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第86話 諦め

「で、ナヴィ。

 『絶対障壁』であれを受けられるんだよな?」

「あれは、私だけを守るやつなのでムショクは無理ですよ?」

「あっ、こいつ、こういう時だけ、自分だけかよ!」

「そういう技なんですよ!」

「スライ、カゲロウ!」


 珍しく無理そうな意思を示した。


「ムショク、受け止められないんですか!?」

「無茶言うな! イノシシや蛇とは訳が違うんだぞ! 逃げるぞ!」


 やる気はあったが、正直、あれを正面から受け切る自信は無い。

 ムショクは恥もなく背を向けると全力で走り始めた。


「ちょっと、逃げるんですか!」

「じゃあ、勝てる案を出せ。

 名前がアングルボザとか、確実に殺しに来ているぞ」

「なんですかそれ!?」

「北欧神話のロキの妻で、ヨルムンガンド、フェンリル、ヘルの母だ」

「知らないです!」

「要するに神殺しを産んだやつの名前だよ!

 シージャックのやつトリックスターでも気取ってるつもりかよ」


 突如、風が吹き、轟音と共に腕が振り下ろされた。

 振り下ろすだけでこの音だ。

 当たったらどうなるかなんて想像したくない。


「走れ! 走れ!」


 急かしながら全力で逃げる。

 が、よく見ると、スライはムショクの身体にへばりついており、カゲロウとナヴィは飛んでいる。


「って、走ってるの俺だけかよ!」

「えっ? なんですか?」

「いや、何でもない! 逃げるぞ!」


 アングルボザの拳が先程までムショクの立っていた所に振り下ろされた。

 走って逃げなければ危なかった。

 激しい音ともにその余波がムショクの身体を覆う。


「あれが、魔法生物であるならば……どこかに核があるはずです」

「スライみたいにか?」

「そうです。

 こうなったら、勝つしかないですよ!」


 ナヴィの言うとおり、逃げ続けて事態が好転するわけもなかった。


「分かった。核を探して、それを壊す。

 それでいいんだな?」

「はい!」

「よしっ! やるぞ!」


 カゲロウが、周りに炎の槍を作り出し、スライが冷気を溜める。

 ナヴィがすぐ横で詠唱している。


「いけぇ!」


 ムショクの声と同時にの煉獄の戦槍(ゲヘナランス)と絶氷の閃光(コキュートレーザー)が、ナヴィの全属性魔法オリジン・オブ・アーカイブがアングルボザの上半身を跡形もなく吹き飛ばした。


 神殺し(ミストルティン)級の技と神が放った魔法。

 それに耐えきれるわけもなく、アングルボザは無残に砕け散った。


「やれやれ、時間稼ぎもできないか」


 砕けたアングルボザの横にシージャックが現れた。


「さぁ、立ち上がれ。

 神殺しの勇者を正しく導こうではないか」


 シージャックのその言葉に崩れていたアングルボザの欠片が集まり、また、元の形に戻った。


「此方と彼方を繋ぐ場所。

 ここを設計したのは私でね。

 異世界のデータ受信もここを通る。いわばルータのような場所だ。

 そのエネルギー源は、君の隣にいる小さき神も知っているだろう?

 本来なら人類を救う力だが、ムショク君。

 君のために少し使わせてもらうよ」

「まさか……」


 ナヴィはその言葉に絶望の色を浮かべた。


「どうした、ナヴィ?」

「マズイです。あいつは、私が作った魔法陣からエネルギーを使っています」

「魔法陣?」

「私が10年かけて作った自律防衛型高軌道衛星立体魔法陣『星のころも』です」

「要するに……なんだ?」


 急に専門的な言葉を使われても分からない。


「私が10年間溜め込んだ魔力が使われているんです!」

「そんな厄介なもん作りやがって、どうすりゃいい!?」

「方法は2つです!

 『星の衣』を壊すか、魔法陣に蓄えた魔力が尽きるまで戦うかです!」


 どう考えても後者は現実的ではない。

 なら、ナヴィの作った魔法陣を壊すしかない。


「魔法陣を壊すぞ!

