第87話 どんな時でもこれさえあれば
「ブレンデリア!」
ナヴィが空を仰いで叫んだ。
「なんじゃ、なんじゃ。
揃いも揃って、項垂れおって」
真っ白い世界にウインドウが現れ、ブレンデリアの顔が映った。
「まったく。我が神もこんな所に魔法陣を描いたか。
探しても見つからんはずじゃ」
顔だけ映していたウインドウが徐々に
上半身、そして全身を映し出し、そして、その背景まで広がっていった。
「見えるか、ナヴィよ!」
ブレンデリアの後ろに映る青い星。
ムショクがそれを見間違えるはずもなかった。
「なんで、地球が……?」
「最後の錬成術師と呼ばれたワシがお前たちの手助けをしてやろう」
どう見ても宇宙空間のそこでブレンデリアは腕を組んで仁王立ちしている。
「錬成術は事象と対話するもの。
では、事象とはなんだ?」
ブレンデリアの言葉に、ムショクは自分の合成している時を思い出した。
草を舐め、自分の中の変化を見つめる。
変化があればそれをとことんまで突き詰めて、数値化できるまで精製する。
「事象とは、その命の可能性を知ることじゃ。
未熟だが我が神は世界を作る時、世界に可能性をばら撒いた。
ワシら錬成術師はその声を聞く」
ブレンデリアがまるで飛ぶように動き出した。
「これがその真価じゃ!」
ウインドウにブレンデリアの視線の先が映し出される。
暗い宇宙空間に浮かぶ白銀の天体。
地球唯一の衛星。
「手を貸せ、我が友よ!
伴侶に掛かった無粋な衣を剥ぐぞ!」
近づいたブレンデリアに反応して、月の表面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
それに呼応するように、握りこぶしほどの光の玉が数え切れないほど浮かび上がる。
「ダメです! 『星の衣』は自律防衛機能を持っています! ブレンデリア程度では止められません!」
「舐めるな! ナヴィよ!」
ブレンデリアの咆哮にナヴィはビクリと身体を竦める。
「ワシらヒトを舐めるな! ドラゴンを、精霊を舐めるな!
ワシら生命を舐めるな!」
光の玉が一斉にブレンデリアに向かう。
握り拳ほどと思ったそれは、近づくにつれ、その大きさが分かった。
人の丈ほどある光の玉の合間を縫うように、ブレンデリアは月に向かう。
「あの一発一発が神殺し級以上なんですよ!」
避け続けたブレンデリアの目の前に巨大な光球が迫る。
「きかんわ!」
ブレンデリアが、その光球を弾き飛ばす。
「貴様にとって、ワシらはか弱いように見えるじゃろ。ワシもゲイヘルンも、ファーレンハイトでさえ。
じゃがな! それだからと言って、ワシらを見くびるな!」
大量の光球が大きく弧を描きながらブレンデリアを襲う。
「友よ! 迎え撃つぞ!」
ブレンデリアの瞳が七色に輝き、身体が青い光に包まれた。
「暗き原初の深海よ! 気高き悠久の蒼空よ!
共に征くぞ!
ムショクよ! 刮目せよ!
これが錬成術師が作るユニークアイテム!
星が見る夢の欠片じゃ!」
ブレンでリアが纏っていた青い光が掌に集まって、青い小さな宝石をつくった。
ブレンデリアがそれを漆黒の宇宙空間に投げた。
音もなく静かに月へと向かった直後、それが弾け眩いほど輝く黄金の鳥が現れた。
「突き抜けろ! 星の守護鳥!」
『星の衣』から向けられた幾重もの光球を受けながら、黄金の鳥は大きく羽撃いた。
直後、黄金の鳥は金色の爆炎を巻き上げながら、一直線に月へと向かった。
「ブレンデリアーッ!!!」
ウインドウに向かってシージャックが叫ぶ。
黄金の鳥が月にたどり着くと、同時に月の表面で巨大な爆発が起きた。
「貴様ァァ! それは世界を救う力だと言うのが分からんのか!」
「ワシらの世界が理想郷だと? 笑わせるな!
