01 目覚めの朝
朝日が差し込む感覚がして私は目を強くつぶった。
アラームは鳴ってないからまだ寝ててもいいはずだ、そんなことを考えて枕に手を伸ばす。
変だな、私の枕は乙女ゲームのキャラクッションだからサテン生地でツルツルしてるはずなのに、この枕は綿素材みたいなしっかりした感触がするし、なんだかひんやりしている気もする。
「おはようございます、お嬢様」
落ち着いた低い女性の声が聞こえた。
あ、昨日はテレビつけっぱなしで寝ちゃったっけ? なんか、倒産のショックが大きすぎてどうやって帰ってきたのかも思い出せない。
テレビ消さなきゃ、ぼんやりとした意識でチャンネルをつかもうと目を開いて私は声を失っていた。
一人暮らし用ワンルームマンション、オートロックつき、収納あり、駅から歩いて10分、ただし治安がよくないのでお安めの賃貸物件の部屋ではなかった。
壁紙は白地にオリーブ色の細やかな模様があり、青と白が基調となった大きな部屋だ。
天井も高いし、窓なんてほとんど壁をぶちぬいているかのようなサイズで、庭には切り整えられて動物の形をした低木が並んでいる。
「こ、ここは……」
どこ、と言いかけて私ははっとして口を覆った。
私が青春時代をつぎ込んだ乙女ゲーム『太陽の詩』のファンディスク『うたかたの黄昏』チャプター3-2で初公開され原画集にも収録されていないとあるキャラクターの部屋の背景だ。
そう理解した私は部屋の中を見渡し、金縁のついた大きな姿見に駆け寄って自分の顔を見つめた。
「ろ、ロベリア……」
「お嬢様、いかがなさったんです、突然飛び起きたりなさって。 いいですか、お嬢様……本日よりは王立学園での生活が始まるのですから、そのようにはしたないことを寮でしてはなりませんよ」
私は絶句したまま背後に立っていた女性に振り返った。
その女性も私は知っている、『太陽の詩』で一番の悪役ロベリアのお目付け役の女性だ。
メイン攻略対象オルフェウスのルートで彼女は最終盤、ロベリアをかばい切ることができずに悪事を暴露しロベリアの破滅を決定づける人物だ。
私は自分の体を抱きしめた、けれどそれはもはや慣れ親しんだ自分の肉体ではなく、ロベリアの若々しくしなやかな手足になっていて、他人のものとしか思えなかった。
お目付け役と侍女たちに取り囲まれて私は服装を整えていった。
人に手伝われての着替えなど初めてだったけれど、コルセットやペチコートなんてものは自分1人では着られないので仕方なかった。
学園では全員が制服姿だったけれど、ファンディスクなんかで出てくるロベリアの服ってどれもバッスルで膨らんだスカートだったり、大きなクリノリンを使った鳥かご型のドレスだったり手間がかかってると思ったが……そんなドレスを着ているのも自分の財力を誇示していたからだったのか、と私は小さく溜息をついた。
大勢の侍女たちに付き添われて食堂へと向かうとそこにはロベリアの両親が揃っていた。
ふくよかで立派な口ひげを携えた王国宰相にして侯爵の父。
痩せぎすで首が長いけれど華やかな装いに身を包んだ侯爵夫人の母。
彼らは娘を溺愛し、ひたすらに愛情をかけ、そしてロベリアの性格をわがままで自己中心的な正確にしてしまって、それでもまだ可愛い娘とロベリアを甘やかすどうしようもない親の典型だった。
「おお、ロベリア! 今日からお前としばらく会えないと思うと寂しくてたまらないわ」
母親はレースが大量に縫い付けられたハンカチで顔を覆って、肩を震わせながら涙声でいった。
「ロベリア、困ったことがあればなんだって我々にいうのだよ、私たちはいつだってお前の見方だからね」
父親は落ち着かないように口ひげをいじりながらいった。
「だ、大丈夫よ、お父様、お母様。 学園にはオルフェだっているんだから」
私は中身が侯爵令嬢ロベリアでないことに勘付かれたくなくて、とっさにゲーム内での彼女の口調を真似て返答していた。