第85話 神との対峙
振り返ったムショクは神に声をかけた。
神は褐色の肌の色と緑髪色の髪を持ち、その背中には小さく透明な四枚の翅をもっていた。
その羽は羽ばたくごとに光を映しキラキラと輝いている。
「……ナヴィ」
「なんで……なんで、来たんですか!」
「なんでって……お前が先にいなくなったんだろ?」
「私はあなたにそのまま生きてほしかったんです!
ここに来たということは、古の盟約により命をかけて戦う必要があるんです!
折角、生きたのに、私に殺せって言うんですか!?」
ナヴィの瞳は涙で濡れていた。
「でも……また会えて嬉しいです」
別れを言えてなかった。
ナヴィもムショク同様多くの心残りはあった。
「ムショクは……ここに来たら私に会えるってどうして分かったんですか?」
「ここって、俺達が一番最初にあった場所だよな」
そう言って、ぐるりとあたりを見回した。
果まで続く真っ白な世界キャラクタメイキングの時にいた場所だ。
その時、ナヴィは声だけで姿はなかった。
「彼方と此方を繋ぐ場所。
ここから全てが始まる場所ですから」
「ここで、初めに教えてくれたことを覚えてるか?」
「最も人気のない職業でしたっけ?
最初からアホな質問してましたよね」
ナヴィが涙を拭って笑った。
「結果的には正解だったろ?」
ムショクはナヴィに笑い返した。
「その後、スキルの説明で、数字の話をしたのを覚えているか? 0は『ナ』で、1は『エル』って……」
「ああ、確かにそんな話してましたね。
よく覚えていますね」
「プレイしたばかりだったからな。流石に覚えているさ。
その後、古代文字の話はちょくちょくしてたよなぁ」
「テオドックに行く前ですね」
「そうそう。
その時は所有格の話だったよな。
上から『ヴィ』、『ド』、『テ』だったよな」
旅の途中、何度もたき火を囲って色々な話をした。
古代語の話や合成の話、好きな食べ物ややりたい事。
意味のある話からない話まで。
「旅の途中、色んな奴に神って何だと聞いたら、必ず答えは決まっていた。
『その名にゼロを持つ唯一にして絶対の者』だそうだ」
古代語のゼロは『ナ』。
そして、神聖所有格の『ヴィ』。
彼女自身がゼロであり、原初であり、終焉であった。
「ナヴィ……お前がそうだったんだな」
「……はい」
「はぁ……道理でだよ。
たまにナヴィが『ナヴィ』という言葉を地位や役職のように使ってだろ。
違和感があったんだよな」
それはナビゲータを意味していたと納得させていた。
「いつから気づいてました?」
「最初からだ……なんて言ったら格好いいかもしれないが、さっきだよ! ついさっき!
お前がいなくなってようやく気づいたよ!」
「あはは、私の偉大さに気づきましたか?」
ナヴィはそう言って微笑んだ。
その言葉にムショクは改めてナヴィを見た。
「お前……神でも胸ないんだな。
全知も役に立たんな」
「はぁ! なんてこと言うんですか!
今なら胸なんて、私の力を持ってすればボンッボンッてなりますよ!」
その言葉通り、ナヴィの胸が膨らみ始めた。
「そういうのいいから」
同時にムショクが指でそれを押さえると、驚いたのか胸が元に戻った。
「ちょっと、なんで触るんですか!」
「いいんだよ。ぺったんで。
お前はぺったんなんだから」
「何ですか、ぺったんぺったんって!
餅でもついてるんですか!?」
「餅ほど柔らかさも膨らみもないだろう!」
触ったからこそ分かる柔らかさ。
「なっ!? 言うに事欠いて!
この変態が!」
「俺のどこが変態なんだよ」
「誰彼構わず胸を触るところがですよ!」
「誰彼構わずって……いやいや、待て待て! 俺はお前のしか触ったことないぞ!」
今更だが、主張したい。
「だいたい、ギルドの受付嬢にも手を伸ばしただけで触ってないだろ!
それをあいつが叫んで誤解が誤解を生んで……」
「自分から触ったって吹聴してたじゃないですか!」
「あれは、ゲイルさんに殺されるかと思ったからだ!
シハナの時もそうだったが、俺は基本全部未遂だ!」
未遂にもかかわらず締め出されたわけだ。
「私の胸なら触っていいわけじゃないですよ!」
「えっ? そうなの?」
「当たり前です!」
「まぁ、触るほどのものもないしな」
「がぁー! もう、怒りましたよ!」
ナヴィが叫び声を上げた。
「どの道、殺す相手です!
