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15話 剣士の屋敷の滅亡

「ただいま戻りました」

「「死ねぇ!!」」


 それは一瞬の出来事だった。

 屋敷の扉を開けた瞬間、槍を手にした男と女が、剣士に襲いかかってきたのだ。


 剣士はその攻撃をあっさりと捌いてしまう。

 それはまるで、あらかじめ襲撃を受けることを予知していたかのような華麗な動きだった。


 剣士は迫りくる槍を素手で掴むや否や、槍ごと二人を振り回し、屋敷の壁に叩きつけてしまったのだ。

 仕立ての良い服を着た男女は、うめき声を上げながら床に倒れ込むこととなる。


 その衝撃的な場面を目撃した者達は、揃って悲鳴を上げていた。

 その時になってようやく気付いたのだが、屋敷の玄関には結構な数の人が詰めかけていたのだ。


 彼らを一瞥した俺は、服装から正体を察することとなる。

 彼らはどう見ても、この屋敷で働いている使用人であった。


〈え? 何? 一体何が起こったんだ?〉


 あまりにも突然状況が動いたので、何が起こったのか理解するのに多少時間がかかってしまった。


 年老いた執事らしき男性が一人、仕立ての良い服を着た従者らしきイケメンが大勢いて、若くて美しい女性ばかりの際どい服を着たメイド達が合唱のように悲鳴を上げる中、剣士は悠々と屋敷の中へ入っていく。


〈つーか、何だここ? 街はやけにボロっちかったのに、屋敷の中はえらく高級感を漂わせているな〉


 屋敷も調度品も使用人達の服までもが新品同然である。

 しかし街の貧しさを目の当たりにしたばかりだったので、違和感の方が先に立ったのだ。


 美男美女ばかりが揃った屋敷の玄関には、豚のように肥え太った醜い男性と、彼とドッコイドッコイの容姿をしている女性が転がっていた。


 二人は目を血走らせて立ち上がり、剣士に向かって槍を構える。

 どうやら剣士を襲ったのは、この二人のようだった。


 それにしても、剣士はこの屋敷のお嬢様らしいのに、その彼女を帰宅早々殺しにかかるなんて、こいつらは一体何者なのだろうか?


「お久し振りですね。お父様、お母様。しばらく見ない間にまた随分と醜くなって」

「何故戻ってきたあああぁぁぁ!! お前は王子殿下の下で奴隷として働いているはずだろうがぁぁぁ!」

「あなたが帰ってきたら私達の暮らしはどうなるのよおおおぉぉぉ! 大人しく馬車馬のように怪物退治をし続けていれば良いものをぉぉぉ!」



 二人の豚は罵声を響かせながら、久し振りに実家に帰省した娘を声高に非難している。

 というか、こいつらが剣士の両親なのか!

 剣士の様子を見る限り、こいつらは以前からこんな感じだったようである。

 よくもまぁこんな醜い両親から、こんな出来の良い絶世の美女が生まれてきたものだ。


「心配しなくても要件を済ませたらすぐにお暇しますよ。それで? 私の旦那様と愛する息子は一体今どこにいるのですか?」

「「…………」」


 剣士は門番の兵士からあらかじめ事情を聞いていたにも関わらず、彼女の両親に彼女の家族の行方を問いただした。


 彼らは揃って顔を逸した。

 それはどう見ても怪しい動きである。


 額からはダラダラと汗を流し、手に持った槍はカタカタと音を立てていたのだ。

 つまり彼らは震えていたのである。

 剣士に対して恐怖心を抱いているようであった。


 どうも彼らはおおよその事情を知っているようである。

 俺でさえそう思ったのだから、俺以上に彼らを知っている剣士がそう判断するのは至極当然のことであった。


「なるほど、沈黙ですか。では質問を変えましょう。この街には一年前まで私がいたらしいですね。一体どういうことですか?」

「それは儂達の仕業ではない! 貴様の旦那とその仲間達が勝手に行ったことだ!」

「そうですか、それでその私のそっくりさんは今どこにいるのですか?」

「「…………」」

「まただんまりですか。お父様もお母様も昔から変わりませんね。それで物事が良い方向に転がったことなど今迄なかったでしょうに。まぁ良いでしょう。それでは使用人に聞いてみましょうか」


