第60話 逃走劇
『トールフラゴ』が出来あがった後、蛇の肉で軽い朝食を取り、また旅を始めた。
意外とあっさりして美味しかった。
しばらくすると、遠くの方に街影が見えた。
「あれが王都よ」
ティネリアが街を見てそう言った。
視線の先に街の影が見え始めたら、足元の街道もようやく道らしくなってきた。
『怒涛の装甲鳥』も整地された道は走り易いらしく、背中を揺らさずいい乗り心地を保ったまま走り続けた。
リルイット王都。
気を許してくれたのか、昨日から話していたティネリアが、王都に近づくにつれ、言葉数が少なくなっていった。
「どうした? 寒いのか?」
「……そうじゃないわ」
ティネリアは上の空でムショクの言葉に返事した。
「ムショクは、貴族ってどう思う?」
しばらくの無言のあと今度はティネリアが話しかけてきた。
「貴族か……俺のところでは随分前に廃れた制度だからなぁ。
何か、陰湿な争いがありそうなイメージ」
「あははは、いいわね。その感想。
間違ってないわよ」
「ティネリアは貴族なのか?」
「残念なことにね。
魔力ってそれがあるだけで重宝されるのよ。
戦争でも政治でも。
戦士だって魔力を使って技を出すでしょ?」
そうなのかと確認するようにナヴィを見ると彼女もコクリと頷いた。
「権力者は昔からそうやって魔力の強いものを集めていたの。そうして出来上がった貴族階級。
私の魔力が高いのもそういう血のおかげってわけよ」
「どうして、急にそんな話を?」
「リルイットの貴族社会は思った以上に厳しいのよ」
ため息と共にティネリアはそう言うとまた押し黙った。
しばらくして王都についた。
見上げるほど巨大な城門と城壁。その周りにも多くの家や店があった。
リルイットの王都は城内街と城外街の大きく2つに別れる。
城外街はその名の通り城壁の外にある街。
元々は行商人のたまり場だったそこが徐々に街を形成していった。
もう1つは、城壁の内側にある街。
貴族や大商人が住んでおり、城外街と違って中は綺麗で華やかだった。
当初は城壁という高い壁がそれらを分断していたが、行商人が持ってくる珍しいものや集められた職人による美しい細工にその門戸も徐々に開いていった。
今でも貴族お抱えの行商人や職人は憧れであるが、昔ほどその差は酷くなくなった。
リルイットの城門の扉も緊急時以外、一日中開けられっぱなしになった。
『怒涛の装甲鳥』を預けて城外街に入ると、行商人から発した街らしく、そこかしこから熱気のある掛け声が響き渡る。
不思議なことに行き交う人々の多くが、店の店主でさえ、顔を隠すようなマスクをつけていた。
動物を模したもの、目だけを隠すもの、白塗りの無表情な仮面をつけているもの。その種類は千差万別だった。
「そっか。今日は精霊祭か。
忘れていたわ」
「精霊祭?」
「冬の終わり、春の始まりに、セルシウス様を祝うお祭りよ」
「春に祝うのか?」
「そうよ。
冬が明けてもまた来てくれますようにってね」
ティネリアも懐かしそうに周りを見回しながら歩いた。
しばらくサジバットにいたので、この雰囲気は久しぶりらしい。
途中の屋台で、何かの肉の串焼きを買って頬張った。
何だかわからなかったのもあるが、全員、朝に食べた渦巻き蛇の方が美味しかったと話した。
しばらく歩くと城門の下、城内街に入ったところまで来た。
「じゃあ、王都についたからお別れだな」
「本当にちゃんと送ってくれたのね。助かったわ」
「まぁ、迷惑かけた手前もあるしな。
少しは冒険者を見直してくれたら助かるよ」
「でも、あなたっては冒険者じゃないでしょ?」
「そうだったな。
まぁ、いつかはなる予定だ」
「最後にいいかな?」
「なんだ?」
ティネリアは、少し大きく息を吸い、そして吐いた。
「私は、ティネリア・ランド・ガーランド・ビッシア。ビッシア家の第三息女で、王室魔術師よ。
私を送ってくれて感謝するわ」
「いやいや、そんな大層な。
気にするなよ」
「そして、ごめんね」
そう言うとティネリアは悲しそうに笑った。
ティネリアは再度大きく息を吸うと、一瞬溜め、大声で叫んだ。
「きゃーーー!」
絹を割いたような声に、辺り全員がこちらを向いた。
「ちょ、お前、何やってんだよ!」
大声で叫んで気持ちよかったのか、満ち足りた顔でムショクを見た。
「ビッシア家として、犯罪者と一緒にいることはできないの。
貴族社会で弱味を見せることは死ぬことと同義なの」
ティネリアの叫び声を聞きつけたのか武器を携えた衛兵らしき人たちがこっちに向かって走ってきた。
「ムショクさん、逃げましょう!」
