第78話 お前だったのか
ムショクは確かに見た。
ザーフォンは首を刎ねられ死んだのではない。
魔力が霧散し、自身を保てなくなったのだ。
霧散した魔力は、リリに集まり、消えた。それはまるで、リリという少女がザーフォンを食べたようにも見えた。
「ムショクちゃんだよね?
フィリンの中から見てたよ〜」
外見は10代くらいだろう、一糸まとわぬ姿で、手を後ろに組みながら右に左にふらふらしながら、見定めるように下から上に視線を動かした。
「やっぱり、ティチカは死んだんだよね?」
攻撃性が見られなかったので、ムショクは、倒れているフィリンを抱き起こした。
「ムショクさん、ありがとうございます」
「あれが、リリなのか?」
「はい……そして、ティチカは、私の兄です」
フィリンの兄はリリと戦った時に死んだと聞かされた。
「フィリン、いいじゃない!
愛しのムショク様に抱きかかえられて!
告っちゃいなよ〜」
「リリ……」
フィリンが不安そうな目でリリを見る。
「早くしちゃわないと後悔するよ?
ほら、だってさ――」
リリは無邪気に微笑んだ。
ムショクはその笑顔に寒気が走った。
「――みんな、死んじゃうんだから」
言うが早いが、リリはムショクとの距離を一気に詰めると、ムショクの首を掴んだ。
「さっきの雑魚を食べた時にさ、すごく美味しかったんだよ。
雑魚のくせにだよ。
あの魔力元って、あなたよね。
今はカスカスで残念だわ」
その外見では想像できないほどの力強さ。細い腕はムショクの首を持つと、ゆっくりと力を込めながら持ち上げた。
ムショクは振り払おうと、リリの手を掴むが、自分より遥かに小さいその手を振りほどくことはできなかった。
「カスカスでもきっと美味しいよね?」
更に一層、首を絞める手がキツくなる。
「リリ……お願いやめて……」
「何言ってるの、フィリン? あなたも一緒に死ぬのよ?」
突然、ムショクの目の前にポップアップが現れた。
それは場違いにチカチカとムショクの目の前で明滅するが、どうやら周りにはそれが見えないらしく、ムショクが何に驚いたのか分からなかった。
ポップアップには、プライベートチャットの受信がありますとの文字が書かれていた。
プライベートチャットが何を指し示しているか分からない。
が、ムショクを知っている人物は数少ない。
握りしめられた首はゆっくりと、だが、確実に意識を奪っていく。
目の前がぼやけてきた。
誰だか分からないが、もう、誰でもいい。
震える手を、なんとか持ち上げる
「あら、何かするつもりなの?」
ポップアップが見えていないリリには、ムショクが何をしようとしているのか分からないようだった。
震えるムショクの指先がそのポップアップに触れた。
(すぐに出てよ! もう!
プライベートリンクで、そっちに飛ぶよ!)
聞いたことがある大声が響いた。
が、どうやら、それはムショクにしか聞こえてないらしい。
その声と同時に、目の前に、猫耳の少女が現れた。
「そいつを離せぇ!」
リリの腕を蹴り上げ、ムショクを解き放つと、構えと同時にハウルの拳が無警戒のリリの肋を捉えた。
鈍い音と同時にリリが吹き飛ばされ、ムショクが地面に膝をついた。
「ハウル?」
「まったく! なんで、勝手に仕事辞めて異世界トリップしてるのよ!」
「な、なんの話だ?」
「何の話ですって! あの後ボクがどんだけ忙しかったのか分かる!?」
「真緒さん……それくらいにして」
その後ろに、リラーレンが現れる。
「真緒……? 真緒って、お前、逆原か!」
「今はハウルだ!」
その瞬間、ハウルの一撃がムショクのお腹に深く入り、ムショクの身体がくの字に折れる。
だいたい、ゲームの中でリアルの話をしたのはそっちが先じゃないかと文句も言いたい。
「さて、気がすんだところで、リラーレンお願い」
「分かりましたわ」
ムショクは気がすんだのはお前だけだろと言う言葉を飲み込んだ。あとで、ポーションフルコースをお見舞いしてやると心に固く誓った。
ハウルの言葉にリラーレンが何か唱えると、身体が急に軽くなった。
「パーティーヒール。
あれ以降、わたくしも回復を覚えましたの。
さて、失われた魔力は我らがギルドが誇るレアアイテムをお使い下さい」
「ほら、あなたも。
ノーダメージでしょ?」
ハウルが、手のひらをひらひらと振って見せた。
特定の技をのぞいて、戦闘中には互いの技では傷つかない。
そう、その設定は今も生きている。
勢いで殴られたと感じたが、そのダメージは全くと言っていいほどなかった。
「逆原! 遊びじゃないんだぞ!
今すぐログアウトしろ!」
「ゲームでしょ?
で、今はボクの名前はハウル」
「ゲームだけど……ゲームじゃないんだぞ!」
ゲイヘルン戦で、『虚無』が出てから今のVRで体験できないはずの痛みが起きた。
ナヴィが何か隠しているのは明白だ。
それでも、自分だけならいいかと旅をしていた。
が、他人を巻き込んだなら話は別だ。
「ムショクが巻き込まれているからだろ!
なんで頼ってくれないんだ!」
ハウルがムショクに怒鳴った。
ムショクからしたら否応なく巻き込まれてそれに、外界との連絡が途絶えたのだ。
助けを求めようにもできない状況だった。
「さっきから、あなたはなんですか?」
フィリンが、立ち上がると弓矢を向けた。
「回復してくれたことは感謝します。
でも、ムショクさんが嫌がってます。
ここから離れてください!」
「いやだね。
どちらかというとそっちが足手まといだ」
「あなたは、ムショクさんの何なんですか!」
「上司で、幼馴染よ!