 そう言うと剣士は屋敷のロビーに集まっている従者やメイド達に目を向けた。

 それにしても先程から剣士の出す声が平坦すぎて怖い。

 少なくともこれは家族に向ける声色ではないだろう。

 表情を見たい気もするが、怖くて前に回れないくらいなのである。


「これはこれは……見たことのない方達が大半を締めておりますね。若くて美しい男女ばかりですか。お二人とも、お互いにもう年を知ってもいい頃合いだと思うのですが?」

「「…………」」

「それでも幾人かは見知った者もいるようですね。ではその者の身体に聞いてみることといたしましょう」

〈は? 身体に聞く?〉


 俺が疑問を感じるよりも早く、剣士は行動を開始していた。

 彼女は一番年寄りの、恐らくは執事であろう男性の下へと瞬時に移動していたのである。


 彼女のあまりの素早い動きに、屋敷の者達は皆ギョッとしたが、彼らの驚きはそこで終わらなかった。

 剣士は執事の身体に手を這わせると、前置きなしで突然、彼の身体に抜き手を差し込んだのである。


 ズブッ!

 ゴキン!


 という音が響いたかと思ったら、彼の身体から骨が一本抜き出されていた。


「ゴハアアァァァ!? おっ、お嬢様ァァァ!?」

「あら、ごめんなさい。私ったら質問をする前に肋骨を抜いてしまいました。では気を取り直して質問してみましょう。あなたが知っていることを全て喋りなさい。虚偽も隠し事も許しません」


〈怖ええぇぇぇ!!〉

 と思ったのは俺だけではなかったようで、血にまみれた執事の肋骨がロビーに落ちると同時に、事態を見守っていた屋敷の者達は剣士から離れるために『動こうとした』。


 しかし彼らは動けなかった。

 剣士が発する強烈な殺気に射すくめられてしまい、彼らの肉体はその場に縫い付けられたかのように動きを止めたのだ。


 俺も彼らも悟ったのである。

『この場から一歩でも動いたら剣士に殺される』のだと。


 そんな殺気を間近で浴びながら、執事は必死に語ったのだった。

 この領地での剣士の活躍と、3年の間に起こった出来事を。



 剣士の両親はこの地に住む者なら誰もが知っている領主夫妻である。

 同時に彼らは近年稀に見る悪徳領主として、近隣住民に恐れられていた。


 父である領主は強欲で若い女に目がなく、母である領主婦人は派手好きで若い男に目がないというとんでもない浪費家夫婦であったのだそうだ。


 彼らの生活を支えるために領民は酷い重税に悩まされており、この地域一帯は王国内でも決して悪くない土地柄であるにも関わらず、領民の流出が後を絶たなかったという。


 その二人の間に生まれた女の子、即ち剣士は近年稀に見る出来の良い子として成長した。

 これは子育てを早々に放棄した両親から彼女の育成を任された神父の影響が強いのだとされている。


 幼い頃から両親の愛を受けることなく街の教会に預けられた剣士は、お陰様でと言うべきなのか、両親の影響をほぼ受けることなく真っ当に育った。

 長じて彼女は、絶世の美貌と圧倒的な剣の腕前をもって、この付近で最も有名な女傑として名を馳せたのだ。


 成人を迎えた彼女は、実の両親を倒すべき敵と定めた。

 重税と治安の悪化に苦しんできた領民を救うために彼女は立ち上がり、数年に渡る戦いの果てに両親から領地運営の実権を奪い取り、この領地の若き支配者として君臨するに至ったのである。


