53、『暗殺依頼』 ターゲットーー『ミスト』
大変遅れてしまい申し訳ございません。
「レフィーヤ。ごめん……心配かけた。シフォン、それにツバキにも迷惑をかけてしまった。本当にすまない」
レフィーヤはまだ俺に抱きついている。背中に回されたてが狂おしい程に締め付けて来る。
痛い……体ではなく心が。相当心配をかけてしまったようだ。
レフィーヤは自惚れじゃなければ俺に依存し始めているような気がする。これはレフィーヤを守るために目の前で死に、トラウマを植え付けてしまった俺の責任だ。
なにより俺もレフィーヤに依存し始めている。俺の腕の中にある心地よい温もりを愛おしく感じるし、絶対に誰にも渡したくないいう醜い独占欲も湧き出て来る。
それに……レフィーヤの全身から溢れ出ている安心感と幸福感を見ていると心配をかけたという痛みさえもそこか心地よく感じる。
レフィーヤとのこれから……責任、取らなきゃなぁ。
ただ、今はこの心地よさを感じよう……
◇◇◇
数分後、やっと泣き止み、落ち着いたレフィーヤと話をする。
「それで、なんで俺が長時間気絶していたかわかる?」
女神様曰く水晶龍の短剣とエクスのスキルの所為らしいけど。
「えっと、ギルド長が言うには1日に二回も体の再生を行なったのだからその反動だろうって言ってたよ」
反動……確かに一理あると思う。俺は今日一日で二回も死んでいる、それも少しの間に。体に相当の負荷がかかっていても仕方ないかもしれない。
「原因はそれだけ?」
「うん。そうらしいよ」
やっぱりエクスは自分が使ったスキルに関しては何も言わなかったらしい。
あいつ、俺が目覚めないで衰弱死していればレフィーヤが戻ってくるとでも思っていたのか?
でもそれ、もはや英雄でもなんでもないヤバイ奴だよな……どんだけ植えてるんだよ……
「すいません皆さん。そろそろ家に帰らないといけないので……」
シフォンが少し申し訳なさそうに声を上げる。この人は貴族なのに本当に腰が低い。
「すいません。待たせてしまって……」
「だから、もっと柔らかくしてほしいです。なんだか距離を感じるので」
「わかった。それじゃあ行こうか」
皆でシフォンの住む屋敷へ向かう。二列になり右前にシフォン、その隣がレフィーヤ。シフォンの後ろはツバキで、その隣が俺だ。
襲撃があった時にはツバキが即座にシフォンをしゃがませ、レフィーヤが前、ツバキが左、俺が後ろというように対応するつもりだ。
それにしても、異世界でこっちの記憶を持っていなくてよかった。こっちの記憶を持っていたら俺は家族と目を合わせられなかったと思う。
俺の手は既に汚れてしまったのだから。
だめだな。思い出すと手が震えて来る。俺は殺人を犯したのだと、心と体が教えて来る。お前はもう『日常』へは戻れないとそう告げるように……
「ミストさん。少しお話があります」
なんだろ? エクスに負けた事で小言を言われるんだろうか?
「ミストでいいよ。それで、話って?」
「そう、ですね。一応弟子な訳ですからミストと呼びます。それじゃあミスト。本題に入ります。
あのエクスという方。レフィーヤさんに『もしミストが目覚めなかったら俺と来い。もうお前を縛るものはない。自己管理が出来ずに気絶したやつなんか忘れて俺と行こう』と言っていました」
何が自己管理が出来ないだよ。お前が気絶させたんだろうが!
