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第77話 精霊化ザーフォン

 ザーフォンが満足そうに周りを見た。

 リルイットの地下で会った時にはまだヒトのそれに近かったが、今は、その気配も薄れ、目や腕が氷と化していた。

その様相は明らかにヒトのそれとは離れていた。

 彼はファーレンハイトを見下ろし、大きな満足感に浸っていた。


「やはり、間違っておらんかった!

 これじゃ、これで良いのじゃ。これでワシは――」


 ザーフォンが言い終わらない内に、セルシウスがザーフォンに飛びかかった。


「貴様! ファーに何をした!」

「煩いわい!」


 ザーフォンがセルシウスに手をかざし冷気を発した。

 セルシウスがそれを受け止めたが、その両手が凍てつき、冷気の風を受け止められず、大きく後ろに吹き飛んだ。


「ひょっひょっひょ、『凍氷の王女』と呼ばれたファーレンハイトの冷気じゃぞ。

 お主ごときでは受け止められんよ」


 ザーフォンは吹き飛ばされたセルシウスを見て笑った。


「これが絶氷の咆哮(コキュートスファング)か。

 素晴らしい魔力! 素晴らしい冷気!」


 最初一部だった皮膚にあった氷は、今は身体全体を覆い、身体と一体化し始めた。

 風になびいていた髭は、尖った氷と化し、身をまとっていたローブは雪のようなものに変わっていった。


「ヒトが……精霊にですって!?」


 ファーレンハイトが驚いた声を洩らした。


「ひょっひょっひょ、そんな事に驚いておるのか?

 彼の炉の精霊は元々ヒトの巫女であったのじゃぞ?

 必要なのは時間と多くの魔力じゃ

 お主の絶氷の咆哮(コキュートスファング)は素晴らしいものじゃ

 半分が精霊化していたワシの身体がついに完全な精霊になることができたのじゃからな」


 ザーフォンが、シハナやティネリアを再度氷で封じ込めた。


「これが精霊か!

 ヒトを越え、自然を超越した力。

 ムショクよ、一時はお前の魔力に憧れもしたが、もう要らぬ。

 ワシは完全な精霊になったんじゃ!」


 ザーフォンの目の前に魔法陣が浮かび上がった。ザーフォンが笑い声と共に幾つもの薄い氷の刃を作りムショクを切り裂き貫いた。

 突然身体に走った痛みと血飛沫が舞った。いつの間にかうっすらと積もった雪に鮮血が色づける。

 痛みを堪え切れず、地面に倒れ込むムショクを、笑いながら見下ろすと氷にまみれた手を見せた。

 最初はヒトの手の形をしていたそれだが、氷を軋む音を立てながら形を変え、蟹のような大きなハサミへと変化した。

 ザーフォンはそのハサミでムショクの首を挟むと見せしめのようにムショクを持ちあげた。

 ムショクは苦しそうにその刃の部分を持ち、身体を支えるが、そこから抜けることはできずにいた。

 首を挟んでいた氷の刃が赤く濡れ、僅かに溶ける。


「ひょっひょっひょ、さよならじゃな」

「待ってくださいッ――」


 ナヴィが青ざめた顔で叫び声を上げた。


「――カゲロウ!」


 ナヴィがカゲロウの名を叫んだと同時、彼女がムショクの胸元から飛び出すと、ムショクの首を押さえつけていた氷の刃を叩き割った。

 ザーフォンの氷から解放され、よろめきながらも何とか、倒れずに踏み留まった。


「何じゃそいつは? ん? たき火の精霊か?

