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第89話 Re:ログイン

 とあるVRMMに一人のプレイヤーがログインした。

 名はムショク。


 ゲームの不具合か不思議な縁か、理不尽にも1人だけデスゲームにつきあわされることになった。

 古龍の王を倒し、精霊王を倒したその先は異世界の神との戦いだった。


 旅の最後。

 それは別れの時。

 異世界は閉じ、現実世界と隔絶した。


 だが、彼の旅は終わらない。



 光の中に包まれ、ムショクは目を細めた。


「しかし、そうきたか」


 光の中から幼い可愛い声が聞こえ、それはムショクの手を引いた。

 まぶしい光の中で、彼女の姿は見えないが、彼女のことはずいぶんとよく知っている。

 名前はブレンデリア。

 神から規格外と呼ばれ、ヒトでありながら龍とも戦える錬金術師だ。


「もう会わんと思ったぞ」


 ブレンデリアはめんどくさそうに、そして心なしか楽しそうにそう話す。


「あの一件の後から、あの世界は外界との接触を固く拒んでおるからな。入りにくいんじゃが……」


 少しだけ歩く速度を遅めたが、それも一瞬、また同じ速さで手を引きはじめた。


「まぁ、ワシにはあまり意味がないの」


 どうやら拒んだ何かに当たっていたらしい。

 が、彼女にとってそれは歩の速さを少し緩める程度の意味しかなかったようだ。


 規格外と呼ばれた彼女は健在のようだ。

 ブレンデリアが言うには、本来、異世界とのつながりはそんなものらしい。

 彼女は「言うなれば本来の姿に戻ったということじゃな」と付け加えた。


「さて、入り口だ。

 後は、自分でできるな?」


 ブレンデリアの手がムショクの手から離れようとした瞬間、小さく戒めるような声が響き、包まれた光が一気に消え失せた。


「誰だ!」


 光が引いたその場所は、朝日に似たうす黄色い世界が広がる空間だった。


「面倒なやつに見つかったわ」


 ブレンデリアがため息をついて「あぁ」と天を仰いだ。

 光が晴れ、久しぶりに見たブレンデリアの姿は前と変わっていなかった。

 ゴシック風味のドレスに、生気のない幼い顔。


 成長を止めた永劫の錬金術師。

 それがブレンデリアだった。


「侵入者か!」


 目の前に飛び出してきたのは、6枚の羽を持った美しい妖精だった。


 小さな鎧、美しい剣。

 黄金の髪色を持ち、その目は真紅に燃えていた。


「私は神より託された神託五剣騎士の1柱!

 猛炎のエルデアだ!」


 そう吠えると剣の刀身は激しく燃え盛っていた。


「貴様! ブレンデリアだな!

 なぜ、再び我らが主の世界に戻ってきた!」

「騒々しいのう。届け物じゃ」


 ブレンデリアは、うんざりしたように首を振る。荷物扱いされて、ムショクは思わず苦笑いを浮かべた。


「我らが主に逆らい殺された逆賊が!

 主の面倒になる前に、私が焼き殺してくれる!」


 エルデアがそう叫ぶとブレンデリアに向かい大きくその剣を振り抜いた。


「騒ぐなと言っておろう。

 こいつを届けたらすぐ出ていく」


 エルデアはブレンデリアの言葉に聞く耳持たず、斬りかかった。

 ブレンデリアはエルデアの一撃をひらりひらりとなんなく躱していく。


 その剣が、ブレンデリアに向かって振られるたびに風を切る鈍い音と炎が揺らめく音が聞こえる。離れていても肌を焼くほどの熱気が頬を撫で、ムショクは思わず目を細めた。


 が、ブレンデリアはそんな熱気も気にしないようで笑いながらその剣を右に左にギリギリで躱す。


「惜しいの、ほれ、もっとがんばらんか」

「おのれ!」


 避けるたびにブレンデリアはエルデアを笑いながら挑発するものだから、エルデアは躍起になって剣を振り回し続ける。


「貴様、バカにするのも大概にしろ!」


 エルデアがブレンデリアと距離を取ると、剣をくるりと回し炎の輪を作った。


「忌まわしき炎の蛇よ。

 我に従い悪しき敵を打ち破れ。

 その牙は破滅! その舌は絶望!」


 炎の輪が一本の蛇に変わりブレンデリアをにらみつける。


「後悔しても遅いぞ。

 食い散らせ! 炎蛇の秘剣(ラミアカラミティ)