 彼女と彼女の配下として共に戦った役人達は、至極真っ当な政策を領地に敷いた。

 そして元々が決して悪くない土地柄であったがゆえに、ごく当たり前の結果として、領地の経営は順調に改善していったのだ。


 そして彼女は、長きに渡る戦いの中で彼女を支え続けてくれた1人の文官と恋仲となり、彼と結婚し、世継ぎとなる男の子を出産する。

 領地は歓喜に包まれ、領民はこれからの領地の発展を疑うことはなかった。

 彼女が3年前、突如として勇者一行の一員に選ばれるまでは。



 最初の一年間は、剣士の両親も大人しくしていたのだという。

 かつて共に悪事を働いていた両親の側近達は娘の手で領地から叩き出されており、現在領地を実効支配しているのは娘の夫とその仲間達だからだ。

 領地の旗頭たる彼らの娘がいなくなり、領民に動揺が起きるとまずいと考えた彼らは剣士の影武者を仕立てあげ、表面上は何事もなく領地の運営を行っていた。


 実際には旗頭たる娘はいないのだから今が失地回復の絶対の好機なのだが、剣士の両親は危ない橋を渡ってまで権力を取り戻すつもりはなかったのだ。


 しかし2年目に入る頃には彼らは水面下で活動を開始していた。

 なんでも新年の挨拶をするために王宮に出向いた際に、王子から娘を貰い受けたいとの要請があり、娘を追い出し領地での権力を取り戻す好機が来たと、彼らは二つ返事で了承したのだという。


