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第66話 霊山入山

 霊山ケルビンは、リルイットの王都からも見える大きな山でリルイットから半日ほど歩いた先にあった。

 ハンネとフランはあの騒ぎで王都に置きっぱなしなので、後で回収をしなければならない。

 正直、戻りたくはないのだが。


 春先だというのに、山の頂上は白く雪が積もっていた。

 春先に寒さの別れと再会の約束をする為に、リルイットでは、精霊祭が行われる。

 精霊祭は一ヶ月行われる。

 その殆どが祭事だが、中程の数日間は氷契祭と呼ばれ、関係ない人も集まり大きなお祭りとなる。その為、街は祭り一色になる。

 今日がまさにその氷契祭の日だった。


 氷契祭だけは、主役舞台が霊山ケルビンからリルイットへ移るので、精霊祭の間、賑やかな霊山ケルビンも今日だけは静かだった。

 霊山ケルビンに入り、麓の祭礼場に立ち寄るとゲイナッツがそこの神官と話し始めた。


 それを遠巻きで眺めながら、ムショクはティネリアに声をかけた。


「お前まで無理やり来る必要はなかったんだぞ?」


 ティネリアは呆れた顔でムショクを見た。


「ここまで連れておいて、何をいまさら言っているのよ?」

「いや、まぁ、確かに無理やり連れてきてしまったなぁと今更ながらに悪いことしなと思ってな?」

「本当に今更だわ」


 ティネリアはため息をついた。


「私がついてきた理由はいくつかあるわ。

 1つは私が今回課せられた仕事の内容にもかかわることよ」

「課せられた仕事?」

「そう。私がリルイットを出た理由は、サジバット王国へ向かうことだったの」

「フェグリアの南にある?」

「そうよ。

 リルイットで戦争の機運が高まっていてね。

 そのことはサジバットも警戒してたから。

 外交もかねて私がリルイットの代表として向かったの」

「それが今回のことと何か関係が?」

「もともと、資源の乏しいリルイットはこうやって戦争を仕掛けようとしたことは過去に何回かあったの。

 でも、それを行わなかったのはフェグリアがあったからなのよ」


 ティネリアは一呼吸置いた。


「フェグリアが防波堤の役割を担ってるのよ。

 今もリルイットが攻め込まないのはフェグリアがあるからなの。

 フェグリアに攻め込み、疲弊したところをサジバットに狙われてはたまらないからね。

 今回、シハナ様がフェグリアが滅ぶかもとおっしゃったわ。

 それは、フェグリアだけの問題じゃない、それを囲む二国を含めた問題に発展するの」


 中心にある大国という防波堤がなくなる。


「そりゃ、何としても止めたいな」

「もちろんよ。

 私は戦争を止めるために、サジバットに行ったのだから」


 ティネリアは胸を張った。


「と言っても、この件が終わったら私がどうなるかわからないけどね」

「というのは?」


 その脳天気な言葉にティネリアはため息をついた。


「ビッシア家はリルイットでもかなり力が強いわ。逆に言うと、敵も多いのよ。

 三女とは言え、それが密入国をした挙句脱獄よ。

 どう足掻いてもビッシア家の弱みになるわ」

「サイレスの口添えがあればなんとかならないのか?」


 元とは言え国王だ。

 そこから一言あれば片付きそうな問題ではありそうに見える。


「残念ながら。貴族の影響力は王権を超えるわ。

 サイレス様も関わりたくない問題よ」


 ティネリアは再度深くため息をついた。


「甘言に騙されたとはいえ、関所を突破したのは失敗だったわ」

「うわぁ、悪いことしたなぁ」

「本当よ。私がクビになったら、どう責任取れるのよ?」

「その時は、一緒に冒険者やろうぜ」

「そんなのは絶対イヤ!