誰しも苦しみ戦っておるわ!」
黄金の爆炎の中、月を包むほどの巨大化した黄金の鳥がその大きな羽根で月をゆっくりと包み込み、その姿を消した。
「は、は、はははは、力が……魔力が来ない……私が、世界を救うはずだった……のに……」
「終わりだな。
俺をログアウトさせてくれ」
「あぁ、そうか……救えないなら……いっそう壊そう……あぁ、それこそが残された救いだ……」
シージャックの身体が眩く光る。
「世界よ……別れの時だ!」
「なんで、そんな極端から極端なんだよ」
「ムショク、マズイですよ!
星の衣から魔力供給がなくなったとはいえ、シージャックに内在している魔力は桁違いに多いです!」
シージャックが手を天に向けたまさにその瞬間、彼の顔を黒い靄が覆った。
シージャックが、それを取り払おうと顔に手をやるが、数瞬もなくその腕は力なく垂れ下がった。
「おい! 大丈夫か!」
「そんな……ここにきて虚無が……」
シージャックに駆け寄ろうとしたムショクに向かって、ナヴィが叫び声を上げた。
その瞬間、黒い稲妻がムショクの全身を引き裂き、その痛みに叫び声を上げる。
「ムショク! 生きておるか!?」
ウインドウからブレンデリアが倒れたムショクに呼びかける。
「はは……何とかな……」
『龍神の守護』と『精霊の天恵』のお陰か、即死ではなかった。
が、それでも無傷とはいかなかった。
「逃げろ! ムショク! 虚無とやり合うには早すぎる!!」
「と言ってもな……ここからどうやってでるんだよ」
「なんでも良いから逃げろ! この虚無は今までに見たこともないデカさじゃ!」
「くそっ! 走るぞ! ナヴィ!!」
走り出そうとしたが、ナヴィはシージャックを見て呆然としていた。
「何ボーッとしてるんだよ!
早く逃げるぞ!」
「もう……無理です。
これだけ大きい虚無に……誰が勝てるっていうんですか!」
「虚無ってなんだ?」
逃げるのをやめ、半ばヤケになったようなナヴィにそう尋ねた。
「世界と世界の狭間、異世界の合間に住む生き物です。そいつは、生き物に取り付き狭間へ連れ込みます。
私が何度も次元を渡ったせいで、彼らに目をつけられてしまったんです」
「次元を渡る?」
「はい。私は弱い神です。
フェアリーテイルクライシスを使い、私の代わりになる神を探していたのです」
「神がいなくてもワシらがなんとかできると言うておろうが!」
ナヴィはブレンデリアの言葉にグッと黙り込んだ。
結果、虚無に見つかり世界が侵食されたのだから、ナヴィが原因と言えなくもない。
「ゲイヘルンが虚無に喰われたのを見たじゃろ?
あ奴らは実体を持たぬ。
ただ、魔力の強い奴が弱るのを待っており、そして、狭間に引きずり込むんじゃ。
引きずり込まれずにゲイヘルンを弔えたのは主のおかげじゃ」
「倒せないのか?」
ムショクの言葉にブレンデリアは悔しそうな顔で答えた。
「魔力を食うために実体化した今ならいけるのじゃが……」
「あんな巨大な虚無なんて見たことありません!
