第7話 戦闘開始!
「えーっと、じゃあ、会議を始めます」
フェグリア城下町の外れにある平原、星すずらんが咲いていない場所を選び隠れるようにムショク、ナヴィ、スライムが円陣を組んで座った。
「えっ? そのスライムも一緒なんですか?」
「当たり前だ! なっ? スライ!」
スライムのスライが、その言葉に呼応して身体を光らせる。
まるで拾ってきた子犬に名前をつけるように、ムショクはスライムに名前を付けた。
「ちょっと、身体光らせないでください」
ナヴィの言葉にスライはゆっくりと身体の光を消していく。
まるで、落ち込んでションボリするように。
「で、会議って議題は何なんだ?」
「いや、何なんだも何も。
このスライムのことですよ」
「スライな? このぺったんが。
で、スライが何かしたのか?」
「ぺったんって誰のことですかねー。
まぁ、この際、それは置いておいて、何をしたのかってのは、こっちのセリフです。
ムショクが星スズランと合成したせいで、
スライムが何か新種になっちゃったんですが」
「何だって! おい、お前新種になったのか!」
スライが嬉しそうに身体を震わせる。
揺れる透明の身体はまるで、そう、まるで女性の胸のよう。
ぷるんぷるんだ。
ムショクはそこが気に入ったのかもしれない。
「このままだとこのスライムは他の冒険者に狩られちゃいますよ?」
「そうなのか?」
「まぁ、他の冒険者からしたらレアモンスターですからね」
「それは、困るな」
スライもプルンと体を震わせた。
「一緒に来るか?」
「はぁ。まぁ、そうなるでしょうね」
このまま放っておいて、他の冒険者に殺されるのはいくらナヴィと言えども目覚めが悪い。
ムショクの言葉にスライは嬉しそうに頭に飛び乗った。
サイズの割りには意外と軽く、頭に乗ると溶けるように広がって、頭から背中にかけて薄い膜となった。
「『同化』ですよ。スライムのスキルなんです。昼間なんかこうやって姿を隠しています」
見た目は完全に普段通りだが、ひんやりと冷たい感触が背中を覆う。これが思った以上に気持ちいい。
「さすがに薬草ばかり抜くのは飽きてきたな。他になんかあるのか?」
「多少の戦闘を覚悟なら『火焔茸』と『氷結草』の場所があります」
「なんか、名前が格好いいな。
よし、それにしよう」
「本当にいいんですか?」
「今度は武器もあるしな」
ゲイルに貰った武器を確かめるように持ち直した。
「じゃあ、行きましょう。
少し歩きますよ」
ナヴィが案内したのはフェグリア城下町から北東に位置する小さな森である。
その名はベイヘル森林。
小さいと言っても歩いて突っ切るなら半日はかかる。
ここは状態異常系のモンスターが多く、そのモンスターの性質上あまり好かれてはいない。多くの冒険者もここを飛ばして違うところでレベルを上げる。
「敵が強い訳じゃないんですけどね」
「それじゃあ、どうして少ないんだ?」
「レアなアイテムがないのと、まぁ、敵ですかねぇ?」
状態異常系は、対策として毒消しなどのアイテムが必要となる。無駄な支出になるから、強制的に行かされること以外は誰も行きたがらない。
森に入ると、その雰囲気は一変した。
鬱蒼とした木々はその葉を広げ、空が見えない。
時折、風が吹き揺れるが、互い絡み合い覆うようなそれらが揺れるとまるで何か不思議な生き物が走り去ったような不気味な揺れ方をする。
さすがに暗すぎるので、スライに前方を照らしてもらった。
範囲は狭いが、歩くには問題ない程度の明るさはあった。
「鑑定」
適当な木の根元に目をやる。
スキルの使用と共に、木の根元にいくつかのアイテムが見つかった。
『毒消し草』、『毒キノコ』、『火焔茸』。
「早速、色々見つかったな」
「採集ポイントはかなり多いですよ」
早速、毒キノコ以外の植物を抜き、革袋に入れた。
ナヴィの言うとおり、採集ポイントはかなりの数があった。
最初に説明があった『火焔茸』に、『氷結草』。
他に『夢想草』に『パラライズフラワー』を採集することができた。
『夢想草』は幻惑効果がある花を咲かせるらしい。
また、その根は睡眠作用があるらしい。
『パラライズフラワー』は、その名の通り花びらに麻痺効果がある花らしい。
口に入れなければ効果はないが、何かに使えるかもと根ごと採集した。
