16話 VS槍王子
段々と空が白み始め、そろそろ夜が明けようとする頃、俺達は王国の首都に辿り着いていた。
剣士の街とは隔絶した規模を誇るその街の中心には、この貧しい国のどこにこれほどの金があったのかと思えるような立派な城がそびえ立っている。
かつて豊かだった頃に建てられたから大きいわけではない。
上空から俯瞰して見ると良く分かるのだが、城の外壁には傷一つなく、中庭は美しく整えられており、ちらりと姿が見える城の中の住人は誰も彼もが上等な衣服を身にまとい高級品を身に着けているのだ。
一国を代表する場所なのであるから、ある程度着飾る必要はあると思うのだが、それにしたって城の中と外とでは格差が大きすぎた。
身分制度のある世界なのである。
俺が知らなかっただけで、実は前世だってこんなものだったのかもしれないが、前の世界でこれほどの格差があると知られていたのなら、下手をすれば革命が起きていただろう。
それはともかく、俺は勇者と剣士とペケペケを乗せて、城下町の外壁を飛び越えて街の中へと侵入した。
勇者と剣士の二人は各々の大事な人達が処理されたと聞いて、外壁を飛び越えて街を抜け出したという話だし、ペケペケはそもそも誘拐されていたので、3人共正規の手続きを踏んで街の外へ出たわけではないのだ。
だから先程の剣士の街のように正面から入ろうとするとトラブルが起きる可能性がある。
だからこっそり侵入した。
街の中はまだ静まり返っている。
恐らく後一時間もすれば朝の早いこの世界の住人は続々と活動を始めるのだろうが、まだほとんどは夢の中であった。
だからこそこの時間帯はチャンスなのである。
俺は剣士の指示に従い、彼女達を乗せたまま城下町を移動して、城の正門へと近づいていった。
これまで何度となく侵入を試みたものの、この城には俺の侵入を阻む結界のようなものが張っており、中に入ることは出来なかった。
しかし今回は大丈夫だろう。なにしろ正門から入ろうとしているのである。
堅固な城であろうとも正面玄関であるが故に、ここだけは結界が張られていないのだから。
剣士は最初「上空から城に突入し、王子の寝室を強襲しましょう」と提案してきたのだが、俺が不可能だと伝えると、正門からの侵入に変更してくれたのである。
まだ夜も明け切らない中、突如として雲に乗ってやって来た勇者一行に、城の正門を守る兵士達は度肝を抜かれていた。
剣士の街に入る際には剣士が一人で向かったが、今回は最初から全員で突入するつもりなので俺は姿を隠していない。
ちなみに勇者はまだ宙を見てブツブツと呟いており、ペケペケは剣士の街に到着する前からずっと眠ったままだ。
だから応対できるのは剣士しかいない。
剣士は俺の上からひらりと飛び降りて、兵士の前に着地した。
「皆様おはようございます。こんな朝早くからお勤めご苦労さまです」
「え? ああ、はい。ありがとうございます。誰かと思ったら剣士殿だったのですか。ということは、この雲のようなものは、ペケペケ殿の精霊なのですか?」
「ええ、最近お友達になったのだそうですよ。それはともかく王子にお取次ぎをお願い致します。至急お伝えしなければならないことがございますので」
「王子殿下にですか? 失礼ですが時間をずらすことは出来ないのでしょうか。 いくら共に魔王に立ち向かったお仲間といえども、この時間帯に城を訪ねてくるのは些か非常識かと思うのですが」
まぁそうだよな。まだ日も昇りきっていない頃合いなのだし。
しかし剣士が語った次の言葉に、兵士は顔色を変えざるを得なかった。
「その仲間について重要な話があるのです。……まだ内密にお願いしたいのですが、魔法使いが死んだのです」
「え?」
「聞こえませんでしたか? ではもう一度言いましょう。『私達の仲間であった魔法使いが死んだのです』。これは至急取り次ぎを願うべき案件かと思うのですが、私は間違っているでしょうか」
「まっ魔法使い殿が死んだですって!? いや失礼致しました! 大至急王子殿下にお伝えいたします!」
そう言うと兵士は城の中へ駆け込んでいった。
……うん、まぁ嘘は言っていないよな。魔法使いは確かに死んでいるのだし。
死んでいるというか、ペケペケと俺と戦った後で、勇者と剣士の手にかかって殺されたのであるが。
あれから状況は劇的に変化している。
元々は魔法使いが勇者と剣士を口説きに行って口を滑らせたのが今回の騒動の発端だ。
いや、違うか。槍王子が勇者の村を監視するために諜報員を派遣したり、剣士の両親に甘言を囁いたりしたから今夜のような激動が起こったわけで、全ての元凶は槍王子ということになる。
おかげさまで魔法使いは部下を皆殺しにした上で死亡。
勇者の村は勇者の手により壊滅。
そして剣士の実家は剣士の手により細切れになって、剣士の両親は大怪我を負う羽目になったのだ。
その元凶の槍王子とこれから面会か。
面会というか、剣士の様子を見る限り対決と言ったほうがしっくり来るかもしれない。
現実問題として3人は王子に命を握られているからな。
だからとにかく、その元凶たる束縛のネックレスを外すことが最優先なのである。
魔王は既に倒しているのだし、上手く行けば話し合いで解決するかもしれない。
……いや、でも、あの王子だぞ?
