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第92話 飛べないとは言っていない

 8年の間に変わった世界を見るというのが、とりあえずの目的にしたい。

 が、そうなると、まずはこの森を出る必要がある。


「森から出るのはどれくらいかかるんだ?」

「そうですね? 歩いて2か月くらいですか?」

「ずいぶん遠いな! もっと手軽に出られないのかよ」

「だいぶん森の奥に落ちましたからね」

「飛べでもしたらいいんだがな」

「ヒトは飛べませんよ?」

「例えだよ。

 さすがの俺も飛ぶようなアイテムは……」

「どうしました?」

「そういえば、ブレンデリアは飛んでたな」

「あれはブレンデリアだからできるんです。

 ただの普通の一般的な錬金術師は飛べません」

「飛ぶポーションか……」

「そんな意味の分からないもの作らないでくださいよ」

「……」

「ちょっと、黙らないでください!」


 ナヴィはこれまでのムショクのポーションを知っている。

 このわけのわからないもの。ムショクは本当に作る可能性がある。


「冗談だよ。さすがに飛ぶポーションってのは無理だよ。

 材料がないからな」

「あったら作れるんですか?」

「……」

「だから、黙らないでくださいって」


 そんなことを言いながら俺はナヴィと森の出口へ向かって歩いた。


 3度の夜がきて4度目の朝が来た。

 大したモンスターは現れず、その間、調合用のアイテムを採集しながら毎晩こっそりポーションを作っては、朝食に混ぜてナヴィで効果を試していた。


「今日こそ、ムショクのポーションは飲まないですからね!」

「はいはい、わかったわかった」

「今日はムショクから貰いませんよ!」

「自分で探すのか?」

「ふふん、全知の力を見せてあげますよ」

「ほほう、楽しみだな」


 あらかじめ言っておくが、こいつの全知は全知の皮をかぶった無知だ。

 すでに全知を封印したことを忘れて勢いで売られたけんかを買うやつだ。

 ナヴィは「ムショクの悔しい顔が見れますよ」と笑って草むらへ入っていった。


 しばらくして、泣きそうな顔になりながらナヴィが戻ってきた。


「なかったです。お腹すきました」

「そりゃそうだろ」


 空腹に耐えられなくて帰ってきたようだ。



 ちなみに、もし、ナヴィが全知を封印していなかったとしても探し出すのは難しいだろう。

 例えば、四つ葉のクローバー。

 あれは、人や動物に踏まれたり、濃い肥料がかかったりする物理化学的な刺激により、成長点に傷がつくことで発生する。

 ということで、子供が多い原っぱなどを探すと見つけやすい。


 というのは、知識としてわかる。

 が、いざ探すと見つからないものだ。


 ナヴィの知識もそれで、ありそうな場所を探しているだけで見つかるとは限らない。

 もちろん、むやみに探すよりも探す可能性は高いのは間違いない。


 どうやらナヴィの全知はそう言った類のもので、事象の到達点までは分からないようだ。

 彼女に言わせれば、それがわかるということは全智ではないとのことだそうだ。

 俺にはそこら辺の難しい話はよくわからない。


 ちなみに、じゃあ、なぜ、俺は見つけられたかというと。

 答えは単純で、腹が減る前に長時間探したからに他ならない。

 下手な鉄砲数打ち当たる。

 消費カロリーと摂取カロリーがあっているかは謎だが、なんにせよ動かないことには始まらない。

 動物と違って植物は一つ見つけると近場に多いので、当たればリターンは大きい。


「要するにダメナヴィってことだ」

「なんですか、急に」


 俺はナヴィに取ってきた果実を渡した。

 彼女はそれを受け取るとじっとそれを見つめる。


「どうした?」

「また何か仕込んでいるんじゃないかと」

「ったく、ほれ、俺のがこれだ。

 好きなほうを選べ」

「じゃあ、こっちです」