胸の恨み、晴らしますよ!」
その言葉を聞いて、ムショクは指差して笑った。
まるで、ナヴィを怒らせるような小馬鹿にする笑い方を。
「馬鹿にしてるんですか!」
「当たり前だ。
かかってこいよ。か・み・さ・ま」
「いい覚悟です。
ブレンデリアでさえ崩せなかった神の偉大さを見せてやりますよ!」
ムショクは怒っていた。
珍しく激怒していた。
シージャックも、ナヴィも簡単に殺す殺されると言ってくれる。
ムショクは、ゲームをしに来ただけだ。
遊びに来ただけなのだ。
会社をクビになって、軽い現実逃避をしに来ただけなのだ。
それを勝手に周りが好き勝手放題言う。
「開きなさい! 天知の書庫。無限武器庫!」
ナヴィの周囲に数え切れない剣や槍が現れる。それは、見上げるほど高く、見果てるほど広く並ぶ。
無限の名にふさわしい量の武器がある。
「せめてもの慈悲です。
一瞬で終わらせてあげます。
振りなさい永劫の――雨ッ!」
ナヴィがさっと手をムショクに向けた。
それに合わせて武器が一斉にムショクに向かう。
風を切りさく音と共にそれらはムショクの身体を貫いていく。
が、それは錯覚だった。ムショクを貫いたように見えたが、それは、ムショクに触れた先から消えていっている。
「良かったな。
今日はいっぱい食べるものがあるぞ」
スライが嬉しそうに身体を揺らす。
武器の雨の中、ムショクは走った。
ナヴィが後ろに飛んで大きくムショクとの距離を離す。
横に広がった武器の壁が長細い列を作りムショクに向かう。
一直線に並んだ武器が先程よりも速さと威力を上げて、ムショクに向かう。
「食べる速度がついていけますか!?」
「スライ、俺の魔力はごっそり使っていいぞ」
どうもスライはモノを食べる時に魔力を使っているようだった。
旅の途中要所要所でぐったりしていたのは身の丈に合わないものを食べて魔力を上手く消費できなかったことに問題があるようだった。
使いすぎても与えすぎてもダメ。人に置き換えたら当然のことだったかもしれない。
が、今は違う。
それらを経て、スライの容量は格段に上がっている。
それに、スライが自身の魔力を食べていたのは気づいていた。が、それほどの量を取られていなかったので気にしていなかった。
今は贅沢に使ってもらう。
ナヴィに向かって走るというのはこの武器の流れを遡ると言うことだ。若干の恐怖を感じながら走る。
今はスライを信じるしかない。
魔力を生命力に変え、好調なのか、向かってくる武器の速度よりもスライの食べる速度の方が上回っている。
ナヴィはこれでは無理だと判断し、新しい詠唱を始めた。
「開きなさい! 根源の書庫。全属性魔法!」
ナヴィの頭上で雷が降り注ぎ、氷の刃が舞う。
「吹き飛ばせ! カゲロウ!」
準備万端だとカゲロウが煉獄の戦槍を放ち、ナヴィの魔法を消し飛ばす。
「この――」
やっとナヴィに追いついた。
左手でナヴィの肩を掴み、握りこぶしをナヴィに向ける。
「――馬鹿野郎が!」
ムショクかナヴィに向かい拳を振り抜いた。
が、大きな音を立て、拳が当たるわずか手前で止まった。
そこには薄っすらと白い壁があった。
「『絶対障壁』。あのブレンデリアでさえ破れなかった障壁です」
「そうかよ。
なら――」
腕に力を込める。
ナヴィとムショクを阻む『絶対障壁』がきしみ始めた。
そして。
「――俺が初めて貫いたってわけだ!」
『絶対障壁』が音を立てて割れた。
「なっ――」
ナヴィがすぐに2度目の障壁を張るが、それをムショクが一瞬で叩き割る。
ムショクが、ナヴィのすぐ目の前で拳を止める。
今更だが、ナヴィの小ささを実感する。
ムショクの拳をよりも少し大きいほどのサイズ。
「俺の勝ちだ」
人差し指をピンっと伸ばし、ナヴィの頭を弾いた。
「な、なんで……」
ナヴィは、想像もしていなかったことにただ茫然としていた。
そうだろう。
ブレンデリアほど、ゲイヘルンほど、ファーレンハイトほど強くないただのヒトだ。
例え、スライだろうとも、カゲロウだろうともこの『絶対障壁』は破れない。
それを、ただのヒトが。
「何でなんですか!」
「ははは、ついにナヴィも聞くようになったか」
殊勝殊勝と笑った。
「茶化さないで下さい!
