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第91話 お馴染みの味

 どこまで話していたのだろうか。

 気づいていたら寝ていたようだ。


 明るい朝日に目をこすりながらムショクはゆっくり上半身を起こした。

 たき火はいつの間にか消えていた。

 火の番も見張りもなく不用心であったが、幸運なことにこの辺りには俺たちを襲うような獣もモンスターもいないようだ。

 ナヴィは太ももの上で寝てしまっていたようで、今も静かに寝息を立てている。


 それを静かに地面に置くと、俺は早速カバンの中の整理を行った。


 前の戦いが終わった時のままだ。

 当然、補充なんかもされていないので、調合に使えるアイテムなんかほとんどない。

 が、幸運なことに調合のためのアイテムはまだ壊れずに残っている。


 なら、さっそくあれを作ろう。


 俺は辺りを見回した。


 深い森の木々は空に葉を伸ばし、直接の光を遮っている。

 が、薄暗いわけではなく、木陰になって柔らかな光へと変わっている。

 朝早くの気温は少し肌寒く、一瞬ブルリと震えた。

 

 近くの太い樹には苔が蒸し、背の高い草には桃色の花がついていた。

 この花は何かに使えないだろうか。

 桃色の花を摘み取ってそれに向かって鑑定とつぶやく。


 名前:樹海の静かな花

 カテゴリ:回復アイテム、素材アイテム

 ランク:無機級(スラリムクラス)

 品質:普通

 効果:体力微回復


 静かな花とは不思議な名前だ。

 効能としては体力の微回復。

 となると、薬草というカテゴリーになるのだろう。


 たき火の燃えカスに枯れた葉と枝を乗せるとカバンの中から火焔油を少しつけ、火打ち石で火を起こした。

 パチパチと音をたて油に火が移ると、周りの枯れ葉や枝を燃やしていった。


 まだ生木のようだ。

 白い煙を上げながらもようやく火が落ち着いてきたので少しずつ枝を増やし火を大きくしていく。

 火がようやく安定したところで、静かな花の花弁を丁寧に分けていった。

 錬金術に必要なのは工程の複雑さ。

 いくつにも工程を分けることで、様々なエンチャントをつけることができる。


 とはいえ、初めて扱う薬草だ。

 初めから複雑なことをしたら失敗するのが目に見えている。


 相棒のスライムだったスライがいないので、十分な水もない。

 俺は立ち上がると木陰にむしている苔に触れた。

 まだ朝露に濡れて湿っぽい。

 これなら少しの水は取れそうだ。

 苔を絞り、精製水の代わりにそれを使うことにした。


 花と茎、根をそれぞれ別々に切り分け、すりつぶして煎じる。


「鑑定」


 名前:沈黙のポーション

 カテゴリ:回復アイテム

 ランク:獣人級(ゴブリンクラス)