 その程度の精霊がワシに逆らうというのか!?」


 カゲロウの周りに氷のつぶてが、そして、その隙間を狙う様に氷の鎖が現れた。


「低級の精霊が、ワシのような高位の精霊に――」


 圧倒的な差を見せつけていたはずのザーフォンの氷が、その瞬間、全てカゲロウの炎によって溶かされた。


「――なんじゃ、貴様はぁ!」


 ザーフォンは驚きの声を上げた。

 彼からすれば、カゲロウは低級なたき火の精霊でしかなかった。だが、彼女は龍の中の龍。ゲイヘルンの焦炎を受け継いだ神殺し(ミスティルティン)級のたき火だった。


「カゲロウ! あなたがここに来ると、メルトは、フェグリアの街はどうするんですか!」


 カゲロウはナヴィの言葉が耳に入っていなかった。

 彼女は後悔していた。

 それは、ゲイヘルンとの戦いの時の事だった。彼女はまだただのたき火の精霊で、ゲイヘルンは畏怖すべき存在だった。

 戦うなど、ましてはその姿を見ることなどかなわない存在だった。

 それを前にして、彼女の身体は恐怖に支配されていた。

 スライムですら戦いに参列したというのに、主契約を結んだ相手が戦っているというのに、カゲロウはずっと隠れたままだった。


 だから。

 だから、またここで見ているだけなんて言うのは、我慢ならなかった。


「おのれ! それならば、ワシが本物の絶氷の咆哮(コキュートスファング)を見せてやる!

 低級精霊のくせにワシに逆らった事を後悔するんじゃ!」


 カゲロウは、大きく息を吸い込んだ。

 今こそ役に立つ時だ。


 ザーフォンが狂ったように叫びながら放った絶氷の咆哮(コキュートスファング)を迎え撃つために、カゲロウは煉獄の炎息(ゲヘナブレス)を放った。


 凍えるような冷気と焼け落ちそうな熱気が同時に辺りを駆け巡る。

 雪は溶け、水となりそれと同時に、凍りつく。

 神を殺すために編み出した最強の技はその威力が拮抗しており、ちょうど中心、それらがぶつかっているそこが魔力の波で荒ぶいている。 


「マズイわ! 魔法が相殺して、魔力溜まりができてる!」


 ファーレンハイトが警戒の声を上げた。


「何がマズイんだ?」

「魔法が魔力の状態で溜まっているの。押し切られると溜まった魔力が全部押し切った方の魔法に変わるわよ」

「勝てばいいのか?」

「でも、このまま拮抗が続けば指向性を無くした魔力が辺りに広がるわ!」

「それって……?」

「無差別に魔法が発動するわ」


 魔法の競り合いに負けたら、自分の魔力を含めた魔法が襲う。

 神殺し(ミスティルティン)の魔法だ。その威力は低いわけがない。だが、このまま、魔力溜まりを作り続ければ、無差別に魔法が発動、暴走をしてしまう。


「ひょっひょっひょっ、魔力溜まりの暴走か。

 お主たちに耐え切れられるかの?

 ワシはもう肉体を持たぬぞ?

 魔力の生命体じゃ! 精霊じゃからな!

 ひょっひょっひょっ」


 ザーフォンは、大きく高笑いを上げた。


「バカね。新米精霊くん」


 傷ついた身体をセルシウスに起こされ、ファーレンハイトはなんとか立ち上がった。


「私達精霊も死ぬわよ

 魔力の暴走ですものそれこそ、存在ごと掻き消えるわよ」

「なんじゃと! そんのことあってたまるか!」


 その直後、魔力溜まりが意思を持ったように、周りの魔力を探し吸収し始めた。

 威勢よくしていたカゲロウとザーフォンが明らかに疲れた顔を見せ始めた。

 カゲロウの姿が心なしか薄くなった気がした。


 何かカゲロウに手伝えるものはないか。

 カバンの中を探すが、ファーレンハイトとの戦いの中でポーションはすべて割れていた。

 周りを見てもめぼしい草がない。


 こういう時、錬金術師は役に立たない。


 その時、ズボンの中に何か入っていることに気がついた。

 慌ててポケットに手を入れると、そこには小さな小瓶だが、ポーションが入っていた。

 渦巻き蛇の血で作った燃えるポーション。

 試作品だが今のカゲロウにはもってこいのものだ。


「カゲロウ、よく踏ん張ったぞ!

 ポーションだ」


 小さな瓶に入ったそれをカゲロウに見せる。


「おぉまえぇ! それをワシによこせえぇ!」

「嫌に決まってんだろ」


 狂気をはらんだ叫び声がこだまする。


「カゲロウ、やっちまえ!」


 ムショクは小瓶を開けると中身をカゲロウに掛けた。

 その瞬間、カゲロウの目が大きく開き、その存在が確かなものになった。

 近くにいても感じるほど強烈な熱気。

 それが広がり辺りの氷を溶かす。

 シハナとティネリアを覆っていた氷も、キヌカゼやゲイナッツを貼り付けにしていた氷もその姿を維持できず水に戻っていった。


「くそぉぉう、精霊になれたのにぃ!