「なら、俺はこっちな」


 ナヴィは果実を取るとおいしそうに食べた。


「まったく、いつもいつも俺が仕込むと思ってんのか」

「いや、ここんところ毎朝仕込んでたじゃないですか」

「そうだったか?」

「物忘れですか。年は取りたくないですねぇ」


 少し憎たらしかったのでナヴィの額を指ではじいておいた。


「さて、歩くか」

「ですね」


 歩くといってもナヴィは俺の肩に座るだけで実質歩いているのは俺だけだ。


 森から出る最短の方向を聞いてナヴィの案内で歩いていく。

 昼まで歩きつづけると、森が少し開けた場所に出た。


 そこには苔が蒸した大きな岩がいくつも積み上げられており、近くに小さな川が流れていた。


「ここで一休みかな」

「いいですよ」


 日差しが熱いので、積み上げられた岩の影の方へ移動した。


「ムショク、そこ危ないですよ?」

「へ?」

「その岩、崩れ落ちるかもしれないので、離れたほうがいいですよ」

「崩れ落ちるってこの大きいのか?」

「ですね。浮遊苔が生えているので、見た目よりもずっと軽いです」

「浮遊苔?」


 ナヴィは積み上げられた岩をくるりと回ってそのうちの一つを指さした。


「この岩、持ってみてください」

「これってこの大きいのか?」

「はい」

「いいけど……」


 持てるとは思えないとは思ったが、ナヴィがいうなら試してみる。

 ナヴィが指さした岩に近寄るとその一つに触れ、力を入れ持ち上げた。


「うおっ!」


 見た目以上に軽かった岩に力をこめすぎて放り投げそうになった。


「なんだこれ、めちゃくちゃ軽いぞ」

「それはですね。

 表面に苔が生えているじゃないですか」

「おう」

「これが浮遊苔といってこれが生えると生えたものが軽くなるんです。

 この苔を全部そぎ落とすと元の重さに戻りますよ」

「ほう……」

「というわけで、ここに積まれている岩は見た目以上に軽いんです。

 とはいえ、ムショクに持てるものがあるかどうかも分かりませんし、風でバランスを崩す可能性もあります」

「ちょっと怖いな」

「えぇ。なので、この岩からは離れて休みましょう」

「助かったよ」


 俺の言葉にナヴィが少しうれしそうに胸を張った。


「じゃあ、軽く食事でもするか」

「はーい」


 カバンからムタンの実を取り出し、それをナヴィと分けた。

 ナヴィはムタンの実を食べつくすと満足したのか俺の胸ポケットに入ってうつらうつらとし始めた。


「まったく、自由な奴だな」


 起こさないように静かに俺はつぶやいた。

 しばらくナヴィが寝るまで待った。

 すっかり寝たのを確認すると、俺は浮遊苔の生えている岩に近寄った。


「さて、作るか」


 岩に生えている浮遊苔を丁寧にそぎ落とした。

 湿ったものはぎゅっと握り、そこからわずかながらの水を取り出した。


 苔からとった水、湿った苔、乾いた苔を並べた。


「鑑定」



 名前:浮遊苔の水滴

 カテゴリ:素材アイテム

 ランク:獣人級(ゴブリンクラス)

 品質:高品質

 効果:浮遊

 エンチャント:なし



 名前:乾いた浮遊苔

 カテゴリ:素材アイテム

 ランク:獣人級(ゴブリンクラス)

 品質:高品質

 効果:軽量化

 エンチャント:なし



 名前:浮遊苔

 カテゴリ:素材アイテム

 ランク:獣人級(ゴブリンクラス)

 品質:高品質

 効果:浮遊

 エンチャント:なし


「乾かすと効果が変わるのか。

 となると……」


 煎じるには水が少ないので、代わりにムタンの果汁を使う。


 まずは浮遊苔を使ったポーションだが、乾いた浮遊苔と湿った浮遊苔の2つのポーションを作る。

 全く同じ工程で乾いたものか湿ったものの利用した2つのポーションが出来上がったので、それぞれ鑑定を行った。


 名前:浮遊ポーション(軽)

 カテゴリ:回復アイテム

 ランク:天馬級(ペガススクラス)

