第88話 ログアウト
「……ムショク」
白い光の世界の中、ナヴィの声が聞こえた。
が、あまりにも眩しくて、ナヴィの姿は見られなかった。
「ありがとうございます」
何かがそっと額に触れた。
それがナヴィだと言うことを分からないはずがなかった。
「今からここに接続していた全員をログアウトさせます。
ムショク、もちろん、貴方もです」
「ちょっと待てよ! なんで、急にログアウトさせるんだよ」
「もともと、歪だったんです。
ムショクの世界と私の世界に狭間に仮想の世界を作って、意識だけを飛ばしゲームとして扱う。
現実と虚構の狭間のような脆い世界。
そんな歪な世界を維持していくのはやはり間違っているのでしょう。
それに……ムショク。
あなたのお陰で学びました」
「何をだ?」
「バカは死んでも治らないってことですよ。
まったく、最初からか最後まで不味いポーションを作り続けて……」
「おい、そんなことかよ」
「はははは、冗談です」
額の妖精が可愛く笑った。
「……でも、少しだけ本気です。
実は、あなたみたいなバカがずっと羨ましかったんです。
知らないでしょうけど、私って結構偉いんですよ?」
何たって神だと言うんだ。
最初は偉そうな妖精程度の認識だった。
「だから、私もちょっとだけ馬鹿になろうかなと思います」
「おっ? ポーションを作る気になったか?」
ムショクのその言葉にナヴィがくすりと笑った。
「あは、それもいいかもしれませんね」
額に柔らかい何かが触れた。
「全員をログアウトさせたら、世界を閉じます。
お別れです」
「おい、待てよ!
折角、楽しくなってきたのに――
折角、お前との旅が楽しめるのに!」
「私も寂しいです。
でも、私にはあなたとの思い出があります。
大切な、知識ではない、思い出が」
「今からもっと作れるだろ!」
額にいるナヴィに手を伸ばしたが、それは空を切った。
「ありがとう、ムショク。
私には十分すぎる思い出ですよ」
「お前、忘れてるだろ!
ここを閉じてもブレンデリアように行き来ができるんだろ!
俺は絶対お前のところに行くぞ!」
「確かにできますが……ブレンデリアみたいにですか。
ふふふ、楽しみにしています」
ムショクは、ナヴィを捕まえるのを諦めて、拳を作り前に伸ばした。
「約束だ!」
「はい」
白い光の中、拳に小さな拳がぶつけられた。
その直後、世界は暗闇になった。
----
しばらく世界は大騒ぎだった。
『N/A』からの全世界強制ログアウト。
その後、シージャックの失踪と『FtC-Driver』の強制システムダウン。
そんなことが起きたのだから、その騒ぎはとんでもなかった。
ムショクも目を覚まし、現実の世界で生きた。
逆原真緒とリラーレンがやってきて復職しないかと声をかけた。
恐らくリラーレンの声があれば、それも可能だろうとムショクも分かっていたが、丁寧にその誘いを断った。
ムショクにはやりたいことがあった。
「それ本気なの?」
逆原が呆れた顔で言葉を返した。
「んー、まぁ、可能だろうなぁとは」
ムショクは、困ったように頭をかいた。
「馬鹿げてるって言いたいけど、当てがあるのよね?」
当てというには薄い可能性だが、それでも十分すぎるものだとムショクは思っていた。
「あなたの言っている妖精と会えるとも限らないんでしょう?」
「あぁ、その点は問題がないぞ」
ムショクは笑った。
ナヴィはムショクから一定距離離れられない。
と思っていたが、実は逆だった。
ムショクがナヴィから離れられなかった。
この不思議な現象。ナヴィやシージャックでさえ知らなかった現象だ。
現実世界に戻って、ゆっくり思い出してみると、その不思議な現象がどうして起こったのか分かり始めた。
ナヴィが記憶を改竄した時、ムショクだけが守られていた。
ナヴィは、自身と同等かそれ以上の加護がついているだろうと話していた。
つていたんだ。
ナヴィと同等の力を持った加護が。
ムショクはステータスを開いた。
あの戦いの影響かこちらの世界に帰ってきてもステータスを開くことができた。
が、真緒やリラーレンは無理なようだった。
現実世界ではあまり使わない、自分だけに残った思い出の力。
そのステータスにしっかりと書かれている。
『妖精の約束』。
リリとの戦いの時にナヴィに掛けてもらったバフだ。
何のことはない。
ナヴィ本人の加護だ。
あいつ自身がずっと俺を加護し続けていた。
ファーレンハイトと戦う前、ナヴィが俺とティネリアに全知の話をしていた。ティネリアは大興奮していたが、俺は胡散臭いなと思っていた。
その時、ティネリアが言った。
未来の魔法が過去に影響を与える。
そう、全部の切っ掛けはそれだった。
何が何でも、生きて私の近くにいてくださいというナヴィとの約束。
あの時した約束が――強すぎる魔法が――過去と未来に影響を与えた。
ムショクがログインしたその時から、いや、もしかしたら、『N/A』と出会ったことさえ、ナヴィとの約束の影響かもしれない。
あの約束は守られすぎていたわけだ。
あの寂しがり屋の神に思わず笑いが漏れる。
「さて行くか」
「帰ってくるよね?」
真緒が寂しそうに呟いた。
「当たり前だ。
何たって俺は遊びに行くんだからな」
ムショクはそう言うと、クエスト報酬画面を開き、まだ報酬をもらっていない人物を見た。
「さて、ブレンデリアのやつ。
しっかり、クエスト報酬を払ってもらうぞ」
ムショクはそう言って笑った。
>>エンドロール