 エルデアの言葉とともに、炎の蛇がブレンデリアに襲いかかった。


「ふははは、神の炎とは珍しいものじゃな。

 その炎、頂いた!」


 ブレンデリアは、まるで子どものように目を輝かせ、その炎に手を伸ばした。それはまるで紙の玩具を掴むかのようにあっけなく、彼女の手に握り込まれた。


「ほう、なかなかいいものではないか。

 口だけではなかったようじゃな」


 ブレンデリアの手には赤い小さな宝石が握られていた。

 彼女はそれを掲げると面白そうに覗き込んだ。


「貴様、我が炎を!」

「なんじゃ? 返して欲しいのか。

 くっくっく、仕方がないの」


 ブレンデリアが再びその宝石を握りしめると激しい炎が燃え上がり、ブレンデリアの手を包んだ。


「では、お望みどおり返してやろう。

 ワシの魔力を上乗せにしてな!」


 完全に悪役の笑みを浮かべたブレンデリアは何倍にも膨れ上がった炎の塊をエルデアに投げ返した。


「ひっ」


 エルデアの引きつった叫び。

 それも一瞬で、炎の塊はエルデアを包むと爆発とともに激しく天を焦がした。


「まったく、危ないですわ」

「エルデア殿も落ち着くですな」

「これやられちゃいないよね?」

「無様……」


 どこからともなく甲高くも凛とした声が聞こえてきた。天を焦がした炎が収まり、黒煙が薄れると、そこには無傷のエルデアが立っていた。

 周囲には熱と焦げ付いた匂いが漂っている。


 彼女の周りには薄い透明の壁が張り巡らされていた。

 どうやら、それがブレンデリアの炎から守ったようだ。


「待たせましたわね。神託五剣騎士の1柱。

 静謐のミルリアですわ!」

「同じく神託五剣騎士が1つ。

 悠久のテルシアでござる」

「僕は神託五剣騎士の1柱。

 疾風のフィリミアだよ」

「神託五剣騎士の1柱。

 陰鬱のルルミア……」


 エルミアを囲うように4人の妖精が舞い降りてきた。


「なんじゃわらわらと。

 名乗られても覚えきれんわ」


 ブレンデリアの言葉に思わずムショクは吹き出してしまった。

 確かに、一度聞いたくらいで初めて見た相手を覚えられるはずがない。

 自慢ではないがヒトの顔と名前を覚えるのが苦手なタイプだ。


「おい、ムショク。

 あの透明の壁は厄介じゃ。主が割れ」


 その言葉に、澄んだ青い鎧を着た妖精が笑い声を上げた。


「お前らみたいなただのヒトに私の壁が破られると思ってるの!」

「らしいぞ」


 正直、ムショクとしてはブレンデリアよりも弱いので戦いに参加する気はなかった。


「大丈夫じゃ。こいつらはこれでも神の一員じゃからな」

「あぁ、なるほど」


 ブレンデリアの言葉で合点がいった。

 神に対してだけ絶対的な効力を持つ神喰らい(ゴッドイーター)の称号。

 前回ナヴィの障壁を砕いた実績つきだ。

 ムショクは拳を握るとその透明な壁を殴りつけた。


「ブレンデリアならまだしも、お前みたいな名もないヒトの拳で私の壁が破られるわけ――」


 ムショクの拳が透明な壁に触れた瞬間、激しく音を上げて砕け散った。


「なっ、何をしたの!」

「ナヴィのあれより脆いな」


 ナヴィの絶対領域は割るのに2回かかった。

 これはまるで薄氷を割るように抵抗なかった。


 あれだけバカにしていた5人の妖精は途端に武器を構え、その目には緊張感が宿った。


「そこまでです!」


 急に聞き覚えのある声があたりに響いた。


「双方、武器をおろしなさい」


 その声を聞いた神託五剣騎士は武器を下ろすとひざまずいた。

 ムショクはその声に小さく笑みを浮かべた。


「神託五剣騎士よ。これ以上続けると負けるのはあなた達です」

「しかし、我が主――」


 エルミアがそう答えた瞬間、寒気が走るほどの緊張感が走った。

 それにはさすがのブレンデリアも一瞬慄いた。


「そこにいるのは、規格外とバカですよ。

 まともに戦って勝つのは難しいでしょう」


 その声とともに、目の前に小さな妖精が現れた。

 その羽は空のように透明で美しい羽。


「一部訂正です。そこにいるのは規格外と規格外のバカでしたね」

「だってさ。規格外のバカさん」


 俺はブレンデリアの方を向いて笑顔で指さした。


「たわけ。どう考えてもそれはお前の方じゃろう」


 この小憎たらしい掛け合い。

 思い出になりかけた記憶が蘇り、この小さな妖精に思わず涙しそうになる。

 そこにいたのは紛れもないナヴィの姿だ。

 あの時と変わらない笑顔で彼女はそこにいた。


「また会えたな」

「本当に馬鹿ですね。

 こっちに来ちゃったんですか」

「だから言っただろう。

 約束だって」


 ムショクはナヴィに向かって拳を突き出した。


「はい」


 ナヴィが涙ぐんだ目でムショクの拳に自分の拳を当てた。

 小さな拳が俺の手に触れる。

 もうこれ以上の言葉は要らない。


「我が主、この男を知って――ま、まさか、こいつは!