 品質:高品質

 効果:軽量化、抵抗軽減

 エンチャント:素早さ++、物理攻撃軽減(大)



 名前:浮遊苔ポーション(浮)

 カテゴリ:回復アイテム

 ランク:天馬級(ペガススクラス)

 品質:高品質

 効果:浮遊、弾道誘導

 エンチャント:素早さ++、魔法攻撃軽減(大)


「……ふむ」


 前者が乾いた浮遊苔、後者が湿った浮遊苔だ。


「よし、ナヴィで実験だな」


 俺はここにある苔を使いポーションを数本作りだした。

 いくつかをコリンの水晶瓶に、そして残りをムタンの実をくり抜いて中に注いだ。


「ナヴィ、そろそろ行くぞ?」


 胸ポケットに寝ているナヴィを揺らして起こした。


「……まだ寝たいですよ……」

「起きろ、起きろ」

「もう……」


 眠たそうに目をこすりぐっと身体を伸ばしてナヴィが浮かび上がった。


「じゃあ、歩きますか」


 ナヴィがポケットから俺の肩に飛び乗った。


「いや、ちょっと、飲んでほしいのがあるんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、ナヴィは隠すことなく嫌そうな顔をした。


「えっ? いやですよ?」

「いやいや、真面目な話だ」

「だって、ポーションでしょ?」

「もちろん、ポーションだぞ?」

「ムショクのポーションですよ?」

「嬉しいだろ?」

「いやいやいやいや! あなたのポーションですよ!

 誰が、喜んで飲むもんですか!」

「しかしだな。これが凄いんだ」

「凄いのとおいしいのとは別問題です!」

「実は今回のは不味くない」

「本当ですか?」


 簡易的に作ったものだから味までこだわっていないのが正しい表現だが。


「絶対ウソだー!」

「いや、本当だって。

 今回は俺も飲む予定なんだ」

「そうなんですか? じゃあ、ムショクが飲んでくださいよ」

「それだと、面白くないだろ?」

「効果に面白さは求めてません!!!」

「ったく、四の五の言わずにだな――」


 俺は肩に乗っているナヴィの身体を鷲掴みにした。


「ちょっと、ムショク、やめ――」


 無理やり肩から引き剥がすと身動きが取れない口に水晶瓶を無理やり当てた。

 初めは唇を強く結んで抵抗したが、所詮は妖精の力。

 徐々に瓶の中のポーションはナヴィの中へと注ぎ込まれていった。


「っまず――くない?」

「さっきから、そういってるだろ」


 ナヴィは不思議そうにもごもごと口を動かして、口に残ったポーションを味わっていた。


「でも、ちょっと青臭いですね」

「まぁ、今回はほとんどそのまま素材の味だしな。

 っと、そろそろかな?」


 俺は手を離してナヴィを自由にした。


「まったく、普段からこんなポーションを――あれ?」


 離されて羽ばたこうとした瞬間、ナヴィの身体が空中でぐるりとひっくり返った。


「上手く……飛べない――きゃぁ!」


 強く羽ばたいたナヴィはまるで氷の上をすべるようにくるくると周りながら岩にぶつかった。


「む、ムショク、何したんですか!

 うまく飛べなくなって……どんなポーションを飲ませたんですか!?」


「浮遊苔ポーション(軽)ってやつだ」

「なんですか、その(軽)ってのは!?」

「軽いんだろうな」

「説明になってなぁーい!」

「試しに俺も飲んでみるか」


 量産した浮遊ポーション(軽)を飲んでみた。

 飲んだ瞬間、身体が軽くなり、確かにちょっとした動作で身体が飛び上がりそうになる。


「これは確かに動きにくい」


 力が強くなったというよりも身体が軽くなった感じだ。

 いつもと同じ強さで地面に足をつけたならその反動で跳ねそうだ。


「後は、これだな」


 俺はもう一つのポーションをナヴィに渡した。


「次これな?」

「まったく、何個あるんですか」


 俺が飲んだことで警戒心が薄れたのだろう。

 ブツブツ文句を言いながらもナヴィはポーションを飲んだ。

 一度大丈夫だったら信じるナヴィは相変わらずちょろい。


「って……あれ? ムショク。

 身体が勝手に」


 ナヴィの身体が徐々に空に昇っていく。


「まぁ、そういう奴だからなぁ」

「ちょっと、どこまで登るんですか?」


 ナヴィは必死に下に降りようとまるで水をかくように動いているが、手を離した風船のようにナヴィの身体が浮いていく。

 