 ――だったけど、あなたと一緒なら悪くないわよ」

「よし。なら、終わったら一緒にどこか旅しようぜ」

「約束よ」


 ティネリアの言葉は真剣だった。

 実際、関所を突破したのもムショクの責任だ。

 彼女の目測が少し甘かっただけだ。

 いや、実際、甘すぎかもしれない。

 大体捕まったあと、諦めて一緒に旅するくらいだ。

 大貴族の娘だからなせるわざなのか、そもそも彼女自体が実は少し抜けているのか。

 ムショクは後者かなと思った。


「他の理由は?」


 ティネリアはいくつかの理由があるといっていた。


「単純に、あなたに興味があったのよ。

 他種族が嫌いな森林エルフとフェグリアの英雄である今は亡きシハナ王女。

 それとともに旅をしている無名の錬金術師。

 興味を持たないほうがおかしいでしょ?」

「まぁ、肩書だけ見ればそんなもんかもしれないが……」


 今回、この2人は無理やりついてきたようなものだ。


「おっ、話し合いが終わったらしいぞ?」


 ムショクが言うように、ゲイナッツが神官とともにこちらに向かって歩いてきた。


「ムショク殿、こちらが精霊祭を取引っている神官のコナック殿です」

「ご紹介にあずかりましたコナックです。

 この度は精霊祭のさなかだというのに、ケルビンに入山したいとお聞きしたのですが、

 どのような事情なのでしょうか?」


 コナックと名乗った萌木色のローブをまとった神官は年はずいぶんといっているように見えた。70代くらいだろうか、顔には多くのしわがあり、髪が生えていない丸い頭に黒色の淵の眼鏡をかけていた。


「氷結の精霊に会いたいとおもいまして」


 ムショクも丁寧な言葉で返す。


「それは、観光でございますか?

 それでしたら、リルイットの王都で氷結の精霊を模したものもございますよ?」


 丁寧な口調でありながら、先ほどからどこか棘がある口調で話すコナック。

 王家権力を使い、入山するのを嫌がっているのだろう。


「いや、姿を見たいわけではなく、実際に会って話したいんだ」

「必ず会えるわけではありませんよ?」


 その言葉の裏にはいくだけ無駄なのだから帰れという言葉を感じてしまう。


「それでも、行きたいんだ」


 ムショクの言葉に、コナックはあきらめたような笑みを浮かべた。

 

「そちらにおられるのは、ビッシア家ティネリア様ですね。

 そして、ゲイナッツ殿が持ってきたのは、サイレス元国王の勅命の依頼。

 私程度のものがそれを断れるはずはありません。

 どうぞお進みください」

「助かる」


 コナックに別れを告げると、ムショクたちはケルビンを登り始めた。



----


「ナヴィ、残り日数はどのくらいだ?」

「あと一週間ほどです。

 ここまで5日ほどかかっていますので、結構順調にいっていますね」

「まぁ、帰りを考えれば楽観視できないか」

「ですね。

 後は無事会うだけです」


 おそらくそれが一番難しいのだろう。

 コナックもどこにいるかは分からないといっていた。


「考えても仕方ありませんしね。

 とりあえず、山を歩き回るしかないですね」

「歩き回るか……この山をか……」


 ムショクが眼前に立ちはだかる大きな山を見上げた。

 半日歩くほどの距離を離れていても悠然と高さを感じ、すでに麓に足を踏み入れている今でさえ、その頂の高さを疑うほどに高い。

 上り始めは人の手が入った道が作られていたが、数時間も歩けば、それは石榑しかない荒れた道になった。

 麓は草や木が生い茂っていたが、ここらへんになると草木は短くまばらになってきた。生えている木もそのほとんどが低く、幹が太くなっていた。


「ムショク、少し早いですが、ここでいったんキャンプをしましょう」


 珍しくナヴィがムショクに声をかけた。


「珍しいな。まだ早くないか?」

「そうなんですけど。

 やはり、今から会うのは氷結の精霊王。少しは準備しないとまずいかと思いまして」

「私も、矢の調整したいですね」


 ナヴィの案に、フィリンも賛同した。

 

「じゃあ、ここら辺で拠点を作るか!」


 風をしのげそうな岩陰を探すと全員がそこに集まった。

 