 品質:普通

 効果:体力継続回復、状態異常:沈黙


「ふむ。静かな花というのは状態異常の沈黙を引き起こすのか。

 勉強になるな」


 平皿いっぱい分しかないごくわずかなポーション。

 近くに川でもあったら嬉しいが、今はこれが限界だ。


 俺は再度樹海の静かな花を採取していくつかポーションを作り出す。


 しばらくして、開いたコリンの水晶瓶にいくつかのポーションを作ることができた。

 と言っても、苔から出る水はわずかなもので、ほとんどが瓶の底に少しあるくらいのわずかなものばかりだ。


「さて……」


 早速定番ではあるが、これをナヴィに飲ませたい。

 さすがに一緒に旅してきた相手だ。

 黙って飲むわけがない。


 俺は何か策がないかと辺りを見回した。

 ナヴィが警戒心を抱くことなく、口にするようなもの。

 そんな都合のいいものが。


「あったじゃないか……」


 ちょうど、少し先の木にオレンジ色の果実がなっているのを見つけた。

 薬草を探して下ばかり見ていたから気づかなかったようだ。

 あまり木登りはうまくないが、なんとかよじのぼり、その実の近くまでたどり着いた。

 ほんの数メートル登っただけなのに、意外と高く感じる。

 木登りなんて子供時代以来だ。

 みかんに似た色の実だが、硬さはどちらかというと洋梨のようで、強く握ると指の跡がついた。

 俺はナイフを使って、優しくその実を採ると鼻に近づけた。

 なんとも言えない甘い匂いが鼻をくすぐる。

 俺は服の中にその実を何個か入れるとずり落ちるように木から降りた。


 これならナヴィが飛びつくに違いない。



----



「ふわぁぁ」


 ぐっと伸びをしてナヴィが目を覚ました。


「相変わらず良く寝るダメ妖精め」

「起き抜け早々、気分を最悪にさせるのが上手いですね」

「こちとら、お前のために朝から果実採集までしてきたんだぞ?」

「おや、気が利くじゃないですか」

「まぁな。せっかくナヴィとの旅なんだ。

 お前には楽しんでもらいたいんだよ」


 と、極上の笑みを向ける。


「なんですかその笑みは……ははあん。

 そういうことですか」


 ナヴィは俺の傍にあったコリンの水晶瓶を見てにたりと笑った。


「その後ろの瓶。

 また、性懲りも無くポーションを作ったんですね。

 朝から私に飲ませようたってそうはいかないですよ」

「そんな、せっかく作ったんだから飲んでくれよ」

「ダメです! 何回、飲んだと思ってるんですか!」

「そんな……」

「悲しそうな声を出したってダメですよ。

 私を騙そうなんて甘い考えです」


 ナヴィは俺の心を読んだといわんばかりのしたり顔でそう言い放った。

 元全知のあまりにも間抜けっぷりに吹き出しそうになる。

 が、ここはぐっと我慢だ。


「分かったよ」

「分かればいいんです。

 そのコリンの水晶瓶も貴重なんで、大事に取っておいてくださいよ?」

「そうなのか?」

「はい。

 ポーションは特に変化を起こしやすいアイテムですからね。

 変な容器に入れて効果が変わったなんて話も珍しくもないですから」

「へぇ」

「そんなことより、何かの実を取ってきたんですよね?」

「おう」


 俺は先ほど採ったオレンジの木の実を差し出した。


 俺は実の上部をナイフで切り、芯をくり抜くと、ナイフを突き立て中身を何度か刺した。

 そうすると、中の実が崩れいい感じに果汁が出る。



 俺はそれを自分用に。

 そして、ナヴィには作り置きしていたもう1つを差し出した。



「ムタンの果実ですね。

 これ潰すと甘くておいしいんですよ」

「だろ? ほれ、飲んでみ?」

「まったく。なんですか、その不自然な笑みは。

 朝から気持ち悪いですね」


 笑顔を崩さないようにナヴィにそれを渡した。

 俺は先ほど潰したムタンの実の果汁を飲み、本当に甘いなとナヴィに笑いかけた。

 ムショクにとっては握りこぶしくらいでも、ナヴィにとっては身長ほどの大きな実だ。

 重そうにそれを持つと、ナヴィの小さな唇が触れ、果汁が彼女の口に入っていく。


「すごく甘ッ――あがががおおぼぼぼぼおげぇ!」


 ナヴィがムタンの果汁を口にした瞬間、ムタンの実を落とし喉を押さえその果汁を吐き出そうとした。

 相変わらず妖精が出していい声じゃない。


「おいおい、もったいないじゃないか。

 せっかく作ったポーションを吐き出すなよ」

「ム、ムショク、いつの間にポーションを……」

「いつの間に? 不思議なことを言うな。

 最初からだぞ?