ナヴィの知識は遺憾なく発揮されている。
全知とは口だけではなかった。
「『氷結草』は便利なんで多めにとっても良いですよ」
「なるほど」
折角なので、根っこから抜くことにした。
「この石は?」
「どれですか?」
褒められて気分が良いのか、ナヴィは嫌な顔一つせず採取したものを話す。
「あぁ、これは『月蝶石[げっちょうせき]』の欠片ですね。珍しいですね」
「そうなのか?」
「未知の案内人である月蝶が好んだ石です。幸運のお守りに使ったり、アンティークとしても好まれます。少し小さいですがムショクも運がいいですね」
月蝶という不思議な蝶々は、誰かを誘うように不思議な場所に連れて行くらしい。
昔の絵本とかにも頻繁に登場するらしい。
次また分からないことがあったら教えてくださいと言うと自慢げに肩に乗った。
俺はその欠片をポケットに入れた。
次々と採集ポイントを見つけるとそのたびに採集した。
他に珍しいものは採れなかったが、いつもと違うものを取れただけで結構満足した。
これで調合や合成したら立派な錬金術師になれるはずだという期待に胸がふくらむ。
ムショクの妄想がいい感じに広がったところで、嫌なにおいが鼻を掠めた。
「なんだ?」
腐ったような嫌悪感を覚える甘い臭いに、ムショクの表情が歪む。
「どうしました?」
「臭い……」
その言葉に、ナヴィはあたりを警戒した。
「『はぐれキノコ』が近くにいます! 気を付けてください!」
その言葉にムショクの緊張も一気に高まった。
まともな戦闘は初である。
できれば交渉をしたいと言ったムショクにナヴィは激しく否定した。
スライの場合は、幸運な偶然である。あまり頼るものではないと言い切った。
手前の草むらががさがさと動き、腐敗臭が一気に強くなった。
形状は分からないが生き物の気配。ガサガサと草をかき分けそれが顔を出した。
膝くらいまでの巨大なキノコに手足がついており、赤く毒々しい傘には、青いぶつぶつが何個も盛り上がっている。ハイセンスすぎる配色だ。
ムショクは杖を強く握りしめた。確かに交渉して和やかに和解する雰囲気ではない。
『はぐれキノコ』は狙った獲物を毒で殺し苗床にする。
「おりゃあああぁぁ!」
先手必勝。
ムショクは『はぐれキノコ』を見た瞬間、相手の近くまで一気に踏み込むと、その杖でキノコを殴り飛ばした。
杖から伝わる鈍い感触と重み。
気持ちいいほど、『はぐれキノコ』が飛ばされた。
ボールのように飛ばされた『はぐれキノコ』は、後ろの木に当たると傘の粉を震わせながら
地面に倒れこんだ。
「おっし!」
「やるじゃないですか!」
ムショクのガッツポーズに、ナヴィが手を叩いて喜んだ。
なんだか、冒険者のようだ。
スライはまだ警戒しているようだったが、この程度のモンスターなら大丈夫だろうとムショクは感じた。
「よっし、この程度なら朝まで採集できそうだな!」
「私も頑張りますよ!」
拳を突き出すと、ナヴィもそれに合わせて拳を合わせた。
新たな採集ポイントを探そうと歩き出した瞬間、視界が大きく揺れ、その場に倒れ込んだ。
「――ッうっ、おぇえっっ!!」
吐きはしなかったが、喉の奥底から胃酸が上がってきた。
胃酸の酸っぱい臭いと焼けるような痛みが喉を走る。
「どうしたんですか!」
「いや……ちょっと……立ちくらみか?」
何が起こったのか理解できなかった。と、同時に、身体に強烈な痛みが走る。
「もしかして!」
ナヴィが何か気づいたように、『はぐれキノコ』の方を見た。
ぐったりと倒れていた『はぐれキノコ』がいつの間にか立ち上がっていた。
「毒の胞子です! 風上に逃げてください!」
「くそっ、仕留めきれてなかったのか!」
ステータスに状態異常:毒を示すマークがつく。
「ナヴィ。毒消し草出せるか?」
「すぐに!」
先程拾った毒消しを口に含む。
どくだみのような癖のある味が口の中に広がる。
『はぐれキノコ』の周りにはすでに白い靄のようなものが漂っている。
あれだけの量の毒の胞子を受けたら発狂しかねない。
背筋に恐ろしいほどの寒気が走った。
スライと出会った時もそうであった。
痛みがあった。
もし、死んだら。
いや、死ぬほどのダメージを食らったらそれは再現されるのだろうか?
