第69話 ムショクの真価
霊山ケルビンに咲くものは、平原に生えていたものとはかなり違っていた。
「平原の植物は、広い大地と肥えた土に守られ、その生育は多様で多くの効果が見込まれます。
しかし、こういう高山の植物は、そう言った平原よりもかなり厳しい環境のため、
その生育は限られていますが、どれも効果が高いのが特徴です」
「ティネリア。手伝ってもらっていいか?」
「もちろんよ。ここら辺のものなら多少は知っているから」
ムショクとティネリアは手分けして、ケルビンにある採取アイテムを探し始めた。
岩陰に咲く小さな黄色い花、不思議な香りがかおる木の枝、赤色の粘土土とケルビン石が取れた。
「この黄色い花はダンテ草と言って、腹痛によくきくのよ。町の薬局でも売っているメジャーなものよ。この枝は、ビャクネンといって、香木の一種ね。
扇子なんかに使われるんだけど、贅沢品ね。街で高く売れるんじゃないかしら」
取ったアイテムをティネリアが一つずつ教えてくれる。
「薬草はこれなんかがいいわ」
そう言って、地面に咲く小さく白い花を持った草を抜いた。
「スノードロップ。正確にはこの花に癒しの効果があるの」
ティネリアに言われ、花びらを一枚千切るとそれを唇に当てた。
甘い香りとともに唇に柔らかな温かみが広がった。
「根とか茎は?」
「そこに効果があるなんて聞いたことないわね」
「ふーむ」
念のため、根ごと採取する。
マジョネムにあったように、おそらく知られていない効果もあるはずだ。
改めて採取したものを確認する。
恐らくメインとなるのは、ダンテ草とスノードロップだ。
最初にナヴィがポーションの作り方は薬草を煎じて作ると言っていた。
恐らくダンテ草もスノードロップも薬草の一種なので、ポーションはできるはずだ。
後は一つ一つ効果を確かめて、工程を増やして効果とエンチャントを高めるしかない。
ゲイルの鍋を取り出すと早速準備だ。
タイミングよくシハナが薪と幾つかの食べ物を持って帰ってきた。
「持ってきましたわ。
あと食べ物はゲイナッツに教えてもらいましたの」
シハナが持ってきたのは果物のようだ。
指先程度の小さい果物を両手スカートを入れ物代わりにたくさん持ってきた。
ゲイナッツは小動物を持っていた。
今日は豪勢な食事になりそうだ。
「ウェイリードロップですね。
そのまま食べてもい美味しい、ジャムにしても美味しいわ」
ティネリアの言葉にナヴィが「ジャムかぁ」とヨダレを垂らす。
相変わらず食べ物のことになるとあっという間に我を忘れる。
ムショクはまず取ってきたものを、カテゴライズする。
まずは大雑把に植物か鉱物かで分ける。
次に植物は茎、葉、花に根と分ける。
鉱物の方は粘土土とケルビン石なので、これ以上は分けない。
植物は更に細かく分けていく。
葉は色で、茎は先端とその他、花も花びらに雄しべ雌しべと。
それらを1つずつ乳鉢に入れるとスライに水を出してもらいカゲロウに頼んで煎じる。
それぞれの部位の抽出液を作ると、横にその部位を並べた。
まずは、葉を噛み、そして、煎じた抽出液を舐める。
毒の可能性もあるので、解毒剤を近くに置いておく。
青臭い苦味と舌にふんわりと温かい気配が走る。
が、それもすぐに消えてしまう。
この僅かな違和感。
これが効果の元になる。
アイテムの効果は数字に見えるものばかりだと思っているプレイヤーが多いかもしれない。
ムショク自身もそうだった。
回復アイテムなんだから、回復して当たり前だと。
だが、よく考えてみてほしい。
ポーションより、薬草の効果は低い。
それはそうだろう。何せ、薬草の効果を高めてポーションを作るのだから。
では、薬草もそうなのではないかと、ムショクは思った。
それぞれの部位が寄り集まって、薬草の効果が生み出されるのではないかと。
葉や根にも数値に出ない効果があるのではないか。
ムショクはそう考えた。
その考えは恐らくあっていたのだろう。
実際、根だけを抽出して魔力回復の効果を見つけたり、効果を高めたりすることに成功している。
「あれは何をしているの?」
ティネリアが不思議そうに尋ねた。
が、ナヴィを含め、全員がムショクが真面目に調合しているところは初めて見る。
「恐らく体力……魔力はこれ……」
