03_ゲームスタート
王立学園シュトラッセは一種の都市だ。
学校を中心に学生たちに必要な店や街が揃い、公序良俗に反する存在を締め出し、未来のエリートたちを養成するためだけの無菌の街。
移動用の鉄道は入学証明書を提示して初めて乗ることができ、家族の付き添いなども一切が認められない。
各室ごとに区切られた社内の貴族学生専用車両で私は職員に案内されるままに個室へと入った。
個室には先に来ていた青年が一人座っていて、彼の姿に私は思わず息を飲んだ。
柔らかな金色の髪に整った顔立ち、笑顔が似合う優しい目尻に今は真面目な表情を浮かべて、緑の視線をまっすぐに私へと向けていた。
秋晴れのような鮮やかな空色のネクタイを締めた黒の制服に身を包んだ彼は私に手を差し伸べ、椅子へ座るように示した。
対面するように座った椅子は赤いビロード張りでとても柔らかいものだった。
「遅かったな、ロベリア」
「お、オルフェは随分と早かったのね」
言葉につまりそうになってしまう。
高校時代にあんなに大好きだった彼が目の前にいるんだから当然だ。
無意識に顔が熱くなるのを感じて、私は自分の手の甲で頬を押さえ視線をそらした。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「別に、そんなこと……て、鉄道が初めてで緊張しているだけよ」
「ああ、いつもの移動は馬車だからな……流石に入学生全員の受け入れは馬車じゃ無理だから我慢してくれ」
私の返答に納得したようにオルフェウスが語るのを見て、私はなんだか違和感があった。
オルフェウスというキャラクターはこんなに砕けた物言いをするキャラだったっけ、と思ってから理解した。
婚約者で幼馴染のロベリアと初対面だったヒロインとじゃ距離感もなにもかも違って当然だ。
動き出した汽車の窓から見える風景もゲームの中の背景とはなんだかちがった。
汽車の煙をもろにかぶる位置にある平民車両に乗るヒロインからは街の様子は煤の隙間から見えるものだったけれど、今見える風景に煤なんてまるでない。
白い漆喰に木製の柱、赤い焼き瓦の乗った丸い屋根の家がたくさん並んで、窓には色とりどりの花が飾られている王立学園シュトラッセを囲む町並みに私は口元に手を添えて微笑んでいた。
そうそう、ここでオープニングが始まるの。 煤が一気に晴れて白いお城のような校舎をバックにタイトルが入ってくる。
そして歌詞に合わせて攻略対象たちが次々に――。
「珍しいな、そんなに風景に見入って」
私が窓の外の様子に食い入っているとオルフェウスは意外そうな顔をした。
ロベリアというキャラクターは風景なんて興味がない。
自分自身と自分を取り巻く人間ばかりに興味があって道端の花になんて見向きもしないし、なんなら人が大切に育てる花壇に踏み入るようなことをする。
だから、風景を見て笑っている私が面白かったのかオルフェウスはわずかに微笑んだ。
私は自分の胸が高鳴るのを感じていた。
本当の私は冴えない会社員の私だとしても、女の子を夢の世界に誘うためにあるゲームのキャラクターなんだからときめいたって仕方ない。
けれど、いまはまだこの鼓動を私は表に出すわけにはいかない。
だって……目指すエンドは逆ハーレムなんだもの!