「うむ。やっぱり俺が飲むのはまずかったかな?」

「何を言って……ムショクー! ムショクー!」


 後半のほうは何か叫んでいるようだが、すでに周りの木よりも高く浮いたナヴィの声は俺の耳にほとんど届かなかった。

 しばらくじっと観察していると、どうも浮遊する限界高度があるらしく、一定以上は浮かないようだ。


「あそこらへんがポーションの限界か。

 まずは、第一関門としては問題なしか」


 延々と上っていき帰れなくなったらそれこそ困るからな。



「ナヴィもなんだか喚いているし、行くか」


 俺が≪浮遊ポーション(浮)≫を口にした瞬間、身体がふわふわと浮き始めた。


「これは、不思議な感覚だな」

「やっと上ってきましたね!

 ちょっとどういうことか説明してくださいよ!」

「簡潔に言うとだな。

 浮いてみた」

「分かるかーー!!!!」

「しかし、これあれだな。

 浮くだけで飛べるわけではないのがもったいないな」

「というか、風のせいで徐々に流れていってますよ」

「このままのんびりとするか?」


 このまま雲のようにのんびりと空を漂うのも悪くない。

 が、効果が切れた途端落下なんてなったら目も当てられない。


「確かにこのまま風の流れに従うと森の出口のほうには向かいますが……」

「飛べたらもっと楽だったんだけどな」

「で、どうするんですか?

 このまま流されて行くつもりですか?」

「いや、そこは考えている」


 俺は、空中でナヴィに俺の袖を持っておくようにお願いした。


「持ちましたけど、何か意味があるんですか?」

「これか? それはだな」


 俺はナヴィの無造作につかむと振りかぶって投げた。


「ちょっと、何するんですかーー!!!」


 投げ出されないように必死に袖をつかむナヴィ。

 それに引っ張られるように俺の身体が空を滑り出した。

 なんだか犬に引っ張られて散歩しているような気分になる。


「少し右に」


 俺がそういうと、ナヴィの身体が少し右にずれた。

 ナヴィは相変わらずずっと袖元で文句を叫び続けているので、ナヴィが俺の言葉に従ったわけではない。

 どうやら想像通りだ。


「おっ、思った通りに動くな」

「な、なにしたんですか!!」

「ん? いや、≪浮遊苔ポーション(浮)≫の効果の中に弾道誘導があったからな。

 ナヴィを投げたら弾道判定してくれるかと」

「何を勝手に、投擲扱いしているんですか!

 別に紐をつけた石でもよかったじゃないですか!!!」

「掴みやすかったので」


 思い通りに動けるのは良い。

 少し昔に傍から離れられなかったナヴィが懐かしい。


 ナヴィもあらかた愚痴を言い終わると自分で飛ぶより早いこの移動が気に入ったみたいだった。

 相変わらずちょろいやつだ。

 今なんて手を横に広げて鳥になったかのように空中を飛んでいる。


 しばらく飛んでいると、森の木がまばらになってきた。もう森の出口付近だろう。

 ふと遠くの方に目をやると、森の中には不自然な細い針のような建造物が見えた。


「あれはなんだ?」


 ムショクは興味津々でナヴィに話しかけた。


「どれですか……何か塔みたいなのがありますね?」

「ナヴィは知らないのか?」

「そうですね。昔からあった建造物じゃないようです」

「ってことは、ここ数年でできたやつか。

 気になるから行ってみるか」

「えぇ……いくんですか?」

「だって、面白そうじゃね?」

「まぁ、いいですけど……」


 相変わらず素直じゃない。


「じゃあ、決まりだな」


 俺とナヴィはその塔に向かうことにした。



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