第65話 普通は逃げる
「うごがあぁがが……」
サイレスがベッドの上でもがき苦しんでいるのを、馬乗りのムショクが満足そうに見る。
今回は縁起も込めて、鮮やかな赤色のポーションを飲ませてみた。
心なしか、血色も良くなってきている。
と思う。
「何しているんですか!」
周りの人間がムショクに非難の声を上げる。
その時、サイレスがゴホッと咳き込んでポーションを少しだけ吐き出した。
流石に、年配相手に馬乗りはしんどいだろう。
ムショクが、悪い悪いと笑いながらベッドから降りた瞬間、周りから叫び声が上がった。
「サイレス様が!」
「衛兵! 早く来てください!」
「解毒薬を準備します! 絶対に賊を逃さないで!」
周りが次々と叫び声に近い声を上げて動き回る。
何人かが、護身用の剣を抜き、ムショクに向けている。
なんで、そんなに慌てるのかと不思議に思いながらサイレスを見た。
「なぁ……ナヴィ?」
「なんですか?」
「これって、もしかして、血に見える?」
「えっ……? あぁ……まぁ……そうかもですね」
サイレントが吐いた鮮やかな赤いポーションが白いシーツにシミを作る。
まるで吐血したように。
その横でサイレスが苦しんでいるのだから毒を盛られたと想像するには難くない状況だ。
すぐにガチャガチャと鎧が動く音が聞こえてくる。
サイレスが苦しんでいる間は、話し合いなんて出来そうにない。
ムショクとナヴィは目を合わせて無言でうなずきあった。
「逃げるぞ!」
勢い良く飛び出したムショクとナヴィは驚いているシハナとフィリンの手を引くと、廊下に走り抜けた。
慌ててそれを追うゲイナッツとティネリアに、ムショクは急げ急げと囃し立てた。
「ちょっ、ちょっと、何をしましたの!?」
「きゃっ、ムショクさん」
遠くの方で激しく嘔吐している声が聞こえた。
ついで飛び交う怒号と慟哭。
音だけで阿鼻叫喚の様が想像できる。
「やっぱ、まずかったかなぁ」
「それは、国王に馬乗りしたことですか? それとも味のことですか?」
走りながら悪びれた風もなく笑ったムショクに呆れた顔でナヴィが返した。
「どっちもだよ。どっちも。
それにあれは元国王だ」
後ろからゲイナッツが「貴様サイレス様に何をした」と叫んでいた。
「味なら私が保証しますよ。
最悪です!」
飛ぶのを諦めたナヴィが肩の上で、嫌そうな顔で舌を出した。
先頭を走っていたムショクが思い出したように立ち止まった。
前へ周り込みやっと止まったムショクに、ゲイナッツがそれこそ殺しそうな形相で近寄った。
忠誠を誓ったサイレスが、頼むと言った相手なので、実際に手を出すことはしなかったが、それでも彼の怒りは容易に伝わった。
「すまん。
先陣をきってたが、俺は出口が分からないんだった!」
「そうではない!
貴様、サイレス様に何をした!?」
「何をしたって? まぁ、元気になるおクスリ的な?」
「元気になるって、ムショクさん、あのポーションを飲ませたんですか!?」
ムショクの言葉に、フィリンが耳を垂らして驚いた。
「ポーションごとき、そんな安物でサイレス様の身体なんて治せるか!!」
ゲイナッツが激しく声を荒げた。
一応、ムショクたちは来賓だってことも忘れてそうだ。
フィリンは、兄の友人であるべリナントが、ムショクから貰ったポーションを飲み、エルフにはあるまじき痴態を見せたのを見てしまっていた。
森林エルフは平原エルフと違い、線が細くエルフの中でも特に美しいと言われている。そのエルフの中でも美しいと持て囃されたべリナントが、恥も外聞もなく、うめき声をあげながら不味さに地面をのたうち回っている。
間違っても里の者たちに見せられないものだった。
それを飲ませたのだ。
あのリルイットの元国王がどうなっているのか火を見るより明らかだった。
ただ。
これはべリナントも言っていた。
効果は素晴らしかった。
べリナントは研ぎ澄まされた感覚と湧き上がる力に感動していた。
その不味さを許容するかは別としてだ。
「本当にあれを飲ませたんですか?」
フィリンが恐る恐る確認を取る。
「おう、それはもう無理やり、ゴクゴクと」
「うわぁ……」
嬉しそうなムショクの顔に対し、フィリンは困った顔をした。
「それで、どうなりますの?」
「元気になってるはずだ!」
「はぁ……」
シハナは深くため息をつくとゲイナッツを見た。
「ムショクが言っているなら大丈夫ですわ」
「しかし……」
「貴方がサイレスの元に帰ってきたら、彼も元気に迎えてくれますわ。
で、いいんですわよね?」
一応確認のために、シハナはムショクに尋ねた。
「もちろんだ。
あと、急いでくれ! 追手が来る!」
追手という言葉にゲイナッツを除く全員が納得したような、それでいて残念そうな顔をした。
全員の思うところは同じことだった。
また、ムショクがトラブルを引っ張ってきた。
「では、わたくしたちも急いでいますの。
案内をよろしくお願いしますわ」
「……しょ、承知した」
ゲイナッツは名残惜しそうにサイレスがいるであろう方向を見ると、ムショクたちを連れて走り出した。
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