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第79話 厄災の花の精霊

 地面にある石を拾い上げた。

 なんの変哲もない石である。

 が、これが錬金術師の手にかかればアイテムになる。

 石を構成する要素、魔力、属性を見極めその力を増幅させる。

 ムショクの合成にほとんど失敗がないのは、それを丹念に見極めたからだ。

 実のところ試行回数が他のプレイヤーの何十倍もこなしているというのも原因の1つであった。

 それほど多くのアイテムを製作していないかのように見えるムショクが、なぜ他のプレイヤーよりも多くの試行回数をこなせているか。

 それにはいくつかの理由があった。


 1つは魔力の多さ。

 ハシリグサの蜜の飴を舐め、普通のプレイヤーを遥かにしのぐ魔力を得た彼は合成だけでなく、エンチャントについても無限に近い試行を行えた。

 そして、もう1つ。

 これが最も大きな要因である。

 ナヴィが最初に言っていたが、ギルドにいる錬金術師は、特定の場所に立ってコマンドですぐ出来る。

 アイテムを採集するまでは同じだが、それを加工する過程がない。

 他のプレイヤーはその研究の過程がすっぽりと抜けている。

 だからムショクは、魔力の多さと相まって、アイテムになる手前の段階から既に他を凌駕するほどの経験が積まれていっていた。


 なのだが……


 ハウルの豪腕がリリを撃ち抜き、ティネリアとリラーレンの魔法がそれを追うように降り注ぐ。

 が、突如空中に咲いた白い花がその魔法を防ぐ。

 リリの周りに、薄く白い靄が覆う。

 強い百合の香りが辺りに広がる。

 ハウルの拳が再度リリを捉えた。たが、白い靄に触れた瞬間、その動きが目に見えて遅くなった。

 リリは、ハウルの拳を避け、同時にハウルの腹を撃ち抜く。

 リリは前のめりで倒れそうになるハウルの顔を掴むと、それを軽々と持ち上げた。

 シハナの声にキヌカゼとゲイナッツがハウルを救うために、同時に襲いかかる。

 彼らも靄に触れると遅くなったが、ティネリアが魔法で風をお越し、その靄を払うい、その隙間を縫うようにフィリンの氷の矢がリリを襲った。


「暇だ……」


 明らかに繰り広げられる激戦に、ムショクはぽつりと呟いた。

 さすがのムショクも戦闘では一切役に立たない。

 連携はないが個々人の能力が高い。

 アドリブの対処で何とかなっているのがすごい。

 自分だったら、リリの周りに靄が出たら、遠距離攻撃で様子を見る。

 まずは、魔法と違い詠唱のない弓を撃ち、その間に詠唱させる。

 ハウルが捕まった時も、救出は1人でもう片方はリリの撃墜に回らせる。


 などと考えている内にハウルたちは守勢に回ったようだ。

 戦争は数なのだよと言いたいが、1対6くらいじゃその差は覆せないみたいだ。

 どうも自動防御する花と動きを鈍化する靄の対処に困っているるようだ。


「また白い靄だ! 気をつけろ!」


 思わず叫んでしまった。


「任せてください! ムショクさん!

 エルフが何度も矢を外すなんてありえません!」

「遅くなってもボクの拳がぶっ飛ばす!」

「拙者の剣は触れれば全てを断ち切るでござるよ!」


 ダメだ。こいつら。

 何だっけ? 我々にはチームプレイは存在しない……だっけ?

 こいつらは本当に存在しないだけじゃないか。

 パーティの良心である魔法勢を見るが彼女たちは詠唱に必死だ。


「フィリンさん! リリの顔を狙って! 出来れば矢は3本以上で!

 キヌカゼ、右肩から袈裟斬りだ!」


 思わず彼らに指示を出す。

 2人は一瞬戸惑ったが、すぐにムショクの言うとおりの動きを取った。


「ハウル、どてっ腹にかましてやれ!」

「行くぞぉ!」


 バチンとハウルの手の周りに光が弾けた。ハウルは固く握り拳を作るとリリのお腹めがけて拳を振り上げる。

 腕が重くなり苦悶の表情を浮かべるがそれも一瞬で、その拳はリリに届いた。

 鈍い音を上げリリの身体が後ろに下がる。


「当たったぞ!」

「何故でござるか!?」


 靄のせいで剣が届かなかったキヌカゼは悔しそうにそう叫ぶ。


「その靄も万能じゃない!

