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第84話 ゲームマスター

 光の中に踏み込むと急に身体を縛る重力がなくなった。

 落ちたかと思い慌てたがどうも落下しているわけではなかった。

 しかし、昇っているわけでもない。

  浮遊しているような不思議な感覚が身体を包む。

 目の前に広がるのはオーロラのように色を変え続ける光の壁。


「どうなっているんだ?」


 歩こうにもふわふわとして進めない。

 身を任せるしかなく、その流れに身を任せた。

 しばらくすると、唐突に白く広い場所に落とされた。


 風も吹かず、足元も地面ではなく汚れ一つない白い床が続く。

 非現実的なほどの空間が、改めてここがバーチャルだと実感させられる。


「やぁ、初めまして」


 急に後ろから声をかけられ、振り向いたそこには見知らぬ男性がいた。

 40代くらいだろうか。黒く長い髪に疲れた顔。ただ、その眼光は鋭くただの人物ではないと感じさせられた。


「えーっと……」

「困惑させてすまない。

 私がこの『N/A』のGMゲームマスターであるシージャックだ」

「えっ? GMゲームマスター?」


 思っても見ない人物の登場にムショクは戸惑った。


「君とはゆっくり話したいと思っていたんだ。

 ここでは、ムショクと呼ぶべきかな?

 いい名前だ」

「そうか?」


 ムショクは言葉を選び慎重に頷いた。

 GMゲームマスターの登場は予想外だった。

 運営に怒られそうなプレイをしている自覚があったので、慎重にならざるを得ない。


「警戒してくれないでくれ。

 私としては昔からずっと君と話したかったのだ」

「昔からって俺はあんたを知らないが?」

「ははは、君はそうかもしれないな。

 まだ君は高校生だったからな」

「高校生?」

「人工知能に対するセキュリティ難問について書いた論文を覚えているかい?」

「ああ、あれか」


 友人である逆原さかはら真緒まおと共に書き上げたやつだ。

 共にと言っても、ムショク自身は案出しをしただけで、それを元に書き上げたのは逆原だし、スピーチをしたのも逆原だ。

 ムショクは彼女のような者が本当の天才なのだろうと思っていた。

 容姿端麗、スポーツ万能、それでいて頭がいい。

 頭の良さも学園一とか地域一番とかそんなレベルじゃない。

 本当に世界の人口を寄せ集めても上から数えたほうが早いのだ。


「なら、お門違いだ。

 論文のメインは逆原だろ?」

「だが、あの理論の根源は君が考えたのだろう?」

「ま、まぁ……」


 人工知能が発達していくに連れてどんな強固なセキュリティも簡単に侵入できてしまう。

 どのようなセキュリティにすれば、安全な社会を提供できるのかと言う話だ。

 多くの人間がより複雑で膨大な処理が必要なセキュリティを提案した中、ムショクはその逆を行った。

 複雑さや膨大さではなく、人工知能を騙すことを考えた。

 ムショクは、極めて正解に近い正解を置き、人工知能にそれを正解と誤認させる。

 

 古くさい手法であったが、人工知能に対してそれを行おうとした者はいなかった。


「君は人工知能をまるで人のように扱ったね」

「まぁ……」


 昔の話をされ、少しくすぐったい。


「私はそれを見た時、衝撃が走ったよ。

 異物への高い親和性。君はそれを持っていた。

 最もあの論文を馬鹿にする者も多かったがね」


 論文を読んでからこんなことは誰にでも思いつくだろうと言った意見は多かった。

 後知恵あとぢえバイアスみたいなもので、正解を見てからならこの程度の事と思えるのだ。

 逆原はその言葉を聞くたびに激怒していた。

 とは言え、自分たちよりも先にその話をした者は誰もいなかったのだから仕方がない。


「それを読んだ時、私は確信したよ。

 この物語の主人公は君しかいないとね」

「待て待て、何の話だ?」


 シージャックはこれを見てくれと白い世界にいくつものウインドウを浮かび上がらせた。


「これはプレイヤーの行動だ」


 PCがNPCを介して買い物やクエストをしているものだった。


「君以外のプレイヤーの行動だよ。

 彼らはNPCは全て|ロール(役割)があって、自分を助けるものだと思っている。

 間違いない考え方だよ。

 ゲームならね。

 だが、これではダメなんだ!