無理です! 私も、私の世界も!」
「……」
ムショクは黙ってシージャックを見た。
ゲイヘルンの時と同じ赤黒くなったシージャック。
これが異世界と異世界の狭間に住む虚無。
異世界に片足を突っ込んでいたハウルやリラーレンに影響を与えられたのも、この虚無だからこそなのだろう。
ゲイヘルンとの戦いの時も虚無が来る以前は2人に痛みはフィードバックしていなかった。
「……倒すか」
ムショクはぼそりと呟いた。
「無理です!」
「無理じゃ!」
ナヴィとブレンデリアが同時に叫んだ。
「ははは、仲いいな。お前ら」
「茶化すでない! あの虚無は見たこともない大きさじゃ! ワシですら――」
勝てないとは言いたくなかったらしい。
「ムショク、あなたが強いのは分かります。
ですが、虚無は桁違いです!」
ムショクは泥にまみれた薬草を摘んだ。
これはマジョネム。こっちはロールローズ。
旅とともに見てきた植物たち。
パラライズフラワーに火炎茸、氷結草もある。
魔法でできた土と水。それに森林石の力でどんどんと生えていく。
「ナヴィ、どんな行動にも追加行動があるって言ってたよな?」
ナヴィはゲイヘルン戦でそう言っていた。
なら、もちろん合成にもあるはずだ。
ドラゴンモドキの時に使ったステュクスの牙の威力は大きかったが、メルトの時に使ったのはそうでもなかった。
同じステュクスの牙でも効果が違った。
「スライ、カゲロウ。
最後の合成だ。完成するまで守ってくれるか?」
スライが、身体から降りてプルリと震えた。
カゲロウも小さく頷いて近くを飛んだ。
「ムショク、何をするつもりですか!?」
「はぁ……お前なぁ、この長い間、何を見てきたんだよ」
「何って……?」
「俺が作るのはポーションしかないだろ?」
ナヴィに向かってニコリと微笑んだ。
「ダメージは失敗判定らしいからな。
スライ! カゲロウ!
頼むぞ!」
虚無に飲まれたシージャックがキッとこちらを睨みつけた。
その瞬間、黒い雷がムショクの頭に落ちる。
それをスライが傘のように受け止める。
ムショクは、地面をじっと見つめた。
今までと同じ作り方ではダメだ。
『絶零の花嫁飾り』の時にセルシウスが言っていたように、氷と金属を融合させたような魔力を介した魔力的融合をしなければいけない。
ムショクは、そこで少し錬金術のことを理解できた。
魔力を介してエンチャントをつけていた感覚。
それはきっと魔力を介して異物を内包させるやり方なのだろう。
「ムショク! あなたのポーションが桁違いなのは認めます! それでも――その程度の強化をしたところでムショクが虚無なんかに勝てません!」
きっぱりと言い切ってくれる。
が、悲しいことに自覚はしている。
自分は戦闘向きじゃない。
ムショクはローズロールを取り上げてそれを鼻に当てる。
香りが強い。
魔法でできた土のせいなのか、それとも水のせいだろうか。
マジョネムもミンティアもそうだ。
パラライズフラワーなんて、持った瞬間に指先が痺れる。
どれもひと目でわかるほど質が良い。
やばい。ワクワクが止まらない。
今までのどのポーションよりも高い効果のものが作れると確信できる。
シージャックが、片手を上げると地面から黒いゴーレムが生まれてきた。
シージャックが虚無に飲まれる前に作ったアングルボザ。それと同じ形の黒いゴーレムが山のように生み出されていく。
「ブレンデリアじゃないが、神様が悲観主義ってのは困りものだな」
「冷静な分析と判断です!
どこに勝てる要素があるんですか!」
大量のゴーレムを前に青ざめたナヴィを見てムショクは笑った。
ムショクが「いけるか?」とカゲロウに視線を送ると、彼女は頷いて返した。
カゲロウは目をつぶり、ゆっくりと胸の前で両手を合わせた。
まるで祈るかのようだ。
その周りを赤い炎がさざめく。
カゲロウが、突然目を開いて、両手を広げた。その瞬間、彼女の背中から美しい炎の翼が生えた。
小さい身体の何倍も大きい翼。
彼女はニコリと笑いそれをはためかすと、黒いアングルボザの大群に突っ込んでいった。
木片を砕くように、黒いアングルボザが砕かれていく。
破片が舞い、崩れ落ちた地鳴りが響く。
たまに、アングルボザの核が飛んでくるので、それを回収しておく。
さて、続きだ。
魔力的な融合のためには何と言っても魔力か重要だ。
なんだっけ。魔力を込めるのはガッとするんだっけか。クワッだっけ。
結局、分からないままだ。
たぶん、才能ないんだろう。
だが、アイテムに魔力を通すやり方はだいたい分かっている。
細かく刻んだり、茹でたり、すり潰したり。
細かく工程を挟む中で、魔力が使われている。
これこそ、魔力を込めているのだろう。
よくできている。
エンチャント。魔法をかけるとは、その名の通りだ。
アイテムに魔力を通す。様々な効果が付けられるのは、その副次効果だ。
その本当の意味は魔力的に高い影響を与えて異物と合成させる。
「なるほど。
錬金術師は錬成術師になるための職か」
ゲーム的に言えば上級職にあたるのだろう。
「ムショク! 何度も言わせないでください!