 どこにある!?」

「……月です」

「へっ……? なんて……?」


 聞こえたが聞き返す。

 聞き間違いの可能性があるからだ。


「自律防衛型高軌道衛星立体魔法陣『星のころも』は、地球の衛星である月の表面に描かれています」

「そんな厄介なもん人様の星に描いてんじゃねえ!」

「だって、他にいいスペースがなかったんですもん!」


 そんな、ちょうどよい所に余白があったからのように言われても困る。

 魔法陣なら壊せるかと思ったが、まさか、月に描かれているとは予想外だ。

 とてもじゃないが、今すぐ行ける場所ではない。


「……やるしかないか」


 その言葉にシージャックは笑顔になった。


「やっと、殺る気になったかい?

 そうだ。その小さな神を殺すがいい」

「違うっての。

 お前がもう無理だって言うまで勝ち続けたらいいんだろ?」

「なかなか、頑固な主人公だ。

 なるべく早く考えが変わることを祈るよ」

「ははは、俺の魔力の多さを舐めるなよ」


 ムショクの言葉を鼓舞するように、カゲロウが炎の槍を作り出し、スライが冷気をためた。



----


 カゲロウが飛ばした炎の槍がアングルボザの頭部を破壊した。

 それに続くように、スライが放った冷気がアングルボザの下半身を凍らし、そしてそれは砕け散った。


「もう……無理だ……」


 そう漏らしたのは、シージャックではなく、ムショクだった。

 何回繰り返したのか、シージャックの手によってまたアングルボザが蘇る。


 ナヴィも魔法を連発していて流石に疲弊していた。

 地面には魔法で作り出した土や水が白い床を汚している。


「どんだけ、底なしなんだよ! お前の魔力は!」

「10年分ですよ! 10年分!

 そんなちょっとで枯渇するわけないじゃないですか!」


 元凶が偉そうにしているだけに、そのほっぺをつねってやりたいが、今はその元気もない。

 30回くらいまではカウントしていたがその先はもう、数えていない。

 一体何回壊したのかもう分からない。

 このまま続けてもたぶん、先に果てるのは俺達の方だ。


「アングルボザを直す魔力ってどれくらいだよ」

「そうですね。

 煉獄の戦槍(ゲヘナランス)の20分の1くらいです」

「低燃費だな!

 こんなもんやってられるか!」


 他にいい方法がないのかと思考を巡らせる。

 効率良くシージャックに魔力を使わせる方法。

 いっそのことシージャックに攻撃して、防いでもらって魔力を消費させたほうが早いか?


「……いや違うな」


 そもそも、魔力を使わせる方法自体が誤りか。

 だいたい、10年分だ。

 それがどれくらいか分からないが、少なくともすぐ切れるわけはない。

 だとすると。


「枯渇させるのは諦めるか……」


 ムショクはカバンをひっくり返して中身をぶち撒けた。

 下は、ナヴィの魔法のせいで泥だらけだ。

 今まで大事に採取してきた、花や種が泥に汚れる。


「スライ! カゲロウ! 思いっきり魔力を溜めろ! 最大の奴を撃つぞ!」

「アングルボザを倒すんですか!?」

「いや、撃つのはアングルボザじゃない」


 ムショクはニヤリと笑った。

 スライとカゲロウが技を作り終えたようだ。

 が、それではまだ少ない。


「もっとだ。

 俺の魔力が必要なら遠慮なく使え!」


 その言葉に、身体が急に重くなり、呼吸が苦しくなる。


「もっとだ! まだ使え!」

「ムショク君。何をするつもりだい?」


 ムショクの様子を見ていたシージャックが怪訝そうに尋ねる。


「教えてやるか。

 その澄まし顔を慌てさせてやる」


 今度は頭痛と吐き気が襲ってきた。

 思わず地面に膝をついた。

 ズボンが泥に濡れて、ひんやりと冷たい。

 ポケットから森林石を取り出して、泥に埋める。


「ナヴィ……」

 

