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第73話 ピンチの時のこの一本

「そのままよ。

 あなたは既に『ネツァク』と『ケブラー』を持っているわ。

 その上、『ケセド』を与えたら貴方は資格者になるわ」

「だから、さっきから何言ってるのか分からないんだって!

 何の資格だよ!?」


 フィリンやシハナの方に向くが、彼女たちも不安そうに首を振る。


「……私に勝ったら教えてあげるわ。

 構えなさい!」


 ファーレンハイトは右拳をこちらに向けこちらに構えるように促した。


「ちょっとまて! だから、戦うつもりはないって言ってるだろ!」

「貴方がなくてもこちらにはあるのよ。

 やる気がないなら私から攻めるわよ!」


 戦わないという選択肢はないみたいだ。

 ムショクが杖を構えたのに促されるように、全員が武器を構えた。


「ムショクさん。大丈夫です。

 私は、いつでもムショクさんのために戦いますから」


 フィリンはそう言って弓を構えた。


「キヌカゼよ。お出でなさい!」


 シハナは『簒奪(さんだつ)者の絵具』がついた筆を取り出すと、空中に文字を書いた。

 それに呼応するように地面が盛り上がると、そこから骸骨騎士がはい出してきた。


「わたくしも力添えさせて頂きますわ」

「助かる」

「……もう! やるしかないじゃない!」


 フィリンとシハナがやる気になった事で、観念したようにティネリアが声を上げた。


「私みたいなリルイットの人間にはセルシウス様とファーレンハイト様は信仰の対象だった言っているのに……あぁ! もう!

 私もザーフォンと変わんないじゃない!」

「すまんな」

「巻き込まれすぎて涙が出てくるわよ」


 考え直せば、ティネリアが最も巻き込まれ続けた人間かもしれない。

 最初はヘルムガートに襲われ、所持品がなくなったため、ムショクに頼った。

 それがきっかけで、密入国はするし、氷結の精霊と戦うことになった。

 どれもリルイットでは最高刑に値する罪ばかりだ。


 最後まで考えあぐねているゲイナッツにムショクは声をかけた。


「というわけで、数少ない前衛なんだ。

 おっさん。宜しく頼む」

「しかし……いや、致し方ない……

 王の思い人を危険にさらしたくないからな」


 ゲイナッツはそう言うと、剣を構えた。


「どうやら、全員やる気みたいね」


 ファーレンハイトが嬉しそうに笑った。


「ファー。1人でやる気か?」


 セルシウスが心配そうに声をかけた。

 その言葉にムショクは警戒した。

 氷結の王と言われたセルシウスが、この戦いに入る込むと負けは必須である。

 何としてもそれだけは避けたい。


「もちろんよ」


 嬉しそうな顔のファーレンハイトにセルシウスは困った顔をした。


「だって、アナタが入ると全力出せないんですもの。

 たまには、わたしも全力で戦いたいわ」

「お前たち……」


 セルシウスが諦めたようにムショク達を見た。


「ファーは俺よりも強いぞ」


 氷結の王と言われたセルシウスはアイテム作成に秀でおり、どちらかというと生産職の気が強い。

 逆にその妻であるファーレンハイトはがちがちの戦闘タイプだった。

 彼が氷結の王と呼ばれる所以の1つに、最強の戦士である妻がいることも挙げられるくらいだ。


「くそっ、戦闘狂(バトルマニア)はそっちの方だったのかよ」

「さぁ!  行くわよ!」


 地面を踏みつけ、ファーレンハイトが一足飛びにムショクに向かう。それに真っ先に反応したのは、ゲイナッツだった。

 ムショクとファーレンハイトの間に躍り出ると、剣でファーレンハイトの拳を受け止めた。受け止められたことに驚くことなく、ファーレンハイトはすぐに身をかがめると、氷の欠片をまき散らしながらくるりと弧を描き、ゲイナッツの足を払った。