私たちは勝てないんです!」
「ナヴィ、火炎茸は旨かったか?」
「なんですか、急に?」
「大事な話だぞ?」
「美味しかったです。
それと今の状況になんの関係があるんですか!?」
パラライズフラワーを取り上げて、花びらを千切った。
作るのはポーションだ
たから、毒のあるやつは入れない?
いや、違う。
ブレンデリアは言った。
命の可能性だと。
この花の可能性。それは何だろう。
相手に麻痺をさせることだろうか。
麻痺の成分があり、身体に入れるとその効果が――いや、違う。
幻惑光の作成過程に蜜を入れただけで、目に入る者すべてを痺れさせる花。
なら、この花の可能性は?
ハシリグサの花の蜜は猛毒で魔力を減らす効果があった。それは結果的に魔力を激増させることに一役買った。
すべてのそれに可能性がある。
「あれを食べるまでお前は不味いものって決めつけていたな?」
「それは、知らなかったんですよ!」
「そう! ようやく認めたな!」
知らないことを極端に恐れていたナヴィ。知らないことを喜んでいたブレンデリアとは全くの正反対だ。
「全知でも未来は見えない。
勘のいい程度だって言っていたな」
「だから、何なんですか!」
「――勝つぞ」
ナヴィは叫び出しそうな声をグッと飲み込んだ。
「あぁ! もう、分かりました! 分かりました!
あるんですよね? 奥の手が!」
ムショクが言葉を返さずいたずらっぽく笑う。
ナヴィが怒った声で任せましたよと叫び、詠唱を始め戦いへと赴いた。
1つずつ思い出しながらポーションの原材料を作り続ける。
工程はこまかく、細部にこそ神は宿る。
細かく千切り、細かくすり潰す。
部位ごとに、色ごとに、それを漉して、さらに混ぜる。
1つ1 つの行動に笑えるほどの魔力が取られる。
すべてを純化させ、混ぜ合わせる。
そして、出来上がった透明な液体。
ゲイヘルン戦で見せたムショクのポーション。
だが、あの時とは桁違いの素材で作ったポーションだ。
瓶の中に入ったそれは、匂いはない。
たまに青や赤に色が変わるがそれも一瞬でまた透明に戻る。
「ナヴィ! 来てくれ!」
「今すぐですか!?」
身体の周りに武器を浮かべながら戦っていたナヴィが、驚いて振り返った。
「そうだ! 早く!」
カゲロウの炎がナヴィをフォローするように、近くの敵を薙ぎ払った。
ナヴィはカゲロウの方を見ると、彼女は、それを頷いて返した。
ナヴィは、急いでムショクの近くに飛びよってきた。
「ナヴィ……今までありがとうな」
「どうして急に……そんなこと言わないでください……」
ムショクの持つ透明な液体。
ナヴィもそれが最後のポーションだと分かった。
ムショクが改めてナヴィと話すくらいだ。その効果、若しくは副作用が激しいのだろう。
悲しそうな目でムショクを見返した。
これから、ムショクが命を賭けて戦う。
そう思うと自然とナヴィの目に涙が溢れてきた。
ムショクはその瓶を軽くに三度振った。
瓶に薄っすらと霜がつき、それが冷えたのが分かる。
「なんで、そんな悲しそうな顔をしているんだ?」
ムショクが、不思議そうな顔した。
「だって、ムショクが――んぐぅ!」
それを飲んで今から戦うんでしょう?と言葉を続けたかった。
が、それよりも早く、ムショクが、笑顔でナヴィ
を押さえつけると、持っていたムショクのポーションをナヴィに突っ込んだ。
「ンンんんんんんん!!!!」
ナヴィの声にならない声。
ムショクの手から離れると地面に降り立ち、全力でそれを吐こうとする。