 か細く呼ぶ声に、ナヴィが心配そうに近寄る。

 そう言えば、ザーフォンが魔力を吸って人を殺してたなと思いだした。

 アングルボザの連戦と、カゲロウとスライの魔法。

 自信があった魔力の多さだが、ここに来て尽きるかもしれない。

 不安になりながらナヴィの額に軽く口づけをした。

 彼女も必死だったのだろう。

 ナヴィの汗が口に入る。

 悲しそうな顔をしてナヴィはキスされた額を触れる。


「ははは、もしかして、私を狙うつもりかい?」


 確かにそれを考えた。

 シージャックを殺せば、止められるかもしれない。

 それは、シージャックもここにいるとムショクと同じような存在になっているだろうと言う考えからだ。

 だが、その案は止めた。


 やっぱり、人殺しはしたくないというのと。


「なら、私はログアウトさせて頂こうか?」


 その可能性があったからだ。

 シージャックは、ムショクと違いここの出入りは自由のようだ。


「安心しろ。

 狙うのはそこじゃない」


 その時、カゲロウの6本の槍が1つの美しい剣になり周りに炎の羽根が舞った。

 次いで、スライの冷気がオーロラのような七色に変化していった。


 シージャックはここを設計したのは自分だと言った。

 ここは異世界でも現実世界でもない作られた世界。

 なら――


「スライ! カゲロウ!

 下に向かって撃て! この世界を壊すぞ!」


 壊せるはずだ。


「貴様! 何を考えている!」

「そう、その顔だ。

 やっと焦ったな」


 シージャックがそう叫んだ瞬間、カゲロウの美しい炎の剣が振り下ろされ、白い地面が見渡すほど遠くまで切り裂いた。

 その亀裂をスライの七色の冷気が更に広げる。


 アングルボザがこの地面と同じ白い素材でできていたこと。

 それをスライとカゲロウが壊せたこと。

 ムショクは、そこから、ここも壊せるのではと踏んだ。

 そして、それは予想通りだった。


 割れた白い地面の下は真っ暗だった。

 亀裂の縁はまるで卵の殻のようにパリパリと崩れてその暗闇に落ちていく。


「ここを崩されるなんて思ってなかったろ」

「ふざけるな!

 ここを作るのにどれだけ時間が掛かったと思っている!」

「ははは、やっぱり、壊せるのか。

 スライ! カゲロウ! もう一発撃つぞ!」

「ムショク! そんなに撃ったらあなたの魔力が!」


 下に生えているマジョネムを抜いて、それを口に入れた。


「任せろ! 適当に口に放り込んで、簡易ポーションだ!」

「どこから、そんな素材が――あっ、やっぱりいいです! 言わないでください!」


 採取してきた種や草が森林石の力を借りて、泥の中に山のように生えている。


「マジョネムとナヴィの汗で、ナヴィのポーション!」

「ふざけないでください!

 もしかして、そのために、私にキスしたんですね!

 ちょっと泣きそうになった私の感動を返してください!」


 名前:ナヴィのポーション

 カテゴリ:回復アイテム?

 ランク:神知不級(アンノウンクラス)

 品質:測定不能

 効果:不明


 「素材が『妖精の体液』だってさ。

 汗じゃなくてよかったな」

「そんな『森林クラゲ』みたいな扱いなんですか!?」


 簡易だと思ったナヴィのポーションだが、意外と魔力が回復した。

 いっそのこと、ナヴィには口の中にでも入ってもらおうかと思ったが、口の中から常に文句が聞こえてきそうなので止めた。


「でも、この世界を壊すのはいい案ですね」

「ふざけるなぁ!」


 シージャックの声と共に、アングルボザが大きく振りかぶった。

 が、それよりも早くナヴィの放った雷がアングルボザの腕を撃ち抜いた。


「そのゴーレム程度で、止められないのは分かっているでしょ?」


 何度も壊してきたのだ。

 今更、そんな一撃を見せられたところで躊躇しない。


 カゲロウが炎の剣を、スライがオーロラの冷気を完成させた。


「もう一発だ!」


 スライとカゲロウが同時に地面へそれらを叩きつけた。

 凄まじい破壊音と共に、足場が壊れていき、世界にノイズのようなものが走った。

 世界を保っているだけで精一杯らしく、地鳴りのような音と揺れを起こしながら、何もない空間が剥がれ落ち、黒や灰色を見せる。


 ムショクを止めようと動いたアングルボザが割れ目に落ちていった。


「私が……やるしかないようだな……」


 シージャックは、ムショクとナヴィを睨みつけた。


「貴様ら! どれだけ魔力を無駄遣いしたかわかっているのか!