 相手が人工知能だと分かっていても、それを忘れてのめり込むような人間じゃないとダメなんだよ。

 そして、凡人であってはダメなんだ!

 重要な使命に耐えられる人物。

 そう、君みたいにだ!」

「いやいや、何の話をしているんだ?

 全く話が見えないんたが」


 シージャックはふふと小さく笑った。


「さて、どこから話そうか」


 思案げに、それでいてどこか楽しそうに言葉を紡いでいく。


「このゲーム。『N/A』の目的は何か知っているかい?」

「目的? こういうゲームって自分で目的を決めて遊ぶんじゃないのか?」

「まぁ、普通の人はそうだな。

 だが、君は違う。

 なんたって閉じ込められたのだからな」

「待ってくれ! ログアウト不可能になることを知っていたのか?」

「正確な表現をするなら君だけがログアウト不可になることは知っていた。

 君の友人が巻き込まれたのは正直予想外だったよ」


 シージャックはそう言った。


「私はとあることを切っ掛けにこのゲームを作ったんだ。

 最初、主人公は自分しかいないと思っていたよ。

 が、すぐにそれが自惚れだと分かったよ」


 シージャックは自嘲じみていたが、それでいて昔を懐かしむような表情を浮かべた。


「私は凡人だった。

 なんの事はない、人よりも少しいいものを持っていただけなんだ。

 本当に凄いのはその少しいいものを作った人間だ。

 君のようにね」

「買いかぶり過ぎだ」

「そんなことはないさ」


 シージャックは白い椅子に座った。

 その椅子は最初からあったわけではない。

 いつの間にか、そこに現れ、彼はそれがさもそこにあったかのように腰を下ろした。


「君も座り給え」


 シージャックが促したその先には、彼が座っているものと同じ白い椅子があった。

 恐る恐るムショクはその椅子に腰掛けた。


「10年……長かった。

 本当は我が社に入って欲しかったが、君は別の会社に入ってしまってね。

 慌てて、その子会社になったよ」


 5年前。確か、ソリティックノーツ社がノーマンハック社の子会社になった。

 突然の発表だったのは覚えている。


「やっと、全ての準備が整ったので、ノーマンハック社とは兼ねてからの約束を守ってもらってね」

「約束?」

「ああ、たった一人の人事権を私に任せることだ」


 その言葉を聞いてムショクはそのたった一人が誰なのかすぐ分かった。

 身に覚えのない突然の解雇。

 自分自身を納得させていたが、それでも理不尽だった。


「そう、君だ」

「何でそこまで……」

「運命の出会いだったのさ。

 私はそう確信している」


 例えばとシージャックは言葉を続けた。


「君がクビになった後このゲームをやってもらう為に、様々な仕掛けを用意したよ。

 にも関わらずだ。君は、私がそう仕向ける前に、自らこのゲームを始めてくれた。

 ははは、折角、色々用意したのが全て無駄に終わったわけだ。

 分かるかい? コレを運命と言わずして何という?」


 確かにムショク自らこのゲームを始めた。

 だが、それは単なる偶然だ。

 とてもじゃないが、運命なんて呼べる代物ではない。


「どこから話していいものだろうね。

 ははは、いや、実際に君と会って更に確信したんだ。

 やはり君は素晴らしい。常識の外にいる人間だ

 この興奮がわかるかい?」

「さっきから、気持ち悪いほど褒めているが、俺はそんな褒められるほどすごい人間じゃないぞ」

「それは能力の話をしているのかね?

 自慢じゃないが、私は君より頭がいいさ。

 君の友人の彼女もそうじゃないかね?」

「……あぁ」


 逆原は紛れもない天才だった。

 そばにいる自分が情けなるほどのだ。


「頭の良さがすごい? 運動できるのがすごい?

