第63話 巷で噂らしい炎の魔術師
地下から出ると、城の裏手をぐるりと周り、どこかの塔に入った。
そのまま、2、3ほど塔を渡り歩くと、目的地についたのか、どこかの階段を登り続けた。
「なんか、ぐるぐる歩き回らされてるわよね」
「すまない。侵入防止と機密のため、遠回りをさせてもらっている」
衛兵の言ったとおり、登っていた階段だが、今度は降り始めた。
それが数度続くと、大きな木でできた扉の前についた。
衛兵が、その扉をノックすると「はい」と女性の声が聞こえた。
しばらくすると従者らしき女性が扉を開けた。
衛兵とその女性が数個と話すと、ムショクとティネリアに中へ入るように促した。
「は、入っていいのかしら」
扉からして、豪華だった。
開け放たれ見えた部屋の中は、様々な調度品が並ぶ豪勢な部屋であった。
明らかに一般人がいる雰囲気はなかった。
「まぁ、呼ばれたしなぁ」
ムショクはそう言うと、部屋の中に入っていったので、ティネリアも慌ててその後ろについていった。
最後に衛兵が部屋に入るとその大きな扉はゆっくりと閉まった。
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部屋の奥には、大きなベッドがあり、そこに年老いた男が横になっており、その側にシハナとフィリンが立っていた。
周りには白い服を着た看護らしき女性が数人、その横になっている男の世話をしていた。
「来ましたわね」
シハナの言葉に横になっていた男が上半身だけ起こした。
「お前たちがシハナの言っていた男たちか」
「こ、国王陛下!」
ティネリアがそう叫ぶと、膝をつき、頭を下げた。
「そう大げさにするでない。元国王で、今はただの病人だ」
「賢王と名高いサイレス様とお会いできるのは光栄です!」
ティネリアは感動した面持ちで顔を上げた。
「ビッシア家の才女か。うわさは聞いているぞ。
最年少の王宮魔術師であるのだったな?」
「サイレス様に知られているだけでも光栄でございます」
「このおっさん、そんなに偉いのか?」
「ちょっと、失礼なこと言わないでよ!
この方は第137代サイレス・ウェアトリア様よ!
平和を愛し賢王と名高い立派な王だったのよ!」
「ははは、そこまでほめあれると私の治世も悪くなかったと思う――ごほっごほっ」
サイレスが急に口に手を当ててせき込んだ。
あまりの激しさに周りに立っていた看護の女性が彼の身体を支え、ムショクたちに安静のために出ていくよう呼びかけた。
「――ごほっ。よい。彼らともう少し話がしたい。
せっかく、もう会えないと思った旧友が来たのだ……しばらく無理をさせてくれ」
サイレスはシハナのほうを向いた。
「シハナ。
何年ぶりだ?」
「60年……そのくらいですわ」
「そうか……長かったな」
「えぇ、とっても」
少し沈黙が流れた。
その沈黙は短かったが、2人が感じた長い時の流れがその中にあった。
「さっきも聞いたが、やはりお主の命は……」
「えぇ、あの後、伯父の謀略により嘆きの塔に幽閉されてましたわ」
「あそこにいたのか……」
「あの後ってなんだ?」と小さな声でティネリアに聞いてみた。
「えっ、すみません。あの方、サイレス様と親しげに話していますが……
えっ? シハナって言っていました?」
「あぁ」
「あぁ……って、っちょっと!
シハナってあのシハナ・エス・フェグリアですか!」
「改めて名乗りますわ。
そうですわ。
わたくしがシハナ・エス・フェグリアですわ」
ティネリアの言葉にシハナは少し笑みをこぼした。
旅の途中、シハナの名前も王族である事も知っていた。
が、ティネリアの反応はそれとは少し違っていた。
「どうして、そんな若い姿に……」
「別に、不老というわけではありませんわ。
わたくしは死んだのです」
「死んだって、もしかして、あのフェグリアの落日の原因って!?」
「フェグリアの落日……そう言われているのですわね」
ムショクの知らない単語がそこかしこに出て話についていけなかった。
「いったいどういうことなんだ?」
「あなた、そんなことも知らないの?」
ムショクの言葉にティネリアが呆れた顔でそう答えた。
「70年前、リルイットとフェグリア、そしてサジバット王国の三国は戦争状態だったの。当時の国王は資源の奪い合いを続けていたんだけど、その戦争が終わる立役者となったのが、当時フェグリアの王女だったシハナ様、リルイットの王子サイレス様。そして、サジバットの王子スラッシュ様の3人なのよ」
ティネリアはそこまで話すと一呼吸置いた。
「和平が行われたのは、シハナ様が国王就任時となり、
その日、フェグリアの城に各国の代表として各大臣と王子が勢ぞろいしたの……」
ティリアは言葉を止めるとシハナのほうを見た。
まるで、この先を話していいのかというような確認の目。シハナはそれに気づくと、促すように目線を返した。
「その和平の席に、シハナ様は現れなかった。
リルイットとサジバットの戦争を続けたい者たちは、これが好機と、馬鹿にされたと怒り狂い、また、和平を進めたい者たちは、相手国がシハナを誘拐したに違いないと互いを疑いあったの」
「どうなったんだ?」
「結局、和平は結ばれたけれど終戦とはいかなかったの。
今もまだこの三国は休戦状態なの」
シハナが言うには、それは自分の国の伯父が原因だったと。
「シハナ様の噂は色々出たわ。
怖くなって逃げだしたとか、不逞の男がいただとか。
酷いものなんて口にするのも嫌になるほどの噂が上がったわ」
ティネリアの言葉にシハナは顔をしかめた。
確かに、本人が聞くだけで嫌になる噂だ。
「なんで、フェグリアの落日って言われているんだ?」
「フェグリアは北のリルイット、南のサジバットと両国に挟まれているの。
休戦状態になったとはいえ、両国から信用を無くしてしまったら、この先どうなるか想像できるでしょ?」
「まったく、叔父上が目先の利益に踊らされすぎなのですわ。
挙句国力の低下なんて、自分の首を絞めたのですから、救いようがないですわね」
シハナは深いため息をついた。
そこで、ムショクは1つ疑問が浮かんだ。
彼女が、死後フェグリアにいたのは納得できた。
が、彼女が、なぜ、ここに来たのか。
いや、なぜ、ムショクに会いに来たのか分からなかった。
シハナは探し人がいるといっていた。
「シハナ。探し人は見つかったのか?」
「えぇ」
シハナはしっかりとムショクを見た。
「炎の魔術師。
あなたを探していましたのですわ。ムショク」
「待て待て……炎の魔術師だって?」
飲んでいる時、ゲイルさんが言っていた言葉を思い出した。
フェグリアの塔を魔法で打ち抜いたやつがいるらしいと。
「俺は、魔法使いなんかじゃないぞ?」
「いえ、間違いありませんですわ。
嘆きの塔を炎で打ち抜き、わたくしの魂を解放したのはあなたですわ」
「あのー……」
ずっと黙っていたナヴィが口をはさんだ。
「恐らく、森でカゲロウが炎の矢を打ちましたよね」
「あぁ」
「あの時、フェグリア城の塔を破壊してませんでした?」
「えー……あぁ……あれか……」
カゲロウの試し打ちを思い出した。
「あの貫いた塔か……」
ふと、飲みながら笑っていたブレンデリアの顔を思い出した。
「ブレンデリアの奴、俺がその魔術師だって知ってたな!」
道理で何か知っているように笑っていたわけだ。
お酒を飲みながら楽しそうに笑っていたあの顔が急に憎々しくなった。
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