効果を一つ一つ選り分ける。
部位を細かく分け、純粋な抽出液を作り続ける。
ムショクはふと、金属の錬金と同じようだなと思った。
手法も思考もおよそ似つかわしくないが、純粋な、完全なるものを選り分ける作業にそう違いはないのではと思った。
「えっ! あれでわかるの!?」
明確な意図を持ってより分けられていく素材にティネリアは驚きの声を上げた。
「あれが本当なら鋭すぎる感覚ですわね。
王宮の錬金術師でもあれほど鋭敏ではありませんわ」
ナヴィは横でムショクの顔を見つめた。
感覚は鋭敏だが、彼の真価はそこではない。
ナヴィはムショクの思考を理解した。
それ、そもそも、本来なら誰もやらないことなのだ。
それをやってのける常識のなさ。それが彼の真価だった。
これは決して馬鹿にしているのではない。
過去数千万人がやってきて誰も見つけられなかったものだ。
「いや……」とナヴィは自らの思考を否定した。
歴史上という言葉を使うならその単位はそれを遥かに凌駕する。
暫くして、全ての抽出液に口をつけ終わった。
「こんなものか」
「最初のポーションもこんな風にして作ったんですか?」
「そうそう。
それで、魔力が回復する部分があったので、その濃度を高めてポーションができたってわけ」
「はぁ……よくやりますね」
「その分効果はあったろ?」
ナヴィは「まぁ、そうですけどね」と呆れた顔で返した。
この細かい作業を根気よく続けたのだ。
最初はそれに意味があるかも分からない作業にも関わらずだ。
「あとは、こいつらの合成だな」
カテゴリ分けしたそれらの大量生産に入る。
フィリンが矢の材料を抱え戻ってきた。
抽出液を組み合わせながら真剣な目で合成を行っているムショクを見て微笑むと、フィリンは座り込んで矢を作り始めた。
「ムショク、質問がありますが、よろしいですか?」
「なんだ?」
「わたくしにも武器がほしいですわ」
「武器か……」
と言っても、シハナが剣を扱える武器なんて想像もできない。
慣れない武器は持たないほうがいいだろう。かと言って、彼女に慣れた武器なんてのはないだろう。
「ナヴィ、どんなのがいいと思う?」
「そうですねぇ……」
ナヴィがシハナの前をくるりと回る。
「武器と言っても近接系は無理ですね。
どちらかと言うと使役するアンデットを強化するほうが良さそうですね」
「絵の具の強化か?」
「どちらかと言うと筆ですかね。
今は指でやっていますが、筆自体に魔力が感応しやすいやつを使えばさらに強化されるはずです」
筆かとムショクは呟いた。
ゲイヘルンの骨の一本を拾い上げた。
「例えば、骨とかか?」
「そうですね。ドラゴンの骨は強力ですが、今回は使役しているアンデットに親しいヘルムガートにしましょう」
「次は毛か……おっさん、その毛皮もらっていいか?」
「ああ、では、こっちは、ついでに下ごしらえもしておこう」
ナヴィが言うには、あれはケルビンに住むイタチの一種らしい。
ゲイナッツは臭みを抜くためにダンテ草を使うらしい。
味付けはと尋ねられたので岩塩を渡した。
それを見ていい塩だと彼は笑顔を返した。下ごしらえが終わったらビャクネンの枝で焼くらしい。
既に血抜きが行われ、内臓も取り除かれているらしく、あとは簡単な手間でできるらしい。
ゲイナッツがイタチの毛をむしりとると、それをムショクに渡した。
結構な量になったので、それを集めると、毛先を揃えた。当たり前だが毛によって長さが違う。長さが同じになるように選り分けると、芯の周りにそれらをまとめあげた。
「これは?」
「絵の具の筆先」
「こうやって作るんですのね」
「いや、正確な作り方は分からんのだけど、こう雰囲気でな」
ムショクは困ったように笑った。
「それでも、それっぽい形にはなってますわ」
ヘルムガートの骨の先端を削るとそこに森林クラゲの体液を入れ、纏めた筆先を入れる。
「乾けば完成だな。
正確な作り方が分からんから簡易なもんだけど、素材はどれも一級品だぞ」
そう言って、それをシハナに渡した。
「ありがとうございますわ」
「まだ、触るなよ。
乾くまでまだかかるからな」
「もちろんですわ」
そう返事したがシハナの顔はもう触りたくてウズウズしているようだった。
>>第70話 ユニークアイテム