 違うのだよ。それは、私たちが、過去の偉人、そう巨人のような膨大な知識と知恵の結晶にあやかっているだけだ。

 友人の彼女もきっと自身を秀才だと、そして、君のことを天才だと思っているよ」

「ありえないだろ」


 思わずシージャックの言葉を鼻で笑ってしまう。

 そして、こんな不毛な話に辟易してしまう。


「はは、納得していないようだね。

 まぁ、本来の話に戻ろうか。

 このゲーム、いや、FtC-Driverエフティシードライバーは私ともう一人、異世界に生きるものとで作ったんだ。

 これは、中に居るものを異世界に飛ばす装置だ。

 と言ったら、君は信じるかい?」

「否定も肯定もする材料がないからな」

「ははは。さすがじゃないか」


 シージャックは、ムショクの言葉に嬉しそうに頷いた。

 星1つと言われた広大なマップ。登場人物の全てが意思を持ち、独自の解釈で話す。

 どれも不可能だと言われてきた。

 実は本当にある世界でしたと言われた方が納得できてしまう。

 それに、今も本当に装置の中にいるなら、たぶん、自分は餓死でもしているんじゃないかと思う。

 シージャックの言葉を信じた方がすべての説明が上手くいく。


「正確な表現をしようか。

 私達の世界と異世界。その間に仮想の世界を作り、そこをゲームの舞台として『N/A』を作り上げた。君以外の全てのプレイヤーは、その世界で遊んでいたわけだ。

 だが、君は違う。君の身体そのものが、異世界へ飛ばされている。まるでゲームかのように振る舞うデザインを残してね」

「いや待て、それはおかしくないか?

 俺は他のプレイヤーと会ってるぞ?

 俺だけが異世界に飛んでいるなら合うはずないじゃないか」


 直接話したプレイヤーはハウルとリラーレンだけだが、それでも多くのプレイヤーを見てその会話を聞いた。


「やはり君は勘がいい。

 そこは最も苦労したよ。ゲームだと思って始めた君を騙すためにはどうしてもプレイヤーの存在は欠かせない。

 君は異世界とその狭間の世界を共有している不思議な存在なんだよ」

「一体何の為にそんな事をしたんだ?」


 どう贔屓目で見ても、『N/A』は、いや『FtC-Driver』はムショクのために作ったとしか聞こえない。


「単刀直入に言おう。

 君にはこの世界を滅ぼしてほしい」


 シージャックのその言葉にムショクは言葉を詰まらせた。

 彼の顔は真剣そのもので、嘘や冗談を言っているように見えなかった。


「この世界? ゲームの中の話か?」

「いや、違う。

 今私たちが住んでいるこの世界だ」

「ははは、滅ぼすって現実をか?

 流石に馬鹿げているだろ――」

「その為に10年という歳月を使ったのだよ」


 ムショクの言葉を遮るように優しく笑ったシージャックの微笑みをムショクは怖いと感じた。

 それは笑顔の下に潜んでいる揺れることのない強い意志を感じたからなのだろう。


「滅ぼすと言っても何も殺すわけじゃない。

 この世界の殆どの生き物とヒトを神のいる異世界に飛ばしてほしい」

「そんなことが――」

「出来るんだよ。

 『FtC-Driver』は異世界に飛ばすためのものといったね。それは、今の魔力ならだ。

 巨大な魔力があれば、『FtC-Driver』が発生源となり周囲のものを全て飛ばせる」

「魔力で……?」

「あぁ、お伽噺のような世界は本当に存在する。そして、隣接する我々の世界もそのお伽噺の世界と変わらない。

 魔力があるんだよ。この世界にも!」


 馬鹿げてる。という言葉は出なかった。


「そんな魔力はどこにあるんだ?」


 ムショクは警戒してシージャックに尋ねた。


「ははは、警戒しないでくれたまえ。

 君じゃない。

 今のシステムを運用するのも馬鹿にならない魔力を使っているんだよ。

 その為にね、神には10年掛けて巨大な魔法陣を編み込んでもらった。

 君にはその神を殺して貰いたい」

「神を……?」

「あぁ、管理者である神が死んだなら、魔法陣の全魔力がここに流れ込む。

 そうすればだ!

 出来るのだよ! 人々がユートピアに、あの理想郷に到達できる!」

「仮にそうだとしても、俺が勝てる確証もないだろう?」

「ははは、こればかりは私も分からないさ。

 だが、私は信じているよ」


 シージャックは椅子から立ち上がり上を見上げた。

 果てまでも白い世界。


「大事な戦いの前にお邪魔したね。

 そろそろ、神が来る。

 必ず勝ってくれ」


 その言葉を最後にシージャックの姿が幻だったかのように消えた。


「だってさ……」


 ムショクは椅子から立ち上がると、後ろに現れた気配に振り返った。

 そこには異世界の神がいた。


>>第85話 神との対峙

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