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リリィ、僕を殺してくれ  作者: 芳野よだか
エンドロール
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エンドロールアクターズ

初投稿です。異世界でも転生でもなくてすいません。

あの日俺の目の前に横たわっていたのは、俺の初恋だ。


踏みつぶされ黒く塗りつぶされて死んでしまったそれは、うざったくいつまでも俺の眼球に張り付いている。




口の中に入れた固形物からは肉の味などみじんもしなくて、味などとうの昔に消え失せたガムを、永遠と口の中で噛み続けているそんなみじめな触感だけを、体感するだけだった。

適当に歯を動かして粉々にした固形物を無理やり喉に流し込んだのと、横に座る女が喋ったのは、狙っていたのだろう。同じタイミングだった。



「から揚げまだ好きなの」



「…おいしいだろ、から揚げ。これはちょっとはずれだったけど」



セーラー服というのは制服というよりも、喪服に近いものなのだと、この女を見るといつもそう思う。


墨汁で染め上げたのかと思うほど、黒く長い髪をうっとおしそうに、それでも何かを誰かの視線を狙うかのように、耳にかけながら女は楽しげに、ころころとなにか小さな飴玉のようなものを転がすように笑う。



「それにしても月曜日の昼下がりに学生服の男女が電車に乗っているなんて、周りの大人はどう思うのかしら。駆け落ちかな?とか、みんなに内緒で産婦人科に行くのかな?とか、いろいろ考えてしまうかもね」



「次の停車駅が高校の最寄り駅ということに気づいていれば、昼から登校するいいご身分のくそゆとりの学生だとでも、思うんじゃない」



「…やっとおしゃべりしてくれたと思ったら、それ?女の子との会話が五分も、続けられない男子高校生にこの世に存在する価値なんてないと思うけど。大体私と、あなたしかいない車両なんだから、もっとおしゃべりしたっていいじゃない。」



「そういうあんたはずいぶんと饒舌だね」



黒い髪の毛が白い肌の上に散って花弁のようにまとまりなく、広がる。

色を失ってもはや白さしか感じさせない顔に髪の毛にかかるのを今度は直さずまたさっきのように、楽しそうに女は笑う。

黒い喪服が窓の外の光を受けて、一部分だけ明るい色をまとっているのがなんだか不思議で、その光ばかりを見てしまった。



「だってあなた、私が外で話しかけても恥ずかしがって無視するじゃない。二人きりにでもならないとその口開く気にならないんでしょう」



「あんたのおしゃべりにつきあう余裕なんてこんな時ぐらいしかないんだから仕方ないだろ」




横に座る女は髪を一束すくうように持つと、それをくるくると青白い自分の指に巻きつける。


おれと目線は交わることはなく俺は前を見て、わざとらしく、女から視線をそらすことしかできなかった。



「昔一緒に銀河鉄道の夜って、よんだでしょ。あれって、最後二人とも目的地にたどり着けたんだっけ」



4月だというのにやけにエアコンの効いた車内には制服姿の俺と、セーラー服をきちんと着崩すこともなく売り場で売られていたままのように、着こなす女しかいなかった。

エアコンがゴウゴウと音を立てて唸る音と、停車駅が近づいたのか、ゆっくりとスピードを落としていく電車のブレーキ音。

わざとらしく女が俺にもたれてきたが重みはなく、ただ黒い髪の毛が、かすかな衝動にわずかになびいた。



「行けたんだろ。同じ目的地だったなら」



「そっか。うん、そうよね。同じところに行きたかったんだものね。」



「きっといけるわよね」



女は微笑んだ後やがてギイギイと、音を立てて止まった電車の車窓に広がる景色を嬉しそうに、声にもならないような小さく高い音を漏らして、見つめていた。俺は相変わらず、逃げるように床を見つめている。床には誰かに踏みつぶされた桜の花びらが、さびしげに揺れていた。


よくある、春の日のことだった。誰も気にしないようなことだった。




高校近くのこの駅から、目的の高校にたどり着くまでには、急な坂を上っていく必要があると、一年前に渡された学校案内で読んだことを、ぼんやりと思い出す。


やがてゆっくりと、開いた扉から入ってきた誰にも踏みつぶされていない桜の花びらが、彼女の黒いスカートの上に導かれるように落ちてきて、色彩の限られていた彼女に、わずかに色が灯る。


彼女が嬉しそうにそれをつかんで、迷うこともなく、俺の髪につけて、意地が悪そうに微笑む。



俺はその子供のように無邪気に微笑む彼女を見て、どうしてだか、まぶたに焼き付いて離れないあの日、俺の前に広がった光景を、思い出していた。横に座る彼女は、ただ黙って俺を見つめていた。



「そろそろおりるか」



じんわりと春のけだるい空気におしつぶされそうになる体を押して、扉の向こうに進む。


肩にかけた鞄の重みと横を歩く彼女から、わずかに香る線香のような匂いに、体が今にも押しつぶされてしまいそうだった。




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