 勇者やペケペケの首にも掛かっている束縛のネックレスが剣士の首にも掛かっていたことが彼らの行動を助長するきっかけとなった。

 伝説ではどれだけ凄まじい力を秘めた者であってもあのネックレスの呪いからは逃れられなかったという。

 彼らは娘の武力が王子によって抑えられていると確信し、領地を取り戻すために動き出すことにしたのだ。


 彼らはまず昔から家に仕えてきた者達の家族を人質にとって彼らを仲間に引き込み、領地の運営を行っている役人達を一網打尽にする策を考えた。

 そうして1年前、彼らは娘の旦那とその息子、つまり彼らの娘婿と孫までをも情け容赦なく捕縛してしまい、裏ルートを通して奴隷商人に売り渡してしまったのだという。


 それから先はあっという間だった。

 役人達と関わり合いが深かった者達全てを次々に領地から追放し、

 屋敷で働く者達を一新し、かつての御用商人を呼び寄せて贅沢三昧を再開したのである。


 娘に奪われた理想郷を、彼らはその手に取り戻したのだ。

 突然の領主家族の失踪から始まる領民達の苦労など見向きもせずに。



 執事が語った領地の実状を聞いた剣士は、執事を放り投げると無造作に父親の下へ近づいた。

 槍を蹴り飛ばして父親を無防備にすると、その勢いのまま回し蹴りを食らわせて、壁に叩きつけてしまう。

 次の瞬間には彼女は彼女の母親の眼前に移動しており、全く同じ動作をした後で、最終的には領主の足下へと蹴り飛ばしてしまった。


 そこには実の両親に対する配慮など微塵も存在しなかった。

 ただただ、留守を狙って好き勝手をした賊を成敗するという気迫だけが伴っていたのである。


 剣士は折り重なるようにして床に這いつくばった両親の下へ近づくと、2人の足にそれぞれ剣を突き刺していった。

「ギャアア!」という悲鳴を無視して、彼女は両親の両足に穴を開け続ける。

 その状態で、彼女は両親に問いただしたのだ。


「状況は理解しました。私の甘さも十分に思い知りました。その上でお聞きしたいと思います。私の大切な旦那様と息子は、一体どこに行ったのですか?」

「ヒッ!」

「ヒイイイィ!」


 俺から見える剣士の横顔は、もはや殺し屋のそれだった。

 その平坦な口調からは、まるで淡々と標的を処理しているような感覚を覚える。

 彼女は殺気を隠していなかったのだ。


 実の娘とはいえ彼らはこれで彼女と敵対するのは二度目なのだ。

 彼女の恐ろしさは嫌というほど理解しているのだろう。

 彼らはあっさりと降参して情報を吐き出した。


「しっ、知らん! 儂らは何も知らんのだ! 奴隷商人がどこに奴隷を連れて行ったのかなんて、高貴な貴族たる儂らが知っているわけがないだろう!」

「そんなことよりもあなた、これは一体何の真似ですか! 実の両親に刃を向けるなんて、それでもあなたは栄誉ある勇者一行の一員だとでも……ギャアア!!」


 剣士はふざけたことを抜かし始めた母親の傷の上に足を乗せ、傷口をグリグリと踏みにじり始めた。

 血の繋がった実の両親に愛する旦那と息子を奴隷として売り飛ばされたことを『そんなこと』呼ばわりされたのである。あの反応も致し方ないだろう。


 それにしても『栄誉ある勇者一行』とは何の冗談なのか。

 槍王子と魔法使いは碌でもないし、勇者は壊れて、剣士は暴走中だ。


 彼らも所詮は人なのである。

 誰もが夢に描く理想の英雄なんてどこにもいないのかもしれない。


 剣士はしばらくの間両親を痛めつけていたが、彼らからこれ以上情報を仕入れられないことが分かると、屋敷で働く者達へゆっくりと視線を向け始めた。

 彼らは一様に首を振っている。


 まぁ先程の執事の話を信じるのならば、彼らの大半は剣士の家族を奴隷として売り払った後に雇った者達なのだ。

 事情を知らなくても仕方あるまい。

 彼ら彼女らからすれば、良く分からない理由で良く分からないことが起きているという認識なのだろう。


「雲殿、誠に申し訳ありませんが、この屋敷の中をくまなく探索し、生きている者は全て外に出してはいただけませんか?」


 ○〈あいよ、了解〉


 俺は剣士の意見に逆らうことなく、彼女の実家のあらゆる所に入り込んで調査を開始した。

 結果として、広大な屋敷のどこを探しても人っ子一人いなかった。


 どうやら剣士の両親は、剣士が帰ってきたことに慌てふためき、屋敷で働く全ての使用人をロビーに集めていたらしい。

 一応地下室らしき場所もあり、中には明らかに『これ拷問部屋だよね?』といった場所もあったのだが、そこにも誰もいなかった。


 だがそこは明らかに使われた形跡があったのである。

 それもそれ程昔ではなさそうなのだ。


 剣士の両親は剣士の旦那とその仲間を奴隷として売ったと言っていたが、五体満足で売ったとは言っていない。

 この事を剣士に伝えるかどうか正直迷った。

 しかし俺はそもそも詳しい意思の疎通が出来なかったことを思い出し、黙っていることに決めたのである。


 そうして剣士の下へと戻り、俺は大きくXの文字を作った。

〈他には誰も見つからなかった〉という意味だったのだが、剣士はちゃんと分かってくれたようだ。


 そして俺が屋敷を探索している間に、剣士はロビーに居た者達全てを屋敷の外へと連れ出していた。

 俺が戻ったことを確認すると、剣士は頷き、剣の柄に手をかける。

 どうするのかと思っていたら、鞘から剣を抜き一閃。

 次の瞬間、屋敷が傾き轟音を立てて崩れ落ちたので、俺も屋敷の者達も揃って驚きを露わにした。


「次元斬。魔王軍の幹部を倒すために編み出した、空間を断つ剣技ですよ」

〈いや、そんなチート技を事もなげに使われても〉


 誰に聞かせるわけでもなく、剣士は淡々と説明し、次元斬を次から次へと実家めがけて打ち出し始めた。

 その際、俺の体の一部が触れて断ち切られてしまい、俺は慌てて身を引いた。

 勇者の炎といい、剣士の技といい、どうして身内が一番危険なのだ。おかしいじゃないか。


 最終的に剣士は屋敷どころか丘すらもぶった切って、くるりと両親に向き直った。

 彼女は無言で二人にも次元斬を放った。

 それは父親の右腕を切断し、母親の左足を跳ね飛ばした。


 彼らは絶叫を上げながら無様に地面を転がり続ける。

 そんな二人を足で押さえ込み、彼女は能面のような顔で二人に釘を差した。


「ではお二人とも、これにて失礼いたします。私はこれより愛する旦那様と大切な息子を探しに行って参りますが、領地も心配ですので定期的に帰って来る予定です。その際、万が一領地の状況が悪化していたら……お分かりですね? 『後3つもある』のですから。お身体にはどうかお気をつけて」


 二人は震える身体でコクコクと必死に頷き続け、やがて血が足りなくなったのか気を失って倒れてしまった。

 剣士はもう彼らに興味を失ってしまったのだろう。

 足早に屋敷跡地から立ち去ると、そのまま街から出ていってしまった。


 門を守る兵士は彼女を引き止めたがっていたが、彼女にも自由があるわけではない。

 忘れてはいけないのだ。

 勇者も剣士もペケペケも、首には束縛のネックレスが掛かったままだということを。


 これから如何に動くにせよ、まず最初にこのネックレスを取り外さなくては話にならない。

 俺は剣士の指示を受け、彼女達を乗せて王国の城へと向かうのだった。

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