「ここで、捕まると色々まずいですわよ!」
フィリンとシハナが同時に叫んだ。
「密入国者よ! 捕まえなさい!」
ティネリアの声に衛兵が反応した。ムショクは、それとほぼ同じタイミングで、ティネリアの手を引くと走り出した。
「ティネリア、逃げるぞ!」
「あっ、ちょっと、何するのよ!」
無理やり手を引かれ倒れそうになったが、前に駆け出して何とか倒れなかった。
が、それは、ムショクの思う壺で、ティネリアはムショクと同じように逃げてしまった。
後ろから衛兵の怒号が聞こえる。
「まてぇ!そこの4人組!」
ティネリアは、腕を振りほどこうと激しく腕を振った。
「ちょっと、離してよ!」
「いいのか?」
「当たり前よ!」
ムショクはその言葉を聞いてにやりと笑い、彼女の腕を離した。
ムショクから解放されて立ち止まったティネリアを追ってきた衛兵が、ティネリアをがっしりと捕まえた。
「ちょっと、私じゃないわ!」
それを見てムショクは笑いながら叫んだ。
「ティネリア! 必ず助けに行くぞ!」
「もう!」
ティネリアの悔しそうな声が聞こえた。これで、ティネリアはムショクたちの仲間だと疑われてしまった。
ムショクはああ言ったが、ティネリアを助けに行かないであろうことはフィリンもシハナも分かっていた。
ティネリア自身もだ。
が、その一言で、衛兵の一部がティネリアに向き、追っ手の数が減った。
「女性を囮に使うとか極悪ですね」
ナヴィが苦笑いしながらそう言った。
「いや、どちらかと言うと、衛兵を呼んだティネリアの方が極悪だろう。
まぁ、衛兵を呼んだのが彼女だからすぐに誤解が解けるだろうが」
ムショクが軽く笑って後ろを振り返る。
ティネリアが衛兵と言い合っている姿が見えた。
「はぁ、はぁ、しかし――問題は俺達だよな?」
どこかもわからない場所を走り続けるのは非常に辛い。それも三人が同じ方向にというのも更にだ。
城内街も祭りの色一色だ。
道には人が溢れ、物が溢れている。
それを押し退けながら走り抜ける。
「ムショク、捕まってくれませんこと?」
「何でだよ!」
シハナが、突然思いもよらないことを言ったので思わず声を上げる。
「時間を稼いでくださいまし。
案がありますの」
曲がり角を曲がり、人を避ける。
衛兵の声が近づいてくる。
「なんか知らんが、その案乗った!」
ムショクが叫んだ。
どの道、逃げ続けるだけなら希望もない。
「フィリン、あなたはわたくしとですわ」
「私はムショクさんと共にいます!」
「1人でリルイットと戦争でもするつもりですの!
最終的に助かる方法を考えることですわ!」
「フィリン、シハナ、頼んだぞ!」
ムショクは立ち止まると後ろを振り返った。
「フィリン、行きますわよ!」
「ムショクさん、ご無事で!」
ムショクはその声を背中で聞いた。
「さて、全員の動きを止めるぞ」
「どうするつもりですか?」
ナヴィが不安そうにムショクを見た。
戦闘はからっきしのムショクだ。衛兵と戦って時間稼ぎできるわけがない。
「そこは錬金術師らしく行こうじゃないか」
ムショクは、そう言ってカバンの中から何かアイテムを取り出した。
「そこまでだ! 動くな!」
立ち止まったムショクに衛兵が取り囲んだ。
「待ってくれ、俺は何も悪いことしてないぞ?」
「動くな! お前、その手に持っているものはなんだ!」
ムショクは持っている紫色の紐を見せた。
「何だそれは!」
「普通の紐だぞ?」
と、ムショクは笑ってみせた。
それを見て、ナヴィはなるほどと呟いてムショクの服の中に飛び込んだ。
二人にとっては忘れもしない紫色の紐。
ムショクが勝手にパラライズフラワーの蜜を入れたおかげで見る者全てに麻痺を加える『幻惑光』だ。
「カゲロウ! 頼む!」
ムショクの言葉にカゲロウが、幻惑光の先端に火をともした。
「待て、何をするつもりだ!
動くな!」
「動かないっての。
まぁ、どちらかと言うと、動けないんだけどな」
ムショクの作った特製の『幻惑光』。その光を見た瞬間、あたりの全員が痺れたようにその場から動かなくなった。
「相変わらずの効果ですね」
服に潜り込んだナヴィがそうムショクに言った。
「予想外の効果があったぞ」
「何ですか?」
「瞼を閉じても光が貫通してきたぞ」
「えっ? どういう意味ですか?」
「目を瞑ったが、俺も動けないわ」
しばらくして、ムショクと周りの衛兵たちの痺れが同時になくなった。
さすがに、衛兵に囲まれた状況に観念してから、ムショクはあっさりと捕まった。
>>第61話 投獄と狂乱の魔術師