 攻撃が行われたところに集まって止めている。攻撃の手が増えると他が手薄になるぞ!」


 遠くから見ていて分かった事だ。

 ハウルの拳がリリを捕らえたのとほぼ同時、リラーレンの周りの魔法陣が一際明るく光った。

 どうやら詠唱が完了したようだ。


「天元より降り注げ――これを受け止められますの!

 星降る深き夜の矢(ラ・ラナメータ)


 上空に両手で抱えるほどの大きな光のたまを打ち上げた。その瞬間、それが元となり、大量の光の矢がリリに向かって降り注いだ。

 雨のように無数に降り注ぐ光の矢であるが、リリの周りに靄が明滅するようにいくつもの花が咲いては散ってを繰り返している。


「これを受け止めていますの!?」


 リラーレンは驚きの声を上げた。

 リリの判断力だとは思えない。恐らく襲ってくる魔力に対しての自動防御だろう。


「なら、これはどうよ!?」


 ティネリアがその声とともに氷結系の範囲魔法を放った。

 白い蒸気がリリの足元に湧くと、それは一瞬にして巨大な氷柱に変わり、その鋭い先は天を貫いた。

 氷結系の上級範囲魔法。アイスバーグスピア。

 氷柱はしばらくその先を天に伸ばしていたが、すぐに砕け落ちその破片を地面に落とした。

 中心部にいたリリは押しつぶされたかと思ったが、花は魔力のこもった線で繋がりあい、彼女の周りを囲み、障壁のようにリリを守った。


 魔法の乱打もダメ、範囲魔法も結界を作る。


「どうしますのあんな鉄壁の防御!

 こっちの魔法が完全に無効化されていますわ!」

「そうか?」


 リラーレンの嘆きにムショクはニヤリと笑った。


「自動防御系よ! あれだけの魔力で精密動作されたら私達の魔法では無理よ!」


 ムショクの言葉にティネリアが否定する。

 しかし、ムショクの方はそれを崩せる確信があった。


「精密でも粗雑でも変わらんぞ。

 というか、リラーレンって、あのリラーレン嬢だよな。

 真緒と一緒にいるってことは」

「はい」

「なら、俺らの専門知ってるだろ」


 自動で動くには、2通りの方法がある。

 1つは、特定の条件による動作。ムショクの知識で言うならプログラムされた動き。

 そして、もう1つは自分以外の判断による動き。これもムショクの言葉を使うなら人工知能などによる状況判断。

 そのどちらにしてもだ。


 こういうものを見るとついワクワクする。

 高校時代、逆原と共にどっぷり浸かってきた世界だ。

 そう。自動化が魔法だろうと科学だろうとその分析・解析はムショクの専門だ。


 いくつか検証項目があるがゆっくり検証する時間はない。

 雑ではあるが並列で作業していく。


「持続可能な魔法ってあるか?」

「というのは?」

「あれだ。

 放水するようにずっと相手に出し続ける技」

「そんな効率の悪い魔法なんてありませんわ!」

「弱くていいならできるわ」


 出し続けると言うのは魔力を放出し続けると言うことだ。

 確かに、ダメージ効率が良いとは言えない。

 ティネリアはそれができるみたいだ。


「じゃあ、弱く撃つのはどうだ?」

「それはどのくらいよ?」


 今度はティネリアが尋ねる。


「どこまででもだ」

「できるわよ」

「リラーレンは?」


 リラーレンは首を降った。

 リラーレンの魔法はスキルとして撃っている。それは、予め決められた魔力を消費して決められた威力のものを撃つしかできない。

 ティネリアのように、威力を調整することは不可能なようだ。


「感覚的に最低のものを撃ってくれ」

「それに意味があるの?」

「いいから、いいから」


 ムショクとしては、反応の閾値を調べたい。

 そして、出て来る花の数。

 これの精度が高ければ高いほど、対処が難しくなる。

 ティネリアはムショクに言われたとおり指先から小さい白い冷気を出した。

 それはスーッとりりに向かい彼女にあたって消えた。


「やっぱり、あんな弱いのは当たっても意味がないわよ!」

「当たったろ?」

「そんなもの自慢にならないわ」


 ムショクに取ったらそうではなかった。

 当てられる条件がある。それは、抜け道があるという事だ。

 あとは例外処理の探し方。

 要はバグ探しだ。一部では仕様とも言うが。


「リラーレン、一番消費魔力が少ない魔法を撃ってくれ」

「私ができるのは初級魔法くらいのですよ?」

「それでいい!」


 それでしたらとリラーレンが炎の玉を放つ。

 が、それもリリに到達する前に宙の花に阻まれる。

 恐らくそこが最低ラインだろう。


「よし、ティネリア、初級魔法程度の魔法を持続的に打ち続けてくれ!」


 ティネリアは、ムショクの言った通り、魔法陣から水を作るとリリに向かって打ち続けた。

 それはムショクたちの予想通りリリの花が現れ、それを防ぎ続けた。

 上級魔法を防ぐ花だ。ティネリアの初級魔法程度を防げないはずはない。


「ちょっと、いつまでやるのよ!