 ナヴィにはナヴィ専用を作っていたに決まっているだろ?」


 目の前で切ったムタンの実は自分用に、ナヴィにはすでに作りおきをしていたものを渡した。

 そこには、ムタンの実を崩し、丁寧に俺が作ったポーションを注ぎ込んだ。


「ポーション・イン・ムタンの実!」


 俺の横でナヴィが飲んだポーションを必死に吐き出そうとしている。

 それを見て俺はなんとも言えない懐かしい気持ちになった。


「うんうん」

「な、何が、『うんうん』、ですかぁぁ!」


 ナヴィが急に飛び上がると俺の顔に突進してきた。


「あぶっね!」

「よけるなぁ!」

「なんでだよ! 今回も素晴らしい効果なんだぞ!」

「ムショクが作るポーションはいつも素晴らしいものばっかりじゃないですか!」


 ナヴィは怒っているようだが、口はどうも褒めている。

 可愛いやつじゃないか。


「どうした?」

「どうしたもこうしたも、ムショクのポーションの効果に感動しているんです!」


 どうもナヴィの様子が変だ。

 俺はナヴィが飲んだポーションの鑑定を行った。



 名前:ノイジーポーション

 カテゴリ:回復アイテム

 ランク:天馬級(ペガススクラス)

 品質:高品質

 効果:体力継続回復、状態異常:暴露


「暴露? なんだそれ?

 沈黙の状態異常が出るはずだったんだが」


 見たこともない状態異常を見て思わずつぶやいた。


「暴露は状態異常で隠し事ができなくなるものです。

 思ったことが隠しきれず喋ってしまうので、主に尋問用に――」


 ナヴィが俺の独り言にぺらぺらと解説してくれる。

 俺が作ったのは確かに沈黙のポーションだった。

 が、いつの間にかそれがノイジーポーションというポーションに変わっていた。


 そこでふと、俺はナヴィの言っていたことを思い出した。


 ――変な容器に入れて効果が変わったなんて話も珍しくもない。


 確かにいつもはコリンの水晶瓶に入れていたが、今回はナヴィに飲ませようとムタンの実に仕込んでいた。

 もしかして、これが原因だったのだろうか。


「もう! 8年ぶりで油断しました!」

「いつも油断しているだろ」

「それはムショクだからです! 普通は油断なんてしません!

 って、ああぁぁ! 言いたくないのに!」

「落ち着け」

「落ち着けるわけじゃないじゃないですか!

 あなたとの旅なんですよ。ずっと、ずっと、待っていたのに!」


 その言葉を口にした瞬間、ナヴィはハッとした表情で口を閉ざした。


「お前そんなに……」


 俺はナヴィの言葉に思わず言葉をこぼした。


「お前そんなに、神の仕事が嫌だったのか」

「ちがーーーーう!!!!!」

「結局、ブレンデリアに任せるし、ダメダメじゃねぇか!」

「ダメなのはお前だーーーー!

 って、治ったああぁぁ!!!!!

 うおおおぉぉぉ!!!」


 ナヴィは空中にガッツポーズをしながら飛び上がった。

 もうなんだこの妖精は。色気のかけらすらない。


「ふむ、効果は短いようだ。

 量の問題かそれとも……」

「ムショクー!! 乙女になんてもの飲ますんですか!」

「いや、俺も効果が変化するなんて想定外だったんだって」

「むっ、確かに、ムショクも驚いていましたが……」

「だろ?」

「もう、こんなことやめてくださいね

 よりによって暴露なんて……」


 ナヴィは後ろを振り向いて、怒ったように呟いた。

 だが、その小さな耳は真っ赤だった。


「まだまだ、知らないことだらけだ。

 旅するのが楽しみだ」

「はい、私も楽しみです」

「とにもかくにも、旅の道具も揃えたいし、町を探すか」

「全く、あなたはすぐそうやって子供みたいにワクワクした顔をするんだから」

「いいじゃないか。また知らないものを探しに行けるんですよ」


 俺はそういうと、食べかけのムタンの実をコリンの水晶瓶に入れ、まだ切っていないムタンの実をいくつかカバンの中に放り込んだ。


「ふふふ、そうですね。

 私も楽しみです」



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