ゲームだから安全だとは思いたい。
そんな安直な考えを冷静な自分が否定した。
ムショクが置かれている状況。それは、ほかのプレイヤーと大きく違う。
彼は今も、NPCとして扱われている。何が起こるかわからないのだ。
毒消し草のお陰で毒の苦しさは多少和らいだが、まだ身体は痛む。
風上に立っている『はぐれキノコ』はずっと毒の胞子を撒いている。
が、今にも倒れそうである。弱々しくキィキィと鳴いているそれにもう一撃当てれば、もしかしたら倒せるかもしれない。
ムショクは杖を強く握り直し、踏み出した。
「いくぞ!」
「ちょ、ちょっと、ムショク?」
走り始めたことで、引っ張られたように後について行く。
大きく振りかぶり、『はぐれキノコ』を殴り飛ばそうとした瞬間、あの腐った臭いが更にきつくなり、草むらが大きく揺れた。
ヤバイと、思った瞬間にはもう遅く。
振り下ろした杖は止められず、弱っている『はぐれキノコ』を打ち飛ばした。
振り絞った力の分、その反動で毒の胞子ごと大きく息を吸い込んでしまった。
肺が焼け付くように熱くなり、耳鳴りが始まった。
「マジかよ……」
先程揺れた草むらから 2体目の。いや、3体目のの『はぐれキノコ』が現れた。
これはさすがにまずい。
「逃げるぞ!」
膝に手を当てて倒れないように身体を支えふんばると、息を止め走り出した。
ムショクにつられ、引っ張られたナヴィは悲鳴を上げたが、ムショクは止まらなかった。
「どこに行くつもりですか!」
「とりあえず、距離を離す!」
何とか、肩にしがみついたナヴィだが、まっすぐ走れず右に左に傾きながら走るそれに、何度か小さい悲鳴を上げる。
森の中を駆け抜け、後ろに飛び去っていく木々。
スライの柔らかい明かりが走るムショクの前方を照らす。
足元に樹の根があり、危うく転びそうになる。
吐き気はまだ消えない。
「くそっ!」
胃酸のせいか、毒のせいか。喉が焼けるように熱い。
水でも何でもいいから喉を潤したい。
がむしゃらに走っていると、遠くに何か輝くものが見えた。
月明かりに照らされた泉だった。
そこでなら水が飲める。脇目も振らずそこに向かう。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ナヴィの言葉も聞きたいが、ムショクは足を止めなかった。
思った以上に毒の胞子を吸い込んだようで、吐き気と痛みが限界に近かった。
ここで倒れたらしばらく起き上がれる自信がないだろうと感じた。
泉につくと倒れこむように頭を泉につけた。
毒なのか、走ったせいなのか、火照った身体が泉の水で冷やされる。
泉の水で喉を潤したが、吐き気はまだ収まらなかった。
何度かの嗚咽で、泉の水を吐き戻したが、それでもまた、水を飲んだ。
「大丈夫ですか?」
ナヴィの心配そうな言葉にも、「あぁ」と一言だけつぶやいた。
柄にもなく不安そうなナヴィに乾いた笑顔を見せた。
「どうしよう。ムショク……」
「大丈夫だ」
「違うの。聞いて!」
ナヴィの顔はさっきと変わらない。
「ベイヘル森林には水場なんてないんです。
泉なんてないはずなのに!
分からないんです! どこなんです? ここは?」
ムショクは右手でセレナ樹の杖を握りしめ、守るように左手で彼女を抱きかかえた。
「大丈夫だ……心配するな……」
背中にスライの冷たさを感じる。
「ちゃんと守るさ……
だから、ナヴィ……
不安な表情を見せるな。大丈夫だ」
そして、ムショクの意識は深い闇の中へと落ちていった。
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