 初級と言っても打ち続けるのは大変なのよ!」


 ティネリアの目から見たら明らかに魔力の無駄使いだ。


「よし、もう一本水を増やすか!」

「はぁ!」


 ティネリアは怒るようにムショクを睨みつけた。


「2本出したからって、あの魔法防御を貫けないわよ!」


 ティネリアは一点集中型にしてその花を貫くと思ったようだ。


「違う違う。

 本数を増やすだけだぞ」

「花で防がれるわよ!」

「いいから、早く早く」


 前衛組は靄の対応が出来て戦線の維持がしやすくなっている。

 とは言え、辛うじて拮抗させてるほどだ。

 ティネリアを焦らし更に攻撃の数をもう一つ増やす。

 が、想像通りそれも花に防がれる。

 ムショクは何かを確信したのか、リラーレンに上級魔法の詠唱をお願いした。

 彼女はムショクのお願いに戸惑ったが、彼に何らかの考えがあるのだろうと思い、詠唱を始めた。


「ってわけで、一気に5本くらい増やせるか?」

「そんなに増やすの!?」

「できる? できない?」

「やるわよ! じゃないとダメなんでしょ?」

「さすが、ティネリア!」


 ムショクの言葉にティネリアは「まったくもう」と呟き、さらに魔法陣を生成した。

 魔法陣が作られる度に、そこから魔力のこもった水がリリに向かう。

 そうして、7本目が打ち出されると、それは、花に防がれることなく、リリに当たった。


「やっぱりか!」

「えっ? なんで?」


 ティネリアの驚きの声。

 ムショクの予想が当たった。

 あの花は一定以上の魔力を込められた魔法に対して反応する。ただし、その数は6つまで。

 星降る深き夜の矢(ラ・ラナメータ)の時、花が毎回散っていたのが気になったが、やはり同時出現に制限があったのだろう。

 リリが予期していない攻撃にキッとティネリアを睨みつける。

 初級とは言え、魔力生命体である精霊として魔法ダメージは無視できないのだろうか。

 スライと同じ要領なのだが、スライはファーレンハイトの氷も食べたので、もしかして、強いスライムは精霊を越えるのではないかとふと考えが過ぎった。


「リラーレン! 魔法を放て!」 

「分かりましたわ!

 暗雲の闇を別けつ神。轟け呻れ! その声は天空を割る神の咆哮!

