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10話 勇者故郷に帰る

「早く早く! 一刻も早く村へ向かってぇ!」

「お姉ちゃん落ち着いて。くもさんは頑張ってくれているんだよ」

「そうですよ、落ち着きなさい。それでも勇者ですか。ペケペケと合流できただけでも大分予定を短縮できているのです。焦っても仕方ないでしょう」

「分かっているけど! 頭では分かっているけど。でも、とても耐えられないの!」

〈まぁ、そうだろうなぁ〉


 己の欲望のために、というか貴族として自らの家の発展のために、仲間に牙を向いた魔法使いを倒してすぐ、ペケペケは女勇者と女剣士の身体を蝕んでいた毒の解毒に成功した。

 いつものように精霊に頼んで、二人を健康な状態に戻してもらったのである。


〈どれだけ万能なんだ精霊使い〉と思ったものだが、良く考えてみたら、勇者一行でまともに戦力となっていたのは勇者と剣士とペケペケだけだった。

 男性陣が軒並み使い物になっていなかったことから考えてみても、ペケペケが万能でなければそもそもこのパーティーは早々に崩壊していたのではなかろうか。


 それに精霊使いといえども完璧ではない。

 どうもこれまでの行動を見る限り、ペケペケの頼みを聞く精霊は二つのことを同時に出来ないようなのだ。


 攻撃なら攻撃、防御なら防御、そして移動なら移動で、回復なら回復だけ。

 防御しながら回復とか、移動しながら攻撃といった事は出来ないようなのである。

 先程までの魔法使いとの切った張ったの戦いの間に、二人の治療をしなかったのは、そういう理由があるようだった。


 ちなみに二人共、身動きは取れずとも意識はハッキリしており、魔法使いとペケペケが戦っていることは分かっていたそうである。

 そして二人はほぼ同時に盛られた毒の効果が弱まったので、無理やり体を動かして、逃げようとした魔法使いにとどめを刺したのだ。

 俺もペケペケも魔法使いの殺害には躊躇したのだが、二人はそうでもなかったようである。


「理不尽な理由で仲間を襲ったのですから死んで当然です」


 と剣士が吐き捨てた時、俺は寒気を感じたものである。雲である俺が。

 魔王を退治するまでにどのような旅をしてきたのかは知らないが、きっと二人はその旅の中で、躊躇などしている暇はなかったのだろう。

『敵対した相手は躊躇わずに殺す』という暗い覚悟があることを、俺は二人の中に感じ取っていた。


 そんな二人は、身体の自由を取り戻してすぐにペケペケに対して礼を言い、ペケペケが新しく使役できるようになった『くもさん』の存在に驚いている様子だった。

 そう、この二人からすれば俺は、ペケペケが使役する新しい精霊でしかなかったのである。

 そして俺の存在そのものよりも、二人は強力な精霊を使役できるようになったペケペケの成長に驚いていた。


 ペケペケは当然のように俺のことは友達だと説明したのだが、二人は本気で聞いてはいなかった。

 ペケペケはなんとなく不満そうである。

 だが、これはいつものやりとりなのだろう。

 ペケペケは二人の誤解を解こうとはせず、やや不満顔で『仕方ないなぁ』という顔をしていた。


 そして一通り話を終えた二人は、彼女達の想い人や家族が処理されたという話が何一つ解決していないことにようやく気付いたのである。


 仲間だった魔法使いに襲われたお陰で混乱しており、身体の自由を取り戻した後もペケペケの成長に意識を割かれていた二人は、事ここに至ってようやく本来の目的を思い出したのだ。


 二人はペケペケに事情を説明し、これから生まれ故郷へ戻ると告げたのだが、いかんせん走っていくには距離がありすぎた。

 だから俺は二人の前でペケペケを持ち上げて矢印を作り、〈乗せてやろうか?〉とジェスチャーをしてみたのである。

 こちらの意図を瞬時に理解した二人は俺の上に、ようするに雲の上に飛び乗ってきたというわけだ。


 そんなわけで、俺は今三人を乗せて、勇者の生まれ故郷を目指していた。

 どうやら剣士の生まれ故郷は勇者の村の先にあるらしく、まず最初に勇者の村に立ち寄ることとなったのだ。


 俺は遮る物など何もない空の上を快調に飛行しながら、改めて勇者と剣士の二人の様子を観察していた。

 勇者は豊かな金髪をツインテールにまとめた美少女である。

 動きやすそうな服装に身を包んだその姿は、手に持った剣さえなければ、どこにでもいる普通の活発な少女にしか見えなかった。


 剣士の方は長い黒髪をポニーテールにまとめており、シックな装いをしていて大人の色気を感じさせている。

 こちらも普段着を着ており、装備は剣一本だけだ。

 そう、二人の装備品は各々剣が一本だけなのである。

 ようするに二人共、普段着のままで最低限の武器だけを持って、街の外へ飛び出していたのである。


 どうも勇者の慌てようから察するに、街に戻って気が抜けている時に魔法使いの来訪を受けて、想い人や家族の窮地を知るや否や、手元にあった剣だけを手に、脇目もふらずに飛び出してきたというのが実際のところなのだろう。