 神喰らいゴットイーターを持ちながら、我が主と共に狭間の悪魔を倒したというあの伝説の」


 猛炎のエルミアの言葉に思わず突っ込みそうになった。

 いつの間にか伝説扱いになっている。


「ということは、彼が噂の火炎茸を主食にしていれうというゲテモノ好きの王ですの!」


 静謐のミルリアよ。あれ、美味いんだぞ。


「いや、あのセクハラ王と聞いたでござるよ!」


 悠久のテルシアよ。それは違う。多分違う。


「僕はまずいポーションを飲まして笑う悪魔だって聞いたよ」


 疾風のフィリミアよ。それはあっているが。そんな酷いやつではないはずだ。


「……」


 陰鬱のルルミア、お前は何か言えよ。

 俺すげぇ。名前全部覚えてた。

 ってか、ナヴィは俺のことどう説明してたんだ? 後で問いただそう。


「じゃあ、約束通り行くか」

「はいです」


 ムショクの言葉にナヴィは笑顔でそう答えた。


「えっ、我が主、行くってどこへ?」

「私はこれからムショクと旅に出ます。

 あとは頼みましたよ」

「そ、そんな急に!」


 ナヴィはふわりとブレンデリアの近くに行くとちょんっと肩を叩いた。


「代理は彼女にします」

「な、なんじゃ、なんで、ワシがやるんじゃ!」


 急に指名されて驚いた彼女は手をバタバタさせて嫌がった顔を浮かべる。


「散々、自分たちで何とかできるって豪語したじゃないですか。

 今更、怖気づかないですよね。

 というわけで、ナヴィの全権は今からブレンデリアに譲渡します。

 というわけで、皆さん上手くやってください!」


 それだけいうとナヴィはムショクの手をひいて飛び出した。

 と、同時に、ムショクの恰好が、ナヴィと最後に別れた姿に変わった。


「ナヴィ、貴様、ワシに押し付けるつもりか!」

「主よ、考え直してください!」


 引き止める言葉も聞かず走り出したナヴィはムショクに小さく笑いかけた。


「ムショク、飛び込みますよ!」


 その言葉と同時に目の前にポッカリと空間が開いた。

 ナヴィが行くと言うなら躊躇う理由はない。

 俺はそのポッカリと空いた空間の穴に飛び込んだ。


 違和感は一瞬で、突如、周りに空が広がった。

 上を向くと、空には小さくポッカリと虫食い穴のように先程飛び込んだ空間が空いている。

 そこから神託五剣騎士とブレンデリアの顔が見える。


「あとはお願いします!

 仲良くですよ!」


 ナヴィがビッと指差すとその空間は閉じて、もとの何もない空が広がった。


 どのくらいの高さだろうか。時折雲が自分のすぐ側を駆け抜けていく。

 ただただ、何も支えられるものがなく落ちていく。


「ムショク、見てください! これが私の――私達の世界です!」


 寝返りを打つように身体を下にすると眼前には広大な土地が広がっていた。

 海に川に山、そして、街に草原。

 霞む先まで世界が広がっている。


「ムショク――一緒に行きましょう。

 この広い世界、私が知らない私の世界を見せてください!」

「もちろんだ。

 そのために、戻ってきたんだぞ」


 ちょうど昼と夜が半分に別れている。

 風の音が耳の周りでうるさいのに、不思議とナヴィの声は聞こえる。


「ムショク」


 ナヴィがギュッとムショクの頬に抱きついた。


「会いたかったです」

「俺もだ。ナヴィ」


 会えなかった長さを実感するように、二人はしばらく無言でいた。


「ところで、これはちゃんと降りられるんだろうな。

 すごい勢いで落ちているんだけど」

「えっ?」

「えっ? じゃねぇよ!

 来た瞬間、ゲームオーバーじゃねぇか!」

「冗談ですよ。大丈夫です!

 ちゃんと着地できますよ」


 ナヴィの言うとおり、地面が近くになるに従って、身体が落ちる勢いは弱まっていった。



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