05_金組の塔
簡単なお茶会を済ませ、入学式が終わり、説明会も済むと学生たちはそれぞれに割り振られたクラスへと移動していった。
白いお城のような校舎には横並びに三つの塔があった。
男子は東にある男子学生塔、女子は西にある女子学生塔。
そして中央の塔には学園唯一の男女混合学級である金組の生徒だけが登ることを許されていた。
塔の中は意外に広く、その中で更にいくつもの教室が分かれている。
メインとして使う学級教室、男女に分かれた談話室に図書室、理科室や音楽室までもすべてが一つの塔に集約されていて、寮へ帰るときを除いてはまるきり塔から出る必要なく過ごすことができる。
石畳の床の上を歩きながら、私は国内の歴史を図柄にしたタペストリーや絵画の飾られた塔の壁を見上げていた。
「すごい……全部、本物」
私はすべての作品がゲームの中と寸分変わらず配置されている事実に打ち震えていた。
けれど、他の人はそうだと思わなかったらしい。
「本物だとご存知なんですか?」
どこか嬉しそうな優しい声に私は振り返った。
そこにいたのは攻略対象の一人、現在の国王の弟であるジズ・デオナ・ツー・リヒテルがいた。
「王弟殿下! 失礼いたしました」
「……どうかかしこまらないで、ここにいる限りは僕もあなたと同じ学生なんですから」
うっすら紫色がかった銀色の髪を肩ほどに伸ばし細い紐で結んだジズは穏やかな笑顔を浮かべていて、柔らかく下がった目尻や優しい口元は女性的な印象を与えていた。
体の弱い彼は方からショールを羽織、春の冷え込みを避けるようにしていた。
「この塔に飾られている作品はどれも複製品ではなく本物なんです。 学園長の代々の信念でして、金組の生徒には本物を見て育ってほしいという方針なのだとか」
「はい、そのお話でしたら私もうかがっていましたわ。 ほら、あのルーヴェンの絵なんて200年前の国王陛下の即位の儀礼を神話になぞらえて描かれた名筆ですわ」
「よくご存知ですね! 僕もルーヴェンの絵はとても好きなんです、特に好きなのは初代の国王陛下即位に際しての月の詩が描かれた連作で」
「ケベルの大聖堂の飾られている絵ですわね!」
「本当に……よくご存知で! 嬉しいです、こんなに話の合う人は久しぶりにお会いしました」
ええ。 貴方のルートは差分回収で5周はしましたから。
そんなことを口にするわけにはいかず、私はにこやかに笑いながら頷いていた。
王弟のジズ様はとにかく争いごとが嫌いで芸術が好き、繊細で優しい青年だ。
彼の攻略ルートでのキーとなるのはヒロインの意思の強さで、ヒロインが見せた強さにジズ様が勇気を出すというのが見せ場だったんだ、と私は懐かしんだ。
「あ、すみません、僕ばかり話してしまって、その」
「私はパトリクス家のロベリアですわ」
「ロベリア……あなたとは是非、仲良くなりたい。 どうかこれからよろしくお願いしますね」
「もちろんですわ、ジズ様。 どうぞよろしくお願いいたします」
不意に、視線を感じた気がして私は目線を巡らせた。
けれどそこには誰もいなくて私は違和感を覚えながらもジズ様へと笑顔を戻した。
「どうかしましたか?」
「いいえ、誰かに呼ばれたような気がしただけです」
私が告げるとジズ様は不思議そうに首をかしげていた。