 だが、ゲイナッツもリルイットの王が認めた騎士。その足払いを軽々と避けた。

 しゃがみ込んだ無防備なファーレンハイトに向かい、剣を向けた矢先、その隙を狙う様に地面から氷柱(つらら)が幾本も生え、ゲイナッツを狙った。


「助太刀致す」


 キヌカゼが素早くもぐり込むと、ゲイナッツを狙う氷を全てを叩き斬った。 

 ゲイナッツは助けに入ったキヌカゼを見て一瞬ぎょっとした顔をした。

 何せキヌカゼは骸骨騎士である。

 敵対するならいざ知らず、共闘するなどゲイナッツは考えたこともなかった。


「助かった。あなたは?」

「拙者はキヌカゼ」

「もしや、勝利の風と言われた!?」

「昔の話でござる」

「心強い」


 が、ゲイナッツも根っからの剣士。

 相手が、噂に名高いフェグリアの騎士となれば、むしろ喜ばしい経験だとも思うほどだった。

 ゲイナッツとキヌカゼが目にもとまらぬ速さで、ファーレンハイトを斬りつける。

 ファーレンハイトがそれを丁寧に受け流していく。

 剣閃が高速で飛び交うが、そのどれもがファーレンハイトをまるで避けるかのように走る。それだけ、ファーレンハイトは流れる様にそれらをさばいている。

 一瞬の隙をつき、防戦一方だったファーレンハイトの拳が、キヌカゼを捉えた。

 その一瞬でキヌカゼの身体が舞った。

 フォローするようにゲイナッツが剣を振りおろしながら一歩踏み出てるが、ファーレンハイトはそれをいなし、ゲイナッツの残身のバランスを崩すと、キヌカゼに飛びかかった。


「魂まで凍えなさい!」


 宙を舞い踏ん張りがきかないキヌカゼのすぐ傍、ファーレンハイトが拳を構える。

 まさにその拳をキヌカゼに叩きつけようとした刹那、一陣の風と共に鋭い音が走り、ファーレンハイトはとっさに氷で身を守った。


「助かったでござる!」


 キヌカゼは着地をすると、剣を握りしめると素早くファーレンハイトに斬りかかった。

 舞う剣閃の中、今度はフィリンの弓矢が間を縫うように放たれる。

 前中衛陣がファーレンハイトをその場に足止めしてくれたおかげで、ティネリアの詠唱が終了した。


「行くわよ! 対氷結陣!