ペケペケを苦しめていた時に嗜虐的な笑みを零していたあのクソ王子が、そう安々とこの3人を開放するとは思えないのだが。
これはやはり対決するつもりで臨んだほうが良さそうである。
いくらこちらが真っ当な主張をしたところで、相手が聞き入れてくれるとは限らないのだからな。
そんなことを考えている間に、城から兵士が戻って来た。
俺達は兵士に先導されて、あれだけ頑張っても入ることの出来なかった城の中へと遂に入り込んだのである。
剣士が城の正門で兵士と話をしている頃。
目当ての王子は一睡もせずに書類相手に格闘していた。
「クソッ! やはりどう計算しても金が足りない!」
彼は机に両手を叩きつけ、頭を抱えて悶絶していた。
既に国庫は空なのだ。このままでは財政は破綻し、国の治安は乱れるだろう。
いや、下々の者達が苦しむことなど、彼にとってはどうでも良い。
最大の問題はこのままでは、今の優雅な暮らしを維持することが出来なくなる恐れがあることであった。
そもそもそうなった原因は王子を含めた王族の派手な暮らしによる浪費と散財なのだが、彼らはそれを改めようとはせず、他国を攻めて財宝を奪い取るという、強盗働きで補おうとしたのだ。
そしてそれはほとんど成功していた。
当初は劣勢だった戦況も勇者と剣士とペケペケという優秀な奴隷を確保することで攻勢に転じ、最終的には魔王を倒し、財宝も女も手に入れることが出来たのである。
しかし最後の最後に予想だにしなかった悲劇が王子に襲いかかった。
折角手に入れた財宝と女共が、豪雨を原因とした濁流に飲み込まれ、食料や武具と共に消えてしまったのである。
これは痛かった。本当に痛かったのだ。
戦争を起こした真の理由を王子は兵士達に知らせていなかった。
だから、魔王を倒しておいて、もう一度残党刈りを行うと命令するわけにはいかなかったのである。
そもそもあの時はそれどころではなかった。
武具はともかく食料を失くしてしまったのである。
一時撤退する以外に選択肢はなかった。
そして帰ってから改めて計算してみたら、何度計算しても赤字だったのだ。
3年もの長きに渡る旅。
いや戦争をふっかけてから今日この日に至るまで、どれだけの年月をこの計画に費やしたと思っているのだ。
それがたった一度の豪雨と河川の氾濫でおじゃんだと!?
既に国庫に金はなく、他国の商人から借りている借金は返済期限が迫っている。
もはや議論の余地などない。王国の財政は絶体絶命だった。
この国の命運は風前の灯となっていたのである。
王子は何度も何度も机に拳を叩きつけた。
そして自らに残った『最後の資産』に手を付けざるを得ないことをようやく自覚したのである。
『それら』は有能で、使い勝手が良く、手元に置いておくだけで際限なく金を生み出す金の卵だ。
しかし今は短期間の内にどうしても莫大な金が必要なのである。
王子は切り札を切ることを決断した。
夜が明けたら商人に連絡をとり、『それら』の売却について相談することを王子は決定したのだ。
ドンドン! ドンドン!
「失礼いたします! 大至急王子殿下にお伝えしなければならないことが!」
そんな時だったのである。
まだ夜も開けない時間帯に、王子の部屋の扉を叩く無粋な音が響き渡ったのは。
結局、王子の目論見は破綻してしまう。
王子の持つ、いや持っていると思い込んでいた最後の資産達が、牙を向いて城を訪れたことによって。