この障壁は誰にも破られるはずがないんです」
「ナヴィは、他人のステータスって見られるか?」
そこに何かが隠されているのかと、ナヴィは慌ててカゲロウのステータスを見た。
名前:カゲロウ
レベル:68
種族:精霊
攻撃力:152
体力:193
素早さ:256
魔力:17241
魔法攻撃力:3697
魔法防御力:4129
称号:焦炎を継ぐもの、食鬼殺し
精霊だけに魔法攻撃力と防御力が高いが、数値がおかしい。
500を超えたら優秀と言われるステータスの中、1000を軽く超えている。
いや、5桁を行く魔力の方が異常である。
けれど、それだからと言って、ナヴィに勝てる道理はない。
これでもまだブレンデリアの方が強い。
ナヴィは次にスライを見た。
名前:スライ
レベル:127
種族:無機生命、ドラゴン
攻撃力:73
体力:8246
素早さ:12
魔力:34829
魔法攻撃力:4217
魔法防御力:2517
称号:龍喰らい、食鬼殺し
ゲイヘルンの心臓を食べたことでいた龍喰らい。
カゲロウもスライもレア称号のおかげでこのステータスから更に特性やステータスボーナスがつく。
スライは龍喰らいのお陰でドラゴンに対して特攻が持て、更に攻撃力や体力にボーナスがかかる。
けれど、これも障壁を割る程のものではない。
スライとカゲロウが揃いようやくブレンデリアと同じくらいだ。
これにムショク程度の力が加わったところで何が変わるというのか。
「どういうことなのです?」
「ナヴィ、俺は見たか?」
「今更、ムショクのステータスなんて……」
ムショクのステータスを見て、ナヴィは言葉を失った。
名前:ムショク
レベル:37
種族:ヒト
攻撃力:43
体力:102
素早さ:32
魔力:不明
魔法攻撃力:210
魔法防御力:125
称号:神喰らい、食鬼殺し
魔力が不明。
いや、それではなく、見たことがない称号がムショクについていた。
「ゴッ……神喰らい?」
「ナヴィを口の中に入れた時、なんか飲んだんだよな」
「……あり得ない……ですよ……」
ドラゴンを食べて龍喰らい。なら、神を食べたら?
誰もしなかった。
いや、できなかった。
それをムショクはしてしまった。
「ちょっと、しょっぱかったぞ」
「……はは……ははは、さすがムショクです。
いつもあなたは私の予想を軽く超えますね!
私のこの僅かな命! 燃やす価値がありますよ!」
ナヴィは、詠唱を始めた。
それをムショクはため息をつきながら指でナヴィの頭を弾いた。
「だから、やめろって。
俺は戦いに来たんじゃないぞ?」
「何言ってんですか! 古の盟約により――」
「それ、俺に関係あるのか?」
「あっ、いや……それは……確かに……」
ムショクはナヴィの世界の人間ではない。
古の盟約が何かは知らないが、その盟約の対象外のはずだ。
「ないんだな? なら、戦う必要はないじゃないか?」
「あります! あなたは、シージャックの手先で私を殺しに来たんでしょ!」
「俺がいつそうだって言った?」
「だって、あなたはさっきシージャックと……」
「俺は遊びに来たんだぞ?」
そう。ゲームをしに来たんだ。
「ここに来たのは、お前が勝手にいなくなったから迎えに来たんだぞ?
なんで、わざわざ、お前と戦わなきゃならんのだよ」
疲れたぞと続いてつぶやいた。
「神として、摂理に反した私が、今更どんな顔で帰ればいいんですか?」
「知らん!
というか、誰もナヴィのこと覚えてなかったぞ?」
「そうですよ! 私の力で全ての人の記憶を消したのに……なんで、ムショクは覚えているんですか?」
ナヴィの世界の人間でないからかと一瞬思ったが、それでは、ハウルやリラーレンが覚えてないことの説明がつかない。
「シージャックか?」
「いえ、彼も私の力を超えて書き換えを防ぐなんて不可能です。
私と同等か、それ以上の力の持ち主が、あなたを加護していないとそんな事なんて起きないです」
冷静に考えて、神であるナヴィを縛ること自体そもそもおかしな事だった。
「また、知らないことが増えたな。
次はそれを解明する旅にでも出るか?」
「そんな単純な話じゃないですよ!」
その瞬間、耳を劈くような高い音が響き、ついでシージャックの声が降りてきた。
「何を言っているんだい。
ムショク君? 君は世界を救うために神を殺すんだよ?」
「だから、俺はゲームをしに来たんだって言ってるだろ!
GMが、プレヤーのプレイスタイルにまで注文をつけるな!」
しばしの沈黙。
地鳴りと共にシージャックの声が降りてきた。
「勇者が道を踏み外した時、それを正しい道に戻すのが私の仕事なのだろう。
良いだろう。ムショク君、多少痛い目は見てもらうが、恨まないでくれよ?」
目の前の白い床が盛り上がり、見上げるほど巨大な人を形作っていった。
「神殺しの巨人。名前は……そうだ。アングルボザと名付けよう。試作機だが、今の弱った君たちには十分過ぎるほどだろう?」
アングルボザは大きく腕を振りかぶった。
どう見ても絶望だ。
だが、不思議とムショクの中ではそんな気持ちは湧いてこなかった。
「ナヴィ、行けるな?
今度は一緒にだ」
「はいです!」
横にいるナヴィに無言で拳を向けると、ナヴィもそれにコツンと拳を当てた。
今度はナヴィと共に戦える
それだけで、心は軽い。
「いくぞ、ナヴィ!」
第86話 諦め