あなたよりも彼のことはよく知ってるわ」
文句あるの? とでも言うような自慢げな顔。
フィリンは、相手が本当にムショクを知っている人間であったので思わず怯んだ。
が、すぐに思いついたように言葉を返した。
「さっきまで、ムショクさんは、知らなかったみたいな口ぶりでしたが?」
「それは、ボクたちのこの姿が本当の姿じゃないからだ!」
「大丈夫ですよ。ムショクさん。
私はどんな姿になっても必ずムショクさんだって分かりますから」
フィリンはハウルを無視して、ムショクに微笑みかけた。
そんな、フィリンにムショクは困ったようにありがとうと口ごもりながら返した。
「ボクだって、見つけるさ!」
「見つけられてませんでしたよね?」
フィリンの勝ち誇った笑みがハウに向けられる。
彼女も分が悪いのが分かっているのか、言葉に詰まる。
「だいたい、なぜ、そんな仮初の姿なんですか?
ムショクさんもなんですか?」
「いや、俺はほとんど変わってないはずだが?」
ナヴィを見るとそうですねと同意した。
外見は面倒だったので変えない。
「わたくしもですわ」
リラーレンもにこりと笑ってムショクに同意した。
「余計に、なんでわからなかったんですか?」
フィリンの勝ち誇った顔にハウルは言葉もなかった。
「だって、外見が似てるからって本人とは思わないだろ!」
「仮初の姿を使うからですよ?」
「それは……えーっと、そうだ!」
焦った中で何かひらめいた様な顔をするハウル。
だが、大抵こういう時はいいことはない。
「ムショクが、好きそうな体型だからだ!」
「お、お前、そう言うこというか!?」
思わず自分に振られ、ムショクは戸惑いの声を上げる。
「だって、お前、胸がない方が好きだろ!」
「誤解だ! 誤解!」
あらぬ疑いだ。
真緒の現実世界の体型は知っている。
ハウルのそれは現実とは真逆である。
だからといって、胸がない方が好きというのは語弊がある。
「何でそうなるんだよ!」
「そうですよ! ムショクさんは、そんな小さな胸なんて好みじゃないですよ!」
「それも違う!」
一応否定した。
ハウルと比べてフィリンは大きい方だが、現実世界の真緒の方がフィリンよりもやや大きい。
いや、問題はそこではない。
「大きい方がいいんですか!?」
フィリンが非難に似た驚きの声を上げる。
「私の胸をあれだけ見つめてたのに……」
「なんだって!」
フィリンの悲しそうな声にハウルが怒りの声とともに強く握りしめた拳を見せる。
「ご、誤解だって」
「あの時、見てくれたじゃないですか!」
あの時という言葉に思い当たる節が多い。
「いや、確かに見たが……」
「どっちなんだ!」
「あーもう! 見ました!
大変綺麗な胸でした!」
「この浮気者ー!」
ハウルが泣きそうな声でそう言う。
それと同時に、少し先で爆発音に似た大きな音がこだました。
「お前ら! リリを忘れているだろ!」
今はそんな時ではない。
この二人が来てくれた事は、ありがたいがそれでもリリを倒せる保証があるわけでない。
「フィリン、精霊を倒すために使おうとした矢は?」
「あれは……使えません」
「何でだ?」
「確かに当たれば勝てます。
でも、メルトの時にもそうだったんですが、あの矢は精霊の自壊を促します。その時の魔力暴走の範囲を考えるとメルトの比ではないと思います」
そんな危険なものをよくメルトの時に使ったものだ。
実際あれに助けられたから文句は言えないが。
「そんな危険なものをよくフェグリアの市街で使いましたわね」
シハナが、俺の思った事を代弁してくれた。
「使ったのは、あれが初めてです。
まさか、あれほどの被害になるとは知りませんでした」
黄金宝珠の時もそうだったが、しっかりしているようで、意外と後先考えずに手を出す。
エルフがそうなのか、フィリンがそうなのかは分からないが。
「やるなら。
魔力がかかった攻撃で相手を弱らせ、最後に撃ち抜くのがベストですね」
珍しくナヴィの方から声をかけてきた。
「どうした? ナヴィから助言とか珍しいな」
珍しいこともあるもんだと楽観的に返したが、ナヴィは神妙な顔つきで先を見ていた。
「有効なのはティネリアやリラーレンの魔法、キヌカゼやスライのような魔力で構成されているものの攻撃、後はハウルのレイジングフィストのような魔力効果がかかったバフです」
それならばと、ハウルはレイジングフィストを使い拳の周りに赤い闘気を纏わせた。
「エルフのあなた。矢は私が作るわよ」
ファーレンハイトが手のひらに氷を矢を作り、それをフィリンに渡した。
「これなら、いけるでしょ?」
「はい。それで問題ないです」
「あの人間に絶氷の咆哮に乗じて魔力を奪われてね。これくらいしかできないの。
リリの話は精霊の中でも有名よ。
厄災の花の精霊。残念ながらあれは私達よりも強いわよ」
ナヴィは全員見てコクリと頷いた。
「ムショク、聞いてください。
あれは――リリは――規格外です。ここにいてはならないほどの強大な存在です」
ナヴィはギュッとムショクの袖を引っ張った。
「任せろ。ナヴィ。
じゃあ行くぞ!」
ムショクの声に全員が武器を構えた。
それと、ほぼ同時、ムショクはあることに気づいた。
あれ? 俺だけ役割がなくないか?
>>第79話 厄災の花の精