今度会ったら文句言ってやる。
「それで、レフィーヤは?」
「レフィーヤさんは断っていましたよ。『絶対に行かない。それに、ミストを縛っているのは私の方だ』と。因みに私とシフォンも口説かれました」
レフィーヤ、そんな事を思っていたのか。今夜しっかり話し合う必要があるな。そして俺の気持ちを伝えないと。俺は別に縛られてレフィーヤといるんじゃない。俺が一緒に居たいからいるって事を。
それにしてもあいつこの二人まで口説いたのか。まあ、気持ちはわからなくない。どっちも絶世の美女、美少女だし。
「ツバキ。いや、師匠。もう一回エクスの言っていた事言ってくれないか?」
「ツバキでいいですよ。わかりました。エクスという方は『もしミストが目覚めなかったら俺と来い。もうお前を縛るものはない。自己管理が出来ずに気絶したやつなんか忘れて俺と行こう』と言っていました」
「やっぱり似てない……可愛い」
最後のはつい漏れてしまった言葉だ。なんでも出来る完璧な女性に見えるツバキが全然似てないモノマネをする姿が可愛すぎた。
これが萌えるってやつか。初めての感覚だな。
「むっそんなに似てないですか? それに、可愛いって口説いてるんですか?」
「やっぱり聞こえてたか……」
もうヤケクソだ。
「ええ! 口説いてますよ。あいつと同じになるのは癪ですがね」
「よかった。どうやら元に戻ったようですね。少し思いつめたような雰囲気をしていたので心配でしたが」
まあ、少しテンションが高すぎな気もしますが。
と付け足してツバキは少し安心したような表情を向けて来る。
そうか、そんなに俺は思いつめたような雰囲気を醸し出していたのか。だめだな、本当に。
「ありがとう。ところで、レフィーヤの幻影ってどんな効果なんだ? 手の内は教えられないっていうなら別に良いけど」
「じゃあ。ちょっとこの指輪をつけてください」
ツバキが左薬指につけていた素朴な指輪を手渡して来る。
「これは?」
「とても大切な物なので絶対に無くさないでくださいね」
「わかった」
「では、後ろに手を持って行ってください」
言われた通りに手を後ろに持っていく。
「三秒間目をつぶってください」
瞼を閉じ全神経を指輪をつけた人差し指に集中する。
「へ?」
口に指を押し当てられ、一瞬気が抜ける。
目を開けた時、もう人差し指に指輪は無かった。
「ああ、大事なものって言ったのに。これは後で謝罪として何かをしてくださいね。それと、暗殺者は自分の手の内を人に教えてはダメです。たとえ師匠でも」
デリカシーが無すぎたか。
「確かにそうだな。ところで、ツバキって恋人いるの?」
「いませんよ。私は奴隷ですし。なんでそう思うんですか?」
「いや、右手薬指は恋人がいる人は指輪をつけるって聞いた事があったから」
「そうなんですか。私は両親がここにつけろと言っていたのでこうしています」
それから数分後シフォンの住む屋敷に到着した。
「それじゃあ、また明日お願いします」
「今日はありがとうございました」
綺麗なお辞儀をするツバキの右手薬指には銀色の指輪が輝いていた。
◇◇◇
宿に帰り、部屋でレフィーヤと会話をする。
「ツバキから聞いたけどレフィーヤ、俺を縛っているのは私って言ったんだよね」
「うん。確かにいった。だって、ロードに殺されたりエクスと戦ったりしたのは私のためでしょ! そんなの私がミストを殺してるって事じゃない! それこそ、私が縛ってるってーー」
「ーー違う! 俺は俺自身がレフィーヤといたいから一緒にいるんだ! 君がいなければ生きていけない。むしろ、君の為なら死ねる! だから、俺とこれからも一緒にいてくれないか?」
「本当に、私で良いの?」
「レフィーヤがいいんだ。レフィーヤじゃなきゃ、嫌なんだ。君が、レフィーヤが好きなんだ!」
なんだよ、これ。俺は駄々をこねるガキかよ。でも俺はレフィーヤが好きだ。
他のエルフでも冒険者でもなくレフィーヤが、レフィーヤだからこそ好きなんだ。
「私も、私もミストが好き。先の見えない暗闇から導き出してくれた君が。何よりも、世界で一番大事。だから、絶対に捨てないで。二番目でも三番目でもいいから恋人としてそばに置いて」
まずいな。このままじゃ俺がただのクズになってしまう。
「絶対に捨てない。何より、捨てるとか捨てないじゃないんだ。俺はレフィーヤの意思を尊重する。でも、絶対に誰にも渡さない。お互いに至らない点があるんだから補っていこうよ。恋人なんだから」
「うん。ところで、随分ツバキと仲がいいみたいだけど付き合うなら事前に言ってよね。私をちゃんと恋人として見てくれるなら別に二人いても良いから」
いや、そもそも相手にされないだろ。あんな美人にさ。
「いや、ないって。だって彼女に俺を好きになる要因ないしさ」
「そう? わかった。でも、本当に事前に言ってよね」
「わかったよ」
◇◇◇◇◇◇
◆◇◆◇◆
ツバキ視点
◆◇◆◇◆
「それでぇ? お前はあんなあまちゃんの師匠をやってるのか。落ちたもんだなぁ純白の奴隷も。こりゃ今まで守り続けた大事なアレもそろそろ失うのか? だとしたら是非ともお相手願いたいなぁ」
目の前にいる不潔だが職業柄匂いを消している男が下品に笑う。
この男は昔からこうだ。あのクズからおこぼれをもらい雇われているらしい。
「それにしてもこのガキも惨めだよなぁ。なんせ、師匠に殺されるんだから。ほんと落ちたよなぁお前。こんな簡単な仕事しか命令されないなんて」
この男はわかっていない。あの少年の強さを。
「強いよ。彼は」
「そうかよ。せいぜい頑張りな。鉄の処女」
「その名で呼ぶな!」
振り向いた先に奴はいない。
私はもう一度手に持った紙へと視線を移す。
そこには私の弟子の名が書かれていた。
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殺害対象ーーミスト
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たくさんの感想、ご指摘。ありがとうございます! とても嬉しくてニヤニヤが止まりません!
これからも頑張っていきます! 時間も取れそうなので1話からテコ入れをしようかと考えています。
読んでいただき本当にありがとうございました。
誤字脱字、矛盾点、質問等ございましたらご指摘していただけると幸いです。
よろしければ次回もご覧ください。




