64、『匪石之心』 俺に、惚れさせてみせる!
『エルフの恋は熱しやすく冷めやすい』まるで格言だ。……本当なのか? 異世界の常識を得られるんじゃないのか? どうなってんだよ。わからないって事は常識ではない?
俺だけじゃ判断できない。レフィーヤに……今聞くのはまずいな。ツバキに聞くか。
俺は一刻も早く答えが知りたく、冒険者ギルドを駆け出した。
当然、都合よく見つかるはずもなく。さっきまでツバキがいた付近を走り回ったがダメだった。仕切り直しのために一時ギルドに戻ったところ、さっきの男にナンパされているレフィーヤを見つけた。ツバキたちも一緒にいる。レフィーヤ達は騒ぐを大きくする起こすつもりは無いらしく、冷たくあしらっているのがここからでもわかる。
酔っ払っている様子の男はレフィーヤの肩に手を伸ばした。
「おい、ちょっと待てよ」
「あ?」
俺はレフィーヤの肩に触ろうとして避けられた男の手を掴む。声からして、こっちはさっき俺を羨んでいた方か。
「この子の彼氏だ。大人しく引いてくれ」
レフィーヤは美人だ。ナンパされるのは正直仕方ない。レフィーヤが避けてくれたので幸いこの男はまだナンパした程度だ。俺も無駄に荒事は起こしたくない。喧嘩よりも優先すべき事がある。
俺は少し強めに腕を握った。最近の戦闘で多少自信がついた。俺は、少なくても二つ名を持つ冒険者や暗殺者とどうにか渡り合うぐらいはできそうだ。正直、彼らが二つ名を持っているとは思えない。
「ちっ」
俺の予想通り、男は手を弾いて庇い、手をさすりながら舌打ちをしてギルドから出て言った。仲間は会計をしに走っていく。
「はっ、しょせんテメーはいつかそこのエルフに捨てられんだよ。『エルフの恋は熱しやすく冷めやすい』んだからな!」
男は捨て台詞を吐きギルドを去った。全体的にはまだガヤガヤしているが、俺たちの近くにいた客はこっちを見ている。
何回言うんだよ。そんなに言ってると、そうでなくても負け惜しみに聞こえて嘘くさくなってくる。でも、周りの気まずそうな空気からして、これは有名なことっぽいよなぁ。
「……行こうか、レフィーヤ。あと、ごめんみんな」
「う、うん」
俺とレフィーヤの間には感じの悪い空気が流れる。
そこからシフォンの家までは無言で歩いた。
「ありがとうございました。また……明日」
シフォンは懇願するかの様にまた明日と言った。
「ミスト、明日も修行。するんですよね」
ツバキは、いつもはしない確認を取ってくる。
「あ、ああ」
二人で宿へと戻る。居心地の悪さはだいぶ軽減されたと思う。俺たちは宿へ着くなり夕食もとらずに部屋へと入った。
「ミストっ」
俺はレフィーヤの悲鳴のような声に被せて、気持ちを伝える。
「俺はレフィーヤにぞっこんだ。君の幸せを一番に考える。だから……聞かせてくれ。君は、これから先も、俺についてきてくれるか?」
レフィーヤは以前左手が一生使えなくなったと錯覚した俺についてくると言った。俺はその言葉を信じている……
……信じて、いる。
「まず、『エルフの恋は熱しやすく冷めやすい』って言うのは本当よ。ただ、それは異種族間恋愛の時のみだけどね。エルフは他の種族に比べて一般的に寿命が長いでしょ? それに精神の熟成も遅いの。
だからエルフは熱しやすく……恋をしやすく、冷めやすい。つまり直ぐ別れるの。最後まで一緒に居られないなら互いに幸せを感じられる時に別れた方がいいって本能的に考えてしまうから……長寿だからこそ刹那的な幸福を求めるのがエルフという種族なのよ」
レフィーヤは悲しそうにそう言った。だが、俺はすぐに言葉を返すことができなかった。
格言にもなっているくらいなんだ。当たり前の事なんだろう。これも一種の進化か。異種族との時間の感覚のズレを感じなくて良いようにする。しかも、本能で感情を制御してな。
「……レフィーヤの隣にいるのは別に俺じゃなくても良いって。ただ、レフィーヤが辛かった時に側にいたのが俺だっただけだって、そう思ったことも何度かあった。俺はそれを否定し続けたけど、やっぱり俺じゃなくても良かったのか?」
ああ、もっと恋愛経験を積んでおけばよかったと思う。自分が恨めしい。こんな……彼女を責めるような言い方しかできない俺は最低だ。
「いいえ……私はあなただったから好きになった。見ず知らずのエルフに付き合わされて迷宮遊戯で敵討ちを、私になんの見返りも求めず手伝って、あまつさえ死んでまで私を庇ってくれた。いくらエルフでも私は私。たとえ熱しやすかったとしても火種が無ければ熱くはならない。
私の初恋はミストなんだよ? 私に火をつけてくれたのはミスト。だから、自分じゃなくても良かったなんて言わないでほしい……私を、信じて」
俺の視界が開けた。今までの俺はなんでレフィーヤを信じてやれなかったんだ! 俺はレフィーヤを信じ続ける。俺たちなら本能くらい乗り越えてみせる! 俺たちなら大丈夫だ!