 考えるまでもなく危険な行為ではあるのだが、二人は魔王を倒した勇者一行の主力である。

 つまり人類最強クラスの実力者なのだ。

 だからこんな軽装でも故郷まで辿り着けると踏んだのだろう。


 実際、俺は既に結構な距離を飛行している。

 だが、二人はこれを走って移動するつもりだったのだ。

 身体能力に余程の自信がなければ出来ない芸当だろう。


 この距離は、ちょっと立ち寄るとか帰宅するには難しい距離だと言わざるを得ない。

 だから二人は危機に気付かなかった。

「故郷に残した想い人や家族に危険が迫っているだなんて考えもしなかった」と二人は俺の上でペケペケに泣き言を漏らしている。


 頼れるお姉ちゃん達の弱々しい姿を見て、ペケペケはとても衝撃を受けていた。

 しかしすぐに立ち直り、「大丈夫だよ。これまで一杯助けてくれたんだから、今度はペケペケが助けてあげる!」とペケペケなりに二人を励ましていた。


 そんなペケペケは今俺の上で眠りこけている。

 無理もない、現在時刻は深夜なのだから、子供はとっくに寝ている時間だ。


 でも眠っていて良かったのかも知れない。

 これより村で勇者に訪れる惨劇を、ペケペケは知ることはなかったのだから。



 その村は他の村とは明らかに一線を画していた。

 まず、明るさが違っている。

 時刻は深夜、途中で目についた他の村には精々一つ二つの松明が灯されていた程度だったのに、勇者の案内で辿り着いた村は、四方八方に轟々と篝火が焚かれ、その様はまるで王国の城の深夜の情景のようであったのだ。


 おまけに規模がかなりデカい。

 他の村々は正直どこも大差のない程度の広さしかなかったのだが、この村の広さは他の2倍、いやひょっとすると3倍近くの広さを誇っていたのである。


 そして、建物が新しくて綺麗だったのだ。

 これまで目にしてきた他の村の建物と同じ材質で作られていることは間違いない。

 しかしその見た目は明らかに新築だったのである。

 崩れたりツギハギをしている箇所すらどこにも無い。

 まるでこの村の全ての建物を建て替えたのではないかと思えるほどに完璧であった。


「これは驚きましたね。流石は勇者の生まれ故郷といったところでしょうか。これほどまでに大きく綺麗な村はこれまでに見たことがありません」

「う~ん……むにゃむにゃ。へへへ……くもさ~ん」


 女剣士は驚嘆し、ペケペケは夢から目覚める様子がない。

 俺達は村の入口前に降下し、女勇者は無言で俺の雲ボディからひらりと飛び降りた。


 彼女はずんずんと村の入口へ向かっていく。

 そこには門番がいたが、彼は突然雲に乗ってやってきた勇者に驚いて声も出ないようだった。


 それにしても随分と小奇麗な格好をしている門番である。

 軍にいた兵士達よりも上等な装備を身に着けているじゃないか、この門番のおっさんは。

 生まれてこの方一度も戦ったことがない様な冴えないおっさんだというのに。

 金というのはあるところにはあるものなのだな。


「ただいま。こんばんは。お久しぶりね、おじさん。一体どういうことなのか説明してくれる?」

「あ……え……? 君は……え? ……何で? 帰ってくることはないって話だったはずじゃあ……」

「は?」

〈は?〉


 女勇者のドスの利いたセリフと、俺の心の中の疑問符がものの見事に重なってしまった。

 帰ってくることはない? 生まれ故郷なのに?

 おじさんってことは、このおっさんは勇者の身内なのか?

 いや、大きいとはいえ所詮は村なのだから、村人全員と顔見知りであってもおかしくはないのか。

 それにしてはどう見てもおっさんの態度がおかしいんだが?


「ねぇ、これってどういうこと? 何でこの村こんなに大きくなっているの? 私が帰ってこないってどういうこと? 建物が新しいのはどうして? どうしてこんなに明るいの? おじさんが着ているその鎧はどこからどうやって手に入れたの?」

