやって? そのネックレスは掛けた者が外したいと思わなければ決して外れないのだぞ?」

「ええ、存じております。だから外すのではなく断ち切るのですよ。……こうやってね!」


 今度は剣士の動きの方が早かった。

 剣士は愛用の剣を器用に動かし、実家をもぶった切った次元斬を城の広間で抜き放ったのだ。

 それは剣士のネックレスを切断し、勇者のネックレスも切断し、ペケペケのネックレスすらも切断した。


 ……いや、出来るなら最初からやっておけよ!

 そうすればペケペケが痛がることもなかったのに!


「なっ! 剣士、貴様ぁ!」

「仮にも生まれ故郷の王族が相手ですからね。ギリギリまで譲歩してみたのですが、最早これまで。私はあなたに敵対することをここに宣言いたします」

「貴様! それでも勇者一行のつもりかぁ!」

「その勇者一行の仲間を事もあろうに奴隷として売ろうとしているあなたに言われたくはありません! 勇者! ペケペケ! あなた達はどうするのですか?」


 そこで剣士はいつの間にか立ち上がっていた勇者とペケペケに目を向けた。


 勇者は先程の衝撃のおかげで正気を取り戻したのだろう。

 目に光が戻っており、グッと身体を伸ばしていた。


 同様にペケペケも目を覚ましていた。

 もっともこちらは単に眠りから覚めただけの話である。

 可愛くあくびをしながらではあるが、真剣に剣士の話を聞いていた。


 そんな二人が剣士に向き直った。

 そうして二人はほぼ同時に剣士に返事をしたのである。


「もちろん一緒に戦うわ。私の初恋を汚した罪は死を持って償ってもらいましょう!」

「ペケペケは槍王子のことが大嫌いで、剣士のお姉ちゃんは大好きだからお姉ちゃんに味方する! 一緒に槍王子を倒しちゃおう!」


 そうして3人は王子へと向き直った。

 こうして夜も明け切らない中、王国の城にある謁見の間で、元勇者一行同士の戦いが幕を開けたのである。

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