それが逆転の一手になるポーションと分かっていてもだ。
「おええぇぇぇぇ!! オエッ!」
ナヴィの口から透明なポーションが一瞬見えた。まさに吐き出そうとした瞬間、そのポーションが意思を持ったかのように、ナヴィの口の中に引っ込んだ。
「お、おお……こうなるのか……」
アングルボザの核を使って意思を持つポーションができた。
ポーションは使われるという悲願を達成するため、吐き出そうとしたナヴィに抵抗して自ら胃に入っていった。
「戻って――戻ってきた――!」
地面をのたうち回りながら、苦しむナヴィ。
そういえば、効果ばかり重要視して味の改良をしていなかった。
いや、それは最初からか。
しばらくのたうち回っていたナヴィが、ピタリとその動きを止めた。
「ムショクーッッ!」
叫び声と共に、突然飛び上がると黄金の羽根をはためかせ、ムショクに詰め寄った。
「おっ? どうだった?」
「それは、効果を聞いてます!? 味を聞いてます!?」
そんなの決まっている。
「味だろ?」
「効果を聞いてくださいよ!」
「味は?」
「効果を聞けっていってんでしょ!」
「まったく、冗談の通じない奴め。
どうだ? 最高傑作だ」
「あははは、やっぱりムショクはムショクですね。
最後の最後まで」
ナヴィが空中をくるりと一回転した。
「お前も言ってただろう?
俺が飲んでも勝てないって。
なら、やってくれるよな?」
「任せてください!」
ナヴィの後ろに、数え切れないほどの黄金の武器が並んだ。
ナヴィが、キッと黒いアングルボザの大群を睨みつけた。
その瞬間、アングルボザの動きが止まった。
「パラライズフラワーの効果で相手を見ただけで麻痺にさせるぞ。
それと――」
アングルボザの黒い身体が紫色に変色していく。
「ハシリグサの効果で猛毒も追加だ」
「ちょっと! 人の身体を勝手に改造しないでください!」
「あっ、お前こっち向くなよ。
俺が死ぬ!」
こっちを見ようと思ったナヴィの顎を掴んで向こうを向かせる。
「うぐぐ、なんてことをするんですか!」
「それは、そんな長い効果時間ないから、向こう向いてろ!」
こちらを向こうとしているナヴィを必死で押さえる。
ナヴィも、諦めたらしくアングルボザの方を向くと、黄金の武器を走らせる。
今まさに崩れ落ちそうなアングルボザたちが、ナヴィの攻撃に晒され、その身を破片へと変えていく。
「虚無……この世界の神の名においてお前を滅します!」
ナヴィを中心に青い線で円が描かれた。
その円の間を埋めるようにそこに模様が描かれた。
「混沌に生まれし深海の命――」
青い円と違う角度で今度は黄色の円ができた。
「天空に抱かれし、自由の翼よ――」
それもすぐにあとを追うように何色もの円が描かれ、模様が紡がれる。
淀みなく流れるナヴィの詠唱にまるで世界が耳を澄ますように佇む。
「――樹海に深まれし、豊穣の種よ。
洞穴に眠りし、異形の声よ!
さぁ、歌え! 我は神! そなた達の命の源泉!」
ナヴィは、ちらりとムショクを見た。
「ムショク、ありがとうございます」
「まだ早いっての」
「あははは、確かにそうですね。
じゃあ、行きますよ!」
ナヴィは、虚無に向けて、手を伸ばした。
「――神の約束と再会!」
ナヴィを中心に白い光が辺りを包んだ。
目も開けられないほど眩しい光。
世界が真っ白に染まり、辺りから音が消えた。
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