 みんな離れて!」


 ティネリアの声に、キヌカゼとゲイナッツがファーレンハイトから離れた。


「燃え尽きろ! 獄炎(ごくえん)の薔薇 レジカル・セディレーン!」


 ティネリアが叫んだ直後、ファーレンハイトの足元から燃える2本の線が生まれ、ファーレンハイトを覆うような立方体を描き、彼女を閉じ込めた。

 突如、立方体の中が爆炎に包まれ、何度も激しい爆発音が響いた。

 さすがのファーレンハイトもこれにはと思った刹那、炎が一瞬にして凍りついた。

 それと同時に周囲を囲んでいた立方体も蒼く凍りついた。


「まだまだよ!」


 ファーレンハイトのその言葉と同時に凍りついた炎が砕かれ、ファーレンハイトがティネリアに向かい飛び出した。

 ゲイナッツとキヌカゼが真っ先にそれに反応し、剣を構え間に立ちはだかった。

 ファーレンハイトは足を強く地面に叩きつけ、その場で止まった。足が叩きつけられたその場所は凍りつき、その氷は地面の上をまるで蛇の様にティネリアに向かって行った。


「ティネリア殿!」

「残念。貴方達は私の相手よ!」


 ゲイナッツが助けに行こうとしたが、 いつの間にか距離を詰めたファーレンハイトが二人に向かい拳を向けていた。

 2人が素早く剣を動かすが、それよりも早くファーレンハイトがその拳を動かす。

 ゲイナッツとキヌカゼ2人がかりにもかかわらず防戦一方だった。


「ティネリアこっちだ!」


 ムショクがそう叫ぶと、『トールフラゴ』をその追ってくる氷にう向かって投げた。

 トールフラゴが着弾すると、爆音とともに地面ごとその氷の蛇を吹き飛ばした。


「助かったわ!」

「もっと威力の強いやつを打てるか?」

「さすがに、そんなにポンポン打てる魔力はないわよ」

「魔力があればいいのか?」


 そう言った直後、キヌカゼとゲイナッツが同時にファーレンハイトに殴りつけられ、吹き飛ばされた。


「つ、強いでござるな」


 キヌカゼとゲイナッツは上手く受け身を取ったが、その力の差は歴然としていた。


「その程度で終わるつもりなの?」


 肩透かしなのか不満そうにムショク達を見つめるファーレンハイト。


「ちょっと待ってろ。

 リクエストに応えてやるよ」


 そう言うと、ムショクは蒼いポーションを取り出すとティネリアに渡した。


「な、何よこれ」

「ポーションだ」

「こんな時にポーションなんて必要ないでしょ!」


 このポーションは魔力回復やその他様々な恩恵があるぞと言っても信じないだろう。それらが付属されただけでかなりの価値があるというのだから。

 ならば、やはり口で言うよりも実体験してもらう方がいいだろう。

 ナヴィにポーションを渡すと、にこりと笑った。


「よし、ナヴィ。

 お前に重大な仕事を与えよう」


 そう言うが早いが、ティネリアの背中に回り込むと、両腕と顔を押さえる。


「ちょ、ちょっと、何するのよ!」

「ナヴィ! それを口に突っ込め!」


 ナヴィはさすがに躊躇した。

 ムショクのポーションの威力は知っている。

 それと同時に味の強烈さも体感済みだ。

 それを自らの手で他人に下すなど。


「早く、早く」


 何をされるか分かっていないが、取りあえず抑え込まれていることが不快と感じているのか、ティネリアは必死に振りほどこうとしている。


「ナヴィ、いけ! 勝つためだ!」


 ナヴィもそう言われるとやらざるを得ない。


「ちょ、ちょっと、ナヴィさん? 何をするつもりなの?」


 ナヴィが蒼いポーションを持ってゆっくりと近づいていく。

 逆にそっちの方が相手に恐怖感を与えるののだが、ナヴィはそんな事気づいていない様子だ。


「ティネリアさん。

 すみません!」


 そう言うと、持っているポーションをティネリアの口に注ぎ込んだ。


「ごほっ、う、おえっ」


 ムショクの束縛から抜け出すと、地面に崩れ落ち、器官に入ったのかむせる様に咳と嗚咽を繰り返した。


「おえぇぇぇぇぇ、まずい、まずい! 何よこれ!」


 必死に吐き出そうとするとが、胃に入ったポーションはそう簡単に表に出てはくれない。


「これは……」


 ナヴィがぼそりと呟いた。

 罪悪感とちょっとした悪戯心。

 地面で悶え苦しんでいるが、まずいだけで傷つけたわけではない。

 高い効果のポーションなのだ。感謝されておかしくない。


「……嵌まるかもですね」

「だろ?」


 ムショクが、にやりと笑った。


「さて、次はシハナ」


 ムショクは今度は紫色のポーションを取り出した。


「まったく。悪戯が好きですわね。

 いいですわ。飲みますわ」


 抵抗されるかと思ったが、シハナはあっさりそれを受け取った。


「忘れているかもしれませんが、私は死者。霊体なのですわ。

 現世の味は、私には通じませんわ」


 そう言って、にこやかに紫色のポーションに口をつけた。

 突如、蒼い顔になってポーションを吐きだそうとしたので、ムショクはその口を押さえつけた。


「飲めよ」


 言うが早いが、シハナからポーションを取り上げると残り全てを口の中に突っ込んだ。


「んー!!!」


 声にならない叫びを上げるシハナ。

 それを見たムショクは返す刀で、キヌカゼに同じ色のポーションを飲ませた。


「ははは、拙者はアンデットゆえ、味などなどどどどど」


 キヌカゼの顎が小刻みに揺れてカタカタと音を立てる。


「じょ、浄化されそうでござる」


 まさかの出来ごとにキヌカゼは全身の骨を揺らす。


「なぜですの!?

 なぜ、霊体であるわたくしにこのような影響を!」

「あぁ、『冥帝の指環』を作った時に霊撃付与っていう効果があったからな。

 それをポーションにつけてみた。

 まさに、天にも昇りそうな味ってことか」


 上手いこと言ったぞというしたり顔のムショクに呆れた顔を見せたナヴィ。


「普通は回復アイテムに霊撃付与何てつけませんよ」

「まぁなぁ。ほら、シハナが死んでるって聞いて何とかポーションを飲ませて上げたいという一心でな」


 言葉だけ聞けばけなげな発言だが、その実、幽霊にもこのまずさを体感させたいというふざけた欲望なのだ。


 飲まされた3人は文句の一つも言いたかったであろうが、何よりその効果に驚きの声をあげていた。


「さて。メインアタッカーがパワーアップしたところで、

 再開だ!」


>>第74話 精霊戦と無粋な乱入者

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