 これは、世界を救う魔力なんだぞ!」

「これで本当に救えるのかよ?」

「当たり前だ!」


 ムショクはゲームでNPC、いや、この世界の住人と接してきたから分かる。

 この世界の人間もムショクと同じように笑い、そして怒り、悲しむ。

 フィリンさんが、苦しんでいたように、そこは理想郷なんてところじゃない。


「お前、このゲームをしたことないだろ」

「私はこのゲームの開発者だ!

 やらなくても誰よりこのゲームのことは知っているさ」


 先程よりもノイズと揺れが酷くなった。


「ムショク君。

 君には失望したよ。

 残念ながら筋書きを変えるしかないようだ」


 シージャックの身体が黄金の光に包まれる。


「私が神になり、皆を導こう!」


 その瞬間、ムショクとナヴィを覆う包ほどの巨大な光の柱が彼らを襲った。

 上からか下からかはわからない。

 ただ、一瞬で全身が焼け付いたような痛みに襲われた。

 あまりの痛みに叫び声を上げて、崩れ落ちる。


「私の計画を邪魔したのだ。

 痛みに悔いながら死ね!」


 その声とともに、再度視界が光に包まれ全身に痛みが走った。

 ムショクは近くにいたナヴィを守るように両手で包み込んだ。


「ムショク……ごめんなさい……私が……『星の衣』なんて作ったせいで……」


 シージャックが急に強くなった。恐らく『星の衣』からの魔力が流れ込んでいるのだろう。

 素直に謝られると悪態もつけなくなる。


「ムショク……私を殺して、あいつに助けてもらえるようお願いしてください!」


 ナヴィが真剣な目でムショクを見た。


「大丈夫だ。ここを壊せば――」


 そこでムショクは、気づいた。

 世界にノイズが走り、ひび割れた地面は黒く深かったが、揺れや地鳴りのような音はなくなっていた。


「崩壊は止めさせてもらったよ。

 君たちを殺した後、ゆっくり再構築するよ」


 ナヴィは、それにいち早く気づいていた。

 ここが壊せないなら本当に打つ手はない。


「やめろ。そんな目で見るな」

「それ以外に方法があるんですか!?」

「今、考えているところだ!」

「私の魔力を舐めないでください! 

 死にかけだと言っても、神なんですよ!」

「ダメだ!」

「大丈夫です。

 『絶対障壁』を使わないので、私なんてすぐ殺せますよ」


 言葉が出なかった。

 考えても考えてもいい案は出ない。

 それこそ、ナヴィを殺すというのが、最も簡単で、最も確実な方法なのだ。

 それができるのか。

 ナヴィ自身が、殺してくれと言ってくれている。

 俺は非力だ。

 ゲイヘルン戦の時もそうだった。

 結局は周りが戦ってくれた。

 ファーレンハイトの時も同じだ。

 リリの時も、結局はスライとカゲロウだ。


 だが、ナヴィを殺して命乞いしたところで殺されない保証がない。

 どうすれば――。


「ムショク……ダメなんです。

 私がそれを分かってます。

 なにせ、全知なんですよ」


 ナヴィが涙をためてムショクに笑いかけた。


「『星の衣』を壊すことくらいしか、私たちが勝つ方法なんてありません……」


 今にも消えそうな声で話すナヴィに手を伸ばそうとした瞬間だった。


「わははははは、どうした、我が神よ!

 今更殊勝になったか!」


 聞き覚えのある声が空から降ってきた。



>>第87話 どんな時でもこれさえあれば

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