「ムショクの合成レベル的にももう少し高度なアイテムを教えてもいいと思います。

 といっても、ここでとれる素材に限定されるので劇的に変わるわけではありませんが、

 それでもないよりも幾分かましでしょう」

「助かるよ。

 じゃあ、俺は少し合成をするとするよ。

 ほかのみんなはどうする?」


 その言葉に、フィリンが真っ先に口を開いた。


「私は、少し矢の補充がしたいですね。

 さすがリルイットの霊山です。

 魔力の高い素材がありそうなので、矢の補給もできたらしたいですね」

「わたくしは特にありませんから、カゲロウのために薪でも拾いますわ」

「助かるよ」


 シハナの提案にムショクは笑顔で返した。

 その顔を見て照れたように視線を逸らすと、シハナは早速、薪を拾うために足を進めた。


「シハナ様の護衛につかせてもらう」


 ゲイナッツはそういうと、シハナの後ろについていった。


「ティネリアはどうする?」

「やることがあればするけど。

 ないなら錬金術師の合成っていのを見せてもらっていいかしら?」

「もちろん」


 ティネリアがナヴィの知らない合成を知っているとは思えないが、

 ナヴィが教えられない合成レシピをティネリアが教えてくれる可能性もある。

 全員の役割が決まったので、それぞれが動き始める。


「さて、では合成ですが、今持っているアイテムの整理をしましょう」


 ムショクは持っているカバンから素材になりえるアイテムを出して地面に並べた。

 フェグリアで採取した『マジョネム』、『氷結草』、『パラライズフラワー』、『火焔茸』が少し。『火焔油』は2瓶ほど残っていた。

 道すがら拾った『コハナミジリの葉』、『キリングハッシュの落羽』、『ローズロール』、『渦巻き蛇の抜け殻』、『鬼灯岩』。

 あとは何より冥鳥ヘルムガートの各種骨と古龍王ゲイヘルンの骨、皮膚、鱗、爪だ。

 古龍王ゲイヘルンの部位については、泉のアトリエにそのほとんどが置いてあるため、ここにあるのはごく一部しかない。


「これって、冥鳥ヘルムガートの骨よね?」


 ティネリアがそう言って地面に置いた骨を指さした。


「そうそう。

 で、こっちが古龍王ゲイヘルンの骨と牙」

「えっ?

 ゲイヘルンのってあの伝説の?」

「おう。かなり強かったぞ」


 実際はリラーレンとハウルが戦ったわけだが。


「ちょっと、それ本当!?

 龍の眷属種である亜龍種でさえ軍隊で編成を組んで戦うのよ!

 それなのに古龍……龍種の原種よね!」

「まぁな。死ぬかと何度も思ったしなぁ」


 あの死闘を思い起こした。


「あなたがあの伝説のブレンデリアと知り合いだっていう言葉に信憑性が湧いてきちゃったわ。こんなの一介の冒険者がどうこうできるレベルじゃないですもの。

 あなた何者なのよ」

「だから、錬金術師って何度も言ってるだろ?」

「その錬金術師が、王族引き連れて旅をしているなんて、普通じゃないでしょ!」

「まぁ、死んでる王族だけどな」


 その王族は薪拾いをしている。

 サイレスから聞く感じ元からお転婆な性格だったようだ。

 この旅も文句なくついてきてくれていた。

 改めて出してみるとそこそこの量があったが、それでも重さを感じなかったのは、このかばんについてた『夜明けガラスの風切り羽』のおかけだ。

 フィリンのいった通り、カバンに入れると本当に重さを感じなくなる。


「基本的なレシピは教えます。

 後は……どうせやるんでしょ?」


 ナヴィが面倒なものを見るような目でムショクを見た。


「何をだよ?」

「想定外のことですよ。

 今ままで、私が言った通りに作ったことってあります!?」

「作ってるぞ?」

「嘘ばっかり!

 『幻惑光』には勝手に『パラライズフラワー』の蜜を混ぜて麻痺効果を追加するし、

 『ミラリアドリンク』は勝手に甘辛くするし、

 ろくなもの作ってないじゃないですか!」

「まぁ、効果はあるんだからいいじゃないか」

「やっぱり、魔改造する気満々じゃないですか!」


 ナヴィとムショクの言葉を聞いて、ティネリアが不思議そうに尋ねた。


「どういうこと? ムショクはレシピ通りに作らないの?」

「いやいや、作ってるぞ?

 たまに、ちょっと混ぜたくなるくらいだ」

「それって失敗しないの?」


 そういえば、不思議と失敗したことはない。


「確かに失敗したことないなぁ」

「いやいや、失敗だらけですって……」

「えっ? そうなの?」


 ナヴィがあきれ顔でそう返したので、思わず聞き返してしまった。


「レシピ通りの効果ができてないんですから、正確には失敗ですよ」

「でも、効果は上がってるじゃないか」

「そこが、憎いところで、一概に失敗と断じれないところなんです」


 ナヴィが悔しそうにムショクを見る。

 お前は成功してほしいのか失敗してほしいのかどっちだよと思わず突っ込みそうになる。


「ま、まぁ、ともかく、何か作ろうぜ!」

「はいはい、じゃあ、まずはアクセサリと攻撃アイテムですね」


 そういってナヴィは説明を始めた。


>>第67話 知識の片鱗

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