ーーとは簡単に行かない。その結論に行くには、俺たちの思いを共有しなければいけない。独りよがりな思い出はダメだ。
たしかに俺は、いくら世界に定着した常識とはいえ少しレフィーヤを疑ってしまった。
あの時の俺はレフィーヤを個人ではなく、エルフという『種』としてみていた。今までのレフィーヤを見ていればわかる。少なくとも彼女は誰彼構わずついていくような人ではない。俺が間違っていた。今の俺はレフィーヤを信じる。
しかし、彼女がエルフである以上運命の日は必ず来る。
普通の恋人同士でも、別れる事は珍しくはない。ただ、少なくとも俺はレフィーヤとの関係を『エルフだから仕方ない』なんて言葉だけで終わらせたくない。
「ごめん。俺がどうかしていた。俺はレフィーヤを信じる。それで、少し質問があるから答えてほしい」
俺がレフィーヤに質問したのは、主に『冷めやすい』という部分に関してだ。
それに対しレフィーヤはこう答えた。
「私も自分が体験した事じゃないからはっきりとはいえないけど、兄や別のエルフに聞いた話では、その人への興味がなくなるらしいわ。例えば今の私はミストの事が好きだし、ミストの事をいろいろと知りたいと思う。でも、その感情が薄れていき、しまいには無関心になる……と言っていた。
ただ……その時がいつかは私にもわからない」
興味がなくなり無関心になる。なんとも恐ろしい話だ。よく『好きの反対は無関心』とはいうが、まさにそれだ。しかも、話を聞く限りこの現象はだんだんと、自然に起こるらしい。だとしたら、少なくとも今の俺たちではその現象を変える事は出来ないと思う。
「そっか……レフィーヤ、俺はずっと君の隣にいても良い?」
「それって、プロポーズって事?」
たしかに、プロポーズのようだ。ただ、結婚するには俺はまだこの国のシステムを知らなすぎる。それに2年後の戦闘には俺も協力したい。その為にも今は子供を作っている場合じゃない。
ただ、結婚か……
「そうとってくれても構わないけど。結婚するには俺たちはまだ互いを知らなすぎる。特に俺はこの国、世界についてね。
……ごめん、聞き方が悪かった。俺が聞きたいのは今のレフィーヤは、俺の事をどう思っているかってこと」
「私はずっと隣に居てくれると嬉しい。でも、ミストはいいの? 私が隣にいても。いつかは別れるんだよ?」
「全ての恋人が別れないなんてことは無い。初恋が永遠になる人も一瞬になる人もいる。現状『いつか』は、必ず来ると思う。俺たちは、恋愛について初心者だ。少なくとも俺は、この関係が永遠に続くと信じたい」
俺たちは互いに恋愛初体験だ。互いの気持ちを察する事ができるほど経験も能力もない。だからこそしっかり話し合わないといけなかった。互いの感情がすれ違いになってしまっては破局する。
俺たちは一般から少しずれた、恋愛をするだろう。普通の人ならめんどくさいと感じるような、泥臭い恋愛を。
「うん。私もミストと別れたくない」
「俺の能力は進化する事だ。俺はレフィーヤに無関心ではいさせない。ずっと興味を引けるよう頑張る。頑張るから、俺の隣にいてくれ。『いつか』なんてこないくらい、俺に惚れさせてみせる!」
『俺に惚れさせてみせる』なんて、地球にいた俺は絶対に言えなかっただろう。でも、今なら言える。俺はレフィーヤが好きだ。彼女の為ならなんだってできる! 諦めはしない!
「……ありがとう。わかったわ。私はずっとミストを見てる。他の男なんか目に映らないくらいミストだけを見るわ。そこまで言ったんだから『重い』なんて言わせない。依存してでも、あなたを見続けるからね?」
レフィーヤは涙を浮かべた瞳を曲げて笑顔を浮かべた。彼女の言ったことは、人によっては怖いと感じるかもしれない。俺たちは互いに問題を抱えている。俺は独占欲が強く、彼女は依存度が強い。でも、問題くらいなければ彼女は離れてしまう。
何より、こんな笑顔を見せられた後で、彼女の愛を突っぱねるなんて俺には出来ない。
「そんな事、言うわけないだろ」
俺も笑う。こんなに自然に笑えるようになったのはレフィーヤのおかげだ。
「明日、ツバキに謝らなきゃ。私の代わりにミストハーレムを作ろうとしていた計画は考え直さないと」
「ミストハーレム? なにそれ?」
「ミストが私のことを好きな気持ちは伝わっていたからさ、私がいなくなった時にミストが悲しくない様にハーレムを作ろうと思っていたの」
なん……だと? そんな計画を立てていたのか。というかどうやって作るつもりだったんだ? 別にイケメンじゃない俺のハーレムを作るなんてハードすぎるぞ? 『私の彼氏と付き合わない?』なんて怪しすぎて頷かないでしょ。もしやレフィーヤ、恋愛に関してぽんこつかー?
「いや、無理でしょ! ハーレムの話は前にもしたけど相手いないし、俺には無理だよ」
「ツバキにはこの計画を伝えているわよ。明日は再度話し合いをしなきゃ。彼女の気持ちを私から伝えるわけにもいかないしね」
レフィーヤ、それはもう言っているようなものだよ。
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