第64話 ポーションの味を知っていますか?
「サイレス。助けてもらいたんですの」
「はは、シハナからお願い事なんて珍しいな」
シハナの声にサイレスは笑ったが、その声は先程よりも元気がなくなっていた。
「霊山ケルビンに入りたいのですわ」
「知っているだろ? 今は祭典中だぞ?
我が国としてもこの時期に精霊と合うなんぞ御法度だが……それでも何だな」
サイレスはシハナの真剣な目を見て諦めたように言葉を漏らした。
「やらないと、フェグリアが滅びますわ」
「フェグリアの為か?
お前を殺したのもフェグリアだぞ」
「そうですわね……でも、困ったことに、わたくしは好きなんですのよ。わたくしの国が」
照れて困ったようなシハナの顔に、サイレスは深く長いため息をついた。
「全くお前はあの時もそうだった。
私とスラッシュを捕まえて戦争を終わらせると息巻いていたな。
だが、お前はやり遂げたんだ。どうせ言っても止まらないんなら、私が安全な道を作るよ」
「助かりますわ」
「いや、死ぬ前にお前を目にできて満足だ。
あいつは、スラッシュは、少し前に亡くなりおった。サジバットも我が国も少し騒がしくなりそうだ」
騒がしくと言うのは、ティネリアが言っていた現国王が好戦的な話なのだろうかと思った。
サジバットもそうであるなら、確かに穏やかな話ではない。
「スラッシュも私も子供を作らなかったからな……」
「何でですの? 世継ぎを成すことは王の責務ですわよ?
あなたらしくないですわね」
シハナの言葉にサイレスは分かってないなと小さく笑った。
それと同時に、また激しく咳き込んだ。
サイレスが口を手で抑えたが、その指の隙間から赤い血が流れ落ちた。
「王、そろそろ、お休みになっては?」
看護の者たちが、サイレスの身を支えるとこちらを鋭い目で睨んだ。
「少し横になっても良いか?」
シハナが無言で頷いた。
「最期に……聞いてくれ」
ムショクとフィリン、シハナ、ティネリアが王のベッドの側に立った。
「大人たちが欲にまみれ、子供たちが無力な時代があった。私たちはその時代に生きた。
あの時、シハナよ、お前に会えて本当に良かった」
シハナはサイレスの言葉にわたくしもですわと返した。
「シハナよ。お前は光だった。
大胆で突っ走るところはあったが、不思議と周囲がそれを支えてしまう。それがお前の力だったのだろう。
私は思ったよ。勇者はこうあるべきなのだと。
勇者は子供であるべきだと。今を守ろうとする大人たちの壁を壊すのは子供なのだと」
疲れを飲み込むように大きく息を吸った。
「王としてお前に顔向けできないようなこともしてきた。
この老いぼれた魂をお前に託したい」
「大馬鹿者ですわね。
最初に死んだのはわたくしですわよ」
「ははは、そうか。そうだったな――ゲホッゲホッ」
サイレスの額から汗が浮き出していた。
喋るのも辛そうだ。
「シハナの友人たちよ。聞いてくれ」
まさに死に瀕した言葉を誰も軽んじようとせず、その一語一句を聞き逃さないよう真剣な目でその言葉に耳を傾けた。
「フェグリアとリルイット、サジバットの三国は対等に違いを尊敬しあう。
東国連邦は我らの悲願だ」
その言葉を口にし、サイレスは小さく笑った。
「たったこれだけの言葉を言うのに60年も掛かってしまったな」
「わたくしたちは敵同士でしたからね」
いつの間にか、ベットのそばに薄っすらと黒い影が立っていた。
それはよく目を凝らすと褐色の肌の青年が剣を携えていた。
「あいつも来たのか」
サイレスはその影に優しく笑いかけた。
それに呼応するように影は消えた。
サイレスは疲れたようにゆっくりと息をした。
「ゲイナッツよ」
「はっ」
サイレスの言葉に、近くに立っていた衛兵が声を上げて、彼に近寄った。
「ケルビンへの入山を手伝ってやってくれ。
シハナよ。彼は、私が一番の信頼を置く男だ」
ゲイナッツは、シハナを前に跪いた。
「シハナ様。道中お供させて頂くゲイナッツと申します。何かありましたら何でもお声かけ下さい。」
シハナとゲイナッツが挨拶をかわすのを見ると、サイレスは深く息を吐き目を瞑った。
「では、皆様、行きましょう」
疲れたサイレスを気遣ってか、ゲイナッツは、全員に出るように促した。
全員がそれに異を唱えることもなく、静かに部屋を出た。
が、ムショクだけはその部屋に残った。
「リルイットの元国王か……」
「炎の魔術師よ。まだいたのか」
「だから、錬金術師だっての。
ナヴィ、分かるか?」
ナヴィは、「はいはーい」と応えサイレスに近寄ると彼の頬に触った。
「毒を盛られましたね。その影響で、身体の中がぼろぼろです」
ナヴィはふんふんと何度か頷くと、ムショクの肩に戻った。
「年ですね。身体も生きることを諦め緩やかに死に向かっています」
「ははは、キツイな。妖精よ。
私は十分生きたよ。この重い身体を引きずって生きるにはもう体力がないのだよ」
サイレスは少し悲しそうな目でナヴィを見た。
「あれはいけるか?」
「いけるか、いけないかで言うといけますね」
「そうかそうか」
「でも、寿命は延びませんよ?」
「それは、まぁ、天命ってことでだな」
割り切ろうかとムショクは笑顔で答えた。
「さてさて、敬愛すべきリルイット元国王よ!
あなたはグルメだろうか?」
「ははは、何をいきなり」
「いやいや、重要なことだって」
「立場上、良い物は食べてきたな。
思い返せば、贅沢であった……」
「うむうむ。そうかそうか。
なら――」
ムショクはカバンから、瓶を1つ取り出した。
悪魔かと思うほどの笑みを浮かべた
「極上を召し上がれ!」
ムショクは突然、稲妻のような速さでベッドに飛び乗るとサイレスの口に瓶を突っ込むと無理やり中身を飲ませた。
>>第65話 普通は逃げる