 雷神の慈悲なき一撃トール・ディバン・クレイ!」


 リラーレンの目の前に紫色の魔法陣が出るや否や、そこから数本の雷がリリに向かって走る。

 今度はそれらは花に防がれることなく、リリの身体をするどく燃やす。

 リリからしたら予想外の魔法は彼女にダメージを与えたらしく、怯んだところにハウルの拳とキヌカゼの剣がリリの身体を捕らえた。

 厄災の花の精とよばれたリリも怖かったのは白の靄と花だけだった。

 これなら魔法も問題ないと思ったその瞬間、水を防いでいた白い花が散った。


「やるじゃない。抵抗してからこそ殺し甲斐があるってものよ!」


 リリが大きく喜びに似た声を上げる。

 花が反応する魔力の最低値を上げたのだろうか。初級魔法には反応しなくなった。来ると分かっていると初級魔法はこの程度の魔法の様だ。

 さすがに、初級魔法以上の魔力を消費し続けるのはティネリアとしては困難だろう。

 それでも、初級とは言え魔法が通るなら戦術も変わっていく。

 ティネリアとリラーレンには、キヌカゼやハウルの攻撃に合わせて魔法を撃つように指示を出す。

 今度は威力よりも正確性が試されるが、どちらも魔法の熟練者。

 ムショクの指示を難なくこなしていく。


 これなら勝てるなと思ったその時、リリを中心に白い花びらが舞い、ハウルの身体から鮮血が飛び散った。

 ハウルが痛みによろめき、前衛のバランスが崩れた。


 その機を逃すはずもなく、リリはキヌカゼの腕を取ると、力任せにキヌカゼを地面に押さえつけ、その腕をへし折った。

 キヌカゼを助けようとゲイナッツが斬りかかるが、キヌカゼの肩を踏みつぶしながら立ち上がったリリは、ゲイナッツの剣を受けると彼のお腹に腕をつきたてた。

 腹を貫かれたゲイナッツが痛みに叫び声を上げる。


「真緒さん!!」


 痛みに倒れたハウルを見て、リラーレンが詠唱を中断し、回復魔法を使用する。

 それを見た刹那、リリが地面を激しく踏み込んだ。

 それに呼応するように、リラーレンの目の前すぐから鋭い根が幾本もつきあがると、リラーレンの四肢を貫いた。

 叫び声を上げるリラーレンにティネリアの気が一瞬それた。

 リリは今度はティネリアの方を指差した。

 それを見たティネリアは「ひっ」と短い悲鳴を上げたが、彼女が逃げる動作を取るよりも早く、その指示に従い根がティネリアを貫いた。


「後は……」


 リリの視線の先にはシハナの姿があった。視線に従うように根がシハナを襲う。

 シハナは咄嗟に空中に文字を書いた。古代文字で拒絶と書かれたそれが壁のようになり、襲ってくる根を受け止める。

 が、根は一度弾かれても、そこを起点にシハナに向かい回り込む。

 シハナは1歩後退して、また文字を書き根を防ぐが、空中に文字を書くよりも明らかに根の攻撃のほうが早い。

 2度は防げたが、3度目はなかった。

 文字の障壁を回り込んだ根はシハナの腕を貫ぬこうとしたが、その根は霊体であるシハナの身体をすり抜けた。

 不思議そうな顔をしたのも一瞬。

 リリは、即座に笑った。

 それと同時に白い光が瞬き、シハナは叫び声と共にぐったりと崩れ落ち、その手を根に縛られた。


「さて、フィリン。どうする?

 愛しのムショク様と一緒に死ねるよ」


 リリの意識がフィリンへと注がれる。

 その隙をついて、ハウルが飛びかかろうとしたが、数十枚の花びらが舞い上がり、ハウルの身体に突き刺さった。

 ハウルの叫び声と共に、刃のように突き刺さる白い花びらは、ハウルの血で赤く染まる。


「このザコがあぁー!! 今あたしはフィリンと話しているんだよぉ!」


 急に人が変わったように声を上げると、リリは倒れ込んでいるハウルを蹴った。


「フィリンはねぇ! あたしのおりだったんだよ!

 分かるぅかぁ!? フィリンは、苦しんで苦しんで苦しんで。苦しんで死ななきゃダメなのよぉ!」


 うずくまり身を固めたハウルをリリは何度も蹴り続けた。

 そのリリの頬を掠めるように、フィリンは、氷の矢を放った。


「あら、フィリン。どうしたのよ。

 フィリンはこの娘、嫌いでしょ?」

「えぇ」


 我に返ったかのように、ニコリと笑い返すリリ。その言葉にフィリンはあっさり肯定する。が、その矢は引き絞られたままリリを狙っている。


「代わりにあたしが殺してあげるんだから感謝してよ」

「それはあなたがやる事ではありません」

「まぁ、いいわ。

 それより、今からフィリンの愛しい愛しいムショク様を殺すけど何かやり残したことある?」

「そんなものないですし、ムショクさんを殺させるわけには行きません」


 フィリンは矢を放った。

 が、リリはそれを素早く避けると一気に距離を詰めフィリンの腹を殴りつけた。

 低いうめき声と空気が抜ける音を残してフィリンが地面に倒れ込んだ。


「まだ、あなたは殺さないわ。

 ……そうだわ」


 リリの身体から薄黄色を帯びた靄ののような物が湧き上がると、辺りを覆った。

 甘い匂いが一瞬、鼻をかすめそれは一瞬にして痛みに変わる。

 身体全体が急に痺れ、全員がその場に固まる。


「ムショク様だけは痺れさせないであげる」


 痺れたがそれも一瞬で、身体の中からスッと痺れがなくなった。


「だからさ、無様に逃げ回ってね

 フィリンをいっぱいいっぱい失望させて、いっぱいいっぱい絶望させてね」


 リリはそう笑った。


>>第80話 1人じゃないさ

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