 永遠の命を! ワシの夢がぁ!」


 四散していた魔力渦が徐々に炎に変わっていく。

 一度傾いた流れは変えられず、拮抗が溶け始めた。


「こんなあぁぁ、小僧にいいぃ!」

「いけ! カゲロウ!」


 ムショクの声に、炎の勢いが更にました。

 全ての魔力が、炎に変わろうとしたその瞬間ムショクは急な立ちくらみに倒れた。

 身体を覆う虚脱感。それは一瞬で、あたりの炎が消え、凍てつく世界へ戻った。


「ひょっひょっひょっ、おるではないか!

 お前のような魔力タンクがなぁ!」


 ムショクは地下牢でザーフォンに魔力を抜かれたことを思い出した。

 が、その徒労感は前回の比ではない。

 ムショクの中から殆どの魔力が奪われたのを感じた。


「さぁ! ここにいる全員ワシに魔力を渡せ!」


 その言葉と同時にティネリアやゲイナッツが倒れていく。

 その維持の殆どを魔力に依存しているシハナやキヌカゼは、その効果が絶大らしく、うずくまるようにして耐えている。

 ムショクも立ち上がろうとしたが、それもできず座り込んでしまった。

 そんな中、スライが心配そうにムショクの側で動き回る。


「全く……何で、お前はそんなに元気なんだよ……」


 スライはムショクの目の前に立つと表面に紋様を浮かび上がらせた。

 見覚えのある紋様。

 地下牢でスライが食べて驚いていた魔法封じと同じ紋様だった。

 スライの身体が伸びて、一部が口の中に入る。

 スライの一部が切り離されてそれが体内を駆け巡る。

 それはポーションだった。


「ありがとう……もう一つお願いしていいか?」


 ムショクはそう言うとスライに小さい声で話しかけた。

 スライはそれを聞くと分かったと言わんばかりに身体を震わせた。


「さぁ――」


 ムショクは、杖を握りしめ立ち上がった。


「――行くか!」


 立ち上がったと同時に、ザーフォンに向かって走り出す。

 ザーフォンは一瞬、それに驚いたが、すぐに杖を握りしめ殴りかかってくるムショクを笑った。


「ひょっひょっひょっ、ワシに物理攻撃などきくかぁ!」


 そんな言葉も意に介さず、ムショクは、その杖を振り抜いた。


「ぎゃあぁゃぁ!」


 ムショクの振り切った杖がザーフォンの腕を剥ぎ取った。


「何だその杖は!」


 魔力の渦が大きくうねる。


精霊殺しレヴァテインかぁ!」

「いや、ただの杖だぜ!」


 ムショクは「ただし」と言葉を続けて杖を振り抜いた。また、杖はザーフォンの魔力を奪った。


「先端にはスライがついてるけどな!」


 杖の先端からひょこりと顔を出したスライ。

 その身体には、魔力封じの紋様が浮かび上がっている。


「きさあぁぁまぁ!」


 ザーフォンを今まさに打ち破らんと杖を振り上げた瞬間、魔力の渦が大きく膨れた。


「魔力が弾けるわ!」


 ファーレンハイトが悲痛な声を上げた。

 ムショクは咄嗟に振り下ろす先をザーフォンから、魔力の渦に変えた。


 ムショクが杖を振り下ろした瞬間、一瞬の無音の後、あたりを支配していた緊張が解けた。


 力を出し切ったカゲロウはゆっくりと地面に降り、魔封じの力を使い魔力を消し、そして、同時にその魔力を食べていたスライも、さすがの魔力の多さに、グッタリと杖から落ちた。


「ひょ…ひょっひょっひょっ!

 バカめ! バカ者め!」


 疲労困憊のムショクたちを見てザーフォンは大きく笑った。


「終わりじゃあ!」


 そう言い、空中に魔法陣を描いた瞬間、ザーフォンの首が消えた。

 一瞬の静寂。それも一瞬で、ザーフォンの身体が空中に四散した。


 ムショクは目の前で起こった事が理解できなかった。

 ザーフォンがムショクたちに魔法陣を向けた瞬間、どこからともなく現れた白い身体の少女が、ザーフォンの首を引きちぎった。


「やぁ、フィリン。

 死にかけているじゃない?」


 その少女は楽しそうにフィリンを見た。


「ムショクさん……すみません……リリが……」


 フィリンは息も絶え絶えそうこぼした。


>>第78話 お前だったのか

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