「え? あの、勇者……さん?」

「ちょっと黙っていて、剣士。これは身内の問題よ」

「あっはい。分かりました」

「もう食べられないよ~。くもさん大きすぎ~」

〈ペケペケは夢の中で俺を食ってんのか!? って、そうじゃなくて!〉


 俺は勇者の言葉を吟味して、目の前で起こっていることに想像を巡らした。

 ここはどうやら勇者の住んでいた村で間違いなさそうだ。

 しかし勇者の住んでいた村は実はこんなに大きい村ではなく、建物は新しくなかったし、明るくもなくて、門番のおっさんの装備も充実していなかったらしい。

 しかし今はこの有様である。誰がどう見てもここは金のある村だ。


 しかしこの王国の他の村々は押し並べて貧困に喘いでいたはず。

 それなのにこの村だけが発展している。

 つまりその金はどこからきたのかという話になるのだが……。


「あたしのお金を使ったってことよね。あたしが彼と将来結ばれた時のために、毎月欠かさず送っていた勇者の活動費に手を付けたんでしょう!!」

「ヒィィ!?」


 小奇麗な装備を身に付けたおっさんが、勇者の怒気に触れて腰を抜かした。

 つい先日まで文字通り最前線で戦っていた人類の英雄が放つ怒りのオーラだ。

 村で暮らしている冴えないおっさんになど対抗できる道理はない。

 彼は哀れなほどにコクコクと頷いていた。

 彼女が命がけで稼いだ金に手を付けたことを認めたのである。


 っていうか、これってようするに村ぐるみで勇者の金に手を付けたってことだよな。

 キレて当然だこれ。彼女がもらっていた勇者の活動費ってのがどの程度の額なのかは知らないが、こんな豪快に使い込まれては予想より大分少なくなっているのではないだろうか。

 彼女はその金を想い人との新生活のために送り続けていただろうことは想像に難くない。

 それが村ぐるみで勝手に使われてしまったのだ。彼女は怒って当然である。


 ……ん? あれ? じゃあ、受け取り相手の勇者の想い人ってのはまだ生きているってことなんじゃないのか?

 彼が処理されたと聞いたから急いで村に帰ってきたのに、これは一体どういうことなのだろう。


「……まぁ良いわ。私も勇者としての活動を終えたら村に戻るつもりだったしね。村の発展に使ってくれたのだったらまぁ良いわ。納得する。それで? 彼は今何処にいるの? 彼の実家があった場所には一際大きなお屋敷が建っているのだけれど、まさかあそこに住んでいるわけじゃないわよねぇ」

「いっ、いるよ! あいつはずっとあの場所にいる!」


 門番のおっさんの言葉を耳にして、俺はゆっくりと視線を上げた。

 村の中心には一際大きく、立派な建物がその存在を主張していた。

 あれが勇者の想い人の家か。

 勇者の想い人が生きているのは、どうやら間違いないらしい。


 処理されたと聞いて心配していたが、大金を手に入れて調子に乗ってしまったって事なのかな?

 それなら良いのだが。いやどうなんだろう?

 そもそもこれは『処理』に該当する案件なのか?

 彼は一体いかなる処理をされたというのだ。


「そう……。正直新居の間取りは二人で相談して決めたかったのだけれど、彼が建ててしまったのなら、まぁ納得するわ」

 ビクッ!


「あっ、あのさ……今日は遅いからまた次の機会にでも……」

「嫌だわ、おじさん。ここは私の生まれ故郷なのよ? 私の村に、私の想い人の下に、私が帰ることを躊躇う理由が一体どこにあるというの?」

 ビクビクン!


「ないよ! 全く無い! ごめん! 本当にごめんなさい!」

「何を謝っているの? ねぇ、一体何を謝っているのよぉ!!」


 事ここに至って、勇者もようやく何か取り返しのつかない事態が村で進行していたという事実に気付いたようであった。

 彼女は腰を抜かしてガタガタ震えている門番のおっさんから視線を切ると、一目散に彼女の想い人が住んでいるという、村一番の屋敷へと向かっていく。


 俺は彼女を追いかけて行った。

 剣士とペケペケは俺の上に乗ったままである。


 大きいとはいえ所詮は村だ。

 城のように俺の侵入を阻むバリアーもなく、俺は勇者にしばし遅れて、勇者の想い人の住む屋敷の前へと到着した。


 遠目から見た時点で気付いていたのだが、それは本当に大きな屋敷だった。

 普通の村の家といえば平屋が基本で、2階建てなどは基本街の中にしか存在しない。


 それなのにここは2階建てで、しかも敷地面積が他の家の3倍以上もあったのである。

 前世のテレビで見た昔の豪農の屋敷のようだ。

 これを勝手に建てられたのである。

 勇者の怒りも仕方ないと言えるだろう。


 勇者は当初、屋敷の正面玄関へと向かっていた。

 しかし彼女は玄関からは入らなかった。

 途中、彼女は何故か2階に目を向けると、明かりの灯っていた窓に向かってジャンプして、その窓から中を覗き込んだのである。


「あああっ!」


 そして次の瞬間には勇者はその類まれなる力を奮って、建物の壁を外部から破壊したのだ。って、ええっ!?


「ちょっと、勇者!?」

「くもさんは飲めたんだね~? ペケペケのお腹はくもさんで一杯なんだよ~」

〈えええ!? 俺って飲み物だったの!? じゃなくて! 何してんの、勇者!〉


 俺は急いで近付いて、建物に2階に目を向けた。

 そこは寝室のようであった。

 そこでは若い男と女が、お互い素っ裸で一つになっていたのである。


 彼と彼女は汗まみれだ。

 二人は突然壁を壊して室内に乱入してきた女の姿を見た途端、怪物を目撃した時のように悲鳴を上げていた。



 そして俺は目にするのである。

 勇者と呼ばれた一人の少女が、生まれ故郷で死ぬ瞬間を。

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